王様の言うとおりに

龍弥

第1話 帝都会議



 帝都リグルシアの王、逝去。この出来事は都全体に衝撃を走らせると共に、市民達を深い悲しみに暮れさせることとなった。


 死因は持病である臓不全。継続的に受けていた治癒魔法により快復の兆しが見られていたものの、それが急に悪化。治癒魔法を持ってしても手遅れだと診断され、1週間前にリグルシアの王、スティーブン・アルフォードはこの世を去った。


 リグルシアの防衛、政権を担う王宮も街と負けず劣らずの混乱ぶりであり、『帝都はどうなるのか』、『この先の帝都に未来はあるのか』とそこで働く多くの人間がリグルシアの未来を憂いている。近年稀に見る緊急事態であるということは言うまでもない。


 そんな中、せっせと自分の仕事をこなす若者……もとい変わり者がいた。黒い毛髪に一部白色が混ざった少年。彼の名はノア・アルフォード。今は亡きスティーブンの息子、尚且つ次男である。


「よし、これでひと段落だね」


 自らの役割である『王宮の雑用』を一通り終わらせ、額から流れる汗を拭いながらノアはそう言った。王の直系血族であるのだから、もっと高位の役職に就いても良いのではないかと周囲の人間はそう言っているものの、彼は頑なにそれを拒否し続け、広大すぎて誰もくまなくやりたがらない敷地内の清掃、備品の補充、点検など。彼は嫌な顔1つせずほぼ毎日それをやり続ける。その性分から、王宮に勤めている人達からは『出世に興味が無い変わり者』という印象しか残っておらず、王の息子であるにもかかわらず、その存在はあまりにも薄く、良くも悪くも目立つとは言い難い。


 良い意味でも悪い意味でも目立つのは次男のノアではなく長男の方であり、出世に興味が無く、鍛錬や帝都の歴史についての勉強を怠って雑用に専念していたのは兄の存在が大きいと言っても過言ではない。であるが故に、父が亡くなったといえども悲しくはあるが、周りの人間達のようにリグルシアの行く末を憂いたりはしていない。父がいなくとも兄が王位を継承し、父と同じように帝都の防衛を担うと思い込んでいるのだから。


 雑用を終わらせたノアの耳に入ってきたのは、喧騒と今日行われる予定の『ある事』についての話だった。


「たしか……今日家臣達の間で会議が開かれるんだっけ」


 いくら雑用係のノアといえども、流石に帝都に関わる重大な事柄については知っている様子であった。今日は父が残した遺言を家臣と共有し合い、その上で今後如何にして動いていくのかを決める大事な会議、ということを最近小耳に挟んだ程度ではあるが。


 会議に参加するのは数十名の家臣、そして長男であるエヴァン・アルフォードが席につく予定でもあるとノアは聞いている。次男である自分に『会議に参加しろ』と言われなかったのは、自分が王宮の中で最底辺の雑用係という役職に身を置いている、且つ後継ぎとしての実力がないから、というのが考えられた。自分の能力は自分が1番よく分かっている。自身に帝都を引っ張っていけるような素質は無いし、その自信がある訳でもない。実力も知識も才能も、全て兄であるエヴァンが有している。ならそれでいいじゃないか。自分ではない誰かが後継となって帝都を守ってくれるのなら。自分は今と変わらず雑用をしていれば良い。彼は呑気にそんなことを考え、今自分がいる庭から出て宮廷に入ろうとしたところに、ノアは背後から女性に呼び掛けられた。


「ノア様」


 何事かと思い振り返ると、三つ編みに結んだ金髪、大きな紅色の瞳、そして誰もが羨ましがる程の美貌をした少女が真後ろに立っていた。彼女の名はイザベル。スティーブンの忠実なる家臣で、スティーブンが目を掛けて育成した特に優秀な7人の部下の中の1人だ。


「き、君……」


「先代の王、スティーブン様の家臣。イザベルと申します」


「覚えてるよ。子供の時、一緒に遊んだよね?」


 ノアは幼い頃にイザベルと交流があった。王宮の敷地内で共に遊び、時間を共有していた。イザベルが覚えているかどうか彼には知る由もないが、それを聞いたイザベルは嬉しそうに目を細めた。


