第2話 嘘つき天使

 周囲が言うほど、年老いたつもりは無い。


 会社の設立……結婚、そして産まれた子供もいつ私の後をついでもいいくらいに成長を遂げた。

 人に胸を貼って、私の人生を話せるくらいに、しっかりと生きた。


 理由は覚えていない。

 私はただ……がむしゃらに働いた。

 何かから逃れるためにただ……ひたすら……


 辿り付いた頂で……私はいったい……何を手に入れたのだろう。

 私はここにくる間に何を置き去りにしてきたのだろう。


 手に入れた幸福の代わりに……私の心にぽっかりと別な場所に穴が空いたような気がした。



 社長室の席にずっしりと腰をかけた私は、後ろの壁全体に広がる窓から空を見上げる。


 秘書からの電話。

 私を訪ねてきている者が来ていて、私に届け物があると言う。


 その場で受け取ろうとするも、私に直接届けないとならないと聞かないと言う。



 私はその者を招き入れる事にした。



 コンコンと部屋のドアがノックされ、勢いよくドアが開かれる。


 「お届け物でーす」

 無愛想な表情の女性が一人入ってくる。

 

 肩さげバックをかけ、何処と無く郵送的な仕事をイメージできる服装。

 手にはそのバック同等の大きさくらいの布に包まれた何かを持っている。


 女は私の顔を見るなり少しだけきょとんとした表情を取りながらも、

 

 「お届け物っス」

 手に抱えていた、布に包まれていた物を私の机の上にコトンと置いた。


 「どうかしたかね?」

 私のその問いに。


 「いえ……一瞬、今の貴方に必要なかったかな……と思いましたが、きっと……必要なんだと思いますよ……」

 

 そう言って女は回れ右をして……


 「それじゃ、失礼しまーす」

 それを届けると、大人しく部屋を出て行った。



 その後、静かめのノックと共に部屋に訪れた秘書がその荷物を確認するように布を取り外した。


 現れたのは小さな水槽。

 腐っているかのような緑色に濁った水に……その中を何かが泳いでいる。


 金魚……?


 秘書は先ほどの女の悪い悪戯だとそれを処分しようとするが……


 それを呼び止める。


 その後の会話は覚えていない。


 私はその金魚に魔法をかけられたかのように……


 30年以上も前に身体は若返り……

 今居る社長室は当時の風景に変わっていた。



 

 「おい、太陽なんて眺めて何してるんだよ?」

 

 その言葉に我に返る。

 小学生の高学年くらいの年齢……そんな少年は友達の声に耳を傾ける。


 「お前も参加しろよ」

 そう言って、遠くの標的に向かい石を投げつける。


 

 いつだって、募る子供達は正義の味方だ。

 標的であるそいつは、倒すべき悪なのだ。


 

 正直……関わるのはごめんだった。

 その正義のヒーロー達にも……

 もちろん、その標的にも……


 ある日、引っ越してきた彼女が、そんな正義のヒーローたちの標的になったのは、引っ越してきて間もなかった。


 少年の目線からも……そんな正義のヒーロー達は愚かに見えたが……

 そんな対象となった少女も正直、自業自得だろうと思っていた。



 「ねぇ、一緒に遊ぼう……私、天使なんだ、一緒に遊んでくれたらあなたの願い叶えてあげる」

 彼女はそう言っては、クラスメートに話しかけた。

 幼い彼女なりに……思いついた友達を作るための嘘だったのかもしれない。


 そんな少年の幼い思考の中でも痛い発言だとわかる。

 

