第30話 やべぇ奴の職場関係 その三
《side東堂歩》
呆れ顔の姐さんたちをオーディエンスに、筆頭ハゲと机越しに向かい合う。
ふむ。俺とハゲの一派が、水と油レベルで相性が悪いのは見ての通り。その上で謝罪をすると言うのだから、余程のことではないかと思う。少なくとも、俺なら嫌いな奴に頭を下げるのは余程の理由がないと嫌だ。
だからこそ、この筆頭ハゲとその一派の真意というのが気になる訳で。
「さて。個人的には、こういう真面目そうな会話は雑談を適度に挟んでいきたいが。現状の俺とアンタの関係じゃ、余計な雑談を交わすってのはちと違うよな?」
「そうだな。そして私としても、こういう真面目な話で雑談を挟むのは好きではない」
速攻で真逆のことを言ってくる筆頭ハゲにイラッ。相変わらずソリが合わねぇなぁ。
「……ま、良いだろう。簡潔にいこう。俺が訊きたいのは二つ。『謝罪の理由』と『関係性のリセットを求めた理由』だ」
サクサク話を進める為に、俺が求めている部分を筆頭ハゲに分かりやすく提示。はてさて。これで一体どんな言葉が出てくるのやら。
「ではまず謝罪の理由から。私、そして他の者たちが東堂に対して何度も態度を改めるよう伝えたのは、私たちの仕事が命懸けのものだからだ」
「ま、馬鹿が一人いるだけで死人が出かねない仕事だわな」
幾ら戦姫という対抗手段がいるとはいえ、物理無効の怪物と生身で相対する可能性が高いのが現場職員だしな。世間一般の評価ではブラックを超えてクソ認定だろうよ。
そんな訳で筆頭ハゲの言葉には全面的に同意したのだが、返ってきたのは筆頭ハゲのひくついた表情だった。あん?
「……それを理解していてあの態度だったのかお前は」
「態度と仕事は関係あるめぇよ。少なくとも、自分の不覚で誰かの命を危険に晒す、なんて無様を俺は絶対にしないからな」
目の前でナマモノが現れようが、俺は自分の力で対処ができる。
俺の目の前で誰かが襲われようが、余程の距離がなければその間に割って入ることはできる。
俺と誰かが孤立し、ナマモノたちに囲まれようが、少数ならば俺がそいつらを抱えて包囲を突破できる。
俺にはその自信があった。可能という確信があった。だから命懸けの仕事だろうと自然体で過ごしていた。
「……ああ。お前がここに入った当初なら兎も角、今はそれが可能であることは理解している。だからこその謝罪だ」
「というと?」
「まず大前提として、今でこそ私たちの認識が誤りであったと認めているが、当初の私たちの判断は何も間違っていないと断言しておく。あの時点においては、何度時間をやり直そうが私たちは絶対にお前のことを認めない」
「……これ謝罪にかこつけて喧嘩売られているのかしら?」
いや、なんとなく筆頭ハゲの言いたいことは理解できてきたけどよ。
今の俺とかつての俺にないもの。物理的なものではなく、どちらかと言うと俺の周囲に影響を及ぼすもの。それ即ち実績であり、つまりこの前の一件に関するアレコレだ。
「つまりアレか? あの時点での俺は実績も何も無い、イキっただけのクソガキだったと?」
「そうだ」
「おうそこは即答で肯定すんじゃねえよ」
曲がりなりにも謝罪してる相手だぞ。例え事実だと思っても言葉ぐらい濁せや。
「兎も角。そういう理由から私たちは何度もお前に注意をしてたんだ。お前の態度は共に仕事するには酷過ぎる。お前自身は元より、共に現場に出る私たち、それどころか人類の希望たる戦姫にすら危険が及ぶ可能性があった。人死にが出てからでは遅いからな」
「ああ。知ってるよ」
俺だって馬鹿じゃない。コイツらがそんな考えから文句を浴びせてきてたのは十分に理解してるとも。だが、俺はその上で一切聞き入れなかった。その全てが杞憂であると知っていたから。そんな杞憂に付き合ってられるかと失笑していた訳だ。
「分かった上で無視してたんだから、何かあるって分かるだろうによ」
