第19話 やべぇ奴の怒り
《side東堂歩》
さて。あのナマモノをぶっ飛ばすのは確定事項であるけれど、その前にまず情報を集めたいところ。さっきみたいな超変形からのおしゃぶりとかは二度と御免なので。
「取り敢えず環さん。あのナマモノが警戒して動かないうちに情報頂戴。能力とかそういうのメインで、後は縦に裂ける他に変形するのかとかも」
「前半は兎も角、後半はちょっとよく分からないかなぁ。何で変形?」
「キミもおしゃぶりにされれば分かるよ」
「それ分かる前に死ぬんよ」
実に嫌そうな顔で拒絶されてしまった。まあクトゥルフ系のナマモノの口の中には入りたくないわな。
「因みに今のアユ君のセリフで、上級に食い千切られた人間の資料写真がフラッシュバックしました」
「それは素直にゴメン」
絶対にグロ写真の類なので本気で謝っておく。というかウチの組織は未成年に何てもん見せてんだ。
「まあ、能力その一ってことで、人間の胴体ぐらい容易く食いちぎれる咬合力って覚えておいて」
「コウゴウリョク?」
「咬む力」
「へー」
咬む力ってそう言うんか。知らんかったわ。……もしかしてアホっぽいだけで環さんって頭良かったりする?
とまあ、そんな失礼なことを考えていたのですが。環さんが解説を始めてくれたので脇にポイ。
「取り敢えず、アイツのメイン能力の擬態に関しては気にしないで良い。厄介な能力ではあるけど、現状は死んでる」
「そうなん?」
「だってアレ奇襲専用だもん。『下級だと思ったら実は上級でした』ってのが脅威なだけで、タネが割れたらほぼ無意味。例えば下級の群れがセットだったらちょっと面倒だけど、今回はそれも無いしね」
環さん曰く、あのナマモノは奇襲に特化してる分、それ以外に特殊な力は無いらしい。単純なスペックも上級相当ではあるが、それでもカテゴリー中では下位の部類。真正面から戦うなら脅威度は他の上級に比べてずっと低いらしい。
「つまりもう雑魚と」
「ありたいていに言うとね。ま、普通の人間なら絶望そのものだけど」
今の台詞をチラッと俺を見ながら言った意味を訊こうか?
「主な攻撃手段は噛み付き、引っ掻き……まあ、噛み付き以外は基本的に二足歩行の生物と大して変わらないよ。ちょっとエグいパワーを持つゴリラとでも思っておいて」
「エグいパワー?」
「戦車の装甲ぐらいならひん曲げるよ」
「ただのゴリラじゃねえか」
「アユ君の中のゴリラ像ってキング○ングだったりしない?」
する。普通のゴリラは俺の中ではデカいだけの猿です。類人猿という生物学上の分類は知りません。……いやだって、ゴリラって何か特別なカテゴリー感あるじゃん。俺基準でも明らかに圧倒される何かが欲しいんですよ。
「凄いゴリラならせめてビームとか出さない訳?」
「出すよ」
「出るんかい!」
割と適当言ったのにガッツリ応えてくるじゃん。意外と手広くやってるじゃねえのこのナマモノ。
「正確に言うと、自分の魔力を物理干渉できる形に変換して打ち出してくるの。まあ、ゲームで言うところのブレスだよ」
「一気にボスっぽくなったなぁ」
ブレスって凄い言葉よな。その技一つあるだけで、カッコ良さというか格みたいのが跳ね上がるし。……因みに変換される形としては、熱や電気とかのエネルギー系が比較的多いのだそうだ。ただあくまで比較的であり、冷気やら斥力やら割と何でもアリな部分があるという。分類的には魔導、いや科学技術無しの魔法の類なので、その辺りの縛りは緩いのだという。
「因みに威力は?」
「変換先によるけど、平均して家一軒ぐらいなら吹き飛ぶレベルの威力はあるかな」
「じゃあ気にしないで……いやズボンが死ぬか」
「普通は身体が死ぬんよ」
俺の場合も社会的に死ぬようなものだから。切実に服まで隠せるオーラバリアみたいなのができるようになりたい。
「んー、アイツのスペックはこんなもんかなぁ。アユ君が気にしてる変形も特にないし」
「つまり、あのデフォルトモードと、上半身が真ん中から縦に裂ける捕食モードの二形態ってことでおk?」
「おkおk。……あ、イクリプス全般の特徴として、全身が結構伸びるから注意ね。半分ゴムみたいなもんだから、常識外の挙動はしてくる」
「つまりアイツはルヒィだった?」
「あんな主人公は嫌だなぁ……」
片や少年のようなヤンチャな笑顔と麦わら帽子がトレードマークの、仲間の為にどこまで熱くなれる全身ゴムのヒーロー。片や外見が全身白タイツの人型+頭に相当する部分が縦に長い典型的なゴム質なモンスター(胴体がほぼ口)。
どう考えても後ろの奴は殲滅対象ですね分かります。
「世界的主人公に擬態するとかなんて罪深い。殺らなきゃ」
『ギュラ!?』
殺る気満々で肩を回しながら一歩踏み出すと、何故かナマモノから『ファッ!?』みたいな反応が。
「さあ、お前の罪を数えろ」
「過ちというより誤ちだけどね。アユ君の」
「やっぱり環さん割とインテリジェンスな人では?」
咄嗟にそういう返しをできる人ってそんないないよ?
