第8話 足りないピース

平城へいじょう、さっきから何をしておる」

 冷ややかな声でカラス使いの夜羽ようばマコトが云った。

「んーさっき届いた新作を組み立てているんだけど。どうも部品ピースが一つ足りないんだなぁ」


 返事をしたのは、胡坐あぐらをかき首を傾げながらプラモデルを眺める青年。

 黒いジャケットを羽織っているが、その襟は首元に掛けられたヘッドフォンで隠されているためカジュアルな印象を醸し出し、銀色に輝く髪が一層存在感を放つ。


「あ」

 近寄ってきたカラスがプラモデルを突き、一部のプラスチック製の欠片かけらを抜き取って飛び跳ねていった。

「おいいい!それ目!大事なパーツ!」

 待て待て、と絨毯の上でカラスを追いかけ回る緘人かんとを、呆れた様子でマコトはみつめる。


「マコトさ、カラスをむやみやたらに出すの本当良くないと思う。室内だしさ、ここ」

 緘人はようやく取り返した部品ピースに傷がないか確認する。

「暇なのじゃ」

 と長テーブルに座ったマコトは、空中に浮いた脚を上下に振った。その細い右足首には紫水晶アメシストをあしらった腕輪リングめられている。


 マコトは気だるそうに手を空中に掲げると、その先から黒々とした蒸気が生まれ、瞬く間に黒い鳥へと変化した。

「仕事が思いのほか早く終わり、会議までの時間が余ってしまってのう」

 新たな『幻想カラス』を生み出しながら、腰かけた胴体を後ろに傾け、壁に飾られた時計を見上げる。長い歴史を刻んだ威厳が感じ取れる立派な古時計は、午後十時に差し掛かっていた。


 そこは裏社会の闇の商社であるルゥドが保有する高層ビルの一室。

 会議室とよぶには豪華すぎる内装は、ルゥドがこれまで裏社会の商売でどれだけの資産を築いてきたかが一目で分かる。

 しかしどんな優美なインテリアも、持て余した暇を埋めるには役に立たないものであった。


 会議の予定時刻まであと数分――。


 マコトは不毛じゃと溜息をつきながら、ふとなにか思いついたように手を叩いた。

「そうじゃ。平城、何か面白いことやれ」

「うわあ……でたよ。人に頼んじゃいけない頼み事。その一言で一発芸をかました人は全員自滅するという悪魔の言葉‼」

「何をごちゃごちゃ云うとる。早くしないとつつくぞ」

「ちょっ、既に僕の頭突かれてるんですけどー⁉げちゃう!突いてる!痛い!」


 緘人とカラスの鳴き声で部屋が埋め尽くされる最中、部屋の扉が開かれた。

「手前ェら相変わらず莫迦ばかやってんなァ?」扉の影の向かう側の声に振り向くと、彼等と同じ腕輪リングをつけた二人の男が立っていた。


 二メートル近い長身の大男の名は、伐文ばつもん。常に真顔な表情で、喜怒哀楽がルゥドの社員にも見分けがつかない鉄仮面の持ち主だ。

 伐文とともに会議室にやってきたもう一人は一転して感情の起伏が激しそうなギラついた青色の目を光らせている。いかにも危険な匂いを漂わせた男の名は、豹瑠ひょうる


「久しぶりだなァ」

 豹瑠は尖った犬歯けんしが見えるほどにやっと笑い、自分の席にどさっと座った。

「うわ、君まだ生きてたの」

 緘人が心底いやそうな顔で豹瑠に云う。

「んだと、手前ェこそさっさとカラスのえさになりやがれ!」


 悪態をつく二人の青年とその様子を呆れ顔で眺めるマコト、そして無言で佇む大男。

 これで一人を除いたルゥドの幹部全員が揃ったことになる。


「イチがまだじゃな」マコトは時計を再度見上げて云った。

「はっ、どうせアイツは遅れてきやがるぜ。あ、手前ェ……‼」

「その子は?」豹瑠の頭上にカラスを置いた緘人が訊いた。

 伐文が一歩踏み出したことにより、その大きい図体に隠されていた一人の若い女性が姿を現したのだ。

「俺の新人部下だ」と伐文が応える。

「コウと申します。ボスの御下命により、この度の幹部会に参加させていただきます」

 やや堅苦しい様子でコウはお辞儀をして幹部を見上げた。


 滅多に収集がかからない幹部会議が開かれるときは、何か重大な決定事項があるときだ。その会議に一介の新入社員に過ぎない自分が呼ばれ、緊張で呼吸をすることさえ忘れそうだった。


「ああキミが噂の。ふーん」緘人が近づく。


 裏社会を牛耳る商社―――その幹部ともなれば別格だ。味方さえ信用せず、殺気めいた疑いから入る。下手すれば即排除されるだろう、とコウは思った。


 無表情のまま緘人はコウをみつめている。


 珍しい……綺麗な銀色の瞳だな、とコウは思った。だがそんな雑念をすぐさま振り払い、自分の置かれた状況を冷静に分析する。

 考えてみれば、新人の最下級構成員ごときが幹部会に参加して疎まれないわけがない。そもそも、幹部会とは名ばかりで、この前の一件の失態ミスが知れて処罰されるために呼ばれたのかもしれない……


 緘人の手が動いたことに気付き、体が強張り、無意識に目をつむった。

 

 しかしコウは痛みを感じることはなかった。

「かわいらしいね、彼氏いるの?」


 え?


 緘人はそっとコウの髪飾りに手を添えている。

「やめい、阿保あほう

 マコトの合図と共に、緘人の首元の後ろ襟をカラスが思いっきり引っ張る。

「ちょっ、冗談だってば!緊張してるようだったからほぐそうと……ギブ、ギブ!」

「おぬしはいつもそうやって女性をたぶらかしとるのじゃろう」

「失敬だなあ。僕はこの髪色が示すように清廉潔白だよ」

「思いっきし灰色グレーじゃろが」


 灰色じゃなくて銀色シルバーだと反論する緘人と、相手にしないマコトのやり取りをコウはぽかんと見つめた。

「私の子に手を触れるな、平城」

「マジかよ、伐文手前ェいつのまに……」

 豹瑠がぎょっと伐文とコウを見比べる。


 いや、どう見ても違うでしょ。似てないし年もそんな違わないし。

 少し眩暈を感じながら、コウは思った。

 これが本当に……裏社会を牛耳るルゥドの幹部?

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