最恐の男

 しかしその腕を掴まれてしまい、振りほどこうにも力加減が苦手で振りほどけない。

「報酬なら出せます。私が乗っていた馬車に食料と金貨があるはずです。それでどうでしょうか」

「それお前のじゃないだろ」

「利用できるものは利用するのがモットーなので」

「えらく貧乏くさいモットーだな」

「無駄に浪費する人間より十二分にマシです」

「もっともだな」

 エリンは少し考えた後、再び森をさまようよりかはマシであると結論付けた。

「分かった」

 別に特段喜んだりしない少女に少し気に食わなかったエリンだが、身体を軽く動かして準備を始める。

「ありがとうございます。来た道は覚えているので付いてきてください」

 そう言って少女の遅い足に付いていく中で、エリンは沈黙を嫌い、少女にそう聞く。

「なんて呼べばいい?」

「シャルでお願いします」

「ファーストネームで呼ばせるのは年頃の女の子的にはやめた方が良いと思うぞ」

「名前長いので誰でもそう呼ばせているんです」

「ふーん……」

 何となく引っかかる言い方だが、納得してしまっている時点でそこまでの興味しかないことがエリンの中でも分かった。

 薄く光が見えてきたところで、ようやくエリンは戦闘態勢を取る。

「女の子たちは何人?盗賊たちは?」

「女の子は七人です。誘拐犯は多ければ4人です」

「了解、一応俺の視界内には居てほしいけど、絶対に身は乗り出すな」

「分かりました」

 草むらに少女が隠れたのを確認すると、エリンは茂みから飛び出す。

 しかし真っ先に目に移ったのは、盗賊でも他の子どもたちでもなかった。

 真っ赤になった顔を拭きながら、こちらを見ている子供が五匹ほど。

「ゴブリンか……」

 この世界の魔物でも数が多い代わりに個の力が非常に弱い魔物。

 しかしそんなゴブリンたちの傍らには盗賊たちが倒れている。

「戦うつもりはないから勘弁してほしいんだけどな……」

 ゴブリンは敵意を見せなければ一切襲い掛かってこないが、敵意を見せた瞬間には集団の力と生存に対する強い欲求で大型の魔物一匹程度なら倒してしまうのだ。

 しかしゴブリンが食料を漁っている横を素通りして子供たちを助けるのは虫の良すぎる話だ。

 エリンがナイフを抜くと、ゴブリンたちも臨戦態勢を取る。

「ぐるぅぅぅらぁぁぁぁぁ……」

 少女でも分かるほどの殺意を向けられてもゴブリンたちは逃げ出さない。

 よく見ればゴブリンたちの身体はやせ細っており、目の一般的なゴブリンよりも充血して血走っている。

「こいつら……」

 明らかに自分自身よりも強い存在のエリンが居るはずだが、ゴブリンはゴブリンらしい直感で逃げることもなく、武器を構える。

「お互いに目的は同じみたいだな」

 魔物なんて働き口があるわけでもなく、作るか集めるか……奪うしかないのだ。

「こっちも生きるためだからな」

 俺が準備を整える前にと殴りかかってきた一匹を軽く避けて蹴り飛ばす。

「ぐがぁ……グギギギ!!!」

「お前らのその声少し苦手なんだよ……《ムーブ・エア》」

 手のひらをかざすと、軽い風が舞いゴブリンたちがバランスを崩す。

 ゴブリンたちは必死で食らいついているが、しかし誰から見ても勝ち目がないのは明白だった。

「まだやるのか?……っと危ない」

 先ほど蹴り飛ばしたゴブリンがすでに復帰して後ろからエリンを狙った。

「……全員死ぬくらいならな」

 エリンが飛び掛かってきたゴブリンの首元をスッとナイフで空を切る。

 首に血がにじんだがと思えば、大量の血が噴き出してゴブリンが絶命する。

「別に俺はお前らを殺すことが目的じゃない。食べ物だけ持って立ち去ってくれ」

 言語が通じるはずはないのだが、エリンの言いたいことを肌で感じ取ったゴブリンたちは手元に集めていた食べ物を持って、一目散に森の中へと逃げて行った。

「……大丈夫か?血とか飛ばしてたらすまん」

 草むらに隠れていた少女にエリンが声を掛ける。

「だ、大丈夫です……」

「そっか。なら報酬は?」

「それは……」

 少女があてにしていたのは盗賊たちの食料だった。

 だがそれもゴブリンにほとんど取られてしまった。

 焦っているシャルを主人公は鼻で笑う。

「冗談だからビビるな。ゴブリンを逃がしたのは俺なんだから」

 エリンはそんな無駄口を叩きながら馬車の中を確認する。

 そこにはしっかり七人の子供が五体満足で生きていた。

 エリンはさほど上手くもない馬車を使い、とりあえず子供たちを近くの街まで送ることにした。

 道中、エリンの隣にシャルが座った。

「外は寒いし、こんな時間だ。寝てろ」

「まだ心臓が熱いんです……目の前で戦いが起こったっていうのに」

 エリンは黙って、話を聞いた。

「自分が怖いんです。興奮してしまっている自分の本心が」

「戦いに興奮することは別に罪ではないからな」

「でも戦いは人が死にます。誰も幸せになりません」

「だが戦いは起こるんだよ。それが本能を持った者の運命だからな」

 エリンは相変わらずシャルと目線は合わせずに話す。

「戦いを見た時に人間が感じる感情は二つ。恐怖か激情。後者を持つやつが全員殺し合いしたいわけじゃないんだよ」

 エリンはまだ納得していないシャルの目を見る。

「何のためにお前は他のやつらを助けたんだよ。助けたいって気持ちだって激情だろ」

「そうなんでしょうか……」

 エリンの言葉を何度も考えて、シャルは必死に自分の感情のそれを探す。

「ついでに聞いてもいいですか?どうしてあの時、一匹しかゴブリンを殺さなかったんですか」

「俺が快楽で魔物を殺すように見えるのか?」

「自分で激情のこと話したじゃないですか」

「……確かにそうだな」

「あそこでゴブリンを逃がしたら復讐のためにゴブリンは強くなります。自分にとって敵を作ることに……メリットはありません」

「無意味な殺しは自分の価値を下げるだけだ。誰も死なないのが一番に決まっている」

「変わった人ですね。本当に」

「お前の周りが普通過ぎただけだ」

 全てを悟ったような口ぶりと、その中に見えた生き物全体に対する価値観に、シャルの決心は決まった。

「依頼をお願いしてもいいですか?」

「断る。俺は便利屋でも冒険者でもなく、ただの浮浪者だからな」

 と言いつつも無視はせずにエリンは耳を傾ける。

「恐らく街に着いたら近くの国の子供は帰されるかもしれませんが、遠くの国の子供はここの修道院で生きることになるでしょう。それだと困るのです」

 シャルは首に掛けて、服の中に隠していたペンダントをエリンに見せる。

「私はミファール王国第七王女シャルレティア・ミラファール。あなたに王国までの護衛を依頼します」

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