「覚えていてくれて光栄です。私も昨日の事のように、貴方様と遊んだ日々を覚えています」


「あ、ありがとう……それで、僕に何の用?」


「今日行われる予定の会議ですが、ノア様にも出席していただきたく思います。急ではありますが、ご理解とご協力をお願いできますか?」


「えっ……? 僕、が……?」


 淡々と、それでいて丁寧な口調でノアにそう頼む。いきなりの事で目を白黒させるノアに、イザベルが更に口を開いた。


「次男であるノア様にも、先代の遺言を聞く権利、義務があります。既に他の家臣や兄のエヴァン・アル……エヴァン様にも出席の許可を得ていますのでご安心を」


「それは、イザベルさんの意思?」


「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。元々先代からノア様を頼むと伝えられていますから。あくまでその命令に従っているまでです」


「そっか……そうなんだ……」


 何故自分を会議の場所に呼んだのか。その理由は理解したが、同時にノアの心の中には寂しさがあった。命令に従う形で自分を呼んだだけであって、それは父の頼みではあれど、厳密に言えばイザベル自身からの頼みではない。いつのまにか、彼女との距離が非常に空いてしまったような気がして、ノアは少し俯いた。


「わかった。そういうことなら会議に参加するよ。父上が何を残したのか、僕も知りたいから」


「ありがとうございます。では、私に着いてきてください」


 イザベルからの指示に従い、ノアはイザベルの後ろに着いて歩く。宮廷の階段を登り、父に連れられて何度かしか入ったことが無い広い会議室の中に足を踏み入れた。その部屋には既に家臣、そしてエヴァンが席についていた。


「ようノア。遅かったな。雑用に手間取ったか?」


「いいや。そういう訳じゃないよ」


「フン。まぁ座れ。父上の遺言はお前も知りたいだろうからな、特別に許可してやったんだ。感謝するといい。と言っても、遺言の内容は既に分かりきっているようなものだがな。俺に王位を継承してほしい旨が書かれてあるんだろう。それ以外考えられん」


 エヴァンは腕を組んで自信満々にノアにそう告げた。ノアも書かれてある遺言にはそのようなことが書いてあるのだと予想していたが、本人がこうも自信あり気に言うものかとノアは困惑する。


「……では、全員揃いましたので、会議を執り行います」


 ノアはイザベルの隣に座り、帝都リグルシアの今後を決める会議の幕が今開かれた。イザベルは制服のポケットから紙を取り出し、それを机に広げた。文字の癖からして、これは父が書いたものだとノアは一目で悟ることができた。


「先代王、スティーブン・アルフォード様の遺言書です。私、イザベルが読み上げさせていただきます」


「御託は良い。さっさと読み上げろ」


 エヴァンから急かされるとイザベルは一瞬彼に鋭い視線を向けた後、淡々と父の遺言を読み上げ始めた。


『愛しき我が息子達、そして信頼する家臣達へ』


『これを家臣の誰かが読む時が来た時、私は既にこの世を去っているだろう。皆に伝えるべきことをここに記させてもらう。私が亡くなることは気にするな。人や物。形あるものはいつか消えてなくなる。それが自然の摂理であるからだ。私ではなく、リグルシアについて目を向けていってほしい。私が育てた君達家臣はとても優秀だ。自信を持って胸を張れ。君達になら安心して任せて逝ける』


 ノアは無言で、噛み締めるように父の遺言を聞いている。父の言葉を涙を流しながら聞いている家臣もいた。エヴァンはいかにも退屈そうに手を頭の後ろに回していた。その態度にノアは些か不快感を示したが、堪えながらイザベルの声に耳を傾ける。


『我が息子にも何の不安もなくリグルシアを任せられる。きっと辛いことや悲しい思いをすることもあるだろうが、家臣達が側で支えてくれる。初心を忘れず、感謝を忘れず、帝都の平和、均衡を守る為に励んでいってほしい。王宮にある財産、武器類、私が身に付けていた王笏や指輪、そして王位を……』


 エヴァンはニヤリと笑みを浮かべ、家臣達は一斉に息を呑む。ノアは兄の顔を見て、兄が王の羽織や装飾を身に付けている姿を想像したその次の瞬間、イザベルが声高々に遺言の続きを読み上げた。


『……次男であるノア・アルフォードに継承させることとする』


「……へ?」


「はぁ!?」


 間の抜けた声を出すノアと、素っ頓狂な声を上げるエヴァン。数十名の家臣達がざわつき始め、その有様は最早会議どころではなかった。


「ぼ、僕が……王?」


 自信を持って名前を呼ばれたはずなのに、今にも消え入りそうな声でノアは静かに呟いた。


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