第31話 やべぇ奴が仲間になった!

《side東堂歩》


「あー、ひっさびさに爆笑したわ」


 一通りの話し合いが済んだ後、筆頭ハゲはもうすぐ休憩が終わると一言告げて去っていった。

 その後ろ姿を思い出すだけで笑いが零れる。あんな愉快な妄想を使って馬鹿にされたのは初めてだ。


「……何か凄い笑い声が聞こえたんですけど、私が半分意識飛んでる間に何があったんですか?」


 そんな感じでなんとも趣深い経験を噛み締めていたら、ゼンダマの膝からむくりと時音ちゃんが起き上がった。どうやら俺の大爆笑で覚醒したらしい。悪いことをしたような、そうでないような気分である。


「いやまあ、色々あったのよ」


 取り敢えず、一人だけ置いてきぼりは可哀想なので一連の流れをざっくり説明することに。


「──つまり、歩さんは加藤さんたちと和解したと?」

「そうなるのかねぇ? お互いの内心は兎も角として」


 お互いに文句を言わない、絡まないという宣言をし、その上で関係性のリセットに同意した。故に和解というのは間違いではないだろう。ただし、それは表面的な関係性がマイナスからゼロになっただけ。当然ながら内心は別。少なくとも、俺の中では向こうの印象はマイナスだ。


「ま、和解なんて大抵はそんなもんか。ガキの喧嘩じゃねえんだ。『ゴメンね、良いよ、一緒に遊ぼ』とはならんよな」


 表面上は笑顔を浮かべていても、その下で唾吐いてるのがデフォ。酷い時は、机の上で握手しながら机の下では互いの足を踏んづけ合ってたりするからな。大人の和解なんてそんなもんだ。大人に近づくってやぁねぇ。


「でもその割にはさ、アユ君めっちゃ楽しそうに笑ってなかった? 加藤さんの台詞がどストライクだったんじゃないの?」

「なーんで台詞一つで好感度が爆上がりするんですかねぇ?」


 ゼンダマの頓珍漢な言葉に思わず失笑。いや、確かに愉快な妄想で爆笑させて貰ったけど、それはそれというのが実際のところ。というかアレは遠回しに喧嘩売られたようなもんだし、それで好感度が上がるのは頭のおかしい奴だけだ。……アレそれ俺じゃね?


「ふーん? てっきりアユ君のことだから、『ふっ。おもしれぇ奴』って感じで気に入るものかと」

「乙女ゲーの俺様キャラみたいに思われてる俺?」

「いや地雷原に嬉々として突っ込むやべぇ奴」

「よしその喧嘩買ったぞアクダマ。やべぇ奴の本領を見せてやる」

「にゃー!?」


 アクダマから嘲笑混じりの評価が返ってきたので、やべぇ奴という評価に能う報復を行った。具体的に言うとアクダマの片脚掴んで逆さ吊り。

 何度も言うが俺は売られた喧嘩は買う主義てある。やべぇ奴云々は否定しないが、その嘲笑はいただけない。


「ちょちょちょっ!? アユ君、これは洒落になんない!! 私いまスカートなんだけど!? 見える、パンツ見える!! ていうか見えてる!?」

「ゴメン本気で興味ない」

「どういう意味だコラァ!?」


 いやだって、なぁ? 確かに今のアクダマの服は短めのスカートだし、逆さ吊りにしたら当然下着は丸見えだ。アクダマも必死に捲れたスカートを押さえているが限度はある。結果として、俺の目の前にはアクダマの色気もへったくれもないグレーのパンツがあるし、なんなら目の前にある分パンツのシワとか下半身のシルエットとかも鮮明に確認できる。

 ……が、残念ながらその主はアクダマ。確かに絶世の美少女ではあるが、俺の中では『女』というより『悪友』にカテゴライズされた存在であり、どうしたってそういう対象として見ることが不可能なのだ。


「凄いガッツリ下着見られてるのは勿論嫌なんだけど、それ以上にその反応は本気で傷付くぞ!? 泣くぞ私! 良いのか!?」

「……いや、そう言われてもなぁ。別に性欲が無い訳じゃないし、パンチラとかでも十分興奮するんだけどさ。アクダマは何か違う」


 アクダマの場合、血の繋がった姉や妹が風呂上がりにパンツ履いて彷徨っているのが視界に入ってきた感じというか。まあ、姉も妹も存在しないけど。


「……いや違ぇな。もっとアレだ。体育の着替えとかで、クラスメートの男子のパンツ見てる気分だ。マジで感想が浮かばない」

「うわぁぁぁん!! 奏ぇぇ! アユ君がマジで酷いよぉ!!」

「こっちに振るなめんどくせぇ」


 本心を語ったらマジでアクダマが泣き出した。パンツをガッツリ見られた上でのアウトオブ眼中宣言は本気でショックだったらしい。が、姐さんからもアウトオブ眼中宣言というか、見事なまでの厄介払い。

