第6話 継承前夜


 エヴァンが死んだあの夜から2日後。雑用係としての最後の仕事を全て終わらせたノアは宮廷の自室で休んでいた。


 父親と兄。身内である人物を立て続けに失ったノア。いくら悲しもうと嘆こうと時は無情に過ぎて行くし、立ち止まっていても何かが変わる訳でもない。エヴァンが亡くなったことにより、スティーブンの遺言通りに直系血族の最後の1人であるノアが王になることを余儀なくされた。そもそも形見の指輪を嵌め、家臣に命令を行った時点でもう後戻りはできなかったのだが。それでもノアには考える時間が欲しく、王位を継承する前日の夜に遂に覚悟が決まった様子である。


 ノアは指に嵌めた指輪を天井の灯りに翳しながら、『イザベルと話がしたい』とふと思う。あの夜からイザベルの姿を見ておらず、話もしていない為にノアは彼女に会いたくなった。そう思った次の瞬間、部屋の扉を3回ノックする音が聞こえてくる。ノアが扉を開けると、今1番話がしたかった人物がそこに立っていた。


「……イザベルさん」


「こんばんは、我が主。少しお時間よろしいでしょうか?」


 いつも通りの恭しく丁寧な態度でノアに問いかける。願望が叶ったノアは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「もちろん。たった今、イザベルさんと話したいと思ってたんだ」


「私も、我が主に会いたくて部屋に来てしまいました」


「すごい偶然だね……中で話そうか」


「畏まりました。お邪魔致します」


 イザベルは左手に嵌められている指輪を見ながらノアに会いたくて来たと答えた。2人とも同じことを思ったのは偶然か、必然か。ノアはイザベルを部屋に入れ、静かに扉を閉じた。


「明日、継承の儀があるもんね。そのことを話したかったの?」


「それもそうですが……何より我が主が心配で」


「えっ……僕が?」


「はい。本当に、大丈夫なのですか? 無理をなさっていませんか?」


「……大丈夫。心配してくれてありがとう。僕が父上の意志を継いで、自分がリグルシアを守るに相応しい人になるって、決めたから」


 改めてノアはイザベルに自分の意思を伝える。もしここで逃げたらスティーブンの期待を裏切ってしまうことになるし、帝都を纏める存在が空席であれば治安維持が困難となる。ノアは選ぶしかなかったのだ。自身が王としてリグルシアを背負うという選択を。


「先代はきっと喜ばれている事でしょう。我が主の立派なご決断を。それでこそ、私の信じた主君です」


「不思議だね。昔は友達同士だったのに、時を経てこんな関係になるなんて」


 昔の自分が知ったらどんな反応をするだろうとノアは考える。昔のイザベルは自分に対して敬語を使っていなかった。それが今はまるで自分がイザベルより歳上かのような接され方となった。歳は同じ筈であるが、どことなく距離がある現在の関係性にノアはほんの少し悲しい気持ちになった。


「もう1度我が主と関われて本当に幸せです。改めて。私はイザベル。ノア様……もとい我が主の身の周りのお世話、護衛、教育全てを担当します。全身全霊を懸けて、我が主をサポート致します」


 イザベルはノアに跪き、自分に、そしてノアに宣誓するようにそう告げた。


「改めてよろしくね、イザベルさん」


「それと……『さん』は要りません。主君が家臣に敬称を付けるのは不自然ですから。昔のように、呼び捨てで呼んでいただけると幸いです」


「そ、そう? じゃあ……イザベル」


 彼女の望み通り、ノアが呼び捨てで名を呼ぶとイザベルは心底嬉しそうに頬を緩めた。久しぶりに見た幼馴染のその表情にノアは思わず目を逸らす。呼び捨てでイザベルを呼んだことにより、今まで離れていた彼女との距離が僅かだが縮まったような気がしたノアであった。


 王位継承前日に、2人だけの誓いが行われた月夜の晩。その誓いを胸に、ノアとイザベルは話し合う。これまでのことと、これからのことを。そうしているうちに、徐々に名も無い夜が更けていった。


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