第14話 命を張るに足るもの

《side東堂歩》


 さて。日本じゃ結構珍しい規模のモンスター災害の現場に叩き込まれることになった、バリッバリの研修生の東堂歩だよー! 対策局に所属してまだ1週間! 知ってるのはイクリプス関連の基礎知識と、現場に出た際の行動(マニュアル見ながら)! 因みに現場は余裕で命の危険があるよ! ……この機関クソでは?

 ダメだ。気分を誤魔化す為にハイテンションでキャピキャピしてみたけど、クソみたいな現実に途中でスンってなった。

 だってさー、本当に最悪なんよ? 環さんの衝撃発言を聞いて、オッサンのところにどういうことだってばよ!?って突撃したら、『現場を知るまたとない機会だろう。どうせいつかは体験することだ。文句は受け付けん』とか返ってくるし。それでもガッチガチの研修生を修羅場に叩き込むって常識的にどうよ?ってツッコンだら、嫌味な先輩方から『普段は生意気な態度を取ってる癖に、イザという時に怖気付くんだな。この程度でビビるようなら、さっさと辞めることだ』とか喧嘩売られるし!

 そんな訳で高尾山。イクリプスの反応が出たという場所にぶち込まれ、諸々の作業を見学させられたのが昨日のこと。

 で、イクリプスが出現予定の本日。時刻は12時過ぎ。予測時間までもう間もなくということで、現在は高尾山の展望台で周囲の警戒をしながら待機中である。


「はー。ホンマくっそ」

「まだ荒れてるんですか東堂さん」

「当たり前なんだよなー」


 昨日の一件を振り返って自然と漏れ出た悪態に、同じく周囲の警戒兼待機をしている戦姫の一人、小森さんが反応した。


「そろそろ割り切りません?」

「無理」

「でしょうなぁ。アユ君ねちっこいし」

「今回は擁護できないぐらいにひでぇしなぁ」


 そしてそれを切っ掛けに残りの二人も俺のところへやってきた。


「やっぱり姐さんもそう思うっしょ?」

「姐さんは止めろっての。アタシにゃ御園奏って言う名前があんだよ」

「だってどう考えても姐御じゃんアナタ」

「うっせー」


 そう言って唇を尖らせるのは、今回出動した三人の戦姫の一人。御園奏さん。Bランクの戦姫であり、一歳上の環さんの親友……いや姉貴分。口調から分かる通りの姉御肌で、良識を持ちながらもさっぱりというかざっくばらんな性格をしている為、俺としても大変付き合い易い人である。

 そして良識を持っている分、俺の状況というのを正しく認識してくれている人でもある。


「ま、話を戻すがよ。時音の言ってることは大分無理あるだろ。アタシですら源内さんの話を聞いた時正気か?って思ったかんな」

「でしょでしょ!?」


 やっぱりそう思うよね!? 普通に考えて素人に毛が生えた程度の人間を連れてくるような現場じゃないよねこれ!?


「普通に考えて危ねえよこんなの。幾ら東堂が源内さんの試験をクリアしたって言っても、一週間ちょいで現場に出すのはやり過ぎだ。コイツ元はパンピーなんだろ?」

「かぁー! これだから姐さんは話が分かるなぁ! その勢いで俺をビビり扱いして喧嘩を売ってきた禿げたちも叱ってくだせぇ!」

「それはお前の態度に問題あるから知らん」

「綺麗な手のひら返しを見た」


 寄り添ってくれたと思ったら、凄いあっさり突き放すじゃん。上げて落とすにしても早すぎません?


