第53話 ささやかなギフト

「此処にもないか……」

 ルゥド本社ビル地下深くにある資料室。隻眼の青年は手持ちの電灯を頼りにいくつかのファイルを手にし、めくっていた。

 組織の心臓部ともいえるこの場所は限られた者の入室しか許さず、厳重なセキュリティにより管理されている。幹部であるイチは堂々と利用が許可されているが、彼は最小限の光を頼りに迫りくる足音にも敏感に反応した。

 ―――警備か

 「無音」の異能で巡回する者たちが去るまで息をひそめ、狭く暗い物陰に身を隠す。 

 足音が遠のいたことを確認すると、ふぅと安堵する。だがその一瞬の油断が、目の前にいる人物の接近を許してしまった。

「そこにはないよ」

「!」

 思いがけない声掛けに、その場に凍てつく。

「緘人」その人物をイチは認識する。「……なんのことだ」

「ははっ、相変わらず冷たいな。僕も君と同じように、京也の旧い友人なのに」

 イチは不意を突かれたように左目を丸くした。

「……俺の過去を知っているのか」

「ああ」緘人は指をぱちんと鳴らすと、照明が点き、視界が明るくなる。「君が単独行動を取ることが多かったから、一度あとをつけたことがある。その時に色々と調べさせてもらったよ。まあ、ルゥドは豹瑠のバカみたいに身勝手な行動をとる人が多いから、大して目立ったわけではないけど……僕の勘が当たったということだ」

「彼奴らと居るところを見られたか」ヨーコとハチの姿が目に浮かんだ。

光警こうけい側の諜報でもなさそうだから様子をみていたんだけど。ようやく君がここに居る理由がはっきりしたよ」

 緘人はイチに一歩近づく。イチの覆われた右目に指を沿わせ、ふっと微笑んだ。「十年前、人工異能を生み出すことを試みた実験が行われていた―――君はそこで生存した異能者の一人。そしてその研究所を主導していたのが、乂魔かるま博士だね」

「……」

「君がルゥドに入った目的は、博士の居場所を探るためだろう。表と裏社会両方の情報網においては、うちに勝る組織はいないからね」

「……ああ。そうだ」

 緘人相手に虚偽を述べても暴かれるだけだと、イチは諦めたように口を開いた。「俺たちは十年前から奴の居場所を追っていた。だがどこを探してもなんの手掛かりもない……そこで俺がルゥドに加わることにした」

「うん。僕が君でもそうするね」

「ボスに報告するのか」

「そのつもりなら、とっくにそうしてるよ」緘人は肩をすくめた。「君がルゥドに入った目的についてどうこう云うつもりはないし、ここに長居する気もない。ただこれを渡そうと思っただけだよ」

 緘人は一冊のファイルを渡した。

「これは……」

「僕が特別に入手した、博士の過去についての資料」

 驚きの表情で手元のファイルを凝視するイチに、緘人は平然と続けた。「君の知りたいことに一歩近づくヒントになるかもしれない」

 そして懐から一枚の紙切れを取り出した。

「その見返りに、これを頼むよ」微笑みを浮かべてイチをみる。「時間と場所、君のもうひとつの仲間にも伝えといてね」


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


 目元を布で覆われ、手首に頑丈な枷をつけられた京也は乂魔に導かれるままに歩いていた。エレベーターらしきものから降りると右に曲がり、直進。そのあと左に曲がり、少し進んだところで立ち止まった。

 十桁の暗号が押され、扉が二回開く音。それをくぐり抜けてようやくたどり着いた場所は、様々な薬品の匂いのする部屋だった。


「ボクの研究室へようこそ!!」

 乂魔の甲高い声が耳に届く。

「ふふふ。とても嬉しいよ!!きょーうやくぅーーっん‼」

 乂魔は京也をソファに座らせた。「さあ、その美しいお顔を見せてくれるかなー」鼻歌を歌いながら京也の目を覆う布をほどき始める。

 しかし異変に気付いた博士は、笑みを浮かべたまま固まった。

「うわ、眩しいな」

「ななな、キミは……」

「あ、博士。また会いましたね」

 にっこりと笑顔を向けたのは、京也ではない。

 ルゥドの幹部―――平城 緘人だった。

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