第7話 総評【やべぇ奴】

《side小森時音》


 昨日、蝕獣災害対策局に新たな仲間が加わった。名前は東堂歩。年齢はなんと16才。私の二学年上、一般的な学校に通う高校二年生である。戦姫でもないただの民間人、それも未成年が加わるというのは相当なイレギュラーで、知らせを聞いた殆どの職員が瞠目していた。あの場に居合わせた私ですら、東堂さんを勧誘した神崎さんの考えが理解できないのだから当然だ。

 しかし、そんなイレギュラーな人事があったとしても、戦姫の予定に変化がある筈もなく。私は平常通りに対策局へと出勤していた。


「んにゃ? お、やっほー時音」

「あ、おはようございます環さん」


 服を着替える為に更衣室へと入ると、そこには既に先客がいた。

 御影環。先輩の戦姫で、日本の戦姫の中でも上位に入る実力者。しかし、その事実に驕るようなことはなく、誰とでも仲良くなれるフレンドリーな人。実際、新米の私にも良くしてくれている。人懐っこい猫のような子というのは、同じく先輩戦姫である真宵奏さんの言葉である。


「時音も訓練?」

「はい」

「だったら一緒にやろー。模擬戦しよーぜ」

「……それは全然良いんですけど、ボコボコにされる未来しか見えないんですが」

「大丈夫だってー。ちゃんと手加減するもんー」


 手加減されて尚、絶望的な実力差があると言うのは甘えなんだろうか……?

 兎も角、これで明日の筋肉痛が確定した。戦姫のシフト的に休日なのが幸いだ。大人しく部屋で読書でもして過ごそうかな?

 そんな風に考えながら着替えていると、上半身裸の状態の環さんがこっちに近づいてきた。


「そう言えばさ、昨日職員の方に新人入ったんだって? 神崎さんから聞いたんだけど。確か時音もその場にいたんだよね?」

「……そうですけど、それより早く上着てください。せめてスポブラぐらいはつけましょうよ……」


 何でこの人、胸丸出しでこんなに堂々としてるんだろ……。幾ら女同士だからって、恥じらいぐらいは持って欲しい。


「そんなんだとまた奏さんに怒られますよ?」

「はぁー。単に着替え途中なだけだってのに。時音も小うるさくなってきたなぁ」

「そういう問題ではないかと……」


 これで小うるさいと言われるのは納得いかない。ただし、それを口に出せば環さんの独自理論が飛んでくるので、文句は飲み込んだ。

 そうしている間に環さんは着替えを進め、最低限人前に出れるような格好になった。


「んしょっ、と。で、話を戻すけど。新人職員ってどうだった? 何か凄い異例の新人なんでしょ?」

「……そうですね。魔導やイクリプスとは一切関わりのなかった民間人ですし、なんなら年齢だって環さんと同じだそうで」

「ウッソ!? 民間人ってのは聞いてたけど、私とタメなの!? 何で戦姫でもないのに入ってきたの!?」

「猫型に襲われて返り討ちにしたから、ですかね……。それを神崎さんに見込まれたんですよ」

「はぁ!?」


 東堂さんのことを話すと、案の定環さんは絶句した。いつもマイペースで飄々としたこの人らしくない反応だけど、それだけ東堂さんがしでかしたことがぶっ飛んでいるということだ。


「……え、その人って素人なんだよね?」

「アレを素人と呼んで良いのかは疑問ですけど……。素性を調べた神崎さんが曰く、そうらしいです」


 神崎さんの話では、東堂さんにはイクリプスは勿論、魔導にも触れたことのない一般人であることは確実とのこと。それどころか、スポーツや格闘技の経験も無し。学校の部活にすら入っていないという。


「それじゃあどうやって猫型を……?」

「踏み潰したりリフティングしたりして無力化してました」

「ゴメン意味が分からない。特にリフティングって何?」

「言葉通りとしか……」


 アレは私も意味が分からないので、何と訊かれても困ってしまう。


「……一応猫型って、戦姫以外には無敵の小型肉食獣みたいなものなんですよね?」

「うん。サイズは猫だけど、パワーは下手な大型犬より強いよ。それだけで普通の人間は無理。師匠みたいなマジの達人は兎も角、歴戦の現場職員でもフル装備で漸く足止めできるってぐらいだもの」

「ですよねー……」


 私の知識に間違いがあった訳ではないことが証明された。その分余計に東堂さんの異質さが際立ったけど。あの人本当に何なんだろうか?


