第13話 怪しい奴

「ゲーム端末を持っていない大人を……この中から探すのか」

 静雫はインカム伝いに京也の指示を聞いてすぐさまステージ付近に移動したが、そこには既に大勢の客が集まっていた。

 これは時間がかかりそうだな―――

 そう思ったその時、周辺から一斉に音楽が流れ始めた。音の出どころは各人が手にしている機器からだった。

 どうやら端末画面にイベント用の映像が流れているらしく、それを手にした者は動きを止め、全員が目線を手元に下げていた。

「そうか、そういうことか」

 着ぐるみの下でニヤリと笑みを浮かべ、静雫は視線を端末に向けていない者がいないか目をこらす。

 すると一秒もしないうちに、ある男が群衆から抜け出していくのを目撃した。 

「あいつ……!さっきの―――」

 屋内にもかかわらずキャップを被り、高級玩具店では一際ひときわ目立つカジュアルな格好をした男性が会場を出て行った。静雫はその人物を追った。


 人気ひとけのない廊下に差し掛かった瞬間、静雫は男の背後に着ぐるみごと全身を使って襲い掛かった。

「うおっ⁉」

 首を巻き取るつもりだったが、相手に感づかれて背中に飛びつくだけの格好になってしまった。

「なんだなんだ。俺は君のママじゃないぞ??」

「そ、その声は……まさか」

 やけに気の抜けるような声に聞き覚えがあり相手の背中から離れると、そこに立っていたのは銀色の瞳を持つ青年―――ルゥドの幹部・緘人かんとだった。

「おや、喫茶処の子じゃないか。どうしたの」

 緘人は静雫を見ると、嘘っぽい驚き方をしてから微笑んだ。まるで予想していたかような面構えだ。

「お前こそ……なんでここに……」

 静雫は心底驚いた様子で相手をみつめる。

 着ぐるみを着ているから僕だと分かるはずがないのに、どうなってるんだ?

 しかし緘人は静雫の問いに答えることなく、ポケットから先ほどの端末と同じものを取り出し、映像を見始めた。

「おー、始まってる。よくできてるなぁ。これは相当売れるかも」

「なっ、お前もそれを持ってるのか!」

「うん?正規の来場者だもん。うるさいから音は出ないように細工したけど。発案者は僕だしね」

「は……」

 発案者?訳が分からないぞ―――そもそもなんでルゥドがここにいるんだ?いかにも怪しげな行動までして……

「しかもなんなんだその恰好、紛らわしいだろ!」

「だって僕、目立つから」

 キャップを持ち上げ、はみ出た銀髪を差して得意げに云った。「というか君、いいの?こんなところにいて。京也に犯人捜し任されてるんじゃないの」

 おどけた口調でいう緘人は、作戦の成功を促しているのか失敗を仄めかしているのか分からない。

 京也の作戦を知っているのか?しかしこいつが犯人じゃないなら、確かに構っている場合じゃない……

 静雫は会場に戻ろうときびすを返す―――が、ああそういえば、と緘人が呼び止める。

「この前はうちの叶田くんがお世話になったみたいだけど」


 すると急に緘人の顔が近づき、静雫はその急激な変化と威圧感に気圧された。

 目に視えない糸で縛られたかのように、身動きが取れぬまま緘人の感情のない視線にじっと耐える。すると目の片隅で、紫に光る腕輪リングを捉えた。改めて彼が紫水晶アメシスト、すなわちルゥドの幹部であり、油断ならぬ大敵であることに気付く。

