第52話 十年越しの再会

 乂魔かるまに冷ややかな視線を向けたまま、緘人は云った。

「その前に、ご紹介したい人がいます」そして一歩下がり、後ろから歩いてきた人物の背後に立った。


「その藤色の瞳……まさかキミは……」

「ほう。知り合いですか」

 ボスは平然とした表情でちらりと頭を傾ける。

 博士の額には汗が滲んでいた。瞬きすら惜しいというように目を見開き、高揚と興奮の表情で目前に現れた京也をみつめる。

「まさかキミとこんなところで会えるとは!!」

「……十年前、母さんを刺したのは貴方だったんですか」

「え、なに十年前?」

 京也は珍しく怒りの炎が立ち込めた瞳で乂魔を睨んだ。

「答えろ」

「えーと。結論からいうと、あれは正当防衛だよ。彼女がボクを先に刺そうとしたんだからね」

「な……」

 京也の驚きの表情に乂魔は嬉しそうに微笑む。

「研究所の廊下でキミを初めて見た時、ピンときたよ―――キミこそ、僕の求めている異能だと確信した。その時の愉悦ゆえつを表せないよ!」

 乂魔は両手を掲げ、自分の肩を抱きしめた。恍惚こうこつとした表情を浮かべ、過去を思い出していた。「ボクはキミがたまらなく欲しかった!でもキミの母親はキミを守ろうとした―――そしてボクに刃を向けたんだ」


 そして現実を確認するかのように、ゴーグルの位置を正した。

「彼女は実に優秀だった」乂魔はふふっと笑った。「と同時に、莫迦ばかだったね。ボクの用意した最大の実験を阻もうとしたんだから」

「……!」

「子への愛情を研究への探求心よりも優先するなんて、そんな莫迦げた考えはとても理解できないよ」

「もういうな……これ以上……」

「ボクは彼女に、キミを実験のために借りたいと云っただけだよ?でも彼女はどう反応したと思う」

「……やめろ……っ!」

「まるで気が狂ったようにボクに襲い掛かってきたんだ‼でもさ、かなり身勝手だよね?他の子供たちはいいように実験してきたのにさ―――」

「―――やめろって……云ってるだろ‼」

 京也は乂魔を押し倒し、その身体に覆いかぶさった。その瞳は殺意でよどんだ色を帯びていた。

「ふふふ……どう、キミのその不思議な能力ちからで感じるかい?ボクのこの喜びで沸き立つ最高の気持ちを」

 その嬉々とした表情に京也は血の気が引くのを感じた。

「なぜ……そんなことができる?」

「ん?」

「なぜ人を傷つけることに……何も感じないんだ‼」


 しかしその返答を待つ間もなく、冷たい手によって京也は引き剥がされた。

「そこまでにしてもらおう。彼は大事な客人なのでね」

 裏社会を束ねるルゥドの絶対権力―――ボスの沈黙の命令によって京也の二倍ほどありそうな巨漢が二人、京也の腕を掴んでいた。

「ふぅ……助かったよ」

 乂魔は白衣の襟を正し、京也をみてにっこりと微笑んだ。

「準備が整ったら、キミを必ず迎えにいくよ」


 

「これが博士によって隠されていた真実だ。納得した?」

 緘人は裏部屋に隠れていたユニオットに語りかけた。博士と京也の会話を息をひそめ、小さな穴からそのすべてを聞いていたのだ。

「納得なんて……」

 できるはずがない。これまでずっと他の異能者たちは脅威であると知らされ、そう信じて任務を遂行してきた。本来の目的が、人工異能の研究だということを知らずに。

 きっとレインは知っていたんだ。そして僕がそれに反対することも……

「それは良かった」

「え?」

「これで君は心置きなくルゥドとして活躍できる」

 ユニオットは顔を上げると、緘人は悪巧みを企てる参謀の笑みを浮かべていた。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


『喫茶びたー』は臨時休業の看板を掲げていた。店内には珈琲豆を挽く者もなく、いつも以上に空っぽで静かだった。


「京也のやつ、マジでどこにいるんだ」静雫はむすっとした顔で呟く。

「さあどこかしらね……今回ばかりは私も知らされていないのが気掛かりだわ。にしても―――」

 向かいに腰かける夏目をちらりとみる。「いつまで落ち込んでるのよ、あんたは」

 夏目はマスターが珍しく淹れた珈琲にも手を付けず、ただぼーっとその表面を眺めていた。

「彼奴を救えなかったのは、俺の責任だ」

「もう~!いつも平然としているクセに、落ち込むときはいっちょ前なんだから」無理に明るく振る舞おうとするマスターだったが、その隣をみてぎょっとする。

「おお……ユニオットぉぉ……」

「ちょ……木騎、あんたもいい加減泣き止みなさい!」

「そうだよ、いい大人がうじうじすんなよ!」静雫が木騎の背中を叩く。「僕は信じてるからな!あいつはきっと、ほら……上手く逃げて……き、きっと、生きてる」

 次第に声が小さくなった静雫の背中を、マスターは優しくさすった。


 ―――チリン。客が訪れるはずのない扉から、音が鳴った。


「……どうしたんですか。皆して亡霊をみるような顔をして」 

「え、京也と―――」マスターが指さしたその先、入口に立っていたのは、京也とユニオットだった。


「ユニオットぉぉ!!お前生きてたのかよぉおお。てっきり逝っちまったかと思ったぜ!!」

「え、うそだろ……いや……や…やっぱり生きていたのか‼」

「木騎と静雫は少し落ち着いて!ほら、夏目も固まってないで」

「……」

「お、おい。それ―――」

 静雫はユニオットの身に着けた腕輪リングを指さすと、ユニオットは気まずそうにその左腕を隠した。

「……あんたたちと闘うつもりはないから、安心して」

「ルゥドがお前を助けたのか」夏目は眉をひそめて云った。

「……多分」

「まさかあの悪の組織が良いことするなんてね〜。まあ、あの時の助っ人が来なければ、私たちも危なかったけれど」マスターは肩をすくめた。その横で静雫ははっとする。

「そういや彼奴らはなんで僕たちを助けたんだ?」

「……」

「京也?」

「……さあね」

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