第28話 やべぇ奴の職場関係 その一

《side東堂歩》


 さて。小森さんが悪しき先輩に洗脳され、図らずも俺のヒロイン枠に収まってしまった日からはや三日。勿論、その間無為に過ごしていた訳でなく、議論メインで洗脳を解こうと頑張ったのだが……。『一度火がついたら止まらない』という言葉があるように、例えきっかけが洗脳であっても恋は恋。残念ながら俺程度の話術では小森さんを止めることはできなかった。……何がキツいって、こういうので一番効果的な『奇行』で冷水ぶっかける方法が使えないということなんだよなぁ。そもそも普段から奇行ばっかりしている俺に恋をしている訳で。大抵のことじゃ小森さんも動じねえし、ガッツリ説得してたせいか何をやっても『多分わざと』って認識されるし。それでも尚ドン引きされるような行動は流石の俺もやりたくないし。

 そんなこんなで職場の人間関係で悩んでいる今日この頃。


「えー? 超美少女な年下の同僚に恋されるって人生勝ち組じゃない?」

「HAHAHA。元凶が言いよるなこの野郎。くらえデコピン」

「いったぁぁぁぁ!!??!?」


 悪しき先輩がなめたことを抜かしてくれたので、ささやかな報復を行った。尚、音的には『ピン!』ではなく『ズドンッ』だった。


「……およそデコピンで出る音じゃねぇ……」

「……模擬戦じゃ魔導を喰らっても不敵に笑う環さんが転がって悶絶を……」


 ゴロゴロ転がって叫び続ける阿呆と、それに慄く元凶その二とその零。因みにその二が姐さんでその零が小森さん。小森さんが零なのは原因であって元凶じゃないから。そしてその一たる環は第一級戦犯である。


「ちょっと酷くないアユ君!? 頭飛んだかと思ったんだけど!?」

「そうか。じゃあ次はアンパン持ってくるよ」

「本気で飛ばそうとしないで!? アユ君だとマジでアンパンでもそれぐらいの威力出せるでしょ!?」

「そうじゃの。豆腐の角でもコンクリ壊せるな」

「故事の類を進化させて実現しちゃいかんのよ……」


 できるんだからしょうがなくない?

 そんな風に二人でギャースカ騒いでたら、小森さんと姐さんがポツリ。


「……なんでしょうね。二人の会話で地味にこっちまでダメージ来てるんですが」

「ここまでガッツリ厄ネタ扱いされてると時音も不憫だよな」


 おっと随分イタいところを。


「……あのねお二人さん。何度も言うけど、小森さんのことは嫌ってないのよ? このアクダマの台詞に便乗するのは癪だけど、人生勝ち組なぐらい嬉しいことだと思ってるのよ」

「アクダマて」

「俺に良いことしたらゼンダマって呼んでやるよ」

「どうやっても菌かコレステロールにしかならないのか……」


 俺の中ではキミはもうそういう存在だからな。……それはそうといい仇名ができたな。さん付けする気も失せてたし、かといって呼び捨てはなんか違和感あったから丁度良い。


「……アダ名が誕生してる。良いなぁ……」

「おーい。そろそろマジで時音が可哀想になってきたぞ」

「今のやり取りで!?」

「私完全に不名誉な扱いされてたよね!?」


 蔑称に近いアダ名ですら羨ましいと申すか! 恋する乙女は想像以上だなオイ!


「だって東堂さん未だに私のこと苗字とさん付けじゃないですか……」

「それは単に呼び名を変える必要性が無かっただけなんですが」


 呼び名って切っ掛けでもなければ基本変わらないじゃん?


「……私だけ他人行儀な気がして嫌なんですよぅ……」

「じゃあ時音さん」

「……もう一声」

「時音?」

「……念の為ちゃん付けでも」

「時音ちゃん?」

「あ、はい! 呼び捨てよりそっちが良いです! あと私も歩さんって呼びますね!」

「ア、ハイ」

「やった!」


 あらヤダ凄い満面の笑み。何かこの子、この三日で吹っ切れたのか大分犬っぽくなったのよね。ちょっと頭に『バ』がつく懐いた系の。元々野生的な部分があったからからかしら?


