第6話 就職において重要なのは?

《side東堂歩》


 秘密組織の事実上トップ(恐らく)がトンデモないことを言い出した。


「え、勧誘?」

「そう。勧誘」

「マジで?」

「マジで」


 何度聞いても神崎さんの答えは変わらず。マジかー……。


「えっと、神崎さん? それは流石に不味いんじゃ……」

「そうだぞ! 一体何を考えているのかね!?」


 戸惑っているのは俺だけじゃない。小森さんも支部長さんも、神崎さんの言葉に驚いていた。

 そりゃそうだ。イクリプスなんてもんを扱ってることから分かる通り、ここは正真正銘の世界の裏側。言うなれば現実世界のM○B。そんな場所に一般人を引き込もうとすれば、誰だって『有り得ない』と驚くだろうよ。


「えーと、アンタ正気ですか? 何で俺みたいな一般人を勧誘するんです? ここ秘密組織なんでしょ?」

「秘密組織だからこそ、かしらね。ウチって慢性的に人手不足なのよ」


 人手不足?


「……国家組織って聞いたんですが?」

「ウチの職員を普通の公務員と一緒にしちゃ駄目よ。試験に合格すればなれる公務員と違って、ウチの職員は基本的に才能ありき。イクリプスを視認することができることが最低条件だもの」

「そうなんすか?」

「イクリプスなんて超常の存在、自分の目で視ないと信じることも難しいし、危険性も実感できないでしょう?」

「あー」


 イメージで言えば、幽霊を信じるか信じないかって話に近いな。どんなにいると言われようが、実際に目にしないと信じるのは難しいってことだろう。危険性が実感できないってのも分かる。あの猫モドキの悍ましさは、実際に目にしなきゃ理解できない類のものだ。


「全ての生き物は魔力を帯びているから、イクリプスに触ることはできる。だからこそ捕食もされる訳だしね。ただ視認するには、魔力に対する親和性が高くなければ、端的に言えばより多くの魔力を備えてなければならないの」

「身体に流れる魔力が多い=魔力と接する機会が上がるってことでOKです? 結果的に親和性が上がる的な」

「そういうことね。で、それがどれぐらいかと言うと、確率で表すと大体1万分の1。この時点で狭き門なのは分かるでしょう?」

「えーと、日本人口が1.2億ちょいだから……」


 単純に考えれば、資格持ちが約1万2千人。だが、あくまでこの数値は確率通りに考えた場合のもの。恐らく上限自体はもうちょい上下するだろう。但し、その中から未成年やら老人やらの労働条件に合わない者たちを引いてくと、実数はもっと減ることになる。


「更に、業務の内容が内容故に大っぴらな募集は不可能。民間からのスカウトも絶望的。故に公務員の中か秘密裏にスカウトするしかない訳なんだけど、荒事に対する覚悟もいるから警察、消防、自衛隊がメインになってしまうの。さて、この3機関の中で資格持ち、更に言えば国家機密を明かせるレベルの信用も兼ね備えた人間は何人いるでしょうか?」

「0では?」

「……キミがこの国の治安維持組織に期待してないことは分かったわ」


 即答したら神崎さんに呆れられたわ。

 いやでも、これ普通に考えて該当者0だろ。3機関……ああいや、メインって言ってたし、多分3機関以外からも多少はスカウトしてるか。兎も角、仮定1万2千人資格持ちの内、公務員として働いているであろう者、更にその中から国家機密に関われるレベルで優秀、または信用できる者なんて、狭き門なんてレベルじゃない。国家機密に関わる時点で組織の上層部にくい込んでいるような立場だろうし、そこにたった1万2千の母数の中にいる人間が混ざってるって言うのは流石に……。


「ま、そんな訳でウチは万年人手不足なの。因みに、同じく全国規模の組織である日本の警察は総人口が約30万人です。ウチの組織の総人口は機密の為教えられないけど、警察よりもうんっと少ないってことは想像できるでしょ?」

「話を聞く限りだと万切ってそうですね」

「あはは。まさかぁ」


 ……副音声でそんなに多くないわよと聞こえたが、気にしないでおこうか。

 それに他に気になることもある。


「……ところで、その話を聞く限り支部長さんもイクリプス視えるんです?」

「む? 当たり前であろう」

「で、支部長ってことは、元は結構なお偉いさんだったり?」


 もしかして、この人って大変レアな人材なのでは?


