第3話 明かされる計画
突如として実の兄から『殺す』と告げられたノア。あまりにも唐突過ぎるその言葉に、ノアは狼狽えることしかできない。
「兄上……『殺す』って、どうして!? 王位なら兄上に譲るから! それが本望なんでしょ!?」
「……そうだな。だがお前が良くても周りの家臣共がそれを良しとしなくてな。お前が何を言おうと、決定は覆らないそうだ」
呆れたようにエヴァンは大きな溜息をつく。『決定は覆らない』。それを聞いてノアは今、自分が置かれている状況をようやく理解することができた。
「まったく……何故この俺ではなく出来損ないの弟に王位を譲ったのか理解に苦しむが、父上はもう消した。あとは邪魔なお前を消せば全てが解決する。唯一残った直系血族の俺が……帝都を統べる王となるのだ!!」
「……消した?」
エヴァンの口から不可解な単語が出てきて、ノアはそれを反復する。嫌な予感がノアの脳裏をよぎる。
「冥土の土産に教えておいてやる。父上は俺が殺した。俺が作った薬で臓不全を悪化させ、じわじわと体を蝕ませて殺してやったのさ! フハハハハッ!」
高笑いを上げるエヴァンと、目を見開くノア。たしかに父の急死について不可解な点が無かったという訳ではない。快復しつつあった病気が何故今になって悪化し、手遅れの状態となったのか。ノアは運が悪くそうなったと解釈していたが、兄の言葉を聞いて絞り出すように問う。
「……じゃあ、兄上が父上に薬を届けていたのは、毒を盛る為だったってこと?」
「その通り。普段家臣共が飲ませている薬を、俺が調合した微弱な魔毒を入れた薬にすり替えて飲ませていた。父上が知らないうちに臓器は毒に蝕まれ、悪化した時にはもう手遅れだったと言う訳だ。治癒魔法は物理的な損傷等には効果があるが、魔法で負ったダメージには効果が無いからな!」
ノアの悪い予感が的中し、背筋に寒気が走る。エヴァンが父に対して行っていた厚意に見えたそれは、全て偽りだった。ただ父を殺す為だけのものであったことをノアは悟った。
「そ、そんな……何で……? 何でそんなことっ!!」
「決まっている。俺が王になるのに1番目障りだったからだ。口を開けば『対話』だの『分かり合える』だの妄言ばかり吐き散らし、力があるくせにそれをまともに使おうとしない。我らリグルシアの力を持ってすれば、他国を焼き払う事など簡単だろうに! 彼奴はそれをしなかった! だから他国の侵略を許すのだ!! 彼奴のせいで、何人もの市民が死んだと思っている!?」
今までの鬱憤を全て吐き出すようにエヴァンは叫ぶ。スティーブンは争いを好まなかった。それでも他国と渡り合える大きな力を得たものの、力があるだけでは何の解決にならないことを知ったスティーブンは、話し合うことによって他国と交渉する手段をとった。だがそれは他の国や都には届かず、争いは止まらなかった。故にエヴァンは穏健主義のスティーブンに辟易としていたのだ。今のエヴァンにとって、スティーブンは『力を無駄に持て余した老いぼれ』という認識でしかない。
「だから俺が王になって世界を変えるのだ。父上ができなかった『対話』を俺が継ぐ。争い、殺し合うことによる対話をな! そして、リグルシアが国の全てを支配する!!」
「そんなのっ、父上がやろうとしてた事じゃない! 争い合うことに、なんの意味があるっていうの!?」
「黙れ!! 何も知らないくせに偉そうなことを抜かすな! 人は賢い生き物ではない。そんな生き物が唯一理解している事。それは『力』だ。絶対的な力こそこの世で最も強い支配を生む。他国の連中に分からせてやるのさ。本物の力がどれ程の物かをな!!」
エヴァンの言葉を聞いて、ノアは何故兄が実の父親に手を掛けてまで王になりたかったのかを知った。力を得て、知識を得て、国を支配するに相応しい人間になること。それこそがエヴァンの本心なのだと。エヴァンにはリグルシアを防衛し、都の均衡を維持する気など断じて無い。争うことで、帝都の力を知らしめることしか頭に無いようだった。
「そういう意味では、父上に簡単に消えてもらって良かったな。あとは平和ボケした愚弟を殺せば方がつく。納得しない家臣がいるならそいつも殺せばいい。フハハッ。俺が、帝都もろとも世界を一新してやる!!」
「う……うあああああああッ!!」
今エヴァンが言ったその全ての言葉がノアの逆鱗に触れ、叫びと共にエヴァンに拳を振り上げる。だがエヴァンはそれを簡単に躱し、代わりにノアの頬に強烈な打撃を喰らわせる。
「ぐあっ……」
「貴様如きが俺に敵うとでも思ったか? 愚か者め」
倒れ込んだノアを踏み付け、足を捻りながらノアに激痛を加える。苦悶の表情でエヴァンの足を掴むノアだが、力に負けて止めることができない。
「あに……うえっ……!」
「日頃雑用しかせずに鍛錬をしておかないからこうなるのだ。少しは力を身に付けておけば、俺に足蹴にされることもなかっただろうに。最期の最期まで愚かな弱者だな。一族の恥晒しが」
「くっ……ううっ!」
強い力で押さえつけられて身動きがとれないノアの胸に、エヴァンが剣を下ろす。自分が命の危機に瀕して初めて、ノアは自分の愚かさを呪った。兄の計画を見抜けず、鍛錬を怠り、しかも返り討ちにされ何もできずに兄の掌の上で踊らされる。自分が如何に弱者であるのかを知り、その目に涙が浮かんだ。
「さて、死ぬ前に何か言い残すことはあるか?」
足の力を緩め、喋ることを許したエヴァンはノアに遺言を聞く。自分は本当にここで死ぬんだと、数秒の間に覚悟を決めたノアは、兄に対し言いたいことをぶつける決意をした。
「……力があるだけじゃ、リグルシアを守れないって……父上は言ってた……力に溺れて、支配する事でしか自分を守れない……一族の恥晒しは……兄上の方だッ!」
涙を流しながらノアは兄であるエヴァンに本音をぶつける。『争いを無くす』という父の理想とする世界を作ろうとしないのなら、ノアにとってもエヴァンは一族の恥晒しである。それを聞いたエヴァンの額に青筋が浮かび、再び足に力を入れた。
「相変わらず癪に障る奴だ……良いだろう。泣き、喚き、恐怖に囚われたまま死ぬがいい。……さらばだ。我が弟よォッ!!」
剣を持ち上げ、それをノアの心臓に突き立てようとエヴァンは腕に力を込める。自分が殺される恐怖にノアが目を閉じたその刹那、響いたのは人体に刃が刺さる音ではなく、甲高い金属音。刺し貫かれた感触はなく、ぎゅっと閉じたその瞳を開けると、先程突き放した筈の、嘗ての友とも呼べる家臣、イザベルがナイフでエヴァンの剣を受け止め、ノアの前に立っていた。
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