「……普通の人間はイクリプスを圧倒できんし、あんな災害規模の破壊を行えん」
「だーかーらー。それを伝える程の関係を築く前に、そっちが喧嘩売ってきたんじゃろがい。初っ端から敵対してる相手にわざわざ自分の秘密を伝えるかっての」
「いや言えよ。これ仕事だぞ馬鹿。ということで加藤さんに一票」
「アユ君の非常識を前情報無しで理解しろってのが無理。そこで報告するのが大人の対応」
「外野うるさい」
余計なジャッジはいらねぇんですよ。
「ったく。……つまりアンタはこう言いたい訳だ。俺の実力を認めるから、これまでの評価と文句は撤回すると」
「そういうことになる。お前はあの一件で自らの力を証明した。上級イクリプスと戦い、圧倒する力を。そしてなにより、自らの身を投げ捨ててまで小森君を守った。例え自分の安全を理解した上であっても、それは現場職員としてなにより必要なものだ。その一点だけで、私たちは東堂のことを認める……いや、こんな上から目線な言い方では語弊があるな。ここは同じ現場職員として敬意を表すると言っておこうか」
「……さよけ」
「もしかしてだけど、お前照れてる?」
「ごめん違う」
「あ、この声音はマジで違う奴だ。今の台詞、ただ搾り出した感じの奴だ」
いや、その、うん。なんだろうね? 一切の含みなく賞賛を浴びているのだろうけど、これまでの間柄的に凄い寒気がするんだよ。
漫画とかだと敵に強さを認められたりするシーンがあるけど、今回はそんな胸熱な展開じゃないからか? 俺とハゲども、互角にバトったりする関係じゃなくて、単純に罵りあってメンチ切り合う関係だし。褒められたところで不気味さが勝つというか、ゴリッゴリのオカマに流し目で『あなた可愛いわね?』とか言われた気分だ。
「……まあ、良いだろう。理由は把握した。謝罪の方も受け入れよう。俺を認めるってことは、これからはアンタらが余計な文句を言ってこねえってことだろ?」
「そうだ。単純な実力は勿論、お前がやる時はやる人間だということは十分に理解できたからな。実力があり、実績がある人間に細かいことをとやかく言うつもりは無い。……先程のような公序良俗に反するような行為や、お前の方から突っかかってきた場合は話が別だがな」
「真面目か。アレを公序良俗に反すると判断するのはどうかと思うぞ……。少なくとも最初の方は膝に座らせて頭撫でてただけだろうよ」
後半はちょっと自分でもアレなことしてる自覚はあったけども。
「休憩室のような公共の場でやるなと言っているんだ。せめて人目をはばかって隠れてやれ!」
「……意外と柔軟な叫びに驚いている俺がいる」
コイツの性格からして、いかがわしい行為はやるなと言われると思ったのだが。隠れてやれって言葉が飛んでくるのは予想外だった。
そんな俺の驚きに対して、筆頭ハゲの反応は実にどうでも良さそうなものであった。
「子供がイチャつくぐらいでそう目くじらを立てるか。認識しなければ無いのと同じだ。人目を気にして隠れてやるなら何も言わん。流石に性行為に連なるようなことはアウトだが」
「……ああ。そういやアンタもオッサンの系譜か。そりゃそんな思考もするわな」
幾ら生真面目な性格とはいえ、コイツもまた裏の世界の住人で、なんなら隠蔽班も兼ねた仕事をしてる人間だ。更に言えば、試験と称して真剣で斬りかかってくる人斬り擬きの部下だ。妙に柔軟でも不思議じゃないか。
「……ま、了解だよ。俺から突っかかるってのも心配すんな。俺としても謝罪してきた相手にわざわざ喧嘩売る程暇してねぇ。ただ、ナチュラルに煽る癖があるのはそこは理解してくれや」
「自覚あるなら治せよ」
「てか、アユ君の煽りレベルだと世間一般では普通に喧嘩売った判定じゃない?」
「だから外野うるさい」
余計なジャッジをするなと言うとろうに。姐さんは兎も角ゼンダマはそろそろアクダマに降格させんぞ。
「んじゃ次だ。『関係のリセット』ってのはどういうことだ?」
