第7話 若き王、芽吹く
「お疲れ様でした。我が主。気分は如何ですか?」
「たくさんの人に囲まれて、僕は今日ほんとに王様になるんだって自覚したよ」
今日はノアにとって運命の日。大勢の家臣に囲まれながら無事に王位継承の儀を終えたノア。元はスティーブンが座っていた筈の執務室の椅子に今、帝都リグルシアの新たな若き王、ノア・アルフォードが坐している。その隣には専属の家臣であるイザベルが位置し、ノアに先の継承の儀についての話をしていた。
「継承の儀では指輪の所有権を正式に我が主に移しましたが、先代が我が主に遺した物は指輪だけではございません。……クロエ」
「ああ。これらも王サマに渡しておかなくてはね」
イザベルの呼び掛けにより、執務室の入口付近で見張りをしていたクロエがノアに近付き、指輪を嵌めた左手からある物を出現させた。
「あっ……これって……!」
クロエが出現させた物にノアは見覚えがあった。先代、スティーブンが身に付けていた、王宮の制服と同じ黒色を基調としたマントだ。その裏側は鮮やか赤色のデザインが施されており、王としての威厳を感じさせる。
「そう。先代が普段肌身離さず身に付けていた『王の羽織』だよ。今度はキミがそれを身に纏うと良い」
クロエは広げたマントをノアに渡すと、すかさずイザベルはそれをノアの手からそっと取り、制服の上からマントを羽織らせる。ノアの身長は王宮に勤めている他の男性と比較して小柄な部類であり、自分の膝下まで伸びたマントを触りながら、緊張と若干興奮した面持ちでノアは家臣2人の前に立った。
「ああ……! よく似合っておられます。我が主」
「まだマントに着られている感じが否めないが、素敵だよ。王サマ」
「あ、ありがとう……これを身に付けて父上は、今までリグルシアを守り続けてきたんだよね」
「はい。次は我が主が守るのです。そしてその羽織は、我が主を守る為にあります」
このマントを羽織り、ノアは父が背負っていたものの大きさを直に感じることができた。それと同時に、マントから溢れ出る魔力も感じ取る。
「先代が我が主に王位を継承させるにあたり、羽織等の装飾品に魔法と暗示をかけていたのです。その羽織を纏っていれば、大抵の魔法攻撃を無力化する事が可能です。その気になれば所有者を浮遊させる事もできます」
「父上が……僕の為に……」
「暗示をかけられた物はそれだけじゃないよ。はい、これも」
クロエはマントと同様、ノアの身の丈より少し短い程度、赤い宝玉が埋め込まれた漆黒の杖も差し出した。手に取るとノアが思っていたよりも幾分軽く、想定より持ちやすい物であった。
「帝都リグルシアの王がずっと守護してきた王笏だよ。詳しい使い方は後々イザベルに教わるといい。この王笏には、羽織よりも凄い力が込められているんだ。先代の暗示によってね」
「えっ、どういうことですか?」
「その王笏には、『所有者が念じた事象を現実にする』能力が先代の手により備えられました。……正直、私は反対しました。その力は、人間が持つには過剰ではないのかと」
それを聞いたノアは生唾を飲み込む。イザベルの言う通り、それは生身の人間が持つ力の範疇を超えている。いくら帝都を統べる王だとしても、それは行き過ぎた力であることに変わりはない。
「流石に余りに大きすぎる事、所有者に危険を与える事象は叶えられないように細工が施されてあるけどね。にしても、先代は本当に過保護なお人だ。いくら我が子でも、そこまでの力を授けるとは思わなかったよ」
「恐らく、我が主が王笏の力を正しく使うと信じていたからだろう。故にエヴァン・アルフォードに王位を継いでもらう訳にいかなかった。奴なら『世界中で戦争を起こす』という事象を現実にしてもおかしくなかったからな」
「……兄上に殺されそうになって分かった。行き過ぎた力は人を変えてしまう。現に兄上も、力を示そうと争いを望んでた。でもそれじゃきっと平和になんかならない。だから、正しく使わなくちゃいけないと思う。僕は大きな力なんて望んでない。ただ……守りたい。父上が守った、この帝都を」
ノアはエヴァンの言葉に触れ、傷付けられたことでリグルシアが保有している『力』を知った。魔剣イレイスも使い方によっては簡単に物を、人を壊せる。だが、壊すだけでは本当の意味で平和は掴めない。ただ壊し、ただ奪う。それはスティーブンが最も嫌っていた事だとノアは聞いていた。だからこそノアはエヴァンとは違い、『争いは無意味』だという価値観を持つに至ったのだ。
「ハハハッ。兄弟でここまで価値観が違うと些か笑えてくるね。先代の先見の明は確かなようだ。キミはきっと、良い王サマになれるよ」
「クロエさん……」
「さすがは我が主。素晴らしいお考えです。なればこそ、帝都リグルシアを守り抜く為に必要な知識を早急に学んでもらわなければいけませんね」
ノアの言葉に安堵したイザベルは執務室の本棚から分厚い本を何冊か引き出し、机に置く。置いた際に机が僅かに悲鳴を上げ、その音を聞いたノアの顔が強張る。
「初日から随分とまぁ……頑張りたまえ、王サマ。ボクは任務があるからこれで失礼するよ」
「あ、はい。お気を付けて。それで……イザベル。この本達は?」
「帝都の歴史、魔法学等が記された書物です。これらを用い、暫くは我が主に勉学に励んでいただきます。王たる者、やはり知識が無ければ務まりませんから」
「しょ……初日からこの量……」
「さぁ、我が主。王としてまず最初の仕事です。この書物の内容を、全て頭に入れてください」
「は、はいぃぃ……頑張りますっ!!」
王宮の雑用係であった先代の次男の物語は幕を閉じ、心優しき帝都リグルシアの若き王、ノア・アルフォードの歩みが、今ここから始まろうとしていた。
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