第12話 どう考えてもこの親にしてこの子あり

《side東堂歩》


 配属テスト(という名目で行われた殺人未遂)を筆頭とした諸々をこなし、初日の業務が無事に終了。まあ、業務と言ってもテスト以外は施設の中を案内されただけだけど。

 で、見て回った感想としては、秘密組織という割には普通な場所だった。魔導とかそっち方面の関係なのか、でちょくちょくオバテクっぽい代物はあったけど、それ以外は予想の範疇というか。何かアニメとかである研究施設みたいな感じだった。少なくとも戦闘機関とかそんな印象は薄い。

 まあ、それにも理由があるそうだが。源内さん曰く、イクリプス出現の予兆が観測されない限りはこんなものらしい。普段から比較的忙しいのは技術系と研究系の部署だけで、それ以外は書類仕事が主。現場職員はそこに訓練も加わるそうだが、仕事の比重的には身体を動かすことに重きを置かれているので、事務作業はかなり楽とのこと。戦姫? あの辺は基本訓練と出動以外は好きにしてるって。裏山。……イクリプス出現となれば、逆に現場職員と戦姫はクッソ忙しくなるらしいけど。

 詳しい話はまた次回となったので詳細は知らないが、なんでも仮称イクリプス観測装置はめっちゃざっくりした天気予報のようなものらしい。『何時間〜何日後に、大体この辺りのポイントに出現する』みたいな感じ。しかも出現時刻、ポイントに関しては大分アバウトで、予測時刻になっても湧いてこなかったり、最初の予測地点からキロ単位で離れた場所に湧くこともあるのだとか。精度の悪い雨予報かな? ……まあ、天気予報と違うところは、観測されればまず間違いなく出現はするということ。そして予測時刻までの猶予がある程、出現するイクリプスの強さやら規模やらが上がるということだ。

 そんな訳で、イクリプス出現となれば、現場職員と戦姫は大忙しとなる。現場職員は予測地点に急行し、周辺地理の確認や人払いなどをこなし、イクリプスが出れば戦姫のサポート。戦姫は戦姫でイクリプスが出現するまで予測地点に詰めていなければならないし、イクリプスが湧けば命懸けのバトルだ。

 で、イクリプスが駆除されれば今度は事務方が地獄を見ると。うーん嫌なサイクル。誰も幸せにならない辺り労働って悪よね。

 ……ま、そんな人類悪の話はおいておこう。非日常的なバイトが終わってまで、シリアスなことは考えたくない。今からは日常の時間なのだから。


「ただいまー」

「おかえり。バイトどうだった?」

「普通」


 出迎えにきた母さんにそう答えながら、靴を脱ぐ。ぶっきらぼうな答えになってしまったけど、仕事の内容は話せないので仕方ない。まあ、我が家の母はエラくおおらかというか、控えめに言って頭のおかしい大雑把なので気にもしないだろうが。


「それにしてもビックリしたわー。アンタがいきなりバイトなんてねぇ。アンタまともに働けたのねぇ……」

「ヘイ親。実子に向けてその台詞はどうよ?」

「だってアンタ頭おかしいじゃない」

「this isブーメラン」


 アナタがそれ言いますかねお母様? 俺に何かあっても『へー、そうなの』で済ませて、学校側からネグレクト疑惑が浮上した前科持ちなのに? 割と正気じゃない子育てエピソード満載のアンタがそれ言う?


「カエルの子はカエルって諺があるんですよ」

「どう考えてもアンタは突然変異の類よ」

「いやどう考えても血でしょうよ」


 だってアンタ、家族で高尾山行って俺が遭難した時、放って置いて山頂のカフェで茶シバいてたじゃねーか!


「それはアンタが調子のって山頂の展望台の柵越えて、そのまま転がり落ちたからでしょ。自業自得じゃないの」

「違いますー! 転がり落ちたんじゃなくて、自分から崖下りしたんですぅ!」

「だからそれを自業自得だって言ってんのよ」


 だって楽しそうだったんだもん!……というか、息子が山頂の崖から転がり落ちて行方不明とか、自業自得にしても卒倒案件じゃないの? 何で放置なんて選択肢なんて出るの?


