第3話 何か来た

《side東堂歩》


「あー、ビビった……」

『ギュギュァ! ギュア!』


 誰もいない裏道で、俺は異形の化物を踏み付けながら胸を撫で下ろしていた。

 いや久々に本気の悲鳴を上げたぞマジで。こんだけビビったの、中学の大掃除の時に家庭科室でゴキのコロニー見つけた時以来じゃねえか?

 流石に精神的な衝撃はあの時の比じゃねえけども。いや本当に何だこのキモイ猫モドキ。これに齧られそうになるってSAN値チェックってレベルじゃねえんだが。

 というか反射的にカカト落としで叩き潰したけど、何でコイツまだ生きてんの?

 甲殻がある訳でもないし、普通の犬猫とかなら人間のカカト落としなんて内蔵破裂で即死か瀕死だぞ? 幾らモツとか飛び出ないよう加減したとは言え、何で元気にギュアギュア鳴いてんだよ……。


「……まあ、どう考えても普通の生物じゃねえし考えるだけ無駄か……」


 色々と言いたいことはあるが、コレについて考えるほどSAN値が削られていく気がしたので、考えるのを止めた。

 いや本当にキモイんだよコイツ。頭にあるべきモノがないせいで見てて不安になる。胴体の口めっちゃデカいし、その癖他の顔面パーツ一切無いし。あと力がサイズに合わないレベルなのも不気味。足の裏から感じる抵抗とか、普通に大型犬ぐらいのパワーを感じる。これ襲われたのが俺じゃなかったらヤバかっただろ。精神的にも物理的にも人を殺しにきてるぞ。


「流石に放置はできんよなぁ。でもどうしよコレ? 保健所か警察か……?」


 でも警察や保健所もクトゥルフ系のナマモノは対象外だよなぁ絶対。そもそも生物かどうかも怪しいし、通報した時点でイタズラ扱いされる可能性もある。無事通報が通ってもそれはそれでパニックものだ。


「……うーん……」


 本当にどうしよう? いっそ俺が殺すか? 普通の犬猫なら法律的にアウトだけど、コレは絶対セーフだろうし。……ただ心情的には凄く嫌。コレを殺すのは生理的に無理。キモイ。

 そうして葛藤している時だった。


「あのー……」


 空から女の子が降ってきた。こう、重力を感じさせないふんわりとした感じで。


「……は?」


 予想外の事態だったせいか、思わず間抜けな声が出る。

 だがこれはしょうがないと思う。だってこの女の子、登場の仕方だけじゃなくて格好も妙なのだ。なんだろう? メカメカしい魔法少女と言えば分かりやすいか? ボーイスカウト系のパンツルックに、謎機械が幾つもくっ付いている感じ。端的に言ってコスプレイヤーor不審者である。


「……初対面とかそういうのを棚上げして言わせて貰います。今度は何だ」

「あ、いやその、私は不審な者ではなくてですね……」


 俺がジト目を向けると、コスプレ少女はキョドりながら弁明してきた。

 ただ登場の仕方や見た目のせいで説得力は皆無である。


「ええっと……その、つかぬことお訊きしますが、お怪我とかは……?」

「してるように見えます?」

「で、ですよねー……。アハハ……」


 俺と足元の化物にチラチラ視線を向けながら、コスプレ少女は引き攣った笑みを浮かべる。


「えっと、ちょっとお待ちして頂いてよろしいですか? その、私では判断できない状況でして……」

「はぁ……」


 俺が訳も分からず頷くと、コスプレ少女は名状しがたい表情を浮かべながら耳元の機械に触れた。


「あの、時音です。神崎さん、ちょっといいですか? その、非常事態と言いますか、非常識な事態と言いますか……」

『どうしたのかしら?』

「えっとですね、目標地点に到着したところ、イクリプスの他に民間人がいまして……」

『まさか被害者が出たの!?』

「いえ民間人の方は無傷です! はい、ピンピンしてます!」


 確認するかのようにチラッと視線を向けられたので、アピールの意味も含めて猫モドキを蹴り上げてリフティングをしてみる。


「っ、…………!!」

『ギュア!? ギュバァ!?』


 そしたらコスプレ少女の表情に余計に苦味が増した模様。何でだ? やっぱり異形でも生物リフティングすんのは印象にわる……いや流石にねえかキモイし。

 それはそれとしてうるせえなぁコイツ。やっぱり踏み潰して口塞いどいた方が良いな。


『……えっとつまり、民間人をイクリプスから保護したということかしら?』

「違うんです! いや違くはないけど違うんです! むしろ絵面的にはイクリプスの方を保護したくなるレベルで!」

「おいコラ」


 人が化物静かにさせてる横で何てこと言いやがりますかね。思わず口挟んじまったじゃねえか。


『時音ちゃん。報告は正確にって教えたでしょう? 真面目な貴女らしくないわよ』

「それはそうなんですけど! これは流石に私のキャパを越えてます! だって民間人の少年が、猫型1体とはいえイクリプスを手玉に取ってるんですよ!?」

『……はあ?』


 機械越しに聞こえてきた声は、明らかに『何言ってんだコイツ』という副音声がくっ付いていた。どうやらコスプレ少女陣営にとって、一般人がこの猫モドキをあしらうのは有り得ないことらしい。

