一晩経って
子供たちを街の修道院に預けて、エリンそしてシャルも少しの間だけここでお世話になることにした。
「おはようございますシスター」
「今日もお早いんですね」
ほとんど寝ないエリンだが、この日もシスターに起床時間で敵わなかった。
「何かお手伝いしましょうか?」
「うーん……そうですね……」
シスターが気まずそうに目線を逸らす。
それもそのはずで、エリンは料理こそ下手ではないのだが普段から狩りをしてそのまま食事の影響で味付けが微妙に一般人と合わないのだ。
「でしたら薪割りお願いできますか?この時期はあまり使わないですが、もう残りも少ないので」
「分かりました」
斧を持って、エリンは修道院の庭に出る。
朝の心地の良い静けさと気持ちのいい風が肌に当たる。
「……っと!……っと!」
エリンは黙々と斧を振り下ろす。
「おはようございます。今日も朝早くからお手伝いですか」
「少し置いてもらっている立場ですから」
十分早い時間だが、それでもしっかり目を覚ましたシャル。
そんな彼女だが、彼女にも置いてもらっている自覚はあるらしく手には洗濯かごを持っている。
「シスター本当に良い人ですよね。私たちにも全然嫌そうな顔しないですし」
「何よりも綺麗だよな」
「やっぱり綺麗ってだけで人間凄く見えるのに、そこに完璧さ足したらそれは女神ですよね」
「そんなに大きい声で話さないでください!」
真っ赤になってシスターが窓を開けて叫ぶ。
「何よりも可愛い」
「本当に綺麗……」
そんな無駄話に花を咲かせながらも、エリンたちは任された仕事に精を出す。
シャルは鼻歌を歌いながら洗濯物を干している。その姿は母親の手伝いをする子供のようにも見えるが、どこかぎこちないお嬢様感が拭えていない。
「……!届かない……」
シャルの身長では絶妙に足りない物干し竿にシャルは落胆する。
「干すのやろうか?」
「お願いしてもいいですか」
エリンがさほど綺麗ではないものの、淡々と干す。
「妙に慣れてますね」
「妙に、は言うな。ずっと一人だったから、自分で何でもやるしかなかったんだよ」
「ちょっと見直しました……」
急にシャルは手持ち無沙汰になり、エリンがさっきまで使っていた斧に興味を示す。
「重た……!こんなのシスター使ってるんですか?」
シャルが持った斧は、言うなればベッドでも持っているような重さで、すぐに手を放してしまう。
「あぁ……重量上げてるから」
「……キャァ!」
エリンが斧の方に手を当てるとシャルが持っていた斧は急激に普通の大きさに戻り、体重を全て乗せていたシャルは一気に倒れ込んでしまう。
「なんでこんなに無駄なことしてるんですか!」
「魔力多いからある程度発散しないとなんだよ。それに中途半端な重さだと逆に身体壊すからな」
「だからって重くしすぎですよ……」
「中途半端が一番ダサいからな」
エリンがそんなことを言うと、何か言いたそうな顔でシャルがエリンを見つめる。
「やけに文句ありげな顔をするな」
「……いえ、どうしてそこまで強くなりたいのか理解できなくて……だってあなたはすでに十分強いじゃないですか」
するとエリンは少しだけ真剣な顔をして言い出す。
「でも俺よりも強い奴を俺は少なくとも五人知っている。一芸に秀でたやつならもっと俺より強い奴なんてごまんといる。だから努力するんだよ」
「……なんか思ってた人と違って驚いています」
「その理屈が通るなら魔物と人間はもっと仲良いはずだからな。偏見っていうのはいつも見た目の差から生まれるもの……だぁっ!」
そこそこ良いことを言っていたはずのエリンだったが、言い終わる前に起きてきた子供たちの跳び膝蹴りを食らい腰から崩れ落ちる。
「エリンもこっちで遊ぼうよー!」
「俺、今手伝いしてるんだけど?」
するとシスターが慌てた様子でこちらに走ってきた。
「コラ!暴力は絶対ダメって言ってるでしょ!」
さすがの子供たちもシスターに怒られてしまっては反省して、落ち込んでいる様子だった。
「……ふん!この程度造作もないわ!」
そんな空気を壊すように言ったエリンの一言で子供たちのテンションは再び上がった。
「もう……この子たちは本当に……エリンさん、朝ご飯までもう少しなのでそれまで遊んであげてくれませんか?」
「おっしゃ全員捕まえて朝ご飯の材料にしてやるからな!」
そんなことを言いながら全力で子供たちと遊ぶエリンを、シスターは優しい目で、シャルは冷ややかな目で見ていた。
「エリンさんが一番楽しんでいる気がします」
「それも彼の才能ですよ」
「物は言いようなだけかと思うんですけど……ん?どうしたの?」
シャルのスカートの裾を女の子が引っ張った。
「お姉ちゃんも一緒に遊ぼう?」
連れてこられた子供たちや元々修道院にいた子供たちの中でもシャルは少しだけ年上だ。
元々落ち着いた性格と大人びた容姿をしていたシャルは、子供たちからエリンとは違う方向で人気があった。
「いいよ。何して遊ぶ?」
「鬼ごっこ!」
「お、お姉ちゃん運動あんまり得意じゃ……」
「お姉ちゃん鬼ね!」
「え、あぁ……」
そんな二人のおかげもあってより笑顔の溢れた修道院をシスターは楽しそうに遠くから眺めていた。
魔王が死んだ ~ロクでなし男と真面目淑女の物語~ 山芋ご飯 @yamaimogohan
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