「そりゃアンタが度を越して頑丈なのを知ってたからに決まってるでしょ。土砂崩れに直撃した癖に、何食わぬ顔でアンタが土砂から這い出してきた時、私はアンタに関して物理的な心配をすることを止めたわ」

「え、何そのエピソード知らない」

「まあ、小一の時の話だからね」


 母さん曰く、今は亡き爺様の田舎に帰省した際の出来事らしい。ゲリラ豪雨にテンション上がって外に飛び出した挙句、山の麓で駆け回って土砂崩れに巻き込まれたそうだ。俺を探し回っていた両親はその場面を遠巻きながら目撃し、腰を抜かして茫然自失。その10分後ぐらいに俺が何事も無かったかのように素手で穴掘って出てきたそうだ。尚、その時にハマってたゲームは星のカ○ビィらしい。アニマルかな?

 うーん、まさかのここで自分にまつわる新エピソードが出てくるとは。


「……でも、それとこれとは話が別じゃない?」

「同じよ。アンタがあの時まで積み上げてきた信頼がそうさせたの。どうせ無事だってね。実際そうだったじゃない」

「まあね?」


 あの時は崖下まで転がった後、普通に崖をよじ登って元の場所まで戻ったし。まさか、山頂に戻ったら母さんたちが居ないとは思わなかったけど。


「血なんて言ってるけどね、私のはただの信頼と諦念。お父さんだってそう。……まあ、あの人はあの人で何処かおかしいけど」

「……福の神の生まれ変わりみたいな人だしね」


 2人でこの場にいない父の姿を思い浮かべ、揃ってため息を吐く。

 我が家の父は、また別種のおかしさがあるからなー。なんて言うんだろ? 男版座敷わらし? まあ、うん。つまりそういう人だ。なんて言うか、世界に護られてるレベルで運が良いんだ。死にそうになっても何だかんだ生き延びるだろうし、殺されそうになっても相手が逆に破滅するタイプ。いや、そもそもそうした『場』に立たせてくれない人だ。……昔外で親子喧嘩したら、俺目掛けて物理的に雷が降ってきたことがあってじゃな……。


「……これやっぱり血じゃない? 俺絶対に鷹じゃなくてカエルだって」

「……どっかに神秘的な要素があるのは否定できないけど」


 母さんも公式(世界)チートな父を引き合いに出されては、完全に否定することはできないようだ。それぐらいあの人はおかしいかんね。しょうがないね。


「でもアンタの思考回路に関しては、絶対に突然変異よ。そこは譲らないわ」

「母さんはどうやっても息子をキチガイ扱いしたいのか」

「アンタのそれが遺伝の結果とか、人間的にも社会的にも不名誉過ぎるから」

「酷い」


 しくしくしく。実の母からこの言われように全俺が泣いた。……未だに息子が『波ァァァ!』とか偶にやってたりしたら、母親的には普通に不名誉なんだろうけども。


「ぶっちゃけ、私はアンタが世間一般でいうところの日常をおくってることに驚いてんのよ。高校行く前に失踪でもするんじゃないかって思ってたし」

「何故に……」

「だってアンタ、頭おかしいじゃない。平凡な日常なんて絶対途中で飽きるでしょ。それよりもスリルを求めて社会からドロップアウトするか、ワンチャン求めて世界ふしぎ発見にでもチャレンジするかの方が、アンタ的には絶対に『愉しい』でしょう?」

「否定できねー」


 流石は母親。俺の性格を完璧なまでに見切ってる。退屈な日常とあるかもしれない非日常なら、確かに俺は非日常を探す旅に出るタイプだ。それを可能にする技術も、危険を物理的に跳ね除ける技術もあるのだから、絶対に躊躇しない。何なら嬉々として騒動に首を突っ込む自信がある。


