第20話 きっと見つかる

 静雫は扉へ向かう足を止め、床に転がるネコの置物ミカエルさんに視線を向けた。

「ごめん」

 思ったよりも簡単に言葉が出たことに自分で驚く。「この前も……悪かったよ」


 すると先ほどまで般若にも勝る鬼の形相だったマスターは、静雫の意外な行動に目を大きく開き、瞬きを数回した。

「……」

「な、なんだよ。もう云わないぞ」

「静雫」

 マスターは微笑みを浮かべていた。「私もついカッとなっちゃって悪かったわ、ごめんね」

 静雫は思わぬ返答にほっとしたのか、少し涙ぐむ。その横で木騎も我が子の成長を目の当たりにしたように、目を潤ませて頷いた。

「マスター……」

「あそうそう、いい写真撮れたからみんなにあげるわ~」

 マスターがふふふと笑いながら懐から写真を引っ張りだす。そこには、子供たちに耳を引っ張られる着ぐるみ姿の静雫の姿が収められていた。

「なっ……いつのまに!」

「子供相手に必死に逃げる静雫、かわいいわねぇ」

「マスター、やっぱり根に持ってない?」


 騒がしい静雫とマスターとその間に入る木騎を後目しりめに、京也は夏目に話しかけた。

「リリスちゃんの勝ち取ったぬいぐるみは、非爆発性の素材でできたものが自宅に届くよう手配してあるから、もう少し待ってくれるよう伝えてくれないか」

「分かった。助かる」

「あの時は信じてくれてありがとう」

「……礼を云うのは俺の方だ」

 照れくささを払うように、夏目は目の前に置かれた珈琲を一口飲んだ。そしてずっと気に掛かっていたことを口にする。

「京也。今回の事件はお前の母親とは関係なかったのか」

「ああ、残念ながら不発弾だったよ」

「そうか」

「え、それだけ?」あまりにドライな反応に、京也は相変わらずだなと笑う。

「必ず見つかる。今回がたまたま違っただけだ」

 京也は平然とそう云う夏目の様子を見て、ふっと笑って頷いた。自分も淹れたての珈琲を口に含み、無意識に力んでいた全身から力が抜けていくのを感じる。

「ところで―――妹の前では随分とお喋りじゃないか、

「っ……」

 思わず飲んでいた珈琲を吹き出しそうになる夏目をみて、京也はにこにこと続ける。

「それにしても爆弾のぬいぐるみを引き当てるなんて、強運なのか、どうなのか……こうしたことを引き寄せるのはお兄さんそっくりだね」

「どういうことだ」

 夏目は珍しく少しムッとした表情をする。

 そんな友人の反応を面白そうに観察しながら、京也は微笑んだ。


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


 ルゥド本社へ向かう道のりの途中、港に面する公園のベンチに腰かけた一人の幹部と一人の最下級構成員の姿があった。


「いやー大変だったでしょう、ぬいぐるみを駄々こねる客全員の記憶を消すなんて」

 ココアどうぞ、と緘人は缶を渡す。

「これでルゥドが無事なら良かったです」

 礼を言って受け取るコウは、疲れた様子は一切見せずに毅然きぜんとした様子だ。


「……前から疑問だったんだけどさ、君なんでルゥドうちに入ったの?」

 え、とコウは少し驚く。

 正直いうと、緘人は他人に興味のない人だと思っていたため、そういった質問がくるとは思っていなかった。だから言葉に詰まる。

 ―――居場所が欲しいから。強くなりたいから。色々と考えられる答えはあったが、どれも本当で、けれど少し違う。


 少し間を置き、ココアを握り締めながらコウは口を開いた。

ルゥドここでなら……自分が何に向かって生きているのかが明らかになるかもしれない。そう思ったからです」

「明日死んでしまうかもしれないのに?」緘人は頭を少し傾けた。


 確かに、と思いながらコウは頷く。

 危険が常に伴うこの世界に生きる身としては、この答えは矛盾している。

 だが素直な気持ちがこれだったのだ。


 変に思われただろうかと少し後悔して緘人を見上げる。

 しかしコウの表情を読み取った緘人は、そっかと軽く笑っていた。

「きっと見つかるよ。そのうちにね」 

 その意外な返答に、なんとなく照れくささを覚えてココアを呑んだ。ちらりと見た彼の銀色の瞳は優しい色を帯びていた。

「緘人さんは、どうして組織に入ったんですか?」

「んー」

 緘人はポリポリと銀髪の髪をもったいぶったように掻き、にやっと笑った。

「予定調和の人生なんてつまらない。そう思ったからかな」

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