第32話 悪の魔法少女たち

《side???》


 コツン、コツンと暗闇の中に足音が響く。

 周囲に明かりは無い。文明によって齎された光は勿論、古くからある炎の明かりすらない、完全な暗闇。

 しかし、私の足には迷いはない。単純に何度も通った道であるというのは勿論、この道が我らの救世主にして偉大なる母のもとに通じているが故に。


「よう。随分と不機嫌そうな顔をしてるな」


 歩いていると、闇の中から声を掛けられた。それと同時に、漆黒の世界に二つの紅い光が灯る。それは我らが同胞たる少女の、闇の中で尚輝く真紅の瞳であった。


「セロ。いきなり随分な言い草じゃないの。変な勘違いはやめてくれる?」

「はっ! オレを前にしてよくそんな台詞が吐けるな。眉間によってる皺がくっきり見えるぜ?」

「……チッ」


 彼女、セロは古き闇に属する超越者、吸血鬼の真祖の血を引く混血児だ。

 闇の力を操る彼女に掛かれば、この光刺さぬ暗闇の中であっても私の表情を見抜くぐらいは容易いこと。無駄とは分かっていたけれど、やはり私の誤魔化しは通用しないか。


「今回の作戦で、ちょっと不愉快な奴がいただけよ。それより、貴女の方こそこんなところで待ち構えてどうしたの?」

「何、ちょっと訊きたいことがあったのさ。会ったんだろう? お前の故郷の戦姫って奴に。どうだったよ?」


 セロの疑問に思わず私は押し黙った。今回私が担当した作戦、イギリス政府へのイクリプスを利用した破壊工作という名の嫌がらせ。その最中に遭遇、いや私が一方的に認識した、私の故郷である日本から応援として送られてきた戦姫と呼ばれる二名の特殊戦力。

 ……嗚呼、今思い出しても実に不愉快だ。特に木崎夏鈴とかいう偽善者。直接対峙した訳ではなく、ただ一方的に私の方から視認し、会話を盗み聞きしただけの相手。だがそれでも、私の不快感を掻き立てるには十分過ぎる程の相手だった。


「……一番に報告すべきはお母様よ。どうせその時に聞くのだから、この場で話す意味は感じないわね」

「おーおー。だからこそ真っ先にお前の本音を聞きたかったんだがな。……ま、その反応だけで粗方予想はできるがな」

「うるさいわね!」


 図星を刺された自覚があったが故に、ついにセロに対して声を荒らげてしまった。……いけない、この調子ではお母様を前でも失態を犯しかねない。落ち着くんだ私。


「一応言っておくが、母様の前でそんな不機嫌そうな顔するんじゃねえぞ? どうせ看破されるだろうが、それでも取り繕うぐらいはしろ」

「……分かってるわよ」


 癪ではあるが、セロの言ってることは尤もだ。お母様の前でみっともない姿を見せる訳にはいかない。

 深呼吸を行って意識を切り替える。


「……いくわよ」

「おう」


 セロと共に再び歩き出す。そうして二人で暫く闇の中を進むと、ぼんやりと光る見上げる程に大きな石造りの扉が見えてくる。

 普通ならば開けることすら困難な扉であるが、我らの居城たるこの場は神秘が散りばめられた特別な場所。お母様の娘の一人である私が軽く扉に触れるだけ、重厚な石造りの扉は音もなく独りでに開いていく。