 流石に哀れが過ぎるので、逆さ吊りはここまでにしといてあげよう。


「ほれ」

「へぶっ!? っ、こんな鬼畜外道な扱いした上で落とす普通!? せめて優しく置け馬鹿野郎!」

「ゼンダマになったら優しくしてやるよ」

「……え、待って。そんな呼び名で扱い変わるシステムなの? 凄い嫌なんだけど」

「いやシステムというより単純に気分で変わる」

「報復へのラインが曖昧なの超怖いんだけど!?」

「何を今更」


 気分屋なのはとっくに承知してるだろうに。

 そう肩を竦めていたところで、ふと気付く。何か時音ちゃんの様子が変。


「……ちょっと納得いきません」

「待って? 確かに納得いかないけど、それは間違いなく私の台詞」

「だって私、歩さんにそういうことされたことないですもん。……エッチしても良いって言ってるのに全く音沙汰ないんですよ? それなのに環さんは……」

「よし時音。色々と言いたいことはあるけど、キリがないから二つだけ。私はアユ君にセクハラされてもご褒美に感じないし、なんならやった側がセクハラとでも思ってないせいで女としてのプライドがズタズタだ。だからアンタの不満は見当違いも甚だしいってのが一つ。もう一つは、そんなに不満なら自分から見せにでもいってろこのお馬鹿」

「っ、なるほど」

「いや納得するんじゃないよ。あとアクダマは嗾けるんじゃねえ」

「アイアンクローはだめぇぇぇぇ!?」


 自分の腰に視線を落とす時音ちゃんを片手で制し、ついでにアクダマに向けて制裁。たたでさえ前科があるってのに、本当に学習しない奴である。


「うぅっ……なんなのさ。この話題になってから散々だよ私……」


 果てしなく自業自得な気がするのだが、自覚は無いのだろうか? そりゃ確かに今日は珍しく実力行使の気分だから頻繁にお仕置しているけども、そもそも口は災いの元と言う訳で。

 ……まあ、俺としてもこの脱線はそろそろ遠慮したいところ。何故なら時音ちゃんがしきりにこっちを伺っている。アレは明らかに色ボケ方面での暴走の予兆である。なので回避するのが吉だ。


「話を戻すがな。俺の中での筆頭ハゲの好感度はそう上がってねえよ。リセットを聞き入れてゼロ、そこからあの頓珍漢な台詞でプラス二ってぐらいかね?」

「因みにそれは何点満点中だ?」

「百ってことにしとく」

「あ、本当に大して変わってないですね」


 そりゃあねぇ。クソ真面目なだけで悪い奴じゃねえのは最初から理解してるが、これまでのやり取りで明らかに反りが合わねぇからな。プラス二ってのも、愉快な妄想で笑わせてくれたからでしかない。はっきり言ってしまえば、『通りすがりに会釈をしてくれた初対面の相手』ぐらいの好感度だ。


「結局のところ、『お互いに初対面のつもりで振る舞いましょう』ってだけだからな。そっから先は神の味噌汁ってな」


 筆頭ハゲの提案を受け入れ、好感度はマイナスからゼロにはした。その点に関しては保証するし、険悪な態度を表に出すようなことはしない。一度吐いた唾を飲み込むつもりはねぇからな。

 だが、言ってしまえばそれだけなのだ。その上で向こうが俺の言動にあからさまな嫌悪を浮かべるのなら、俺はそれに応えるだけ。元の木阿弥という奴だ。逆に好意的に接してくるのなら、相応の態度で返すのが筋というもの。


「今後、俺と奴らの関係がどうなるかは向こうの出方次第。ゼロにはしてやったっんだから、もう俺からすることはねぇ。ただまあ、ゼロからコツコツ好感度を稼いでくるなら、良い関係だって築けるんじゃねえの?」

