第2話 非情な現実
「莫迦な! そんな筈があるか!! おいイザベル! 笑えない嘘を言うんじゃない! 王位を継ぐのはこの俺だろうに!?」
会議室のざわつきをかき消す程のエヴァンの怒声が響き渡る。自分が王になるという余程の確信があったのか、遺言の内容をまともに信じられずにいるようだ。無論、それはノアも同じことである。
「嘘だと仰るのなら、ご自身の目で確かめてみてはどうですか?」
「貸せ! ……何故だッ!! 何故俺ではなくノアの名前が書かれているんだぁっ!!」
イザベルの手から乱暴に父の遺書を取り上げ、内容を今一度自分の目で確かめるエヴァン。イザベルが読み上げた文とまったく一緒の内容が書かれており、現実感が無く半ば夢ではないかと思っていたノアもすぐに現実に引き戻されることになった。
「現実を認めてください。選ばれたのは貴方ではなく、ノア様です。先代が望んだのは、次男であるノア様が王になることだったんですよ」
「血迷ったか……」
苦虫を噛み潰したような表情で彼は毒付く。エヴァンはずっと王になる為に今まで鍛錬を積み、知識を身に付けてきた。それなのに最終的に選ばれたのは王としての教養、実力も無い、しかも雑用係であるノアが選ばれたとなれば怒るのは至極当然で、到底納得いくものではないだろう。
「……僕、王にはならないよ」
エヴァンがあからさまに怒りを露わにしている中、ノアは落ち着いた態度でイザベルと目の前にいるエヴァンにそう告げる。
「僕じゃきっと無理だよ。父上のような、立派な王にはなれない。僕じゃ……無理なんだっ!」
首を横に振りながら取り乱し、ノアは逃げるように会議室から出て行った。自分が王となる。それは16歳の少年が背負うには余りにも荷が重く、そして『自分には不可能』だという卑屈な考えを生み出すほど激務である。
ノアが出て行く様子を傍観しているエヴァンを横目に、イザベルもノアを追いかける為に目にも止まらぬ凄まじい速度で会議室を去った。
「無理だよ……僕が王だなんて。そんなの……」
宮廷の外にある庭をとぼとぼ歩きながらノアは今にも泣きそうな顔でそう呟く。自分の仕事をいたって真面目にこなし、度々行われる祭典や集まりの際には人生で1度も途中で抜け出したりしなかったノアだが、今はとにかく全てを投げ出したい衝動に駆られているようで、大事な会議であるというのにそれを放棄した。それ程までにノアにとって王位の継承は未知で、恐怖の象徴なのだろう。
「お待ちください、ノア様」
「……あの部屋に戻すつもり? 絶対行かないよ」
「いいえ。ノア様に渡したいものがあってここに来たのです」
ものの数分でイザベルに追い付かれ、ノアの顔がより一層不満を募らせた形相となる。それを気に留めない様子でイザベルは手に握っている物を優しく指でつまみ、ノアに差し出した。
「先代の形見である指輪です。これを身に付ければ、いつでも私共が駆け付けられます。お守りとして指に嵌めていただけないでしょうか?」
銀色のリングに赤い小さな宝石が埋め込まれているその指輪をノアに身に付けてもらうようにイザベルは諭す。だがノアはすぐにその指輪から目を逸らした。
「いらない。僕じゃなくて兄上に渡してよ」
「ですが……」
「……僕は王になるつもりなんてない! 君だって、皆みたいに僕じゃなくて兄上の方が向いてると思ってるんでしょ!?」
目に涙を溜めながらノアは叫ぶ。会議室にいた家臣の半分以上は、ノアに対して不安や疑問の視線を送っていた。大半がそのような反応なら、ノアがそのように捉えるのも無理はない。
「ノア様……」
「もう放っておいて。僕に、干渉してこないでよ」
吐き捨てるようにイザベルを突き放し、王宮の出口の方角へ走っていった。イザベルは『待って』と言わんばかりに手を伸ばしかけたが、ノアに言われた言葉を噛んだイザベルは、ノアの後ろ姿をただ眺めることしかできなかった。
王宮から出たノアが行き着いた先は、人が滅多に足を踏み入れない森。小鳥の囀り、風に煽られて揺れる草や葉の音。それらに囲まれながら、ノアは座り込んで俯いていた。何分も、何時間もずっとそうし続けている。王宮に戻ればまた誰かから何か言われるに違いない。そう思い、しばらく帰らまいと彼はずっと森に居続けている。
「父上……ごめんなさい。僕は、父上みたいになれないんだ」
誰も聞いていないこの場所でノアは2度と会えることのないスティーブンに謝罪した。ノアには父の考えが分からない。何故自分なのか。何故兄ではなく自分に王位を継がせようとしたのか。考えれば考えるだけ自己嫌悪が加速し、ノアの表情がより曇る。その感情から逃れる為に一時の眠りにつこうと目を閉じたその時、足音と共に自分の名を呼ぶ声がした。
「ここにいたのか。探したぞノア」
「……兄上?」
薄ら笑いを浮かべながら近付いてくる兄に少し恐怖し、ゆっくりと立ち上がった。
「森か。随分と都合の良い場所にいたものだ。ここなら口実を作りやすい。『腹が減って地面に生えた毒草を誤って食って死んだ』とでも言えばいい。処理が楽になって助かるな」
「え……? 兄上、一体何を……?」
都合の良い、口実、死んだ、処理が楽。わずか数秒で出てきた大量の怪しい単語を訝しんだ様子でノアはエヴァンにそう問う。すると、エヴァンは腰に帯びている剣を抜き、剣先をノアの顔に向けた。
「ッ!?」
「愚かな我が弟よ。今から……お前を殺す」
そう告げたエヴァンの顔は、ひどく喜びと狂気に満ちていた。
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