第2話 被害者……?

《side小森時音》


『ギュアァァ!!』


 悍ましい化物が襲い掛かってくる。胴体部分に大きく裂けた口が存在する、頭の無い猫のような化物。

 そんな化物に襲われれば、普通の人間なら心を病む。いやそれ以前に食い殺される。まず無事では済まないだろう。


「へパ、【束縛の鎖】」

[かしこまりました]

『ギュア!?』


 だが私は違う。それを証明するかのように、化物は私が展開した半透明の鎖に拘束された。

 空中に浮く何本もの半透明な鎖と、締め上げられる異形の化物。あまりに非常識な光景であったが、これは紛れもない現実である。


──魔導。


 それは人類がこの異形の化物に対抗するために編み出した、魔に属する神秘の技術。かつては魔法と呼ばれた秘術と、現代の科学を融合させた人類の叡智の結晶。

 私はその魔導を操る者の一人。神秘の技を振るい、機械の使い魔と共に異形の化物たちと戦う戦士。【魔導戦姫】と呼ばれる人類の守り手なのだ。


「そのまま縊り殺して」

[お任せ下さい]

『ギュアァァ!?』


 私の指示と共に、異形の化物はその身を四散させた。ネックレスの形をした機械型使い魔の【ヘパイストス】が、鎖の魔法の威力を大幅に上げた為だ。


「ふぅ。これで見える範囲の敵は全滅したかな?」

[周囲のスキャンを開始…………クリア。半径100メートル以内のイクリプス反応はゼロです]

「そう。じゃあ司令部報告しなきゃね」


 へパの報告を受け、装備していたインカム型通信機を起動させる。


『こちら司令部。どうしましたか?』

「時音です。周辺のイクリプスの掃討を完了しました」

『確認します。少々お待ちください』


 オペレーターのそんな言葉と同時に、インカム越しカタカタと機械を弄る音が聞こえてくる。恐らく、衛星を使って更に広範囲のスキャンを掛けているのだろう。これで安全の確認が取れれば、今回の任務は終了となる。

 さて報告がくるまで待機、というタイミングで、新たな通信が入った。通信してきたのは、私、小森時音の直属の上司であった。


「はい。何でしょうか神崎さん」

『んもう。相変わらず固いわねー。優子で良いって言ってるのに』

「あまり無茶言わないでください。私みたいな新米が、トップの一人にそんな軽口きける訳ないじゃないですか」

『本当に真面目ねぇ……』


 いや、これは私が真面目云々の話じゃない筈だ。

 こんな軽い調子であるが、直属の上司である神崎優子は、私が所属している関東支部における技術部門のトップであり、支部内では事実上のNo.2だ。最近漸く単騎出撃が許可された新米戦姫にとっては雲上人に等しい存在であり、気安く接するには立場が違いすぎる。

 そんな訳で、こんな危険な話題はさっさと終えてしまいたい。


「それで神崎さん、出来れば本題の方に入って頂けると」

『ああ、ゴメンなさいね? ちょっと調子を聞いておこうと思って。これが五回目の単騎出撃な訳だけど、そろそろ慣れてきた?』

「はい、大丈夫です。今のところ、大きな問題はないです。特に今回のイクリプスは猫型なので、かなり余裕がありました」


 先程退治したのは【イクリプス】と呼ばれる異形、その中でも最弱とされるTYPE.CAT(通称猫型)だ。群れで行動する性質こそあるが、それを踏まえて最弱認定される雑魚中の雑魚。イクリプスに対して抵抗できない一般人ならいざ知らず、曲がりなりにも戦姫である私ならば余裕で処理することができた。


『そう。それなら良かったわ。ただ油断は禁物よ? 実戦は何が起こるか分からないからね』

「勿論です」


 実戦では思い通りにいくことの方が少ない。それは僅かな実戦経験の中でも嫌という程思い知った。一瞬の油断が誰かの死に繋がり、不測の事態によって状況が混迷する。それが当たり前とされるのが実戦だ。


『司令部より緊急連絡! 小森さんの現在地から500メートル先の地点で小規模なイクリプス反応あり! 群れから逸れて出現した個体と思われます!』


 ほらこんな風に!


『時音ちゃん!』

「了解です! 直ちに向かいます!」


 司令部から送られてきた座標と最短ルートを確認し、必要な魔導を頭の中で弾き出す。


「へパ! 【身体強化】と【重量軽減】を! あと【認識阻害】もお願い!」

[かしこまりました]


 へパの返事と共に身体の感覚が軽くなり、透明の力場が身体を包む。

 これで高速移動と隠密行動が可能となった。


「せーのっ!」


 そして跳躍。強化された身体能力と、羽根の様に軽くなった肉体によって、私の身体は一瞬で周囲の建物を飛び越えた。

 そのままパルクールの要領で建物や電線を足場にし、一直線に目的地まで駆け抜ける!


[目標地点まであと200メートルです]


 時間にして10秒と少し。到着まで後僅かといった所で、ソレは聞こえた。


 ──んぎゃぁぁぁ!?


「悲鳴!? 」


 前方から響いてきたのは、男性の絶叫。現在の状況と、絶叫が聞こえてきた位置。この二つから導きだされる答え。


「っ、民間人が襲われてる!!」


 最悪だ。戦場では不測の事態が付き物とは言え、コレは最悪中の最悪だ。

 イクリプスに一般人が襲われた場合、余程の奇跡が起きない限り助からない。何故ならイクリプスは魔導戦姫にしか殺せないから。

 イクリプスは異次元から現れる魔力生命体であり、一定以上の魔力を持たない者は知覚することができないという特性を持つ。更に物理的な攻撃は一切効かず、指向性を持たせた規定量以上の魔力、即ち魔導でなければ致命傷を与えられない。

 故に、一般人ではイクリプスに対抗することができないのだ。最弱とされる猫型1体でも、一般人しかいなければ例え軍隊が相手でも何もできない。

 だからこそ戦姫わたしたちがいるというのに……!


「間に合って……!」


 必死の思いで駆ける。今悲鳴が聞こえたということは、まだ襲われて間もない可能性がある。もう現場は目と鼻の先だ。運が良ければ助けられる!


「──見えた!」


 そしてついに到着した。

 そこには怪我した様子もなく立っている少年と、


「良かった! 無事だっ…………た?」


 少年に踏み潰されている猫型のイクリプスがいた。

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