第16話 やべぇ生物

《side東堂歩》


 イクリプス、出現。その報告を聞いた神崎さんたちの判断は早かった。


『時音君! 直ちに戦闘準備だ!』

「了解!」

『東堂君! こうなってしまったら戻らなくて良いわ! 今の状況じゃ時音ちゃんと離れる方が危険よ! 戦闘の邪魔にならず、それでいて時音ちゃんの目に入る場所、高い木の上に避難して! キミの機動力ならいけるでしょう!? 』

「余裕っすねぇ」


 神崎さんの指示に従い、適当な木の枝へと飛び移る。そして眼下では、小森さんが完全武装となっていた。かつて見たメカニカルなボーイスカウト系パンツルックに、これまたメカニカルな長めの魔法の杖を手にしている。……毎度思うけど、あれほぼレイジン○ハートでは?


『イクリプス、現界します!』


 杖のデザインに一瞬ツッコミそうになったが、通信機から聞こえたその言葉によって遮られた。それと同時に眼下の空間が揺らめき、夥しい数の異形が湧いてくる。

 異形のシルエットは犬だ。大きさや形はドーベルマンに近い。しかし、頭にあたる部分はツルツルで何もない。そしてケツにあたる部分に縦に裂けた巨大な口。あとしっぽにあたる触手? 触覚?の先端には、蠢くイソギンチャク的な小さい触手の塊が。

 そんなSAN値直葬のナマモノたちが、続々と虚空から湧き出てくるのである。……これ何て地獄?


『犬型ね。他の二人のところも確認されてる。今回のメインはコイツらみたい。源内さん。警戒範囲を狭めて、現場職員による包囲を密にして』

『もうやっている。最低限の封鎖班だけを残して全員が移動中だ。俺も指示を出し終えたら環君の方に向かう』


 俺が現実とは認めがたい光景に頬をひくつかせている間に、ベテランである上役組が何やら話し合っていた。


「それ何の意味があるんです?」

『犬型は危険度でいえば猫型より少し上程度だけど、機動力が高いのよ』

『イクリプスは近くの生物を捕食する習性があるが、それは絶対じゃない。戦姫を無視して戦場を離脱する可能性がある。だから俺たち現場職員は状況によって、戦場を包囲しながら監視、必要なら足止めを行うんだ』

「はえー」


 物理無効のナマモノを、ただの人が逃がさないように包囲するとか。なんとも極まった思考だなと、素直に感心する。何だかんだ言って、ここって正義の組織なんだなぁと。


「じゃあ俺も観戦しながら、逃げそうなナマモノがいないかチェックでもしとこうか?」

『できるならそうしてくれ。そっちにも直ぐに人員を送るが、場所が場所だ。時間が掛かる』

「あいあい」


 俺たちがいるのは完全な山の中だ。登山道の近くだったりと、比較的アクセスが容易な場所で戦ってるらしい環さんや姐さんと違い、常人がこの辺りにやってくるには時間が掛かる。故の提案であったが、すんなりOKが出た。ワンチャン『独断専行もいい加減にしろ』と怒られるかと思ったが、流石に非常時でそんな阿呆な叱責は飛んでこないか。

 そんな訳で眼下に集中。丁度そこでは、小森さんが犬型相手に無双していた。


「へパ! 【舞い踊る剣】!」


 小森さんが魔法を唱えると同時に、薄緑色のエネルギーで形成された半透明の剣が六本現れる。……レイジン○ハートっぽい見た目の杖を使う癖して、砲撃系の戦い方はしなんだよな小森さんって。

 小森さんのメイン魔導は、魔力でできた武具の生成と操作。ギリシャ神話における鍛冶の神の名と同じ名を持つ機械型使い魔【ヘパイストス】は、そんな小森さんの魔導を補助する為に存在している。


「切り刻め!」


 小森さんが号令を下すと、六本の剣が縦横無尽に飛び回り、犬型のナマモノを切り裂き、消滅させていく。


「相変わらずやのう……」


 初対面の時や訓練の時にチラッと見た時も思ったけど、色んな魔法の武具を操って戦う姿は中々に派手だ。ともすれば創作物でも登場したりするスタイルだけあって、見ている分にはとても面白い。


