第5話 悲劇



 家臣2人の力によりエヴァンを行動不能にした後、ノア達は宮廷に戻り、イザベルが先程会議が行われた部屋に帝都七星全員と数名の家臣を集め、そして縄で縛り上げて身動きを取れなくしたエヴァンを部屋の中心に据え、彼が目を覚ましてすぐに断罪が始まった。


「エヴァン・アルフォード。貴様は先代を死に追いやり、血の繋がった弟であるノア様をも手に掛けようとした。最早情状酌量の余地は無い。帝都七星の権限において、貴様に死刑を言い渡す」


 イザベルは手足を縛られ地に伏したエヴァンを見下ろしながら、冷たい口調で死刑を言い渡す。ノアはイザベルの後ろで俯きながら唇を噛んでいる。


「たしかにキミは王になる為に相応の鍛錬を積んできたようだが、キミに先代のような人を愛する心は無かった。先代は、最初からキミに王位を継承させるつもりはなかったようだ」


 クロエもまたイザベルと同様スティーブン直属の家臣であり、スティーブンから息子達の話をよく聞かされていた為、エヴァンを王にさせるつもりが無いことを早い段階から知っていた。初対面であるノアを『王サマ』と呼んだのは、初めから事情を把握した上での事であった。


「黙れ。今更そんな事俺に伝えて何になる? 俺は死刑なのだろう!? ならばさっさと殺すが良い!! ノア! 傍観していないでこっちへ来い!!」


 激しい剣幕で弟の名を呼び、ノアはエヴァンの方へ近付き、先程とは打って変わって立場が逆転した、かつての憧れであった兄を見下ろした。


「貴様ら家臣共に殺されるのなら、弟の貴様に殺された方が幾分マシだ。さぁノア! 俺を殺せ! 父上を殺した俺が憎いだろう!? 殺したいだろう!? 早く……俺を殺せェッ!!」


「我が主。こちらをお使いください」


 イザベルはノアに鈍く光る斬首用の斧を差し出し、ノアはそれを受け取る。


「この斧で此奴の首を刎ねてください。遠慮は要りません。一思いにやってしまいましょう。此奴もそれを望んでいます。殺してやるのが、本人の為です」


 帝都七星全員もエヴァンの死刑に納得している様子で、誰もイザベルの言葉に反論を示す者はいなかった。唯一、家臣の1人が恐怖心からか、小刻みに手を震わせているだけであった。ノアはイザベルの言い分に静かに耳を傾けた。その上で彼は、持っていた斧をするりと手から離した。


「我が主……?」


「……殺さないよ」


 たった一言。その一言には、家臣達では到底計り知れない程の思いが凝縮されていた。

 

「イザベルさん。縄、解いてあげて」


「ですが……!」


「……お願い」


 優しく、且つ懇願しているかのような声音でイザベルにそう言う。イザベルはしばらくノアの瞳を見つめた後、口を開いた。


「主君の命令とあらば」


 イザベルはノアの願い通り、エヴァンの体を縛っている縄を解き、手と足を自由に動けるようにした。自由になったエヴァンは無言でノアを睨みつけている。

 

「貴様……何の真似だ? 情けのつもりか?」


「違うよ。兄上がした事は悪い事だ。それは変わらない。でも……あなたは僕のたった1人の血の繋がった兄なんだ。殺せない」


「ノア……俺を生かすということか」


「だからって許した訳じゃない。生きて、罪を償うんだ。自分がした事とちゃんと向き合って、リグルシアの為にできることを精一杯やってほしいんだ」


 ノアは知っている。兄が今までどれ程鍛錬を積んできたか。どれ程の勉強をしてきたか。帝都に関しての事なら父の次に詳しい人物であるとノアはそう思っている。だからこそ殺すのではなく、帝都の為にもう1度働き、改心してもらう道を選んだ。


「フッ……フハハハハハハッ! どこまで行っても愚かな弟だよ。貴様はァ!」


「兄上……?」


 自分が今断罪されているにもかかわらず声を上げて高笑いするエヴァン。それに半ば困惑するノア。


「断るに決まっているだろう愚か者めが! 生きて罪を償う? できることを精一杯? 笑わせるな!! 貴様が王になった帝都でこの俺が貴様より下位の立場で働くなど、最大の屈辱だ!!」


「貴様、どこまで我が主を……」


「黙れ黙れ黙れェ! 弟に王位を取られた時点で俺に存在価値などありはしない! 貴様が殺さないなら自ら死んでやるわ!!」


「待っ……!」


 ノアが制止するよりも先に、エヴァンは落ちていた斧を拾い、自身の魔力で瞬時に切れ味を増強させた刃を自分の首に押し当てて勢いよく払った。切断された首の断面から鮮血が吹き出し、目の前にいるノアの顔、制服を真っ赤に染め上げる。


「あ……あ……」


 口を上下させ、体を震わせる。先程まで息をし、動いていた筈の兄、エヴァンからはもう生を感じられない。数秒もしないうちにエヴァンの体はピクリとも動かなくなった。


「そん、な……あ……ああっ……!」


 あまりのショックにノアは膝から崩れ落ち、体がガクガクと震え出す。一瞬にして、実の兄が自分の目の前で自死した。その現実に耐えられずに彼は胃から内容物を吐き出す。床に手をつくとエヴァンの血液により両手が赤く染まり、より一層ノアの嗚咽を強めた。


「お、王様っ……! わ、私……」


 そこへ間髪入れずに声を上げたのは1人の女性家臣。赤く染まった斧を彼女も手に取り、首筋に当てる。


「先程、エヴァン様に王様の行方を聞かれた時、王様が走っていった方角を教えたのは私です……私のせいで、王様が命の危険に……ですから私もエヴァン様と同じように、死んでお詫び致しますっ……!」


 あまりに突飛なその行動に家臣全員が止めに入ろうとしたその瞬間、ノアが叫びと共に女性家臣を押さえ付け、家臣から斧を取り上げようと手に力を込める。


「だめっ……死なないでっ……嫌だっ……嫌だぁっ!!」


「止めないでください……私は……」


「死ぬなぁっ!! お願いだから! お願いだから死ぬなっ!! 命令だッ!!」


 ノアは幼子のように泣きじゃくりながら必死に叫ぶ。ノアの叫びと、零れ落ちる大粒の涙により家臣の手から力が抜ける。家臣の目にも涙が浮かび、嗚咽を漏らす。


 兄の死体が転がっている血の海のような会議室に、ノアの慟哭が響き渡る。彼はたった1日にして血の繋がった人間に命を狙われ、そして血の繋がった人間を一夜にして失うという壮絶な出来事が彼の身に、記憶に深く刻まれた。数分のうちに起きた衝撃の出来事、只管ノアが泣き叫ぶその様子に、家臣達はただ無言で立ちすくむ事しかできなかった。

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