第10話 人斬りモドキとやべぇ奴
《side東堂歩》
刀を持った危険人物と、コートの上で対峙する。
我ながら変な人生を送ることになったと思う。まさかこんな形で、真剣と向き合うことになろうとは。フィクションでは散々見てきた銀色の輝き。人を傷付けることに特化した、日本の象徴とも言える武器。
それを向けられることに恐怖は無い。言外に怪我させないと言われているのだから当然だ。ただ、やはり感慨深くはある。このような形で目にすることなどまず無い代物が、目の前に存在しているのだから。
「ルールを説明する。これからキミに、合計三度斬り掛かる。それを好きに対処しろ。躱すも迎え撃つも構わん。但し、目を閉じたり後退ったりはするな」
「間合いから飛び退いたりは?」
「それなら構わん。要は怯えたような行為はするなということだ」
「なるほど」
つまり躱す為のアクションならセーフ、ビビって後ずさったり、尻もちをついたらアウトと。
「それじゃあ始めるぞ」
そう言って、源内さんは刀を構えた。
構えは正眼。Wikipedia曰く、剣術の基本の型だとか。剣帯なんてつけてるから、ワンチャン居合でもしてくるのかと思ったが、流石にそんな浪漫技を使ってくることはなかったか。ちょっとは期待してたんだけど。
「疾ッ!」
そんな俺の気の緩みを叱りつけるかのように、目の前を白刃が煌めいた。
それは眉間すれすれに突き付けるように振るわれた突き。1ミリでもズレてしまえば、刃が皮膚を割くだろうレベルの、ギリギリでの寸止め。
あまりにも芸術的な突きだった。虚をつくタイミング、間合いの詰め方、そして寸止めを行えるだけの技量。その全てが完璧で、神業と称するに相応しい剣技。
「あー……」
──だから、ついやってしまった。
「……アイツ、頭おかしいのかな?」
「頭おかしいで済ませられないと思いますけど……」
外野の二人からは、揃ってやべぇ奴コール。だが今回は否定できない。それぐらい酷いことをやってしまった。
コートの上では、源内さんが膝をついて俺を睨んでいる。何も知らない奴からすれば、俺の反撃を受けたからこそのリアクションだと思うだろう。
しかし、実際は違う。
「……初めてだぞ。こんな馬鹿なことをする奴は初めてだぞ……!!」
反撃程度でこの人はこんなリアクションをしない。むしろ笑ってみせる類の人間だ。
そんな人間が激怒するようなことを、俺はやってしまったのだ。
「お前は命が惜しくないのか……! 咄嗟に剣を逸らしたから良かったものの、刺突に合わせて頭突きをするなど何を考えている!?」
「あはは……」
はい、そうです。眉間すれすれの突きが飛んできたので、反射的に頭突きを繰り出した馬鹿が私です。
因み源内さんが膝をついているのは、頭突きを認識した瞬間に全身のバネで身体を逸らした反動だったりする。ギリギリで斜めに飛んでそのまま転がったのだ。
「何故そんなことをした!? 自殺願望でもあるのか!?」
「いやー……あ、これ凄い綺麗な寸止めだなと思ったらつい。目算狂わせても当てないようにできんのかなという好奇心で……」
ついやってしまったんだなぁコレが。
「そんな理由で死にに行ったのか!?」
「一応、死ぬ気はなかったんですがねぇ」
あの突きを放てるのなら、咄嗟でもなんとかできそうな気はしたし、そっちが無理でもなんとかできる気はしたし。実際なんとかなったし。
まあ、そんなこと言っても絶対信じて貰えないだろうけどな!