 そして、ある日、自分の愛犬が死んでしまったと彼女に泣きついた一人のクラスメート……それを蘇らせるよう彼女に頼んだが……


 数日後、彼女は嘘つき……天使とは逆の悪魔だと……そう呼ばれるようになった。

 別に彼女がその愛犬を殺したわけじゃないのに、気がつけばそれ同様の罪が着せられている。


 ある日、少年は友達とのジャンケンに負け……

 彼女の正体を突き止めろと言う、よくわからない罰ゲームを背負うことになった。


 彼女の家は、街の外れにある古い本屋だった。

 少年は……自動ドアなんて無い……そんな技術が発展していない時代の田舎の本屋。

 無用心にも空気の入れ替えと言わんばかりに横に開くドアの全開になった家の中を覗きこむ。


 誰も居ない……本当に無用心だ。



 「何か探し物?」

 不意に後ろから声がして……別に悪い事をしていた訳じゃないのに心臓が口から飛び出るかと思うほど……驚き戸惑う。


 彼女はにっこり笑顔でそこに立っている。


 「……別に」

 言葉が浮かばず思わずそう返す。


 「……私に何か用事?」

 そう不思議そうに尋ねる彼女。


 「……別に」

 じゃぁ、何故此処に居るのか?自分でも馬鹿な台詞だと思う。


 「……ねぇ、……暇、だったりしないかな?」

 ちょっとだけ、申し訳なさそうに彼女は切り出す。


 「……一緒に遊ぼう……一緒に遊んでくれたら貴方の願い叶えてあげる」

 彼女はそう微笑む。


 懲りない奴だと正直思った。


 気がつけば彼女に手を取られ、少年は近場の空き地に連れて行かれた。



 自慢じゃないが……少年は一人だと強い発言をする事はできない。

 いや、本当に自慢じゃないが……増して、免疫の無い異性を拒絶するなんて真似はできない。


 「ねぇ……願い事何がいい?」

 彼女は、懲りる事無くそんな質問を続ける。


 「……将来、社長になって幸せに暮らしたい」

 少年はぶっきらぼうにそう言った。


 「社長かぁ……そうだねぇ、いいよ」

 彼女はにっこり笑うとあっさり了承する。


 「でも……あれだねぇ、それだけ大きな願いだから、私は君の側で沢山エネルギーを与え続けないとならないから、いっぱい、いっぱい、私と遊ばないといけないよ?」

 彼女は少年に少し意地悪そうに笑った。


 それから……少年は仲間に見つからないよう……少女と会って遊ぶ日々が続いた。

 街外れにある彼女の家は、一目を避けるには丁度よかった。


 遊びは……何処にでも居るような女の子と変わらない遊びを彼女は好んだ。


 地面に一つ、二つの円を描いては、それを片足で、両足を広げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、長い階段を、ジャンケンで勝った時にだした指の形で登れる歩数が変わりながら、天辺を目指したり……なに一つ変わらない、ただの少女だった。


 そんな数日が立ち、遊び終え、彼女の家まで送ると……彼女の本屋の扉に、チラシが貼ってあった。

 次の日曜日の夜に近くの神社で祭りの開催のチラシ。


 彼女は少し怯えるように、チラシと少年の顔をチラチラと交互に眺めた。


 「日曜……ひま?」

 少年はそう呟く。


 不思議そうに少年を眺める彼女


 「……行かない?……祭り」

 そんな少年の言葉に。


 「うん!」

 少女は嬉しそうに頷いた。


 


 こんな遅い時間に出歩くなんて初めてかもしれない。

 そう思いながらも、祭りの神社を訪れる。


 親に手を引かれ来た事はあったが……大人なしで来るのは初めてだった。

 不思議と周りの出店が、当時より大きく見える。


 「きゃっ!」

 人通りが多く、大きな身体にぶつかられ、彼女はそんな悲鳴をあげる。


 人ごみに飲まれ、何処か遠くに行ってしまいそうな彼女の手を咄嗟に掴む。


 ・・・・・。


 謎の沈黙。


 「……いや、はぐれると探すの大変だし」

 そう、少年は謎に言い訳する。


 「うん……」

 少しだけ照れくさそうに彼女は少年の手を自ら握りなおした。


 少年の手持ちの所持金は余り多くは無い……

 サイフの中身と睨めっこした後に……


 「何か欲しいものないの?」

 そう少年は尋ねる。


 「……将来、社長になれるんだろ?今日くらいはお前の願い聞いてやるよ」

 そう少年は彼女へ告げる。


 「じゃぁ、あれ取って!」

 彼女は嬉しそうに指差した先……金魚すくいの出店があった。


 


 結局、少年のお小遣いのほとんどをつぎ込んで、それは取れなかった。

 肩を落とし立ち去ろうとしたところ、出店のおじさんが一匹透明な袋に入った金魚を一匹手渡した。


 境内の裏側……丁度腰をかけられるような場所。

 少年は黙って下を向き……

 彼女は嬉しそうにその金魚を眺めている。


 「あれっ……〇〇じゃね?……えっお前ら何してんの?」

 一気に少年の血の気が引いた……

 今まで、街外れで遊んでいて誰にも気づかれなかった……

 いや、それだって、いずれ時間の問題だったのかもしれない。

 それを、こんな人の集まる場所で2人で居れば……



 「あっ違うっ!!えっと……これは……」

 最悪なクラスメート達に見つかる。

 少年は咄嗟に言い訳を考える……

 