 これまで何千もの陰謀を企て、何千もの敵を震えあがらせてきた瞳が静雫を完全に硬直させる。

 そしてその銀色の瞳は、鋭く光を放ったかのように見えた。


 だが何をすることもなく、静雫の眼前にあった緘人の顔はなんてね、とヘラっとした笑みを浮かべると、そのまま後ろに引いた。

「僕たちのためにも、期待してるよ」

 緘人はそう云うと、廊下の先へスタスタと歩いて行ってしまった。

「……なんだったんだ」

 相変わらずよく分からない奴だ――。

 色々と疑問が残ったが、内心安堵しながら静雫は緘人の背中の面影をみつめる。するとタイミング良くインカムから夏目の声が届いた。

『モモンガ博士、どこだ』

「悪い、今そっち向かう」慌ててステージ付近へと足を進めた。



 ―――アイツだ。

 夏目が視線で示したのは、ステージに面する客席の中央。周りにいる他の客が手持ちの端末をみる中、一人だけ真正面を向いている人物がいた。

 伸びた前髪で目元を隠し、無精ひげを生やした中年の男。距離があるため細かい表情は読み取れないが、明らかにその場に似つかわしくない雰囲気が漂っていた。


 十年前に消滅したとされる国際犯罪組織『ニードル』―――その残党らしき者と同じ場にいることに静雫は手に汗を握る。

「くそ、あんなど真ん中にいちゃ捕まえられないな」

「京也。対象を見つけたが手が出しにくい状況だ」

 夏目が京也に伝えると、問題ない、と返ってきた。

『位置さえ分かれば充分だ。あとはあっちが動くまで待とう』

「なぁ、いい加減、僕たちにもそいつの目的を教えてくれてもいいんじゃないか」と静雫が京也に云う。

『あれ、云ってなかったっけ?』

「おまっ……作戦の一部かと思えば、忘れていただけかよ」

『あはは、ごめんごめん』困ったような笑いをする京也の姿がインカム越しに伝わる。『ニードルはこの会場を爆発させるつもりだ』

「は……」

「爆発……」

 静雫と夏目が同時に驚きを表す。

『ああ、実はとある人物から有力な情報を――あっ』

『ワタシがアナタたちにひとつ手を貸したのだ、ありがたく思っていただきたい!』

「なっ……」

 京也の声からいきなり切り替わったのは、自信と傲慢さに満ちた声。夏目と静雫は信じられないといった様子で目を見張った。

「加賀谷、生きていたのか」

 夏目が云うと、ふん、と鼻を鳴らす声が返ってきた。

『取引ですよ。独房サツに囚われたままでは、いつ組織に口封じのため命を狙われてもおかしくないとこの人に脅されて……ぐっ』

 インカムを勝手に奪われた京也がまた奪い返す音がした。

『命の保証と引き換えに、ニードルに関する情報を提供してもらった』

「つまり自害したというのは……お前が偽の情報を流したのか」

『そうだ。先に死なれてしまえば、殺しに行く必要がなくなるからね』

 捜査一課長である映遡えいさくを介して光警と連携を図ったのだろうと夏目は推測する。

「それでニードルの目的は、爆発テロということか」

『いや、爆発はただの手段に過ぎない。彼らの本当の目的は―――ルゥドだ』


✧ ✧ ✧ ✧ ✧ 


 ―――数日前。

「誰ですがアナタは」

 オレンジ色の派手な髪をした男がぶすっと、向かいに座った青年に云った。

「そういえば、僕と加賀谷さんは何気に初対面でしたね。意識が共にある状態では」

 思い出したかのように京也は明るく言い、握手の手を差し伸べた。

 だが鉄格子が二人の間にある上、オレンジ毛の男は手錠をめているため届くはずもない。

「ア、アナタはワタシを莫迦にしにきたんですかっ!大体こんな地味な場所で地味な服に着替えさせられて、全部アナタたちのせいでこんな目にっ」

 キー―ッと動物のような鳴き声を上げて暴れ狂う加賀谷。見張りの警備が急いで彼を抑えつける。

 嗜好に劣らず行動もなかなか派手な人だな、と京也は心の中で思ったが口にしなかった。

「実はですね、これについて伺いたくて」

 京也は針葉樹の葉の封蝋ふうろうが施された封筒を取り出して云う。

 それを見た途端、加賀谷は急に大人しくなった。そして彼の顔が少し強張ったのを京也は見逃さなかった。

「ビンゴですね」

「ワ、ワタシは断固として口を割らない」

「加賀谷さん」

「割らない!特にアナタになんか……」

 京也はすっと腕を鉄格子の間から延ばし、加賀谷の頬に触れた。

「な、な―――」

「貴方はわざとルゥドにこの封筒を渡した―――違いますか?」

「!」

「……成程」

 京也は延ばした腕を下げ、驚きで固まる加賀谷に向かってふっと微笑んだ。

「これは失礼。僕の能力は、相手に触れないと発動しないので」

「なっ」

「しかしこれで納得がいきました。なぜ貴方がもう存在しないはずの組織の封蝋シンボルをわざわざ用意し、使用したのか―――それが施された封筒に契約書を入れてルゥドに渡すことで、彼等に危険が迫っていることを知らせようとしたんですね」


 自分にしか知るはずのない事実を目の前の青年に云い当てられ、加賀谷は動揺を隠しきれず瞳が大きく揺らいだ。

「ルゥドはニードルの存在を知らずに、貴方と取引をしていた」

 加賀谷はそこではっとする。

「まさか、アナタの異能は……思考を?」

「加賀谷さん、取引をしませんか。貴方の持つ情報と引き換えに、僕は貴方の命を保証する」京也は返答せずに続けた。

「はっ、何を莫迦なこと―――」

 しかし京也の顔を直視すると、その凍るような瞳に言葉が途切れる。

「今貴方は非常に危険な状態にあります。光警の手に渡った以上、ニードルに関わりのある貴方を彼等がこのまま放っておくとは思えないからです。いずれここに侵入し、口を封じに来るでしょう」

「うっ……」

 考えないようにしてきたことを指摘され、加賀谷はうつむいた。

「……ワタシはただ、研究を続けたかっただけだ。何年も苦労して、やっと完成までたどり着きそうな時に……無念に研究が途絶えてしまったあの薬の……」


 長い沈黙のあと、やがて加賀谷は息を吐く。

「―――本当に命を保障してくれるんですね」

「約束します。ここの捜査一課長は将棋が弱いくせに、なにかと賭け癖があるのが特徴でして……―――とにかく、僕に任せてください」

「まさか自分を陥れた者たちに助けを請うなんて……ワタシも落ちたものだ」負けを認めたように顔を上げた加賀谷は皮肉な笑みを浮かべた。「いいでしょう。ニードルの真の目的は―――ルゥドを消すことです」

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