第18話 有言実行

 ニードルによるぬいぐるみ爆弾テロ未遂事件の翌日。

『喫茶びたー』の店員たちは閉店後、それぞれの飲み物を揃えてカウンターを囲んでいた。


「あの後、加賀谷はどうなったんだ?」と静雫はジュースを片手に京也を向く。

「ルゥドの監視下で隠遁生活を送っているそうだ。まぁ、死者が蘇るわけにもいかないし、今後は大人しくしていると思うよ」


 大手製薬会社による闇競売ブラック・オークションと社長の自殺報道が連日に続き、加賀谷グループの株は大暴落。また光警による関係者の追求と調査が進む中で過去の経営不正も発覚し、数年前から多大な借金を抱えていたことが明らかになった。その末路として加賀谷グループは解体を余儀なくされた。

 しかし加賀谷の件と同様に、今回の高級玩具店でのテロ未遂の真相は世間には公表されず、単なる警報器の誤作動として処理された。光警に欧州の捜査機関から報道を規制するよう直に要望があったことと、ビター社員の存在を伏せるための措置だ。


「でもまさか京也がルゥドと協力しあうなんてな」

 静雫が意外そうに云う。

「協力?なんのことだい」

 京也は不思議そうに返答し、熱々の珈琲をすすった。

「え、だからあのゲーム端末……」

「あれは、彼奴あいつが僕と同じようにニードルの計画に気付いて勝手に動いただけだよ。彼等としたのは協力ではなく取引だ」

「取引?」

「あのぬいぐるみ爆弾に関する情報を僕が与える代わりに、今後はルゥドがビターに関わらない、というね」

「え、じゃあお前はあの警報器が作動することをどうやって……」

「情報を与えられたルゥドがどう動くかを読んだだけだよ。かなり無茶をするようだったから、民間人を巻き込まないために結果的には僕らが手を貸したようになってしまったけども」


 そうか、と静雫は納得した。すると緘人があの時自分にかけた『期待してる』という言葉は、ルゥドの動きを読んだ京也が、結局ルゥドを手助けする計画を練るだろうと予測していたからか。


「……」

 こいつらの頭の中はどうなってるんだ?静雫は乾いた口にジュースをぐいっと流し込む。

「うむ!ご苦労だったよ諸君!今回の件でしばらくの平和を手に入れたことだし、ぱあっと打ち上げでもしますかっ」

 とマスターは愉快そうに二杯目のワインを自分のグラスに注いだ。

 その様子をみて、京也は静雫にそっと近づく。

「マスターもすっかりこの事件が無事に済んだおかげでご機嫌だね」

 耳元で小さくささやく京也の言葉に、静雫は飲んでいた液体が気管に入る。

「お、お前、俺も忘れてたのに思い出させるなよ」

 むせながら京也に云うと、勢いよく振りかざしたその手からジュースの缶が抜け、オレンジ色の液体をまき散らしながら空中に浮いた。


 何かに当たり、鈍い音を立てる。


「……!!」 

 見事に命中したのは、カウンター袖に避難していたミカエルさんだった。接着剤で重心を保っていたネコの置物はバランスを崩し、宙を舞いながら、重力の思うがままに地に落ちていく。


 カシャン。


「あーあ……」

「いや、今のは京也がっ……!」

 とその瞬間、静雫は背筋が凍るような視線を感じる。逃げろという自分の本能の声が聞こえ、椅子から立ちあがる。

 しかしふと、あの会場で出会った少年と母親、そしてダイヤのエースのカードが頭をよぎった―――。

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