第54話 久しぶりの協働
武装した警官が数百人。研究所を完全に取り囲んでいた。
「……これは、随分と予算つぎこみましたね」
映遡の部下の一人が強面の上司に砦のように配備された警官たちをみて云う。「少しやりすぎでは……」
「異能者相手にやりすぎもクソもねぇよ」
眉間にしわを寄せたサングラスの男は不機嫌そうに応えた。
「今回もまた、博士を十年前のように逃すわけにはいきませんしね」
「あ、貴方は、あの伝説のギャンブラー!」部下の一人が大きく口を開く。その視線の先にコツコツとヒールを鳴らしてやってきたのは、マスターだった。
映遡もサングラスを傾けその姿を確認する。
「坊主の情報は本当なんだろうな」
「彼のことが信じられない?」
「いいや」
映遡は舌打ちする。「俺はアイツに将棋で百近く敗北している。それだけで十分すぎる説得力だ」
「こちらも援護させてもらうわ」
マスターはふふっと笑い、後ろにいた夏目、静雫、木騎の方をみる。
「……あれ、京也は?」
「中に入っていった」夏目が応える。
「うそ⁉止めなさいよ!」
「……悪い」
「まあまあマスター、京也にも考えがあるんでしょうし」木騎がそういうと、静雫も頷く。
「それにユニオットと一緒に入ってったっぽいぞ」
「あ~もう仕方ないわね……私たちは光警と一緒に外をがっちり固めるわよ」
マスターは伸ばしたステッキを地面に突く。「一匹も逃がしてはいけない、いいわね?」
「イエスマダム!」
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
「まるで過去に戻ったみたい……外観から中まで、そのままの造りになってるなんて」
「ああ。いい気分じゃないな」
「なんか……寒気がする」
ヨーコ、イチ、ハチは無事に研究所に侵入し、無機質な広い廊下を歩いていた。
「早く見つけ出さないと」
ヨーコは先方に注意を払いながら云うと、イチはそれに頷いた。
「もうすぐ京也たちが光警とやってくるそうだ。それより先に奴を見つけ、問い詰める。光警に引き渡すのはそのあとだ」
しかしヨーコはその言葉に立ち止まった。
「どうした―――?」
「ちょっと待ってよ……引き渡すって……本気だったの?あいつに復讐しないって―――ミワを殺した奴を放っておくっていうの?」
「復讐はなんの解決にもならない。ヨーコ、お前もそんなこと分かっているだろ」
「そんなきれいごと……」
ヨーコは感情を抑えるように唇を噛みしめた。「ハチはどうなのよ」
イチの後ろに立っていたハチは被ったマントを握りながら、少し考える様子で俯いた。
「僕はどっちでもいい。二人と一緒に居られればそれでいい……」
「……分かった。なら私一人でやる」
「あ、おいヨーコ!」
しかしイチが手を伸ばした時には、既にヨーコの姿は消えていた。
千倍の速さで動くことを可能にする異能。イチはヨーコを追うことを諦めるしかなく、溜息をつく。
「追いかけなくていいの……?」
「追いつくわけないだろ」
「そうだね」
少しの沈黙のあと、イチが口を開いた。
「俺はただ、過去の記憶を取り戻したいだけだ。そのために奴を捕えて……その方法を聞き出す」
「イチはなんでそんなに過去にこだわるの……?」とハチは包帯で巻かれた首を傾げ、不思議そうに問うた。
「……俺には昔の記憶が少しだけ残っているんだ」
「研究所に入る前の?」
「ああ。本に囲まれた部屋で、大きな図鑑を目の前に開かれている記憶だ。多分どこかの図書館だった」
「図書館……」
「母親らしき姿も覚えている―――だけどひとりで夢中になって本を読んでいたんだろうな。俺は恐らくその時に誘拐され、奴の研究所に収容された」
緘人にもらった資料にも、そう書かれてあった。イチはその記憶が確かなものであるという確信を持つ。
「じゃあ……イチが記憶を取り戻したい理由は、その母親に……家族に会うため?」
「そうだな」
「……」
「どうした」
「ううん。ただ羨ましいだけ……僕にはそんな記憶ないから」
ハチはただ静かに先の見えない廊下に視線を向ける。
「取り戻したいとは思わないのか?」
イチはハチの首元を覆う包帯をみつめて云った。その下に彼の過去を記す数字が刻まれていることを知っているのは、彼とヨーコだけだ。
「思うよ。ちょっとだけ……」
「ちょっとか」
「うん。でもヨーコの気持ちもちょっと分かる……大勢の仲間たちを死なせた奴らは許せないから」
「お前もやっぱり復讐したいと思うのか?」
「ううん。思わない。それはきっとミワが悲しむから……」
「ああ、そうだな」イチは小さく頷いた。「だから俺たちはヨーコよりも先に奴を見つけ出さないといけない」
「でもどうやって?」
「ヨーコは奴の研究室に向かうはずだ―――だが恐らくそこに奴はいない。俺たちは監視カメラのある管理室を目指し、先に見つけ出そう」
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