「ま、ある意味一番手軽な非日常のフィクションの世界に没頭してくれてるから、当分はそんなことないんでしょうけど」

「まあの。今じゃアニメ漫画ラノベとか無しにゃ生活できんし」

「知ってる。逆に言うとそれ以外は必要としてないこともね。……だからアンタがバイトするなんて言い出した時は、本気で狂ったのかと思ったわよ」

「酷い」


 そこまで言う? 息子が働こうとしてるだけやん。


「さっきと同じ理由よ。アンタは『普通』のバイトなんてやろうと思わない。絶対途中で飽きると確信してるから。接客業とかやるより、ヤクザの用心棒でもやった方がまだアンタは楽しい筈」

「ねえそれ犯罪」

「でも実際そうでしょうよ。それがアンタだもの。お金が必要になっても、退屈な労働なんて真っ平御免。だったらワンチャンで何かやらかす。私はそう思ってたわ」

「ハッハッハッ。理解のある母親に涙が出てくるよ」


 俺自身、コンビニや居酒屋で『いらっしゃいませー!』とか言ってる自分を想像できないからなぁ。というかやりたくない。だったら宝くじ買ってワンチャン狙った方がまだマシだ。それかツチノコみたいなUMAを探すか。

 ただそれを親が言い切るのは問題でねーの? だーからやべぇ奴だって言われるんだよこの母親は。


「で、マイサン。そんな理解のある母親だから、すっごい気になってるのよね。……アンタ、何でバイトなんて始めた訳?」

「……」


 無言で目を逸らす。……やけに話し掛けてくるなぁと思ってたけど、これが本題かぁ。なるほど。めっちゃ放任だから何も言わんでも大丈夫って油断してた過去の自分を殴りたいね!


「……珍しく訊いてくるのね?」

「今言ったでしょう馬鹿息子。アンタは普通のバイトをする訳ないって。だから普通じゃないバイトの内容を訊くのは当然でしょ」


 アッハッハッ。正論すぎて何も言えねー。

 ……さてどうする? 適当に誤魔化す? いや無理だな。クッソ放任主義でもこの人は母親だ。単純に勘だって鋭い。俺の嘘に誤魔化せれるとは思えない。かと言って正直に話す訳にもいかない。話せばまず間違いなく信じるだろうし、止められることもないだろう。だが万が一向こうにバレたら絶対面倒だ。

 んー、どうしようかねぇ!?


「……言えない訳?」

「言えないッスねぇ」

「あっそ。なら良いわよ」

「はい?」


 まさかの追求無しに、思わず変な顔になる。話の流れ的に問い詰められるものとばかり思ってたのじゃが。


「引き下がるんかここで」

「まあね。言えないってことは、案の定普通じゃないバイトだったみたいだし。そういうルールなんでしょ?」

「本当に理解あるな母さん」


 それで納得できるのは素直に凄いと思う。やっぱりあなたも違う方面で頭おかしいよ絶対。


「……何か不名誉なこと考えてそうね?」

「気のせい」

「明日の朝ごはんカップ麺ね」

「疑わしきは罰せずって知ってます?」


 酷い報復だ。いや別にカップ麺でも良いんだけども。寝起きにはちょっと重いかなってぐらいだし。……尚、夕飯をどうこうしなかったのは、単純に既に準備しちゃってるからだと思われる。決して僅かな慈悲ではない。


「最後に訊いておくけど、アンタのバイト、人様に迷惑かけるようなもんじゃないでしょうね? 親としては、そこだけは譲れないんだけど」

「そりゃ大丈夫。むしろ人助け側よ」

「ふうん? 正義の秘密結社にでも入ったの?」

「……」

「そ。じゃあご飯にするから早く来なさい」


 そうして母さんは何事もないように家の奥へと引っ込んでいった。そしてそれ以降、母さんがバイトのことを俺に尋ねることはなかった。……なんとなく察せられた気もするがな!

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