第9話 現実的に考えてアウト
《side東堂歩》
という訳でやってきました訓練場。
「んーむ。昨日見たけど相変わらず凄いなここ」
「ここは世界でもトップクラスの設備があるからな」
誇らしげにそう語るのは、俺をここまでドナドナしてきた源内さんである。
まあ、それはさておき。確かにここはトップクラスと言っても過言ではない施設である。パッと見でも、下手なジムよりも充実したトレーニング器具が大量に置かれたエリア、格闘技用と思われるマットが敷かれたエリア、よく分からない謎の機械付きのコートがあるエリアがある。全部合わせると体育館2~3個分の広さはある。ヤバすぎでは?
「因みにあの巨大な機械は、魔導や最新技術を駆使して造られたシュミレーションシステムだ。実体のあるホログラムを生み出したり、登録されたイクリプスを仮想敵として登場させることができる」
「なにそれ凄い」
つまりファンタジックでクッソヤバいAR機械ってことよね? フィクションで偶に出てくるアレ。やべぇ超使ってみたい。
「アレって勝手に使って良いんです?」
「いや駄目だ。アレは色々と費用がかかる。自由に使えるのは戦姫だけだ。俺たちの場合は何日も前から申請しなきゃならんし、その申請が通るかも分からん」
「世知辛い……」
ファンタジックな代物なのに、申請やら費用やらってのはなぁ……。魔導戦姫ならその辺りの問題もオールスルーなんだろうけど。
「ああほら。丁度よく戦姫がやってきたぞ。目的はシミュレーションを使った模擬戦だろう」
「ん?」
「あ」
源内さんの言葉に振り返ってみると、丁度見知った顔と知らない顔が訓練場に入ってきたところだった。
「うっす小森さん」
「こんにちは東堂さん。さっそく出勤ですか?」
「そ。土曜で学校も休みだったからな。神崎さんが、『じゃあ早い方が良いし明日からでましょうか』って」
「それで訓練場ですか?」
「いんや。この人に現場職員の適正テストをするって連れてこられた」
「あー」
この人が原因と指差すと、小森さんは納得の声を上げた。そういうことしそうな人って認識されてんだろうなぁ。
……それはそれとして、お隣の方ちょっと不穏な動きしてね?
「おーい時音。二人だけで会話してないで、私にも紹介してくれい」
「ひゃん!?」
あらら。不安的中。隣のイタズラっ子に小森さんがやられてしまった。なんとも可愛らしい声で鳴いたものだ。
赤くなった顔でバッとこっちを見てきたので、取り敢えずプーくすくすと笑っておく。
「……っ!!!」
小森さんは羞恥と怒りで震えるが、それ以上は何も言わなかった。決して俺が悪い訳では無いので、何も言えなかったが正解だろうが。
「……失礼しました。東堂さん、こちらは御影環さん。同じ魔導戦姫の先輩です。環さん、こちらは東堂歩さん。変人です」
「先輩だから喘がされても何も言わないのね」
「張り倒しますよ!?」
怒られた。おかしいな? 変人という紹介に合わせたんだけど。喘ぐという表現が駄目だったか?
「なははー。話に聞いてた通り面白いねキミ。もしかしかしたら一緒に任務を受けるかもしれないし、その時はよろしくねー」
「はいはい。よろしく御影さん」
「環でいいよ。話を聞く限り同い年だし、これから戦友になるかもしれないしね。んじゃ、私らは向こうで模擬戦してるから。師匠、テスト終わったらアドバイスくださーい」
「ん? ああ。分かった」
「ではではこれにて」
そうして環さんは、小森さんを引っ張る形でシミュレーションマシンの方へと去っていった。
……嵐のようなキャラだったな。中々に濃ゆい感じだ。
「無自覚毒舌な小森さんといい、戦姫ってもしかしてキワモノ多い?」
「キミも似たようなモノな気もするが?」
自覚はあります。
それはそれとして本題に戻るか。
「で、これから何をするんです?」
「そうだな。最初は運動能力を調べる……と、言いたいところだが」
「おん?」
何かもったいぶったな。
「肉体的な面で現場職員に必要なのは、戦闘能力ではなく機動力と持久力。余程の運動音痴でもなければ、鍛えていけば自然と身につくもの。現状の運動能力を確認するのは無意味とは言わないが、そこまで重要なことではない」
「なるほど」
言ってることは分かる。現場職員はあくまでサポート要員。戦闘を戦姫に任せる以上、素の筋力やら戦闘能力は大して必要じゃないだろう。必要なのは、イクリプスに遭遇しても逃げ切れるだけの機動力、戦場で動き回る戦姫に合わせて移動できる持久力。
で、この辺りは才能云々よりも、こなしたトレーニングの数がものを言う。動き続けることにセンスなど大して必要なく、ただひたすらに効率的な挙動と体力を積め込み続けるだけなのだから。
