第21話 やべぇ奴の本領 その2

《side東堂歩》


「試してみたいことってのは、俺の本気がナマモノに通用するかってことな訳よ」


 分かりやすい解説の為に、ナマモノを敢えて掲げながら環さんに向き直る。尚、掲げたナマモノは抵抗防止として直ちにタオル回しの刑に処された模様。


「物理無効。このクソ特性がどこまでクソなのかを検証する。具体的に言うと、俺のスーパーでワンダフルな超必技の数々のうち、通用しそうな奴を三つ程試してみる」

「すーぱーでわんだふる」

「そうだ」


 絵面のせいか酷い棒読みのオウム返しだったが、そこは敢えてスルー。解説に必要なのは正確性。しかしそこにエンターテインメントの要素が加わるのなら、優先順位は正確性より臨場感が上回る!


「既に環さんは理解した通り、俺はちょっとばかし人より凄いことができる」

「ちょっと?」

「ちょっとだよ。結果が上限突破してるだけで、俺のできることは大抵が人体で可能な行為の延長線上にある」


 大地を砕く結果は打撃の延長だ。音よりも早く動く結果は疾走の延長だ。熱線を払った結果は羽虫を払う行為の延長だ。俺がやってることなんて、ただこの五体でできることの先にあることでしかない。


「俺がお手本としているのは創作物──空想フィクションだ。何故なら創作物とは人が夢想した結果が形となったもの。即ち人類の可能性」


 人間が思い描くものは、いつの日か人が辿り着けるもの。空想は時の流れの先で現実となる。空に憧れた人類が鉄の翼を手に入れたように。月を目指した人類が宇宙へと至ったように!


「空想を現実に。それは人類の持つ特権だ。そして俺は、その特権が少しばかり強いらしい」

「その割にはアユ君、魔力っていう一番簡単に空想をどうこうできるツールを使えないよね」

「そこはもうシンプルに才能が無いんだよきっと……」


 いや本当ね。カッコつけてるけどその部分だけはマジでアレよなぁ。魔力なんて存在しないと思ってた時は兎も角、魔導とか知ってる今だと何で使えないのかってレベルでうんともすんともなのよな。素手で岩砕くより魔力使って岩砕いた方が絶対早いのに……。


「ま、ともあれだ。そういう空想の一部を再現したり、それっぽいものを仕立て上げることが俺の趣味にして特技。で、そういう作中技の中には、丁度良さそうなのが幾つかある」


 それを試してみるというのが今回の趣旨。まあ、一番はおしゃぶりの報復。ぶっちゃけ興味本位な部分が大きいので、駄目だった時はその時だ。

 という訳で実験その一。


「一つ目は殴り方を工夫する。再現するのは、丁度さっき話してた有名な海賊漫画の技だ」

「私あの漫画そんな詳しく無いんだけど」

「読もうや。……まあ、俺も最近は追えてないけど」

「え、意外」


 いや、うん。オタクだからと言ってメジャー所を全部網羅してる訳じゃなくてね……。途中までは追ってたんだけど、色々あって追えなくなったの。単行本はスペースと金銭的な理由で集められんし、本誌も似たような理由で買ってない。電子書籍はそもそも使ってない。アニメの方は嫌いじゃなかったけど、俺が観てた時は本編の尺が二十分切ってたから、その、ね……。まあそもそも、原作もアニメもスタートしたのがマジで幼少期だったから。定期購読してたりしないと、あの辺りの年代の作品って意外と馴染みがないものなのですよ。


「ま、ぶっちゃけニワカ寄りだったりするのよな。それでも浪漫と感動に溢れた名作だから、ある程度の履修は済ませてるけど。だから作中技の幾つかも習得してる」

「何が『だから』なのかは分からないんだけど」


 技術の習得や上達に必要なのは【才能】と【知識】と【愛】だよ。因みに【努力】、というか練習は大前提なので省く。まあ、一部の本物はその大前提すら無視するけど。

 で、俺は分類的には一部の本物に入る訳だが。残念ながら該当作品に対する【知識】と【愛】はニワカ相当なので、作中技全てを完全再現するには至っていないのだ。だからある程度。


「それでも今回敢えてチョイスしたのは、あの作品は物理無効の敵がわんさか出てくるからだ。そして当然ながら、それに対抗する為の技もまた多く存在している」


 つまるところ覇○。設定では意思の力であり、作中では物理無効の敵の実態を捉えることでダメージを与えている。

 故にこそ、原理は違えど物理無効のナマモノにも通用するかもしれない。


「これより再現するのは、かの物語において伝説と言われる英雄の一撃。この能力においては作中屈指の練度を誇るであろう海兵の模倣」


 ナマモノを目の前に掲げ、拳を構える。必殺の意思を拳に。感覚を研ぎ澄まし、目の前の不可解の存在を輪郭を捉えろ!


「【作中再現・ゲンコツ】!!」

『ギュラァッ!?』


 放たれた拳は見事にナマモノの胴体にめり込み、そのまま吹き飛ばす。その軌道は斜め下。大地を抉り、木々を薙ぎ倒しながら飛ぶこと約五十メートル。


「……うわぁ……」


 後ろからドン引きの声が聞こえてくる。大柄は成人男性サイズのナマモノが、自然を破壊しながらカッ飛ぶ光景は、中々に衝撃的だった模様。


「……こっわ。あんな風に吹っ飛ぶとかこっわ。魔導無しで出して良い威力じゃないんだけど」

「アレでも飛び過ぎないよう威力は抑えたんじゃが」

「こっわ。……あとノリノリで技名叫ぶのもちょっと怖い」

「作品に対するリスペクトじゃい! そこは曲げちゃいかんところだ!!」


 俺の技はその全てにモチーフがあるの! 技名を叫ぶのは一種のクレジット! そこを恥ずかしがるのはモチーフに対する侮辱なんだよ!……ていうかキミら戦姫だって魔導の名前叫んでるじゃん!