「ふっ。良い質問だ。私は防衛省の元ーー」

「家柄だけで大層な役職を貰ったお飾りって話ですよ。実権も殆どなかったって前に支部長が零してましたし」

「小森君!? キミ本当にちょっと黙ろうか!?」


 支部長さんがドヤ顔をした瞬間、小森さんが強烈なバックアタックを食らわせた。この人本当に可哀想だな……。

 ……この話題を広げると支部長さんが重症を負いそうだし、話を戻すか。


「オホン。にしても、それで俺をスカウトすっか。……やっぱりちと解せませんねぇ。確かに俺はイクリプスを視認できましたけど、公務員以外はスカウトできないんでしょ?」

「そういう訳じゃないわ。単純に機密の関係で公務員以外に話しにくいってだけ。東堂君は既に知ってるから例外扱いよ」


 誓約書も書いたしねと、神崎さんは机の上の書類を持ち上げてみせる。

 契約を交わした以上、信用云々は最早どうでも良いということらしい。契約を破れば罰する。ただそれだけなのだろう。


「なるほど。言い分は理解しました。でもまだ理由としては弱いっすよ。たった1回巻き込まれた程度の一般人を、わざわざ引き込もうとするには」

「それがそうでも無いのよねー。さっきも言った通り、ウチは万年人手不足。その中でもとりわけ、戦姫の皆を現場でサポートできる人員が全く足りなくて……」


 現場のサポート?


「……それは危険だからです?」

「んー……正確には、イクリプスと対峙できる人員が少ないのよ」

「あー……」


 神崎さんの言葉は、実際に対峙した立場としては凄く共感できた。

 イクリプス。俺も一目見て分かった。アレは只人が関わってはいけないものだと。俗な言い方をすればクトゥルフ寄りの存在。人が挑むにはあまりにも異質で、あまりに悍ましい。

 警察、消防、自衛隊。この3機関に属する者は、その殆どが誰かを助ける為に危険に身を投じる覚悟を持つ。どんな荒事にだって臆さないであろう立派な人たちだ。

 だが、イクリプスの恐ろしさは次元が違う。モノが違う。人の悪意と対峙する覚悟があったとしても、自然の脅威に立ち向かう勇敢さがあったとしても。イクリプスの前には意味を為さない。アレと対峙するには、覚悟や志みたいなものより、鈍感さや図太さが必要となる気がする。ステータスのmind参照じゃなくて、スキルとかの耐性参照と言えば分かり易いだろうか?


「既に時音ちゃんが説明したようだけど、イクリプスの前には戦姫以外の人間は基本無力よ。何をしたって殺せないもの。抗うことのできない怪物。そんなものを前にしたら、大抵の人間は正気を保てないわ。いえむしろ、あの異形を視認できる分普通の職員の方がハードルが高いぐらいよ」

「SAN値チェック入りますか」


 まあ、あの猫モドキだけで十分にクトゥルフやってたからなぁ……。そりゃ視える分余計にキツいか。


「幾ら3機関上がりの職員でも、下手に現場に出てイクリプスを前にしてしまったら、どうなるか分からない。サポートの筈が逆に戦姫の足を引っ張るなんてことも、十分に有り得るわ」

「アニメとかでも、戦場では無能な味方の方が怖いなんて言いますもんね」

「そ。でもやっぱり、現場でのサポートも欲しい訳。戦闘中に第三者からの映像があるだけでも、此方としては大いに助かるもの」


 なるほど。戦姫にはできるだけ戦闘に集中して貰いたいってことね。戦力としては期待していないが、異変の察知や連絡役としてのサポーターは欲しいと。


「そこでキミなのよ。キミは初見でありながら、イクリプスに襲われても動じず、それどころかあしらってみせた。確かに猫型は最弱だし、歴戦の現場職員であれば一体までなら無力化ぐらいはできる。でも初見でそれをできる人間を私は知らない。その胆力、格闘センスは是非とも欲しいわ」

