第4話 【波】は浪漫

《side東堂歩》


 蝕獣災害対策局と名乗る組織から文化的な脅しを受けた俺は、小森さんを迎えに来た車に一緒に押し込められていた。


「はぁ……。帰ってアニメ見たかったなぁ」

「ほ、本当にブレませんね東堂さん……。この状況でもアニメですか……」


 うん。だって生き甲斐だもの。特に今回は期待度MAXの神アニメを視聴する予定だったのだ。幾ら俺の好きな部類の非日常に遭遇したとは言え、先行きが想像できない以上はアニメの方に軍配が上がる。

 ということを小森さんに説明すると、返ってきたのはなんとも言えない顔と関心だった。


「凄いですねぇ。普通、イクリプスなんて事前知識無しに遭遇したらトラウマものなんですが」

「いや俺だってビビったよ? 悲鳴上げたし」

「じゃあ何で迎撃できてるんですか……」

「嫌悪感からの反射」


 ほら、ゴキが飛んできたら反射的叩き落としたりするやん? それと同じよ。


「……それができたら苦労しませんよ。私なんて戦えるようになったのつい最近なのに……」

「ならアニメや漫画を見ろ。フィクションの戦闘シーンには、人間の願望と可能性が詰まっている。それを再現しようとするのが、手っ取り早く強くなるには一番だ」

「あの、一応センチメンタルな話題なので、アドバイスのフリした布教はちょっと……」

「あれー?」


 結構ガチのアドバイスしたつもりなのに、小森さんからジト目を向けられてしまった。何でだ?

 そんな風に俺が本気で首を傾げていると、小森さんは小さく溜息を吐いて首をふった。


「……いえ、良いです。これは民間の方に話すべきではない話題でした」

「多分もっと口を噤まないといけない箇所あった筈ですがそれは」


 組織名とか役職名とか本名とか。この辺りって普通に機密というか、一般公開されてないものだと思うんですよ。

 ……おいコラ目を逸らすな。


「というか、俺が連行されてるのってその辺りの情報知っちゃったからでねーの?」

「……いや、違いますよ? 確かに我々の存在は秘匿されてますが、今回の同行の理由はそれでは無い筈です。恐らくですが、怪我の検査やメンタルチェック、あとは機密保持の誓約などが主な理由かと」

「うーむ。目をザバンザバン泳がせてなければ説得力があったんだけれども」


 言ってる内容自体はマトモだし、多分それが正解なんだろうけど……。どうしても言い訳っぽさが抜けないだよなぁ。反応がいちいちアレというか、印象が真面目なポンコツに固定されてしまった弊害というか。

 あとアレだ。『筈』とか『恐らく』とか、何故か推測っぽい言い方してるせいもある。


「もうちょいはっきりしないん? 現場に出てるんなら似たようなこともあるんだろ?」

「……そうなんですけど、実は私って研修明けみたいな立場なので、こういう事例は初めてなんです。そもそも民間人が巻き込まれること自体が稀ですし……」


 申し訳そうな顔をしながら、小森さんはそう呟いた。あー、確かに新人っぽい雰囲気はあるな。というかさっきもそれっぽいこと言ってたわ。新人が稀有な事例に遭遇すれば、そら推測混じりになるか。


「にしても、俺みたいに巻き込まれるのは希少なのか……。何でか理由を訊いても?」

「えっとですね、長くなるので詳細は省きますが、天気予報みたいにイクリプスの出現を予測する装置があるんですよ。それを使って反応があった場所に物理的、魔導的に人払いを行うので、基本的に民間人の方は予測地点一帯に居ないんです。今回もそうしていたんですが、イレギュラーで人払いしていたエリアの外に出現してしまって……」

「へぇ」


 流石は裏組織。そんな装置があるのか。事前にある程度予測できるのなら、民間人が巻き込まれるのがレアケースなのも納得だ。……で、俺はそのレアケースを引き当てたと。

 はぁ。嬉しくねえバチ当たりだなぁオイ。一体どれぐらいの確率なんだが……。


「まあ俺がレアケースなのは分かった。そりゃ対応があやふやになるわな」

「そうなんですよ……。過去にそういう事例は無くはないんですが、その殆どが被害者死亡で終わってしまってて……」

「何ソレ怖い」


 何かボソリと怖いこと言われたんだけど。遭遇した殆どが死亡ってホラゲーか何かなの?