 少年の中の正義の欠片などあっさりと砕け散り……

 

 「違う……こいつとは……」

 目の前の自称正義の味方達は少年の次の言葉をつめたい目で待つ。

 その言葉次第では……少年も悪へと落ちるだろう……



 「あーぁ、邪魔が入ったから食べそこなっちゃったなぁ」

 彼女は唐突に嘘をつく。


 「彼が、一緒に来た友人に金魚すくいは得意だから、簡単に取れると見栄を張ったけど取れなかったみたいでね、これを餌に人気の無い場所で頭からバリバリと食べるつもりだったけど……さすがに今日のところは立ち去るよ」

 彼女は少年のために嘘をつく。


 「……ごめんね、わたしは嘘つきだから」

 彼女はにっこり笑いそう少年に言った。


 「おい、お前ら、あの悪魔を退治しろ、〇〇を助けろっ!!」

 そこに居た少年のクラスメート達は足元の石を拾いあげると、彼女に向かいそれを投げつける。


 「ったぁ」

 そのいくつかを身体に受けながら少女はその場から姿を消した。


 「おい、大丈夫だったか?」

 クラスメートのそんな声すら届かない。

 少年の目は……先ほどまで彼女のいた場所にぽつりと置かれた透明な袋の中で元気に泳ぐ金魚だけが映っていた。



 その後……彼女と話すことは無かった。


 今の立場を捨て、彼女へ寄り添う勇気も……

 彼女に今更、謝る勇気も……


 その罪悪感から逃れるよう……その後少年は勉強へと明け暮れた。


 少年が彼女にできる事……


 彼女は嘘つきじゃない……少年はそれを証明しなければならない。


 

 少年は勉強を重ね、一流の企業へ就職を果たし、そして10年で独立し起業し……

 社長となった……


 そして、出会った一人の女性と結婚し、子を授かり……

 私は幸せでしたと……そう言える人生を歩んだ。



 風景は社長室へと戻り、私の身体も……少年の30年以上も後の身体に戻っていた。

 水の取り替えられた水槽で、金魚が元気に泳いでいた。



 その日、私は休暇を取り……昔のあの街に帰ってきた。

 街並みはすっかりと変わり果てていたが、あの神社はあの日のまま健在で……

 

 偶然にもその日は祭りがおこなわれていた。


 私は出店の一つで多額のお金を使い、ようやく金魚を一匹手に入れた。


 そして、一人、境内の裏側を訪れる。


 そして、昔のあの記憶の風景の姿を取り戻すように、記憶の中の彼女の居た場所にその金魚をそっと置いた。



 「ねぇ……願いは叶った?」

 私は目を見開く……だが、後ろを向く事ができない。


 彼女は本当に天使だったのか?

 昔のあの日のあの声が後ろから聞こえる。


 それは、私の思い込みなのかもしれない……

 振り向けば私と同じように年老いた彼女の姿があるのかもしれない……


 でも、今の私にそれを確かめる手段がない。

 頭を90度曲げるだけ……それが金縛りにでもあったかのように叶わない。


 「……不思議だね、昨日……私の本屋に不思議な宅急便屋さんが着てね、あの日、私の家のドアにはられていたポスターが届いたの、それで今日は祭りなんだって思い出して、ここに来たら、君が居るんだもんなぁ、私と違ってすっかり姿が変わっちゃったけどね」

 そうイタズラに笑いながら言う。


 私のところにも現れた宅急便屋の少女を思い出す。

 彼女もまた……何者だったのか……



 「……君のお陰で私は幸せを手に入れた……だけど、それが故、私はこのまま人生を終える訳にはいかなかった……わたしはあの日のあの出来事に報いるために果たさなければならない事が一つある」

 わたしは彼女を嘘つきにしてはならない……

 わたしは十分に生きた……だから。


 「今からここで、私を頭からバリバリと食べてくれないか?」

 そう、彼女に告げる。


 「……なにそれ?もしかして私、昔にそんな事言ったの?でも、言わなかった?私は嘘つきだから」

 そう楽しそうに彼女は言う。


 「……君は、あの日から今日まで……幸せに暮らせたのかい?」

 私のその言葉に。



 「うん、私はあの日からずっとわらって、毎日泣わらって、居られたよ」



 その日も彼女は嘘つきだ。


 

 

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