「……てかさ。サラッと流しちゃったけど、アユ君が戦う気なの? 何か一歩前に出てるけど」
「え? さっき言ったじゃん。ぶっ飛ばしちゃうぞ☆って」
「サポート人員の意味が行方不明な件」
ここにいるのですが。
何となく挙手してみたけど無視された。
「いや正直な話、アユ君がおかしいことは薄々察してはいるのよ。戦姫でもないのに、上級イクリプスなんて化け物を前にしても余裕そうだし。なんならガッツリこっち見てコントとかしてるしさ」
「そりゃだって、キモイだけで脅威では無いからなぁ」
そう言ってチラッとナマモノの方に視線を向ければ、未だに警戒かつ臨戦態勢でこっちを睨んで?いた。下手に動こうとしないのは、それだけ俺のことを脅威に思っているからだろう。イクリプスに思考能力があるのかは知らんけど。
……これを脅威に感じろってのはなぁ。こんなあからさまに目を逸らしても、警戒して襲ってこないんだもの。つまりその程度な奴ってことでしょ?
「……その時点でおかしいんだけど、アユ君だからで済ましておく」
「さよけ」
「でも戦うのはどうかと思う訳ですよ私は」
「ほう?」
「いや、アユ君が危ないとはこれまでの所業を考えれば微塵も思えないのだけど」
「所業て」
「でもだよ? どんなに危険が無くても、戦姫じゃないアユ君が戦う必要はないんだよ。──だって攻撃効かないし」
「無情過ぎる」
そこで『心配だから!』とか『戦うのは私の役目だから!』みたいなこと言えれば、ヒロイン力が高かったのになぁ。まあ、環さんだからそういうのは期待してないのだけど。
実際に間違ってもないしな。イクリプスの物理&一定以下の魔力攻撃完全無効のクソ特性が立ち塞がってる訳だし。俺の攻撃では意味が無いというのは純然たる事実だ。
だが、それでも俺は反論する。確かな意志をもって、その無意味に知ったことかと唾を吐く。
「あのな環さん。例え無意味なことであろうとも、男には立ち向かわなきゃいけない時があるんだよ」
「ほう?」
「俺はさ、バトル漫画の主人公的なキャラじゃない。だから『女の子だけを戦わせられるか!』的な台詞は言わない」
「確かに似合わないね」
「だろ? ……でも、それでもここで環さんを戦わせる訳にはいかない。このナマモノの相手は、絶対に俺がしなきゃいけないんだ」
言葉と共に歩き出す。臨戦態勢を続けるナマモノ、恐ろしき化け物であるイクリプスの元へと。
奴に目があるのかは分からない。だがそれでも、奴の意識が俺に集中するように。環さんを背中に隠す形で進んでいく。
「環さんは下がっていてくれ。後ろで見ていてくれれば良い」
「アユ君……」
背後で環さんが俺の名を呼ぶ。その声音には困惑に満ちていた。それはそうだろう。環さんにとっては、俺の背に隠される理由などないのだから。
そうだ。これは俺の問題だ。環さんが迷う必要など何もない。
『ギュラララララッ!!』
「おうおう。随分と殺る気満々じゃねえか。……俺もだよクソ野郎が」
俺たちの間に横たわる距離は約五メートル。遠くはあるが、お互いに一足飛びで詰められる間合いである。
そんな距離で俺たちは睨み合う。ナマモノの方は殺意を剥き出しにしている。俺は俺でふつふつと湧き上がる怒りで肩が震える。
「……良いか。あるかどうかも分からない耳の穴かっぽじって良く聞けよナマモノ」
自然と言葉が盛れる。コイツに人語を解する知能があるのかは知らない。だがそれでも、俺はコイツに言わなきゃいけないことがある。
「テメェは決して許されないことをした。だから俺はお前をボコす。攻撃が効かないとか、絶対に勝てないからとかは関係ねえ」
──フラッシュバックする。このナマモノが小森さんに喰らいつこうとした瞬間が。
あの時は咄嗟に庇った。庇うことができた。だから後悔は無い。だがそれでも、俺はあの瞬間を呪う。あの瞬間、この身に襲った恐怖と絶望は決して忘れない。その原因たる目の前のナマモノは決して許さない。
「テメェの存在に刻みつけてやる。──食い物にされた恨みは恐ろしいということを!」
何度も言おう。おしゃぶりにされた恨みは絶対に晴らすと!!!
「うん知ってた。やっぱりアユ君はアユ君だ」
ーーーーーー
あとがき。
会話で1話使ってしまった。……それはそれとして何か急にアクセスが増え出したんですが何かありました?
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