「……イクリプスってそんなヤバいの?」

「ヤバいです。まず殆どの人間にイクリプスは見えません。東堂さんのように見える方も稀にいますが、見えたところで抵抗できません。イクリプスは魔導でしか殺せないからです。その癖大抵が強靭で、個体によっては魔導に似た特殊能力を使います。また半霊体の為、一定以上の厚みが無ければ障害物は透過して追ってきます。はっきり言って、東堂さんが生きてることが奇跡です」

「何ソレ怖い……」


 小森さんの説明に思わず慄く。バトルマニアとしてはこうした非日常には非常に興味を唆られていたが、これは流石に洒落になってない。

 それぐらい列挙された特性がクソ過ぎる。基本感知不可、物理無効、基礎能力・高 (稀に特殊能力有り)、一定以下の物質透過を備えた敵性存在とか……。普通に人類滅亡待ったなしじゃねーか。


「よく人類存続できてるね」

「実際、昔はかなり酷かったそうですよ。最近は技術が発展しましたから被害は減りましたけど。後はやはり、そこまで頻繁に出現しないのが一番の理由でしょうか」


 小森さん曰く、関東では月に数回、日本全体でも1ヶ月に出現回数が三十を超えることはあまりないそうだ。更にどれも比較的弱い個体が出現する小規模なもので、強力な個体が出てくるような大規模なものは少ないらしい。


「ただこれって日本だからなんですよねー。国土が大きかったり、イクリプスが出現しやすい地域だともっと大変らしいですよ? 中国、アメリカ、欧州の魔導戦姫たちは毎月てんてこ舞いだそうです。あとは技術や国力の低い発展途上国とかも中々悲惨なようで……」

「おおう……」


 国土が小さく、比較的イクリプスが出現しにくく、技術大国である日本だからこそここまで安定しているのだという。非日常方面では日本はかなり恵まれているそうだ。


「まあそのせいか、他国で大規模な蝕獣災害が起きた場合、真っ先に応援要請が飛んでくるんですが」

「他国なのに?」

「他国でもなんです。イクリプスは人類全体の脅威ですし、かと言って公にはできない存在ですから。隠蔽できないような状況になる前に、人類の総力をあげて叩くことになってるんですよ」

「なるほど……」


 目視できないほぼ無敵の敵性存在が世界中に湧いてるんですよー、なんて確かに公表できんわな。確実にパニックになる。そりゃ他国の手だって借りるわ。


「……でもそうなると、余計に俺の処遇が気になるな。 大丈夫? 消されたりしない?」


 多分これ、世界の秘密の類だよな? M○Bとかそっち案件だよな? ニューラライザ○とか出てこない?


「大丈夫ですって。我々は民間人を守るための組織ですよ? どちらかと言えば被害者側の東堂さんをどうこうする訳無いじゃないですか」

「……枕詞とか無しに被害者と断言して欲しかった」

「幾らイクリプスでも、生物でリフティングする人を被害者と断言するのは流石に……」


 そっかー。


「……まあ良いや。何かされそうになったら小森さん人質にして逃げよう」

「いやだからされませんって! というか止めてくださいね!? 大怪我させずに無力化とか絶対できませんから!」

「ほう?」


 その口ぶり、さては貴様この俺に勝てる気でいるな?


