第25話 やべぇ奴の立場

《side東堂歩》


 意外と世の中は不思議で満ちているのだなぁと実感し、戦姫三人から『お前が一番の意味不だ』的なニュアンスのツッコミがプレゼントされ。

 それから暫くの間、その意味不の解明の為にモルモットにされる日々が決定しましたとさ。


「PUIPUI」

「……採血の度にやけに上手いモルモットの鳴き真似するの止めてくれるかしら?」

「いや暇なんで」


 そんな訳で、あの出動からはや五日。出勤の度に神崎さんとマンツーマンで、採血を筆頭とした検査を延々と受けさせられているのです。端的に言ってくそ退屈。毎回健康診断って言えば分かるべ?


「これならまだ面倒なハゲたちとメンチきりあってる方が建設的っすなー」

「管理職としては、組織内で余計な不和を齎さないで欲しいのだけど?」

「それぐらい退屈ってことっすよ」


 こっちだってあんな不毛な行為、進んでやりたくないっての。ハゲだけに。


「あ、でもアレか。未だに現場職員は殆ど隠蔽作業で出払ってるっけ。ハゲどももいねえじゃん」

「そりゃあの規模の破壊だもの。最低限の形を整えるのにも一週間は欲しいわねー」

「へー」


 慣れた手付きで血を抜きながら、神崎さんは現場職員の隠蔽作業というものを説明してくれた。


「ざっくり言うとね、まず対象箇所の周囲に人払いと幻影の結界を張って、それを定着させるの。これが今回の場合だと大体一週間ぐらい。で、人目や機械を持続的に誤魔化せるようになったら取り敢えず一段落。そこから少しづつ人員を減らしながら、物理的な隠蔽に入るの。今回の場合は植林ね」

「植林」

「そ。他所からこっそり持ってきた樹木や、ダミーの樹木を植えて、ある程度まで誤魔化すの。その後は幾つかの樹木を適当な理由で伐採したことにして、おしまいって感じ。ま、本当はもっと煩雑な作業や手付きがあるけどね」


 神崎さん曰く、現代社会では何処に誰の目があるかも知れず、更には大抵のことはデータとして管理されるようになっている。だからこそ、最初に何としてでも目を誤魔化し、そこから現実とデータを誤魔化しながら、辻褄を合わせていく必要があるのだとか。

 いやはや。良くやるというかご苦労さまというか。俺だったら絶対途中でバックれてるなぁ。


「あれ? もしかしなくても俺、現場職員向いてねぇんじゃねえか……?」

「凄い今更じゃないそれ?」


 いやだって、何か予想以上にダルそうな内容だったんだもん。そんな作業をやり続ける自信は全く無いし。しかもあの七面倒なハゲたちと一緒に? え、ストレスで俺までハゲるんだけど。


「神崎さーん。ちょっと退職届け出したいんですけど」

「却下。ここまでドップリ関わっておいて、尚且つやらかしておいてそれは無理よ。バイトじゃないんだから」

「バイト待遇って言ったのそっちでは!?」


 給料安い代わりに業務責任が軽いのがバイトなんですが!? そんな即答で退職願いが却下されるとかどブラックじゃねえか!


「ああ、うん。そういう反応は要らないから。東堂君、普通に頭良いんだからその辺の理屈は分かるでしょ?」

「戯言でのコミユニケーションを冷静に返されると困るんですが」


 人に戯言放つのは僕にとっての挨拶なんです。そこで面白いリアクションが返ってきて初めて会話になるんです。冷静に返されたら僕がただのやべぇ奴じゃないですか。やべぇ奴なんだけどさ。


「いや、私にそれを求められてもね。そういうのは支部長や源内さんにお願い」

「サラッと上司と同僚売ったよこの人」


 いや、うん。俺の扱いから大体分かってはいたけどさ。神崎さんって性格的に黒幕フィクサータイプなんよね。だから本当に予想外のこと以外じゃそんなに驚かないし、俺の戯言を適当にあしらったり上手く返してくるんよ。オッサンや無色支部長とはタイプが全然違うというか。あの二人は熱血系越えられる師匠キャラと不遇常識人キャラだから。


「それにキミの会話に付き合ってると、話題がドンドン脱線していっちゃうから」

「合間の雑談なんですから問題無しでは?」


 この会話に目的も終わりもないじゃないっすか。だってメインは採血から始まった検査全般な訳で。それも神崎さんが会話しながらテキパキ進めてるんだから、不都合なんてないのでは? むしろこっちとしては会話が続くと暇が潰れて好都合ですしおすし。


