第11話 多分コイツは変わらない

《side小森時音》


 東堂さんのテストが終わった。


「ハッハッハ! 何アレ凄い!!」


 隣では、見物していた環さんが大興奮していた。まあ、その気持ちは分からなくもないです。

 源内さんのテストは、はっきり言って厳しい。初回で合格するなんて不可能に近いレベルで、刃物に慣れた元刑事も、炎に慣れた元消防士も、銃に慣れた自衛官も、その殆どが一度は源内さんの剣技に膝を折った。戦いに慣れた戦姫であっても、源内さんのテストを受けたいという人は殆どいない。それ程までに源内さんの、達人の剣技というのは恐ろしいのだ。

 それを東堂さんはクリアしてみせた。それも傍から見れば非常識極まりない方法で。

 1回目の刺突は、刀目掛けて頭突きをするという頭のおかしい方法で、源内さんに攻撃を外させてみせた。この時点で普通じゃない。明らかに狂っている。適性検査として多少の手加減をしていた源内さんを、本気にさせたぐらいには常軌を逸していた。

 それなのに、2回目と3回目はもっとおかしかった。いや、2回目は良い。割と本気の源内さんの一刀を躱したことは、この際置いておく。おかしいのは3回目だ。アレを何で避けられたのかが私には理解できない。あの時、東堂さんの姿勢は完全に崩れていた。大方、連続でくるとは思っていなかったのだろう。環さん曰く、本気で不意を付くために、源内さんがテストで良くやる手だという。それに東堂さんは見事に引っかかった訳だ。……なのに東堂さんは2回目を躱してみせた。崩れた姿勢で、一瞬先には源内さんに斬られていた筈なのに。


「あれは……瞬間移動か何かですかね?」

「見当つかないね! 何であの体勢から一瞬で数メートルも移動できるんだろ!?」


 そう。東堂さんは一瞬の間に2・3メートルの距離を移動していたのだ。飛び退くなどのモーションも無く、観客の私たちですら気付かない程に自然に、源内さんの間合いの外に立っていた。本当に意味が分からない。


「よしなら本人に訊くか! へい東堂君! さっきのどうやったの!?」


 痺れを切らした環さんが、東堂さんの元に突撃していった。……良いんでしょうか? 何か東堂さんたち話してますけど。


「……環。お前は少し遠慮というものをだな」

「だって師匠! 東堂君めっちゃ凄いんだもん! 最後のとか見てたらマジで意味わからんし! そりゃ気になるでしょ!?」

「ああもうコイツは……」


 あらら。源内さんが頭を抱えてしまいましたね。環さん、東堂さんとは違う意味で日々源内さんを困らせてますから……。


「で、どうなの東堂君? 最後のアレってどうやったの?」

「え? こう、シュって動いた」


 説明下手なんですか?


「えーと……どういうこと?」


 東堂さんのあまりにもアレな解説に、流石の環さんも混乱している様子。……戦姫の中でも感覚派筆頭のこの人を混乱させるってよっぽどなんですが……。


「いやほら、漫画とかにもあるじゃん。瞬〇とか〇動とか。あんなのよ」

「説明になってないです」


 何でこの人、ちょくちょくフィクションの技を説明にもってくるんですかね? 余計に混乱するだけですよそれ。


「師匠〜。解説くださ〜い」


 あらら。環さんが東堂さんを見限って、源内さんに泣きつきましたね。まあ、順当ですか。この場で唯一、東堂さんの技を理解しているであろう人ですし。

 で、何をしたんでしょうねあの人?


「……漫画云々は知らんからよく分からんが、恐らく歩法の類だろう。歩法は人体の仕組みを活用したものや、相手の錯覚を利用するものが多い。古流武術の縮地法、二歩一撃などがそうだ。彼のはこの辺の歩法の応用のようなものだと感じた。極まった歩法は、見方によって魔法と遜色ないしな」

「「「へー」」」


 ……何で東堂さんも関心してるんです?


「貴方の技ですよね?」

「漫画にそんなこと書いてなかったし」

「貴方本当になんなんですか!?」


 漫画云々で無駄に凄い奥義の説明済ますのやめてくださいよ!


「つってもなー。できるんだからしゃあないじゃなきの」

「明らかにできるで片付けていいレベルじゃなかったけどね」

「やればできる。だからやった。魔導とやらもそんなもんでねーの? 感覚としては同じだろうよ」

「それを言われると何も言えないかなー」


 ああ……感覚派の天才二人が謎のシンパシーを。変な化学反応が起こりそうで嫌になります。


「ま、動けるんならそれで良いだろうよ。現場に出るなら不都合はあるめー」

「……そうだな。あれ程の胆力と技術があれば、知識さえ詰め込めばもう即戦力だ。予定を大幅に前倒しができる」


 まあ、アレだけ動ければ鍛える必要は無いでしょうね。何でただの高校生が達人並に動けるのかは謎ですが。

 取り敢えず、東堂さんのデビューは早いことになりそうなのは確定ですか。源内さんのテスト(ほぼ本気)を合格した以上、実技は水準以上で間違いないですし、後は基礎知識とそれに伴う実技を覚えるだけ。これなら東堂さんの頭のできにもよりますが、それでも2週間もあれば十分でしょう。尚、公的機関特有の小難しい規則等を除きます。あの辺りを覚えるとなると1年近くは掛かりますし。