「大口を叩くじゃないかポン娘。バトル系サブカルに触れて十数年。古くはかめ○め波、飛天○剣流、北斗○拳、比較的最近では無限○パンチや無明○段突きといった作中技の数々を現実で再現してきたこの俺に、キミのような新米魔法少女が勝てるとでも?」

「逆に何故ごっこ遊びの経験だけで勝てると思えたんですか……?」


 小森さんからやべぇ奴を見る目で見られてしまった。実際16になっても未だに『かめはめ○ぁぁぁ!!』なんてやってるので否定はできない。


「でも元気○とか出たら浪漫じゃない?」

「そりゃ確かに浪漫はありますけど……。でも流石に現実と創作の区別は付けましょう?」

「そうなんだよなぁ……。どうしても『波』や『玉』って出ないんだよ」


 小学校低学年時代から何度も練習してるんだけど、一向に出る気配が無いんだよなー。ああいうエネルギー系の攻撃、出来たらカッコイイだけに凄い残念だ。


「一応魔導でなら似たようなことはできますけどね……」

「マ!?」


 え、じゃあ俺も魔導を習えばかめはめ○撃てるようになるの!? なにそれ凄い!


「是非教えて欲しいのですが! というか教えろください!!」

「く、食い付きが凄い……。いやあの、多分東堂さんに魔導は使えないので……」

「何故!?」

「そ、そういうものだとしか……」


 神は死んだ。これ口ぶりからしてそもそも俺の素質ゼロなやーつ。


「僕知ってるよ……。どうせ魔導は女の子にしか使えないとかそういうパティーンだろ……」

「何で知ってるんですか!?」

「………『センキ』なんてついてるからまさかなとは思っとったけど……。まさかの当たりかい」


 自分で言っといてビックリしたわ。これじゃますます漫画の世界じゃねーか。


「え、当てずっぽうなんですか? 何でそんな予想が……?」

「いやだって、字面を見た訳じゃないけど、ニュアンスからして戦の姫でセンキだろ? そこまで予想できればオタクなら分かるわ」


 魔法少女モノを筆頭に、女の子にしか使えない特別な力で敵を倒すという作品は数多い。ニチアサならプリキ○ア、深夜枠なら戦姫絶唱シンフ○ギア、ちょっとアレなのだとストライクウ○ッチーズ。他にもゲームでは『巫女』などの女性専用ジョブとかあるし、ラノベ系では女の子にしか魔法が使えないなんて設定はテンプレだ。……まあ、そういうラノベは何故か男主人公も魔法使えてラブコメが始まったりするけど。


「そもそもサブカルに限らず、女性と神秘を結びつけるってのは昔からあるからなぁ。代表的なのは西洋のウィッチクラフト。他にも悪魔との契約に処女の生き血が必要だとか、神降ろしに巫女さんだとか。女性にのみ許された神秘なんて探せば幾らでもある。だから魔法が女性専用技であっても不思議じゃない」

「……意外とマトモな根拠から考察してて驚きました」

「意外でも何でもないだろ。この辺りの知識はオタクにとって基礎教養だ」


 作品設定なんて大抵は資料があるしな。現実のそれと絡めてるのが殆どだし、サブカルを巡回していけばこの程度の知識は勝手に身に付く。特にファンタジー系のラノベはその手の知識の宝庫だから、読めば読むだけ雑学が増えていったりする。


「……それはそれとして残念だ。折角エネルギー系の作中技をこの手で再現できると思ったのに……」


 割とマジでブルーな気持ち。長年の悲願だっただけに、一瞬見えた光明がまやかしだったのは本当に辛い。

 辛過ぎて起きているのが億劫になったので、窓に頭をもたれて寝る姿勢に入る。


「……着いたら教えてくれ。寝る」

「いや、どんだけショック受けてるんですか。あの、もうすぐ到着なので起きていてください!」


 ……小森さん、が何か言って、る。この車、窓、スモークで、外見えな、日差し無い……。


「zzz」

「ちょっ、寝るの早!? あの本当にもう着くので! 起きてください東堂さん!! ……起きろ!!!」

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