美容師

地に足つかぬ気分で私は家から外に出た。

人生初のこの日を何世紀も前から心待ちにしていたのだ。

なんたって髪を赤色に染めるのだ。

似合うようにと用意していたコーデを身に纏い、有意義な予定に思いを馳せて、見慣れた住宅街をひた歩く。


沢山の動物たちが、辺りにいる。

私と同じように、思い思いに今日という日を堪能しているようだった。

どれひとつ見たこともない生き物たちであった。

しかしそのどれをとっても愛くるしく、親しみやすさを感じる。


これは珍しい個体じゃのぉ。


物知り博士が突然横から教えてくれた。

生物進化論を唱えていたようなその人物は白衣姿でフラスコを持っていた。

アフロが絶望的に似合っていない。


私が呆気にとられていると、聞いてもないのに私の質問に答えた。


そうじゃ、その竜はな、見た目は小さい蛇なのじゃが、性格はハムスターのように温厚なのじゃよ。


私は爬虫類が苦手だが、ハムスターは好きだ。

博士を信じて、恐る恐る遠巻きに様子を窺う。

そのおかげか私はあまり吃驚びっくりしなかった。


竜は、不可視の結界を超えた途端、その部位から大型トラック並みに肥大化した。

歯はハサミのように鋭く尖り、幾許いくばくかの噛み付きで周りの草木は髪の毛の如く散った。

そのまま近くの小さき同胞を味のしないガムに変える。

辺りをにわか雨が鮮やかに染める。


博士の噓つき。あ、美容室代浮いた。

悠長にそう思った私は、迫る大きなあかい喉を迎えることも許されなかった。



無茶苦茶な痙攣で私が一番驚いた。

その拍子に、居眠りしていたことに漸く気が付いた。

授業怠だるっ。

髪の毛先をくるくるもてあそぶ。


あぁそういえば、最近伸びてきたし、今日行くついでに切ってもらおっかな。

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