「最低でも師匠クラスの一般人かー……。ちょっと本気で見てみたいなぁ」

「……言っておきますけど、源内さんみたいな人だとは思わない方が良いですよ?」

「そうなの?」

「全然違いますね」


 環さんが連想しているのは、私たち戦姫の近接戦闘の師匠である武蔵源内さん。歴戦の現場職員で、戦姫以外でイクリプスと戦える数少ない人材。

 それだけなら東堂さんと同じだが、性格は全然違う。源内さんは、誰かの為に本気になれる熱い人だ。戦姫だけを戦わせられないと修行し、自ら私たちと同じ戦場に立つ決意をした凄い人。そして戦姫の皆が少しでも無事でいられるようにと、高めた技術を余すことなく教えてくれる素晴らしい人でもある。

 それに対して、東堂さんは…………あの人何て言ったら良いんだろう?


「適当の擬人化? マイペースの極地? いや、単純に頭のおかしい人?」

「おーい。それただの罵倒になってるよ、時音。アンタその無自覚毒舌そろそろ治しな」

「……普通に東堂さんの印象を口にしただけなんですが」

「それはそれでどうなの?」


 いや、環さんだって会ったら絶対似たようなことを言う。あそこまで変人奇人を拗らせた人はそういない。


「神崎さんに勧誘された時、現場職員の月給訊いて即決した人ですよ?」

「……師匠が張り切りそうだなぁ」

「あー」


 環さんの感想に、私も思わず同意してしまった。東堂さんの行動は、源内さんの信念と相性が悪いのである。

 現場職員というものは殉職率、離職率が極めて高い。抵抗できない異形と何度も対峙する為に、物理的・精神的な負荷が計り知れないからだ。それでいて、任務の失敗は許されない。いや、正確に言えば足を引っ張ることが許されない。それは自分の命だけでなく、現場で戦う戦姫の命すら危険に晒す行為であるから。

 故に現場職員の纏め役である源内さんは、実力よりも信用に重きを置く。曰く『イクリプスの前に人間としての実力は大した意味がない。ならば、現場に出ても確実に足を引っ張らないことにこそ価値がある』と。イクリプスをまえにして無様を晒さなければ良し。戦姫のサポートができれば尚良し。その身をもって戦姫の盾となれるなら言うこと無しというのが、源内さんの認識である。

 で、東堂さんの行動なのだが、信用という意味では極めて弱いのだ。これが普通の職なら、給料で就職を決めたというのは問題ない。しかし、イクリプスと対峙する可能性の高い現場職員の場合、給料で就職を決めたという者は殆ど信用されない。理由が俗だからという訳ではなく、収入は心の支えとなるには軽過ぎるから。

 イクリプスと対峙していけば、心がすり減り折れてしまうかもしれない。そうしたすり心を奮い立たせるには理由がいる。誰かを守るためならば、誰かの仇をとるためならば、立ち上がるに足る理由となる。純粋なまでの憧れや、周囲に対する反骨心、後がないことからくる自暴自棄でも構わない。だが、薄っぺらい正義感、思い上がった自尊心、独りよがりの名誉欲、単純な金銭欲などは駄目なのだ。立ち上がる理由としては弱過ぎる。だから信用されない。そうした者たちは、源内さんの手によって性根を鍛え直されるか、組織そのものから叩き出される。

 東堂さんも、恐らくそうなる筈。


「んー、これ下手したら会う前に辞めちゃうかな?」

「……いや、あの人がそれでなんとかなるとは思えませんけど」

「そうなの? 師匠の訓練めっちゃ厳しいよ? 新人職員とか毎回ゲロ吐いたり、泣いたりしてるよ?」


 確かに源内さんの訓練は厳しい。自衛隊や軍の特殊部隊もかくやという激しさだ。警察、消防、自衛隊上がりの職員たちが、訓練の度にヘロヘロになっている。だからこそ現場職員は皆歴戦の強者なのだが、一般的な高校生男子にそれが耐えられるかと言われればほぼ無理だろう。

 ……でも。でもである。大前提として、東堂さんを一般的な高校生男子にカテゴライズしていいのかという話な訳で。普通に考えれば、初見で猫型を踏み潰し、リフティングするような狂人がマトモな精神をしている筈がない。源内さんの指導ですら、のらりくらりと茶化しながら切り抜けそうなのがあの人だ。東堂さんの心が折れるようなことはないと思う。


「むしろ私は、源内さんの方が心配です……」

「何で?」

「あの人の奇行に付き合いきれるかどうか……」


 最近血圧が心配になってきたとか言ってたし、必要以上に上がらなければいいのだけれど。


「そんなになんだ……」

「そうなんですよ……」


 はてさて。どうなることやら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る