ガラクタ宅急便
Mです。
第1話 聞きなれないメロディー
その日は午後から大雨だった。
仕事の昼休み……僕は一人、人目を忍ぶように、非常口から表に出た階段の踊り場に、缶コーヒーを片手にようやく落ち着いたように座り込むと、人前では決して吸わない煙草に火をつける。
昼食はいつもタバコとブラックの缶コーヒーのみだ。
そうして、休憩時間をここで思い耽るだけ。
昔……学生時代……昼休みもこうして過ごしていたっけ……
その隣に居た人物をぼんやりと思い出す。
決して人付き合いと得意ではなかったあいつと僕……
お互い口数も少なくて、何かと沈黙が多く……何処か気まずくて、でも何処か居心地が良くて……
僕は……小説家になりたいと言った。
でも、半ば既に諦めている僕にあいつは少し怒っていたっけ?
会えば、いつも大げさな言葉で世界の皮肉を言う僕の言葉。
あいつは、僕が吐く言葉の一つ一つを全く理解できないと笑った。
それで、いて……でも嫌いじゃないよと……笑った。
そして、いつも後半は沈黙。
そして唐突に口を開いては……
たまに口ずさむ……僕の知らないメロディ。
それを、僕が黙って聞いているそんな時間を過ごした。
あいつは今……何をしているのだろうか?
結局、夢を諦めて……何処かで僕のようにやりたくも無い仕事と毎日を送っているのだろうか?
あの日、別の道を歩んだ、あいつと僕……
あいつは、周りから非難されながらも……自分の夢の道を選んだ。
僕は……現実を受け止めるように就職活動へと専念して、やりたくもない仕事の面接に明け暮れた。
それとも、あいつは夢を叶えられたのだろうか……
あいつを羨んだところで僕は、今更違う生き方など選ぶ事ができない。
死ぬまで惨めにここで生きて行く。
クビにならなければ……だけど。
突然……ガンガンと非常口のドアが叩かれる。
「うわっ!?」
慌てて咥えていたタバコを呑みかけのコーヒーの中に投下する。
「お届け者でーす」
ドアが開くと見知らぬ女性が僕に何かを差し出している。
思わずそれを受け取る。
「それじゃ、失礼します」
そう言って、女はすぐにドアを閉じた。
何者だったのか?
誰かの手の込んだイタズラか?とも思ったが……
取り敢えず渡された物を確認する。
ラジオ……?
昭和の時代に作られたかのような、カセットテープの再生もできるラジオ。
カセットテープって……このご時世伝わるのか?
そんな疑問はさておき……
何となく、ラジオの再生ボタンを押してみる。
酷いノイズ音の後……暫くすると知らないラジオ番組が流れる。
そもそもラジオなんてこの方、まともに聞いたことは無い。
政治にもこの世の中の動きにも興味が無い。
誰かの知らないニュースが流れ……
暫くすると、リスナーからのリクエストの歌が流れ始めた。
聞きなれない……何処かで聞いたメロディー
そんなメロディーに乗せられた、誰かに聞かせた……
黒歴史に載せられそうな……世界の皮肉の言葉……
「はぁ?……え?……あいつ?」
ラジオが具現化するようにあいつの幻影を見る。
「あんたはさぁ~、いったい何がしたいの?」
疲れ果てた僕を見て……あの日のあいつは僕にそいう言った。
それが……やりたい事を捨てて、手に入れたモノなの?と言われた気がした。
雨上がりの匂い……
仕事を終えた僕はいつもなら真っ先に家に帰る所……
通っていた夜の学校に訪れた。
校門は閉まっていて中には入れない。
その日は何となく歩きたい気分で……そこから自分のマンションの部屋まで歩いて帰る。
途中にあるコンビニ……その近くにある小さい公園。
そのベンチに座る人影を確認する。
学校帰り……僕たちも……待ち合わせしたわけでもなく、あそこに座っていた。
何か会話する事も無く……
誰かに見られて噂されたりするのも嫌だったから……
あいつもそう思ってたんだろうか……?
あいつは、僕の事……どう思っていたのだろう?