「……もうこれペット枠で接した方が良いんじゃね?」

「いや恋愛対象として見てやれよ」

「それちょっと異文化なんで」


 理解できないものはどうしようもない。


「……別に私は性欲だけで見てくれても良いですけどね。そこから落としてみせますし」

「変な決意してるところ悪いけどちょっと黙ろ? ほらペットみたいに撫でて可愛がってあげるからこっち来なさい」

「良いんですか!?」

「えー……」


 ……冗談のつもりが本当に来たよマジかオイ。最初の方は目すらマトモに合わせられなかったのにと、膝の上に飛び込んできたポン犬の頭を撫でながら遠い目。


「……台詞の割に凄い手慣れてるんだけど。実は日夜女の子を転がしてるクソ野郎なのでは?」

「いやこれ時音の方が駄目なだけだろ」


 姐さん正解。何でこの子こんなにポンコツに……元から片鱗はあったなぁ。


「何でこんな職場の人間関係で悩まにゃならんのか……」

「八割ぐらい自業自得では?」

「おうこれに関してはアクダマお前が原因十割だよ」


 俺がやったのなんて身体張って時音ちゃんの命守ったぐらいだよ!


「いやそんな風にイチャつきながら言われてもね?」

「……本当に休憩室で何をやっているんだお前は……」

「あ?」


 アクダマに被せる形で何か知らない男の声が飛んできましたね? このイラッとくる声音は一体誰でしょう?


「あ、加藤さんじゃん。どもです」

「……やっぱり筆頭ハゲかこの野郎」

「相変わらず態度が悪いなお前は……!」


 振り返った先にいたのは怒りで身体を震わす三十代ぐらいの男。名を加藤なんちゃら。俺を蛇蝎の如く嫌う現場職員一派の筆頭ハゲである。因みに言っておくと髪型はオールバック。ただ俺の中ではコイツ、というかコイツの一派は全員ハゲだ。


「なによ筆頭ハゲ。飽きもせずに絡みにきたのか? アンタも暇やの」

「ただの休憩だ! そして公共の場でそんないかがわしいことしてたら誰でもツッコむ!」


 あらやだ反応が童貞。時音ちゃんを膝に乗せて頭撫でてるだけなんですけどー?


「ごめんあそばせ? お真面目様には刺激が強かったようで」

「このクソガキが……!!!」

「……ここぞとばかりに煽りよる……」

「加藤さん。コイツの戯言に付き合ってたら身が持たないっすよ」

「……あ、すみません。確かに非常識でした。今降り……歩さん!? 何でここぞとばかりに抱き寄せるんですか!? 嬉しいですけど今はちょっと……!?」


 スマンの時音ちゃん。この筆頭ハゲを煽る為にキミを逃がす訳にはいかんのじゃ。その分ガッツリ可愛がって上げるから許して?


「ほれギュー。ついでにわしゃわしゃわしゃ」

「……っ、あのその、はぅ……!?」

「……アユ君? あーた色んな意味で最低なことやってる自覚ある?」

「コイツこれで恋愛異文化とかほざいたのか。クズだろ」


 アクダマと姐さんからゴミを見るような眼差しを向けられてるけど気にしない。大丈夫大丈夫。腕の中で真っ赤に縮こまってる時音ちゃんは嫌がってないから。むしろ段々恍惚な表情になってきて俺のが内心気まずいから……。


「それでも俺はこれを止めない。絶対零度の視線が飛んでこようが、内心ちょっと気まずくなって地雷原でタップダンスしてる気分だろうが! それでも俺はこの筆頭ハゲを煽るんだ……!!」

「変な決意を見せるなこのバカ者が!!!」

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