「さて。テストを終えたことだし、次の場所に移動しよう」

「へ? ここコレで終わりっすか?」

「本当ならテストの後に、訓練用のデータとして身体能力を調べようと思ってたんだがな。あれだけ動けるんだ。他の職員と同じ内容でも問題無いだろう」

「ただの高校生を元エリート公務員軍団と同じ訓練にぶち込みます普通?」

「突きに頭突きをかました時点でお前を普通と認識するのは止めた」

「えー」


 ……なにやら愉快な会話をしていますが、どうやら東堂さんたちは来て早々に移動するようです。原因は東堂さんの非常識さですか。


「えー!? 師匠、アドバイスくれるって言ったじゃん!」


 しかし、そこに環さんが待ったを掛けました。そう言えばそんなこと言ってましたね。

 これには源内さんも困り顔です。


「そうは言ってもな……。アドバイスも何も、お前たちが模擬戦する前に終わってしまったんだからしょうがないだろう」

「じゃあ今から模擬戦しますよ!」

「いやだから、歩の案内があると言ってるだろう。他の奴らにコイツを紹介したりもするんだ。時間は有効に使わなければ」

「サラっと名前呼びされてる件について」

「お前はちょっと黙ってろ」

「えー」


 なんか一人茶々入れて黙らされてましたが、それは兎も角。


「むー」


 源内さんが論理的に説明したのですが、どうにも環さんは納得がいかない様子。

 ……まあ、環さんって源内さんに教わるの大好きですからね。戦姫の中で唯一、源内さんを師匠呼びしていますし。それぐらい達人の源内さんを尊敬していて、また強くなることに貪欲なんです。あと地味にバトルジャンキーなところもありますし。

 こうなると多分長いですよ。一度言質を取った以上、ちゃんと埋め合わせをしないと環さんは納得しません。

 それは源内さんも感じたようで、大きなため息を吐きました。


「……はぁ。分かった。今度お前の訓練に一日中付き合おう。それで手を打て」

「マジで!? 絶対ですよ!」

「分かった分かった。だから落ち着け全く……業務の調整しないとな……」


 あらら。源内さんがこっそり頭を抱えてしまいました。率先して戦姫に修行をつける人ではありますが、立場故に相当忙しいんですよね。だからこういうことがあると、毎回仕事の調整に苦労する羽目になるんです。


「……何かアレだな」

「どうしました?」


 ここでは良くある光景。ある意味での日常。それを眺めていた東堂さんは、どことなく趣き深そうな表情を浮かべていた。

 ……まあ、何となく言いたいことは分かります。年齢的にも立場的にも上の方に向ける言葉じゃないですが、環さんの反応って微笑ましいですよね。お父さんに構って貰った娘みたいで。


「パパ活ってこんな感じなんだろうな。初めて生で見たわ」

「はっ倒されますよ?」


 全然違う感想抱いてましたよこの男。あの光景を見てそんな感想浮かぶとか頭腐ってるんですか?

 あー、もう。案の定聞こえてたのか、源内さんのこめかみがひくついてるじゃないですか!


「……一応言っておくが、俺は妻一筋だ」

「見た目の印象に実態なんて関係ねぇですよ」

「サラッと屑いこと言いましたよこの人……」


『俺にはそう見えた。だからそんな感想を抱いた。以上』と。あまりにも堂々と言い切られ、私は何も言えませんでした。なんなら酷いこと言われた源内さんも頭を抱えて天を仰いでいます。

 そのリアクションを言葉するなら『既に頭が痛くなってきた。これは先が思いやられる』とか、そんな感じかと。

 そして、そんな源内さんの様子を見て、環さんは関心したように笑っていました。


「いやー、凄いね東堂君。師匠はキミの上司だぜ? そんな口きいてしばかれないと思わないの?」

「テストと称して斬りかかってくる人間を上司とは言わねぇ。人はそれを殺人鬼と呼ぶんや」

「え、めっちゃ暴言吐くじゃん……」


 まあ、東堂さんの発言にドン引きして一瞬で真顔になりましたけど。

 それはそれとして本当に遠慮無いなこの人。


「だって殺されかけたし。そりゃ根に持つし意趣返しで煽るやろ」

「言いたいことは分かりますけど最後だけは理解できません」


 何故そこで煽るという選択肢が出てくるんですかねこの人は。怒ってるなら素直に抗議すれば良いのに。……どうせそれじゃあつまんないとかそんな理由でしょうけど。

 とは言え、言動はアレですが話しのスジ自体は通ってます。実際、私も同じ目に遭えば、口に出すかどうかは別として多少の不満は抱くでしょう。なんなら源内さんのテストを見学する度に、色々と大変そうだなぁとか思ってましたし。

 なので東堂さんの反応は、私としては実は予想外という訳ではありません。あのテストを受けた上で、源内さんに対してそんな態度を取れる程の度胸があるのなら、こういった事態もおきるのだろうと言った感じです。

 源内さんが本気で怒らないのも、東堂さんの主張に一定の正当性を認めているからでしょう。……それでもちょくちょく反応しているのは、東堂さんが【煽り】という行為で源内さんの引いたラインを反復横跳びするからですね。傍から見ても度し難いです。


「まあ気が済むまで待ってくれや。スッキリしたらちゃんと部下っぽく振る舞うからよ」

「貴方が言う台詞ではないですよそれ」


 あと今までの態度を見る限り、立場を弁えたとしても大して変わらなさそうなのは気の所為ですか?



 ──────────────────


 あとがき


 どうも。モノクロウサギです。現在、私の仕事の関係で書きだめが全くたまらない為、更新頻度を落としたいと思います。取り敢えず3日に1度。書きだめが消費仕切ってしまったら週一更新となりますので、ご了承ください。

 ご理解のほど、宜しくお願いいたします。

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