僕は、あいつのことをどう思っていたのだろう?
コンビニで温かいコーヒーを買って公園に足を運ぶ。
先ほど見えた……人影の人間はまだそのベンチに座っていた。
カジュアルな帽子に、長い髪……紅い縁の眼鏡……
もちろん、見知らぬ女性……
こんな夜の公園に女性……一人って……
そんな心配をしながらも、自分見たいのがその場に現れるのってどうだろうと思いながらも……その思い出の場所へと訪れる。
コーヒーを飲み終えたらすぐに帰るそう考え買い物袋から取り出したコーヒーを飲む。
不意に後ろの女性が口ずさむ……
聞いたことのないメロディー……それに乗せられる何処かで聞いたことのある言葉……
「……えっ?」
思わず振り返る。
「すぐ、気づけよっ」
一瞬、鼻で笑い女は歌うのを辞めてこっちを見ていた。
「……えっ?」
思わず繰り返す。
「一本貰うぜっ」
女はそう言って、買い物袋からコーヒーを1缶奪い取ると返答を聞かずに飲み始める。
あの日の記憶の通りに、2人は少し距離を取ってベンチに腰を下ろす。
「夢……叶ったみたいだね……」
僕は女にそう告げる。
「はぁ?嫌味……?」
女はそう僕へと返す。
「……全然、何一つ上手くなんて言ってねぇーよ……バイトしながら、一文にもならない歌を歌い続ける毎日……お前の言っていた事が正しかったんだなって心が折れかけていた所だったよ」
女はそう僕に言う。
「……お前は……念願の社蓄人生、上手くいってんのか?」
そう聞かれ……
「いいや……つまらない、やりたくないことをただひたすら毎日を繰り返すだけ……そんな生に、なんの価値も産まれない……」
そう返す。
「……僕も丁度……君の言っていた事が正しかったのかなと思い始めていた所……価値の無いモノに……努力する理由がわからない」
繰り返されるつまらない日々。
お互いに選んだ世界。
お互いの後悔と……世界の残酷さ。
「はははっ……相変わらず、あんたの言うそういう言葉は嫌いじゃない」
女は立ち上がると……
「悲観的になってたらさ、見知らぬ女が変なラジオ渡されて、そっからあんたの言葉が聞こえてさ……何となく此処に来たんだ」
女はそう言って……
「えっ?」
思わず……声がでる。
自分のところに来た女と同一人物だろうか?
いったい彼女は何者だったのだろうか?
「それじゃ、ありがとなっ、もう一度あんたの言葉を聞いたら少しだけ頑張ろうと思えた」
女はそう言って立ち去ろうとするが……
「待ってっ!」
そう呼び止める……
呼び止めてどうしたいのか……
「ナニ……?今更、愛の告白ぅ?」
女がちゃかすように言う。
「……そうだとしたら迷惑か?」
僕はそう女に尋ねる。
「そうだったとしたら、疑問を疑問で返すようなヘタレた真似すんじゃねーよ、お前の得意な言葉で表現してみろ」
そう女は僕に返す。
「僕は……僕を取り巻くこの世界が嫌いだ……」
僕は言う。
「……聞いたことのないメロディー、それが当たり前のように聞こえたときには気がつかなかった……何でもない日々の大切さ……聞こえなくなって気がついたんだ……それをラジオから再び聞こえて気がついたんだ……」
昔と同じように、僕の言葉を理解できなさそうに聞いている。
「……そんなメロディーが隣で聞こえてくるあの何もない日常を僕はもう一度手に入れたい、そんな相手に僕のくだらない言葉を送りたい……」
ケタケタと女は笑いながら……
「………嫌いじゃない」
女は笑いながら……
「……あんたの言葉」
そう付け加える。
「あんたもさ……もう一度考えてみたら……」
女はそう言う。
「……小説家、私は嫌いじゃないぜ、多分……」
結局……女は僕の聞きたい答えを出さなかった。
連絡先を交換した訳じゃない。
また会えるかもわからない。
それでも……僕はもう少しだけこの世界に抗おうと思った。
「……小説書いてみようかな」
僕は一人残った公園でそう呟いた。
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