源内さんからすれば、最終的には基準値までもっていかすのだから、今の俺の運動能力などどうでも良いのだろう。
「現場職員で真に重要なのは心の強さ。イクリプスという理外の怪物と対峙し、死と向き合った時に恐怖を跳ね除ける意思の力だ」
「まあそうッスね」
バケモンを前にして震えていたら、そいつがどんな達人だろうとただの餌にしかならんしな。
「という訳で、今からキミの心の強さを測る。具体的に言うと、死を体験して貰う」
「は?」
おい待て遠回しな殺人予告されたぞ今。これは警戒レベル上昇させな。
「そんな怖い顔をするな。本気で殺しにかかる訳じゃない。ただ死ぬ程恐ろしい目にあって貰うだけだ」
「それ殺しに掛かってるようなものでは?」
死ぬ程恐ろしいことって、普通に危険行為の類だと思うの。
「安心しろ。この刀で寸止めするだけだ」
「やっぱり危険行為、というか殺人未遂案件じゃねえか!」
刃物を人に向かって振り回すとか完全に事件やぞ。寸止め失敗したら死ぬじゃねえか。
てかまず、何サラッとマジモンの刀取り出してんだよ。何かずっと竹刀とか入れる袋持ってんなぁと思ってたけど、ガチの日本刀入れてたんかワレ。よく見たら剣帯もつけとるし。準備万端かよ。
「おー。師匠恒例のアレが始まるのか」
「そしてサラッと戻ってきてる環さんは何なん?」
目の前の銃刀法違反者が刀を出そうとしたあたりからこっち来てたけど。模擬戦やろうとしてたんじゃないの? 小森さんが困った顔で追ってきてるよ?
「面白そうなのが始まりそうだったから。模擬戦前の余興だよ余興」
「さいで」
真剣で斬り掛かられるのが余興扱いなのは草なんだよなぁ。いや、当事者からしたら草も生えんのじゃが。
「てかさ、恒例って言ってたけど、コレって毎回やってる訳?」
「やってますね。新人が入るたびに」
「それただの人斬りモドキでは?」
このオッサン、単に理由をつけて斬り掛かりたいだけじゃねーの?
「人聞きの悪いことを言うな。好き好んでやっている訳ではない。俺だって怪我させないように神経を使ってるんだ」
「へー」
なら何故やるのか。
「コレ、案外手っ取り早いんだよ。私らの仕事って、死に際でも冷静にいられるかどうかがキモだもん。それをいっちゃん早く確かめられるのが、師匠のコレなの」
「えー……」
手っ取り早いでやって良いことではないだろう……。
「擬似的な危機的状況を作って、その時の反応を見てるんですよ。どれぐらい冷静にいられたかで、今後の訓練内容とかを決めてるんですよ」
「ほん?」
なるほ……いや駄目だろ。
「一瞬納得しかけたけど、ミス=死or大怪我って考えると釣り合ってなくねーか? ただの配属テストだろコレ」
「大丈夫大丈夫。源内さん達人だから。動き回る相手に、狙って薄皮を斬るぐらいはできる人だから」
「それ事故ちゃうの?」
斬ったんじゃなくて、斬っちゃったの間違いじゃない? それだけで大分意味変わってこない?
「東堂さん、さっきから随分細かいですね?」
「いやこれ割りと常識的な疑問では?」
「イクリプスをリフティングした人が何言ってるんですか……」
まあ俺に常識を語る資格は無いとは思う。
「……まさかとは思いますけど、斬り掛かられるのが怖いんですか?」
「怖くない人なんていないと思うよ?」
「臆面もなく言い放つ辺り、実は全く怖がってませんね?」
なんでそうなるのかなー。
「ほら、グチグチ言ってないでさっさとやってくださいよ。私も早く模擬戦したいんですよ」
「やって来たのキミたちだよね?」
それ俺に文句言うんじゃなくて、お隣の先輩様に言うべきだろ。
……ああ、はい。言える訳ないだろこのやろーと。前々から思ってたけど、小森さんアンタ特定の相手にはほぼ服従姿勢よな。いや別に良いんだけど。
「はぁ……。まあしゃーなし。戦姫様にせかされちまった以上、やってやろうじゃねーですか」
「……ふむ? 色々と言ってた割りには、あっさり腹を括ったな?」
「腹を括ったって訳でも無いんですがね。やるのは決定事項な訳ですし? そこは別に是非も無いとは思ってましたよ。マジかアンタらと思っただけで」
源内さんはどうやら勘違いしているようだが、俺は別にテストを受けることを嫌がっていた訳じゃない。単純にテスト内容にドン引きしてただけである。
それもまあ、此処だと良くあるのとで済まされるらしいし? だったらそういうもんなんだろうよ。
「サクッと始めてサクッと終わらせましょう。ただし斬るのは勘弁っスよ?」
「さて。どうだろうな?」
「何故断言しないし」
「完璧に安全だと言ったら試験にならんだろう」
「えー……」
色々遅くね? 大丈夫かこの試験。
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