「いやアレは半分音声入力みたいなもんだから。ちゃんと意味あるし」

「俺だって自分なりに意味あるんですー!」


 決してイタい中二病って訳じゃないんですー。……まあ、この歳になっても作中技を再現して遊んでるから似たようなもんだけども。


「そこはうん。実際に再現できてるから、拘りと言われたら何も言わないけど」

「……あっさり引くのな」

「いや、今はもっと重要なことあるし……。結果は?」


 横道に逸れてる場合じゃないと真顔で言われた。意外とこういうところは真面目だよなと思いながら、肩を竦めて答えとする。

 そして破壊の痕の先では、砂煙の先に既に見慣れた人型のシルエットが。


「殴った感じ手応え無し」

「……だと思った。威力は兎も角、見た目はただのパンチだったし」

「一応、実態を捉えた感じはあったんだけどなぁ」


 今までとは違ったものを『触れた』感触はあったが、残念ながらそこまでだった。やっぱり必要なのは魔力なのか、どうにも有効打になってる気がしない。


「もしかしたら【愛ある拳】なら効いてたかもしれんがなぁ……」


 かの英雄が持つ、もう一つの耐性貫通技(原理不明)。しかし残念なことに、俺はあのナマモノを憎むことはできても愛することができない。


「ま、気を取り直して次だ次」


 元々効けば儲けもの程度の実験だ。失敗しても引き摺るつもりは無いので、さっさと切り替えよう。


「取り敢えず、普通に殴っても無意味。ならアプローチを変えて、今度は謎物理を試してみようか」

「ナゾブツリ」

「そ。謎物理」


 正確に言えば、現代科学では観測できてないエネルギー。尚、魔力ではない。魔力ではないが、これもまたよく分からんエネルギー攻撃擬きだし、もしかしたらナマモノにも効くかもしれんとチョイス。


「出典はさっきと同じ。これより再現するのは、作中において偉大な父であった伝説の海賊の技。作中において名前は無く、しかしその極北は世界を滅ぼすとされた最強の断片」


 再び拳を握る。しかし、対象となるナマモノは五十メートルも先。更に言えば、距離が取れたことをこれ幸いと再び逃げ出そうとしている。だが関係ない。この技において、狙うのは敵ではない。故に距離も関係ない。


「【作中再現・グラララ】!!」


 拳を放つ。砕くのは敵ではなく、目の前の空間。それと同時に生じる大気のヒビ割れ。そして、その次の瞬間には視界内の全てが粉砕した。


「…………は?」


 後方から呆然とした、何処か理解を拒むような声が聞こえてくる。作中における名も無き技、伝説の海賊の不敵な笑みを仮初に冠した技が齎した破壊は、百戦錬磨の戦姫である環さんですら圧倒されるものだったようだ。


「…………あ、アユ君? イマ、ナニヤッタノカナ?」

「んー、説明は難しいんだが、空間を破壊してとんでもない衝撃波を発生させた?」


 自分で言ってもどういうことだってばよと思うのだが、実際の手応えからしてそんな感じなので仕方ないと思う。敢えて現象に名をつけるなら【次元振】。モチーフとなった技も振動に関するものなので、概要的には間違っていない筈。尚、物理学云々の視点は知らん。

 そんなあやふやなものではあるが、その威力は絶大の一言。『空間』なんていうそもそも壊れるようなものではないものが壊れた為か、発生する破壊エネルギーは凄まじいものとなる。発生した空間の亀裂の大きさは僅か一メートル弱。しかし、それによって齎された結果は、亀裂を起点に約五百メートルを扇状の更地に変えた。大地も、木々も粉砕され、その衝撃波は当然ナマモノも呑み込んだ。

 これ程の破壊だ。しかも元となったエネルギーは空間由来の謎物理仕様。ナマモノは異次元の魔力生命体らしいし、これなら通用するのではないか。



 ──しかし、



「アレでも無意味か……!」


 中々に有り得ない光景に、思わず笑みが零れた。視界の遥か先、更地となって見通しのよくなった大地の上で蠢く人型。

 物理無効の怪物たるイクリプスにとっては、謎物理ですら痛痒に感じていない証拠であった。


「……ふむ。謎物理と言えど物理は物理ということかね?」


 あのナマモノという種を害することができるのは魔力のみ。どれ程のエネルギーが込められていようが、発生源が不可思議なものであろうが、魔力が込められていなければ無意味と化す。このルールは中々に分厚く、突き破るのは難しいらしい。

 だが、だからこそ滾るというものだ……!


「これはやはり三つ目、本命を試すしかないみたいだな……!!」


 自然と更なる闘志が溢れ出てくる。おしゃぶりの恨みは勿論あるが、それはそれとしてこういう理不尽を粉砕するのは燃える。端的に言えば浪漫がある!


「結局のところ、足りないのは魔力な訳だ。だが──」

「アユ君?」

「ん?」


 良い感じにテンションが上がってきたところで、ガシッと肩を掴まれた。

 何だと思って振り向くと、そこには目が笑ってない笑顔を浮かべた環さんがいて。


「ちょっとステイ。擬態型をとっ捕まえてきて、今すぐここにお座り」


 ……クゥーン?







 ーーーー

 あとがき

 敢えて書きますが、作者としては作中で挙げた作品に対するディスの意味は全くありません。該当部分に関しては少なからず私の感想は混じっておりますが、作品単体としてみれば私が評価するなど烏滸がましい程の神作であると思っております。尚、一番好きなのはインペルダウンから戦争まで。キャラで好きなのはボンちゃん、ブルック、ハンニャバルです。

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