「まず今までの会話で、私たちは内心はどうあれ表立って対立することがなくなった。そういう認識で構わないな?」
「まあ、そうなるな」
ハゲの一派は俺の態度にわざわざ文句を言ってこないと宣言し、俺は俺で自分からコイツらに絡みにいかないと宣言したのだ。あそこまでガッツリ敵対してた以上、俺もコイツの一派も互いに好感度は著しく低いだろうが、それはそれでこれはこれ。筆頭ハゲの言葉どうり、内心はどうあれ変にバチることは多分ないだろうよ。
「そうである以上、少なくとも現場においてはスムーズに連携を取れるようにしておきたい。その為の関係のリセットを提案したい」
「……なるほど。つまりこれまでの敵対は無かったことにして、俺とそっちでフラットな関係にしたいと」
関係性のリセット。つまるところもう一回初対面から始めましょうねってことだ。
普通に考ええれば随分と図々しい提案ではある。俺だって人間であり、感情がある。嫌いな奴を相手にスムーズなコミュニケーションを取りたいとは思えない。感情ってのは複雑だ。プラスからマイナスになるのは一瞬だが、マイナスをプラスに、ゼロに戻すのだって実に難しいのだから。
とは言え、連携不足というのはコイツらの場合ガチで命の危険に直結する。だからこの提案もある意味で妥当だ。
「──残念だが、その必要性は感じねぇなぁ。俺、現場職員だけど現場職員じゃねえし」
だが、それは俺がその連携に組み込まれることが前提の上で成り立つ提案であり、事実上の戦姫として扱われる俺にとってはほぼ意味のないことだ。
なにせ現場職員とは現場における戦姫のサポート。つまり戦姫扱いである俺は、コイツらの連携の恩恵を受かる側にいるのだ。
だからこそ、この筆頭ハゲの提案は無意味なものであるのだが──。
「それは知っているとも。東堂が書類上の現場職員であり、実際は戦姫相当として扱われることは既に通達されている」
返ってきたのは承知の上での提案だという言葉。
「……ほう? なら余計にこの提案の意味が分かんねぇな。サポートを受ける側の俺にする話じゃねぇだろ?」
「否だな。私たち現場職員はプロだ。プロである以上、公私混同はしないと断言できる。故に東堂へのサポートも全力で行う。問題は、お前がそれを素直に受け入れるかどうかということだ」
……っ。
「くっ、くくくっ、アッハッハッハッハッ!! つまりアレか!? お前は俺が聞き分けのない餓鬼の可能性を考えたから、わざわざこういう提案をしてきたってことか!?」
ああっ、なるほど。確かにそういう不安があるなら提案してくるよなぁ。サポートする側が万全を期しても、受ける側が感情に任せて無視すれば全てが無意味だもんな!
いはやは。実に面白い理由だ! なんて想像力豊かなんだろうなコイツは!
「さっきのいかがわしい判定といい、随分と妄想が得意なようで尊敬するよ」
「最悪を想定するのも現場職員の仕事だ。それを未然に防ぐよう動くこともな。……更に言えば、お前の普段の態度ではその可能性が浮上するのも仕方ないだろう」
「なるほど。それを言われちゃあ否定はできねぇか!」
好き嫌いははっきり口にするタイプだからな俺は! アイ・アム・NOと言える日本人!
「おーけーおーけー。盛大に笑わせてくれた礼だ。その提案を受けようじゃねえか筆頭ハゲ」
「そうか。感謝する。……だが、関係性をリセットした以上その呼び方はなんとかならないのか? 私には加藤佐助という名前がある」
「悪いな。これは関係性リセットした上での呼び名だよ。なにせ俺は今さっき、状況も読めない馬鹿なクソ餓鬼扱いされたからな!」
喧嘩を売られたら買う主義なんだよ俺は。例えそれが、俺の力を理解した上で真正面から妄想を叩きつけてくる愉快な奴が相手でもな!
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