「うん。ドヤってても弱いな小森さん」

「聞こえてますよ!?」


 尚、実際にはそんなに強くない模様。……いやだって、行動時にわざわざアイテム造る工程が入る訳だし、単純に一手遅れる訳で。フィクションだとそれを補ってあまりある追加効果だったり、操作能力だったり、構築速度とか色々あるけど、現実はそうじゃないというか。使い手の小森さんがまだ未熟なせいか、そんな強くないっていうか。


「大丈夫だって! アニメとかを見る限り、伸び代自体は十分ある!」

「だから現実なんで──っ、東堂さん下!!」

「んにゃ?」


 ツッコミ中の小森さんの声が、緊迫したものに変わる。見れば、俺が腰掛けている木を一体の犬型が駆け上ってきていた。

 おおう。近くの生物を捕食する習性があると説明された矢先にコレか。まあ、確かに絶対じゃないとは言われてたし、魔導使って暴れてる小森さんより、文字の通り高みの見物を決め込んでる俺のが襲い易そうに思えるよなぁ。


「っ、間に合わ……!?」


 にしても、イクリプスの物質透過はこれぐらいの幹の太さだと対象外なのか。あと、機動力が高いと言われるだけあって、見事に垂直に駆け上ってきてんな。いやそもそも、こんな理外のナマモノに物理法則がちゃんと適用させるのかって話なんだが。

 ……それは兎も角として。このビジュアルで襲い掛かってこられるのは精神衛生上大変キツいので、さっさと蹴り落とさせて貰う。


「よっと」

『ギュパッ!?』


 枝にぶら下がる形で勢いをつけ、登ってきたイクリプスの土手っ腹を蹴り飛ばす。その先にあるのは、


「ちょっ、えっ!?」

『ギュパ!?』


 どうにか俺を助けようと、小森さんが必死に飛ばしてきた剣の切っ先。つまるところ串刺しナイスシュートである。


「何してるんですか東堂さん!?」

「いや丁度よく切っ先こっちに向いてたから」

「助けようとしてたんですよ!?」

「お気持ちだけで」

「無駄だったのは事実だから余計に腹立つんですが!!」


 なんて助け甲斐の人なんでしょうと叫ぶ小森さんに、つい苦笑が浮かんでしまう。なんて打てば響く人なんでしょうね。


『……サラッとただの人がイクリプスに敵わないっていう大前提が覆されたわね』

『……何かもうコイツは戦姫と同じ扱いで良い気がしてきたぞ……』


 それに対して大人たちはこの反応だ。俺の通信機に附属されているカメラから確認していたようで、神崎さんとオッサンが呻くように呟いている。


『お前マジで何なんだ……』

「んな大層なことでもなかろうよ。今のは小森さんの剣があってこそだぞ。割と強めに蹴っ飛ばしたのに、相変わらずそっちじゃ手応えなかったし。あんなの妨害の延長よ」


 いやアレ本当に理不尽よなぁ。理屈は聞いたけどマジでクソだったし。

 曰く、イクリプスは純粋な魔力生命体である為、物理ではイクリプスに干渉することができない。魔力と物理は基本的に交わることがなく、魔力に影響を与えるのは魔力、物理に影響を与えるのは物理という公式が成り立っている。イクリプスが生物を捕食できるのは、まず第一に生物全てが微量の魔力を持っていること。第二に、魔力は特定の手順を踏めば物質現象や物理エネルギーに変換することができるからだ。魔導がその最たる例で、魔導で物理的破壊を齎すように、イクリプスも己を構成する魔力を変換して生物の肉体に物理的な干渉をしているのである。

 しかしながら、物理を魔力に変換することはどうやってもできない。それは魔力の方が高次のエネルギーだかららしいが、そこはまあ置いておく。重要なのは、どれ程の物理エネルギー、それこそ核融合レベルのエネルギーであっても、魔力に干渉することはできないということである。