「いやだって、お前がバチってる人たち、厳しいけど普通に良い人たちだかんな?」

「バイト相当の人間に階級意識をもって話し掛けてくる時点でちょっと……」

「ダメです奏さん。この人分かり合う気がない」

「基本的にマイペースというか自己中だからねアユ君って」

「やっぱりコイツ現場に出して良い人間じゃねぇ……」


 命に関わる現場で、協調性皆無の奴を持ってくるのはどうかと思うよな。いや本当に。


「マジで何で源内さんはコイツを引っ張ってきたんだ? 幾ら見学扱いとは言え、不確定要素をわざわざ用意する人じゃねえだろ」

「そうっすよねー」


 幾ら仕事らしい仕事も無く、一番安全な戦姫の近くで待機させられるとは言っても、危険がゼロになる訳ではない。なんなら、もし万が一が起きた場合、戦姫の傍に素人がいると戦姫の方にも危険が及びかねない訳で。そうした諸々の不確定要素を考慮すれば、俺を現場に出すなどどう考えても『無し』だろう。

 それなのにこんな選択をしたあのオッサンは、控え目に言って頭がおかしい。


「これアレでは? 皆で一致団結してオッサンのリコール請求するところでは?」

「何故そうなる」

「だって控え目に言ってボケてるだろあのオッサン」

「お前そろそろ源内さんに殺されるぞ?」

「もう襲われてるんだよなぁ」


 既に試験という名目で日本刀で斬り掛かれてるんだよなぁ。しかも後半は寸止めする気無しだったし。アレやっぱり殺人未遂犯が重役やってちゃ駄目では?


「アレは十割東堂さんが悪いですよ」

「何ならアレが原因で、多分現場に出してもアユ君なら死なないって、師匠は認識したんでね?」

「そもそも日本刀自体が銃刀法違反だって忘れないで?」


 確かに変なイメージを持たれた原因が俺にあるのは否定しない。でも根本的なところであのオッサンも狂ってるから。幾ら前置きと理由を用意してもマジな真剣で斬り掛かってくるのは擁護できないから。


「というか、いい歳した中年が真剣携えてる時点で痛々しいんだよなぁ」

「……何でお前そんな源内さんに当たり強い訳?」

「ねちっこいぐらいに試験を根に持ってるからですが何か?」

「おっとこれ私の方にもちょっとヘイト向いてるな?」

「にちゃぁ」


 正解だよ環さん。地味にあの台詞は傷付いてるから。


『……お前ら余裕だな』


 そんな風に四人でワイワイ話し合っていると、俺たち四人が所持する通信機に反応が。

 通信してきたのは源内さんこと、現場責任者であるオッサン。失礼逆だ。……まあ言いや。それ以上に大事なことがある。


「はいはい、こちら東堂。鬼畜上司の源内さん。一体何の御用ですかーい?」

『……相変わらずふざけているなお前は。俺を嫌うのは自由だが、状況を考えろ。職務中ぐらい真面目にやれ』

「ド正論ですね」

「正論だね」

「正論だな」

「正論やね」

「「「いやお前じゃい!」」」


 戦姫一同からの総ツッコミ。へいへい切り替えます。


「で、一体何の用だ? あと一応言っておくが、色々根に持ってるだけで嫌ってる訳じゃねえぞ?」


 俺嫌いな奴とは絶対に関わらんし。


『……嬉しくもないフォローは結構だ』

「あっそ。じゃあ要件を聞きましょう」

「……あの東堂さんがあっさり引きましたよ」

「……意外だね。いつもなら余計な茶々入れるのに」

「……一応切り替えはできるんだな」

「へいそこ外野」


 うるさいんだよ言いたいことは分かるけども。


『……やはり問題は無さそうだな』

「何がだ?」

『要件はただのメンタルチェックだよ。もう間もなく出現予測の時間に入るからな。万が一ダメそうなら回収する予定だった』

「ハッ。舐めんなコラ。たかだか死ぬかもしれないだけでビビるかっての」

「いやそこはビビりましょうよ」

「明らかに本気で言ってるのが凄いよね」

「アイツって本当に元パンピーか?」

「へいこら外野」


 うるさいんだよ(以下略)。


「てか、万が一を考えてるなら出動自体させるなや」

『言ったろう。どうせ体験することだから、早めに経験しておいて損は無いと。……それに一部の現場職員から苦情も上がってたからな』

「あん?」


 何か不穏なこと言うなオイ。てか苦情って絶対あのハゲどもだろ。


「あのハゲたちが騒いでんのか?」

『……はぁ。自覚はあるようだな。そういうことだ。お前の普段の態度に眉を顰めている奴らが、そろそろ我慢の限界のようだ。あんな舐め腐った態度の奴に、現場職員が務まる訳がないという声が上がっている』