 ……それはそれとして、この化物イクリプスって名前なの? SAN値直葬系ナマモノの癖して痛カッコイイ名前なの止めろや。


「取り敢えず映像飛ばすので、判断の方をお願いします! イクリプスを踏み付けたりリフティングするような人、アクが強過ぎて私じゃ判断できません!」

「キミ口滑らせてる自覚ある? 大分暴言吐いてるからね?」


 微妙に焦っているのか、初対面の癖して着々と失言デッキを構築していくコスプレ少女。この娘さては真面目の皮被ったポンだな?

 いや待て違うそうじゃない。今映像飛ばすとか言ってなかったかコイツ?


『……まさか、そんな……』


 飛ばしたねぇ? この反応、どう考えても勝手に人の姿撮影したってことだよねぇ?


「おいコラそこのポン娘。勝手に人を撮るのはマナー違反だろ」

「言ってることはご尤もですが! 普通今の状況でそんな苦情入れますか!?」

「やかましい。こちとらもう意味不明の連続なんだよ。化物に襲われるわ不審者に絡まれるわで散々なんだよ。俺これでも急いんでんの。早く帰ってアニメ見たいの。分かる?」

「この状況でアニメ優先する神経が分かりませんよ! というか不審者って私のことですか!?」

「他に誰がいるんよ」


 見た目は勿論だけど、恐らく所属的にも絶対マトモじゃないだろ。一般人目線じゃ役満で不審者だぞ。


「……さっきも言いましたが、私は不審な者ではありません。私は小森時音。【蝕獣災害対策局】所属の魔導戦姫です!」

「キメ顔で謎の組織名と役職出されても余計に怪しくなるだけなんですがそれは」

「あれ!?」


 やっぱりポンだなこの娘。


「あの、嘘じゃないんですよ! !?全部本当のことですからね!」

「いやまあ、それは別に疑ってないけど……」

「あ、そうなんです?」

「そうなんです」


 この猫モドキやあの登場の仕方を見れば、小森さんが非日常に生きていることは明らかである。ただそれはそれとして胡散臭いというだけで。

 まあこれ口にしたらまた文句飛んできそうだから言わないけど。


「んー、まあ良いや。つまり小森さんはコレを駆除するお仕事をしてるってことでおk?」

「はい」

「じゃあ後頼むわ専門家」

「は? っちょ!?」


 小森さんが何か言う前に、猫モドキを押し付けた。まあ、いきなり渡すのは危ないから真上に蹴り上げたけど。

 でも良かったぁ。どうすりゃ良いか分かんなかったから踏み付け続けてたけど、専門家がきたなら丸投げできる。という訳で撤退。これで帰ってアニメ見れるぞー。


「あの人どんな神経してるんですか!? へパ、【舞い踊る剣】!」

『ギュア!?』


 そしたら後ろから文句やら猫モドキの悲鳴やらが聞こえてきた。

 振り向いて見てみると、そこには空中で切り裂かれた猫モドキと、半透明の剣が浮いていた。

 その光景に思わず関心する。


「……へぇ。俺だと何やっても死ぬ気配がなかったのに、それを一瞬で真っ二つか」


 専門家というのも嘘ではないらしい。

 あの猫モドキ、俺がマジの蹴り何発入れても元気にギュアギュア鳴いてたんだがなぁ。こう、しっかり手応えはある癖に、一切ダメージを負っていない的な感触だった。それなのに小森さんのファンタジー攻撃が効くということは、何か非日常特有の謎ルールが存在してるということなのだろう。

 やはり専門的なことは、専門家に任せるべきだな。


「んじゃ帰るか」

「いや何勝手に帰ろうとしてるんですか!? 流石にこの状況で帰せませんよ!?」

『そうよー。キミに対して色々やることだってあるんだから。悪いけど、これから関東支部まで来て貰うから』


 え?


『因みに言っておくけど、蝕獣災害対策局って一般に秘匿されてるだけでれっきとした国家機関なの。キミに拒否権は無いし、もし逃げたりしたら公権力で拘束させて貰うから。そこのところ留意してね、君?』


 マ?

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