「ドヤァ」


 どやぁ。


「……真面目な話してるのに口でドヤって言いましたよこの人」

「良いじゃないの。このぐらい図太い方が頼もしいわ」

「神崎さんちょっと寛容すぎではありませんか……?」


 分かる。割とひっぱたかれても文句言えない茶化し方してるんだけどな。少なくとも、俺だったらこんな不真面目な奴は絶対勧誘しない。自分で言うのもアレだが。

 それでも尚勧誘を続けてくるのは、神崎さんが寛容なのか、組織の人員不足が余程切羽詰まっているのか。……両方なんだろうなぁ。


「で、どうするの? 危険だけどやり甲斐はある仕事よ。なにせ強大な敵から人類を護る、本物の正義の味方だもの」

「やり甲斐ってブラックな広告の代名詞では?」


 やり甲斐がある職場です=仕事キツイです休みもないですとか、そういう意味にしかとれんのじゃが……。しかも此処ってマジもんの秘密組織だし、ブラックこレベルが違いそうで怖いっての。M○Bみたいな戸籍個人情報全抹消とかありそう。


「検討するためにもっと具体的な内容をキボンヌ。俺の立場とか業務内容とか」

「あら真面目ね。そうね……キミはまだ学生だし、取り敢えずアルバイトみたいな立場から始めましょうか。シフト制で契約日、勤務時間は要相談。但し、これはあくまでキミが高校生という立場故。勤務を続ける場合、卒業後はウチの職員として正式に配置させて貰うわ。表向きは防衛省あたりの職員が妥当かしら? 業務内容は、現場でのサポートを期待してのスカウトだし、初めの内は訓練と簡単な事務仕事の研修。それが終わったら、有事の際に戦姫の子たちと現場に出て貰うわ。勿論、現場サポート以上の適正が発覚した場合、そちらの部署に移動することも可」

「ふむふむ」

「注意事項としては、現場に出る以上命の危険が非常に高い。イクリプス関係はなによりも優先度が高いため、学校を筆頭とした日常生活に支障がでる可能性がある。我々が扱う多くが国家機密であり、機密保持を念頭に置いた生活をして貰う必要がある、などが挙げられるわ」

「なるほど」


 口頭での説明だけでは具体的なアレコレは想像できないが、恐らく戦隊モノやエージェント系の作品をより現実的にした感じだろうか。

 いちオタクとしては、こういう非日常系の役割というのはとても興味深い。将来的には表向きの職を与えられるというのもデカい。話を聞くだけでも面倒そうな就活から逃れられ、更にそれが公務員というのは高ポイントだ。本音で言えば二つ返事で頷きたいところ。

 しかし、ネックな部分もある。危険性云々は前提条件なのでとやかく言うつもりは無いが、日常生活に支障が出る可能性というのはいただけない。もし俺の想像通りーーよくある魔法少女モノみたいに授業中に抜け出す、なんてことがあるのなら普通に面倒だ。まあこれも想像でしかないけども、家族や知り合いを騙すかもというのはなぁ。ダルい。


「んー……」

「……まあ、急にこういうことを言われても即答は難しいわよね。ただ、これだけは言わせて。東堂君の協力があれば、魔導戦姫たちはより安全にイクリプスと戦うことができるかもしれないの。それは彼女たちは勿論、大勢の命を救うことに繋がるかもしれない。だからどうか、私たちと共にイクリプスと戦ってくれないかしら?」


 そう言って神崎さんが頭を下げた。それに慌てて小森さんが続き、支部長さんも神妙な顔でこっちを見ている。

 ……さてどうするか。心情的には勧誘に乗っても良い。こういう非日常は万々歳だ。しかし、現実的な思考が待ったを掛ける。この組織に対する信用、所属することのリスク、デメリットが頭に湧いてくる。そこまで不満もない日常を捨てる価値が、この組織にはあるのだろうか?

 思考の天秤は揺れる。はてさて。


「……因みにここって給料って幾らぐらいなんです?」

「え? えーと、東堂君の場合だと、基本給や危険手当諸々で月給だと最低40万円ぐらいからかしら? 役職や勤務年数、功績次第ではもっと上がるわ。正式に就職となると更にドンよ」

「入ります」


 気付いたら即答していた。

 決定打︰金。

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