「知らんがな。それは採用したトップ二人に言ってくれ」


 俺をこっちの世界に引きずり込んだのは神崎さんだし、現場職員に向かい入れたのはオッサンだろうよ。


『既に散々言われてるさ。だから今回お前を見学要員として出動させた』

「は?」

『これもまたテストってことだ。大量のイクリプスの蠢く現場で平静を保ってられるかどうかのな。それが出来れば、騒いでる奴らも多少は静かになるだろう。最低限の適正は有りってことでな』

「つまり身から出た錆ですねコレ」

「基本アユ君って自分の言動が巡り巡って突き刺さるよね」

「こりゃ自業自得だから何も言えんな。命懸けって部分は同情するが」

「野次るんじゃないよ外野ぁ!」


 さっきから飛んでくるツッコミが地味に刺さってるんだよ。思考が横道に逸れるからやめてマジで。


「というか、何でオッサンはそうやってテストで人の命をベットする訳?」

『命を懸ける仕事で命をかけられるかを試すのは当然だろう』

「くそド正論かましやがって……」


 言ってることは尤もなんだよなぁ。だから文句は言っても全力で拒否ることはできねぇんだわ。


『まあ、コレも必要なことだと思って諦めろ。そもそもお前の態度が原因だしな』

「うるさく絡んでくるのはハゲどもなんだけどなぁ」


 俺だって最初はある程度の態度を取ってたんだぜ? 特に職務中は。雑な扱いしてたのはオッサンだけだったのに、何が気に食わねえのかグチグチ言いやがって。


『現場職員は全員命懸けだ。階級意識も生き残る上での武器。それなのに指示に従わない可能性のある奴なら毛嫌いしたくなるし、矯正させて被害を未然に防ごうとするさ』

「だからって事務作業やプライベートまで上下意識を強要してくんなっての」


 そういうの本当に無理。そりゃ俺だってちゃんと目上認定してる人が相手なら礼儀だって守るがよ。それを初っ端からしつこく強要してくる奴らをどうやって『上』だと思えってんだ。


『だったら自力で黙らせることだ。俺も心情としては奴ら寄りだから、必要以上に手を貸すことはない』

「……そういや地味に気になってたけど、オッサンは意外とそういうことをうるさく言わないよな」


 いや本当に意外だけど。心情的にはハゲども寄りなのは分かる。だが実際は、職務中にふざけるなとは言うけど、オッサン呼びを怒らないぐらいには緩い。何でだ?


『そりゃあな。俺たち現場職員の存在意義は【戦姫を命懸けでサポートすること】だ。それさえできてるなら性格や態度なんて二の次だ。ハッキリ言って悪人じゃなければそれで良い。そしてお前は、現場職員としての素質だけならトップクラス。故に細かいことを言う気はない』

「おー怖」

『何でその反応になる?』


 いやだってねぇ。それってつまり、存在意義を充たしているかどうかしか見てないってことじゃねえか。俺の態度が見逃されてるのも、将来的に回収できるリターンが今のところ大きいからってだけだろ。


「因みに訊くけど、もし今後俺一人が齎す利益と、その一部のハゲどもの士気やら何やらを天秤に掛けて、ハゲどもの方に傾いたら?」

『お前のことを切り捨てるが?』


 即答かよ。やっぱり怖ぇなこのオッサン。てかアレじゃん。今回のメンタルチェック、もしアウトくらってたらその時点で見限られてただろコレ。


「しゃーねーなー。ならちと本気でやるとするか」

『いや最初から本気でやれ』

「ハッ。言われなくても、真面目にはやってたさ。真面目には」


 少なくとも不可を出さない程度には真面目にやるつもりだった。

 ……が、気が変わった。あっさり切り捨てられる可能性があるなら、ちいとばかし本気でやろう。なにせ、


「折角の割の良い仕事だ。捨てるってのは勿体ねぇ」


 金っていう、今後の生活と娯楽に欠かせないファクターが絡んでるんだからな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る