 そして扉を潜れば、その先にあるのは大きな円卓。そこには既に私とセロを除く、同胞の全員が着席していた。


「ヒナ、ただいま作戦から帰還しました」

「セロっす。集合に応じ参上しました」


 その中でも一際大きな椅子、玉座と呼んで差し支えない椅子に腰掛ける方へ、私とセロは跪いた。

 そこに御座すは、全身を隠す程に大きな漆黒のローブを纏った、白髪金眼の美しき少女。見た目こそ幼いが、悠久の時を生きる古き超越者の一人。

 この方こそ我らが救世主にして、偉大なる母。そして我れらが結社【異端の花園】の総帥たるお方である。


「ヒナ、よく戻ったね。無事でなにより。セロはもうちょっと早く集まって。5分前行動は大事だよ?」

「あー、ちょっと腹の調子が……」

「……深くは追求しないけど、誤魔化し方はもうちょっと選びなさい。セロも女の子なんだから」

「うっ……。ごめんなさい」


 お母様に呆れ気味に注意され、セロがどんどん小さくなっていく。

 その姿に私だけでなく、円卓に座る他のメンバーもクスクスと笑いを零した。粗野で男らしい言動が目立つセロであるが、お母様を前にしては形無しなのだ。……まあ、それはセロだけでなく他の全員に言えることだけど。私たちは全員がお母様に救われ、本当の娘のように愛をもって育てられた。故に花園の誰しもがお母様には頭が上がらないのだ。


「さて。そろそろ本題に入ろうか。ヒナ、作戦はどんな感じだった?」

「はい。人的被害こそ負傷者のみに留まっていますが、イギリス政府には相応の負担を強いられたかと。嫌がらせとしては上々でしょう。詳しくは後に書面で」

「そう。ま、私としては作戦の成否よりキミの安否の方が大事だから。何度も言うけど、あんまり堅苦しい報告書とかはいらないよ? 読むの疲れちゃうから」

「善処します」

「……あー、これまた長い奴になるんだろうなぁ」


 何やらお母様が苦笑しているけれど、それはそれという奴だ。作戦の報告書は該当政府の戦力を把握する為の重要な資料となる。幾らお母様のお言葉であっても、手を抜くなど以ての外だ。

 そんな私の意志を感じとったのか、お母様は肩を竦めて話題を変える。


「……さて、ヒナの報告も済んだことだし、次の話に移ろうか。今回はイギリスだった訳だけど、次の標的は何処が良い? 要望はあるかな?」


 そのお母様の問いに答える為に、私たちは次なるターゲットを頭の中で模索していく。


「無さそうだったら無理に出さなくて良いからね? 私の望みは愛娘たちの望みを叶えることで、何処かの誰かを積極的に不幸にしようとは思ってないのだから」


 そう軽く言い切ってみせるお母様に、娘である私たち全員が苦笑を浮かべた。

 私たち【異端の花園】は、少しばかり変わった秘密結社だ。世間一般においては犯罪組織、もっと分かりやすく言ってしまえばテロリストに分類される集団であるが、実を言うと明確な目的というのが存在していない。

 私たちが掲げる目的は実に単純。即ち【復讐】。私たちは全員が何らかの理由で社会、政府、一族等から迫害されていた者たちであり、命を落とす寸前でお母様に救われた。お母様はそんな私たちを育て、理不尽に抵抗する力を与えてくれたのだ。その上で『好きなように生きなさい。私が、私の家族がそれを手助けしてあげるから』と仰った。

 人並みに幸せな人生を望んだ娘たちは、お母様に教育を受け、お母様が育まれた人脈を紹介され、永きに渡る時の中で築き上げられたお母様の財を餞別として与えられた。

 そして私たちのように、理不尽を突き付けてきた元凶に復讐を誓った娘たちには、それを叶えるに能う武力と道具を与え、更にはお母様直々に手を貸して頂いている。

 勿論、こうした行為は世間一般の道徳に反するということは花園の全員が承知している。お母様だって、武力行使を止めはしないが推奨はしていないし、ことあるごとに『他の幸せを見つけても良いんだよ?』と語ってくるのだ。それでも尚、私たちが止まらないのはそれ程の怨嗟が心の中に渦巻いているから。お母様が止めないのは、永き生の中で綺麗事ではどうにもならないことがあるのを嫌という程に理解しているから。そもそも花園の設立経緯が、かつて行われた悍ましき【魔女狩り】に由来するものである以上、正論も綺麗事も踏みとどまる理由になる訳がない。

 私たちは復讐者だ。大義もなく、信仰もない。胸の内にあるのは己を虐げてきた相手に対する復讐と、家族である皆の望みを叶えることのみ。更に言えば、私たち娘はお母様の幸せを叶えることしかない。お母様とて同じだ。

 その為に、私たちは新たな不幸が生まれることを承知で復讐に走る。それによって新たな『私たち』が生まれてしまっても止まれない。私たちも、お母様も、伸ばせる手には限りがあり、抱えることができる限界というものを知ってしまっている。だからこそ、せめて腕の中にある家族だけでも幸せにしようと足掻いているのだ。