「取り敢えず、若気の至りとでも思ってくれれば。日本刀向けられてテンション上がっただけなんで」
「……若気の至りで刃物に頭突きする奴初めてみたよ」
「信じられます? あの人、さっき真剣でのテストなんて常識的に有り得ない的なこと言ってたんですよ?」
外野うるさい。
「まあ、すんません。流石に同じことはしないんで。テスト続けてくれると」
「……テストにならんぞこんなの……」
ごめんなさいと頭を下げると、苦々しい顔を浮かべながら源内さんは立ち上がった。
なんというか、全身からやりたくないオーラが出ている。さっきまでやる気満々だったのに。俺が何しでかすか分からないからなんだろうけど。
「……いいか? このテストは死線を潜り抜ける素質があるのかを試すものだ。嬉々として死線に飛び込むためのものではない」
「うす」
「もう好きにしろとは言わん。躱すか防げ。俺も少しばかり本気を出す」
「へ?」
本気?と首を傾げようとした瞬間、肌を指すような殺気が飛んできた。
ビリビリと本能に電流が走り、反射的に身体が最善の姿勢をとった。
「……あの、これ当てる気では?」
本気というか、殺気を感じるのですが。
「ああ。お前は寸止めだと調子にのるようだからな。ある程度の怪我は許容することにした。咄嗟にカウンターで頭突きなんて選択肢をとれたんだ。当てようとしても躱すぐらいはできるだろ」
「そういう問題です!?」
避けれるのならガチで斬り掛かって良い訳じゃないんですがねぇ!?
「だが、これでさっきのようなお巫山戯はできんだろ?」
「はい知ってた原因俺!」
自業自得って言われたらぐうの音もでねぇんだよなぁ!
「それじゃあお喋りは終わりだ。気を抜くなよ」
「あーもう!」
源内さんの目が完全に変わったことで、俺も仕方なく意識を切り替える。
とは言えどうするか。相手は達人。斬る覚悟を決められた以上、生半可な対応は危険。
なにより問題なのは殺気だ。人に向けることはできても、あいにくと向けられたことはない。この慣れない重圧のせいで、反射的にヤバいことをやりそうですげぇ怖い。
……やはりここは回避一択か。防御することは考えず、避けることだけを意識する。一挙一動を見逃すな。筋肉の収縮、視線の動き、呼吸のリズム、その全てを把握しろ!
「……」
「……」
…………っ、来る!!
「シャァァァァ!!!」
裂帛の気合いと共に飛んできたのは、左上段からの袈裟斬り。理想的なフォームで振るわれた一撃は、木の1本ぐらいなら両断しそうな鋭さを持つ。……これ明らかにある程度の怪我じゃ済まないよな?
まあ、それはそれとして。ここまでは肉体の動きから予想できた。なので刀が振り降ろされる直前にバックステップ。これで刀の間合から退いてーー!?
「っ連!?」
躱されるの込みでの連撃!? 流れるように逆袈裟飛ばしてきやがった!
マジかこのオッサン!? そりゃ3回は斬るって言ってたけど、だからって連続で斬るか普通!? マジでぶった斬る気じゃねーか!
いや避けれるけど。避けれるけども! こっちは安全重視で行動してるのに、こうも遠慮無しだと腹立ってくるが!? 普通にカウンターぶち込んでやろうかしら!?
「らぁっ!!」
そんな苛立ちと共に放ったのは、『ぶっ飛ばすぞオッサン!!』という念を込めた渾身の殺気。理不尽なテストに対する怒りと、安全重視の立ち回りがせめぎ合った結果、発生した妥協点。威圧による攻勢防御!
「っ!?」
効果は有った。唐突な殺気のカウンター。オッサン程の達人となれば、殺気程度で怯むことはないだろう。しかし、突然発生した防御の選択肢は刀を鈍らせるには十分過ぎる。
その一瞬の時間で、俺は刀の間合いから退いていた。更なる連撃も想定し、それすら届かない位置まで退避。これならどうしようもなからろうよ。してやったりだ。
源内さんもそれを理解したようで、静かに刀を下ろした。
「……合格だ。お前を現場職員として歓迎する」
なんかカッコよく決めてるところ悪いけど、アンタがマジで斬りにきたこと根に持つからな絶対。
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