「……ま、アタシらからすれば、それだけでも上々か。表立って空気が悪くならなきゃそれで良い」

「もう安心してよさそうですけどね。事実上の戦姫扱いと通達されてるなら、そんな心配することもなさそうですし」

「そう願うよ」


 ま、普段のアクダマを見れば分かるように、戦姫は割とフリーダムに過ごしているし、それが黙認されているのだ。時音ちゃんの言う通り、戦姫として扱われる俺の言動だってとやかく言われることはないだろう。

 そんな風に考えていると、時音ちゃんが閃いたと言うかの如く手を叩いた。


「あ、じゃあ歩さん。今日ちょっとお祝いしませんか?」

「え、急に何?」

「いやほら、加藤さんたちと和解したってことは、対策局の一員として全員から正式に認められたようなものじゃないですか。今日という訳ではないですけど、正式に配属だってされましたし。色んな意味で記念すべき日じゃないですか」

「……あー」


 はいはいはい。時音ちゃんの言いたいことは理解した。つまり今日は『俺が正式に組織の一員になった記念』と。

 なるほどなるほど。確かにそう言われてみれば、うん。お祝いという提案も分からなくもない。……俺がそういう情緒に価値を見出していないことを除けば、だが。


「そんな訳で、二人でどっかご飯でもと」

「待ってそこで何故他の二人を省く?」


 アレおかしいぞ? 話の流れ的に、時音ちゃんが俺の歓迎会擬きをやろうとしてたんじゃないの? 何か今の台詞で、実際の目的は俺との食事で、理由の方は適当にでっち上げただけに聞こえるぞ?


「この場でそんな提案すんなら、せめてここにいるメンバーは誘おうや」

「え? ……あっ!? そういう意味で言ったんじゃないですよ!? 私、そこまで空気読めないタイプじゃないですからね!?」


 えー? 本当にござるかー?


「いや本当ですよ!? 単に環さんも奏さんも大人数でご飯行ったりしないってだけで!」

「……と、後輩さんが申してますが?」

「アタシ、余程の用じゃなきゃ夕飯とかは家で作る派。少なくともお前の歓迎会擬きじゃ考慮にも値しねぇ」

「私も仕事終わりとか、プライベートなら一人で食べる派かなぁ。あんま大人数での食事とか好きじゃないんだよね」

「まさかのガチなやーつ」


 マジで誘ったところで断るタイプの人たちだったとは。てか、姐さんが辛辣過ぎるのはいつものことだけど、アクダマが一人飯派なのは意外だった。


「何でアクダマ一人飯派なの?」

「単純にご飯は一人で黙々とガッツリ食べたい」

「あ、なるほど」


 孤独でグルメなタイプの人でしたか。そう言われると何か納得。確かにアクダマ、パッと見は騒がしいアホキャラだけど、本質はインテリジェンスでドライな奴でしたね。


「そんな訳で、二人というのは何の下心もないんです。……で、どうですか?」

「んー、そうさなぁ……」


 個人的にはこういう記念で云々ってのは、ちょっと面倒に感じる。なにせ俺本人が全く記念に思ってない訳で。単純に飯ってだけなら構わんのだけど、それはそれのして時音ちゃんと二人でってのがなぁ。ガッツリ好意を向けてきてる相手との二人飯はハードルが高い。アクダマや姐さんが参加するのなら全然有りなのだけど。

 ……んー、これは時音ちゃんには悪いけど断ろうかなぁ。


「あまり好感触ではなさそうですね? 記念ですし私が奢りますよ? お金は持ってる方ですし」

「いや中学生に奢らせるとかねえから」


 幾らキミが戦姫で稼いでてもそれはねぇよ。高校生が中学生女子に奢られるとか悲しすぎるわ


「折角のお誘いだけどねぇ……」

「……残念です。父の知り合いがやってる、一見さんお断りの高級鉄板焼き店を紹介したかったんですが」

「OK今夜は二人きりでディナーと洒落こもうか」


 そういうことなら話は別ですね! 対策局の一員となった記念すべき日ですし!?


「……アユ君って鉄板焼き好きなの?」

「いや、そんな食ったことはない。でも、お高いところの鉄板焼き屋の動画とかテンション上がらない?」

「分かる」


 あれちょっと生で見てみたかったんよねぇ。




 ーーーーーー

 あとがき

 はい。この話でもって第一章はほぼ終わりです。一応、次にエピローグというか、次の章への導入的な話はありますが、取り敢えずひと段落と思っていただけると。

 やったことないのでアレですが、章設定とかできたらやるかもしれません。

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