 ──私、ヒナはかつての生家にして呪術の名門たる【神原家】を、私を出来損ないと貶め術の触媒として消費しようとした一族の滅びを望み。


 ──セロは自身の一族、吸血鬼の真祖の一族たる【ドラクル家】を、人との混血児たる自身を蔑み、親兄妹を玩弄の末に惨殺した吸血鬼たちの殲滅を望み。


 ──かつて高名なイギリスの研究者の娘であったシャルロットは、神秘に近付き過ぎたという理由で口封じとして両親を殺した、欧州全土に広がる魔術社会の混乱と終焉を望み。


 ──かつてロシアの一般家庭で平和に暮らしていたソフィアは、たまたま政治家のスキャンダルを目撃してしまった両親を殺し、幼い自身を売り払おうとした政治家とその一派、そして癒着しているロシアン・マフィアの殲滅を望み。


 ──アメリカで幼い頃にストリートチルドレンとして生きていたレベッカは、自身を誘拐し、違法な人体実験を繰り返した大手製薬会社と、その命令を出した一部政府要人の破滅を望み。


 ──名門とも言えない小さな魔術師の家系に生まれたカーラは、自身の家を異端と断じてを殺戮を行ったバチカンの狂信者、異端審問官の殺戮を望み。



 ──そして私たち、この場にいる皆は勿論、お母様のもとを離れた娘たち全員が、私たちの救世主にして偉大な母の幸せを。本人には秘密にしているが、お母様に地獄の苦しみを与え、今も尚お母様を付け狙う怨敵の討伐を望んでいる。



 故に私たちは止まらない。絶望の果てに掴むことのできた家族の望みを叶える為に。そしてなにより、命よりも尚大切なお母様の幸せの為に!

 だから私は、それが例え悪の道であると知っていても。多くの人を不幸に陥れかねない選択だとしても。ただひたすらに私たちの望みに効果的なターゲットを提案した。


「──お母様、次の標的は日本が良いかと。日本は、私の故郷は、事実上の戦姫の派遣元。あの国に打撃を与えられれば、それだけで世界の戦力はダウンします」





 ーーーーーー


 あとがき

 はい。という訳で、これにて一章終了。

 最後に出てきたのは敵キャラというか、敵組織ですね。

 掲げるのはある意味で一番分かりやすく、それでいてタチの悪い【復讐】。何が悲しいって、コメディしかやってない主人公sideと違って背景からしてどシリアスなこと。まあ、こういう敵のが唆るじゃないですか。


 因みに、秘密結社の癖して構成員が7名なのは理由があります。娘たちは望みを叶えると独り立ちするからです。一般的な幸せを願ったり、復讐相手が単純な犯罪者みたいな比較的楽な奴だった場合、さっさと復讐を終えて独り立ちする。今残ってるメンバーは、復讐するには相手が大き過ぎだったり、単純な武力行使で仕留めることはできるけど、雑に始末すると社会の混乱が大き過ぎて直接的に手を下せないとか、そういう難易度ベリーハードな面子です。なので基本は復讐相手とその関係者への嫌がらせで鬱憤を晴らしながら、せこせこ協力者と共に裏工作中。

 尚、花園の協力者は結構な数が世界中にいます。長い時間を生きるお母様の人脈+独り立ちしていった娘たちがメイン。娘たちにしても、花園自体がかなりの歴史がある為、各時代に存在している。その中で成功した者も多い為、娘の縁者の中には世界的に名門と呼ばれる一族もいたりする。……なにが恐ろしいって、娘たちは基本的にお母様命の狂信者なので、自分の子供たちにもお母様への絶対服従の教育をしてたりすること。

 そうした背景から、花園の影響力は世界に存在する秘密結社の中でも屈指です。本人が悪の秘密結社のボスにしては凄い温厚だから、平和に世界が回ってるレベル。


 そしてついでに軽いネタバレですが、花園のお母様は作中の四大チートの一人。一人は未だに登場してないから語れないけど、万能チートって意味なら主人公より上。というか、主人公は戦闘力こそ飛び抜けてるけど、四大チートの中じゃチート具合は一番大人しいという。

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