 魔力を害することができるのは魔力のみ。つまり全身が魔力の塊であるイクリプスをどうこうするには、それに相応しい量の魔力をぶつけるしかない訳だ。俺がどれ程のパワーでイクリプスを攻撃しても、肉体には一般人程度の魔力しかこもっていないが故にダメージを与えられない。まあ干渉自体はできるので、さっきみたいに蹴り飛ばして妨害とかはできるのだけど。


『いやそもそも、イクリプス相手に妨害できるって時点でとんでもないのだけど……』

「と言われましてもねぇ。自力で仕留められない以上、それで得意気になっても滑稽でしょうに」


 俺も戦姫みたいにイクリプスを仕留められたら、ガッツリ胸を張ってハゲどもを煽り散らすんだがなぁ。俺に人並みの魔力しかないのが悔やまれるところ。

 因みにだが、魔導がイクリプスに有効なのは、破壊力というよりもイクリプスを害せるだけの魔力がこもっているからだ。ぶっちゃけ魔導の物理的な威力はオマケで、重要なのは魔導に使用される魔力の過多のみらしい。それでも戦姫が威力のある魔導を使うのは、魔力のみでの攻撃、創作物で登場する無属性魔法的な奴の難易度がえげつなく高いからだとか。小森さんたち曰く『純粋に電気でアレコレするより、多少工程が増えても電化製品を使った方が効率的でしょう?』とのこと。

 そんな訳で。すげえ驚かれはしたけど、個人的には微妙な感じだ。


「ま、それでも戦姫みたいに自由にしてて金が貰えるってんなら、大歓迎な訳だけど」

『……普段は兎も角、有事には最前線で命を張ってるのが戦姫なんだがな?』

「別に今から小森さんの横で暴れても良いんやで? 近場の奴を蹴り上げてサポートするぐらいはしてやんよ?」


 あの程度の奴らなら、何体かリフティングして空中キープしてやれっぞ?


『今では冗談に聞こえんな……』

「冗談でもなんでもないんだがな。……と言っても、小森さんの方ももう終わりそうだし、やる必要も……?」

『……どうした?』


 途中で言葉を切った俺に、オッサンが訝しげな反応をする。

 しかし、それは無視だ。今一瞬感じた違和感を、明確なものにすることで俺は忙しい。

 整理しよう。眼下では丁度小森さんが犬型を殲滅するところだった。残ったイクリプスは三体。一体は小森さんの操る六本の内の一本で、串刺しにされて木に抜いとめられていた。残った二体のイクリプスは、飛翔する五本の剣によって追い立てられ、最終的には逃げきれずに切り裂かれて消滅した。


「……」


 コレで戦闘は終わりの筈だ。小森さんもふぅと一息ついている。……だが、この拭えない違和感は何だ?


「っ!」


 そして気付く。何故あのイクリプスは、串刺しにされて縫いとめられている? さっき俺が蹴っ飛ばしたイクリプスは、剣に貫かれて消滅・・しただろうが!


 ──そんな俺の思考を裏付けるかのように、縫いとめられていたイクリプスがエイリアンのような人型へと変化し、小森さんへと襲い掛かった。


『時音くん!!』

『時音ちゃん!!』

「……へ?」


 そして当の本人は、いきなり変化して襲ってきたイクリプスに、間抜けな声を上げていた。


「あんのポンッ!?」


 戦闘終了って勘違いして気が抜けてやがる!! 残心を忘れよってからにだからやらかす気がしたんだよ!!


「させるかぁ!!!」


 小森さんが躱すのは不可能。このままいけばあのエイリアンのように縦に開いた口で、ガブリと小森さんの頭は食いちぎられる。

 そう判断すると同時に思いっきり木を蹴り、一瞬で距離を詰めてイクリプスと小森さんの間に割って入った。


「飛べポンッ!!」

「っ、きゃぁ!?」


 その流れで小森さんは突き飛ばして、安全圏へと避難させる。尚、折檻の意味も込めて割と強めに飛ばす。三メートルぐらい転がったのを確認した。良し。

 そして次は、変身イクリプスを殴り飛ば──


「え? それは無しでは!?」


 そうとしたら、口だけでなく胴体までパカッと縦に裂けて、真っ暗な口内とギッシリ揃った無数の歯がお出迎え。

 ここでそんな変形は聞いてないんですけどぉ!? ……あ。

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