「んー、それはそうなんだけどね。話の流れで丁度良かったから、ちょっと真面目な話に入りたいのよ」

「はん?」

「という訳ではいコレ」


 そう言って神崎さんが何処からともなく取り出してきたのは、ちょっと上等な紙で造られた封筒だった。


「え、何これ怖い」

「何で怖がるの?」

「学生が上等な封筒を見慣れてるとでも?」

「そういうものかしら?」

「そういうもんです」


 こういう書類を見ると身構えるんですよ。何かやらかしたかなぁとか、変な請求でも来たかなぁとか。色々と考えちゃうの。やらかし云々は心当たりがあり過ぎるので、前者はそんなに気にしてないけどね。メインで怖いのは請求とかの方かなぁ。


「で、何なんですコレ?」

「配属通知よ」

「配属つう……配属?」


 え、ちょっとそれ結構な重要書類では? こんな腕に血圧計ついてる状態で渡します?


「だってキミ、しっかり体裁整えたら内心面倒がるでしょ?」

「よく分かってらっしゃる」


 そう言われると文句も言えないな。元からないけど。

 ま、兎も角。拝見拝見。


「……と言っても、普通に現場職員で決定しただけか」


 予想通りというかなんというか。最初から現場職員候補として研修してた訳だし、意外性もない内容だったな。……それはそれとして現場職員が凄い面倒そうって知って、かなりやりたくないのだけどどうしよう?


「と言ってもその内容、実際は嘘なのだけどね」

「わっつ?」


 待って。速攻で書類をただの紙切れに変えられたんだけど。どういうことなの?


「書類上は現場職員なのよ。ただキミの戦闘力は、サポートとして腐らせるには惜しすぎるわ。だから実際は戦姫と同じ扱い、簡単に言うと準戦姫としてイクリプスと戦って貰う予定よ」

「……じゃあ普通に戦姫で良いのでは?」


 何でわざわざ現場職員なんて肩書きをつけるのさ。


「戦姫=女の子なの。なる?」

「なりませんが!?」


 何ナチュラルにTS勧めてんだこの人!? そこでノータイムに頷く程男捨てちゃいねえよ俺!? って言うかできるの!?


「てか、なら戦姫っぽい役職適当に作りゃ良いんじゃないすかね!?」

「組織の中で正式な役職を新しく作るとか、どんだけ手間が掛かると思ってるのー?」

「裏組織の割りに融通効かねえな!?」


 言ってることは分かるけども。それでもこう、もうちょいファジーでライトなノリでできんの? 戦姫のメンバーとかめっちゃフリーダムにしてるんだから、そういう頭の柔らかいノリを期待したいのですが。


「まあ、正直な話をするとね。海外応援に行ってる二人を見れば分かるとおり、日本の戦姫って結構『政治』で利用されがちなのよ。対イクリプスでは諸外国に比べて余裕があるからなのだけど、かと言って防衛戦力が上の都合で頻繁に上下するってのは宜しくないじゃない?」

「まあ確かに」


 余裕があるからって削って良い訳では断じてないからなぁ。特にこういう戦闘とかでは。追加投入できる予備戦力は大事。猿でも分かるね。


「だからこの支部の裁量で自由に運用できる、対イクリプス戦力が前々から欲しかったの。で、そこに現れたのがキミって訳。ならやるっきゃないじゃない? 戦姫と違って現場職員なら、上の意向とか無視してこっちで好きに運用できるし」

「えー……」


 言ってることは分かるけども。だからと言ってそういうダークでヘヴィなノリは求めてないのよ。言ってる内容が私設軍を抱えてる権力者なのよ。


「つまり俺が現場職員なのは、上層部から気付かれない為かつ、気付かれた時に言い訳できるようにと?」

「そういうこと」

「えー。何か上手い具合に利用されてるみたいで嫌なんですが」

「あら? 一応、戦姫と同じで仕事は戦闘メインでそれ以外は基本自由。書類仕事もせいぜいが出動後の報告書ぐらい。それでいてお給料は大体これぐらいになる予定なのだけど?」

「素晴らしいですね。ナイスアイデアだと思います」


 ゼロがいっぱい並んでて大変素敵だと思います。是非その待遇でお願いします。

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