第2話

 超加速でおよそ5分程も飛んだであろうか。ハイジ達は森の中に降り立った。洞窟の入り口を、イライジャに続いて降りていく。不思議そうに辺りを見回すハイジ。それに気づいたイライジャは説明をした。

「ここは、前世紀の遺物さ。過去にシェルターだった所だよ」

 薄暗い通路を抜けると、扉が見えて来る。扉の横につけられた液晶のパネルに片手を当てると扉は開いた。

 更に奥へと進むと薄暗いロビーに出る。広い八角形の部屋で、真ん中に池があり水の中で光が七色に変化していた。それに合わせて、水も色の変化を楽しむことができる。透明の床の下に池から水路が通っていて、それは心地良い水音を立てながら循環していた。神秘的な空間だとハイジは思った。


 イライジャは辺りを見回すと、大声で呼びかけた。

「みんなー、ハイジを連れて来たよ」

 




 

 壁に埋め込まれたスクリーンの前に座っていたシャーロットが振り向いた。

「信号をキャッチしたわ。ハイジの部屋よ」


シャーロット・クレイヴ 23歳 電気系 F

 大らかだがたまに雑な所もある

 怒ってもあまり変わらない

 円路と異父兄妹

 シルバーの髪・グレーの瞳



 イライジャの大きな瞳がキョロと動いた。

「ハイジに会えるかな?」


イライジャ・メイヨール 20歳 加速系 M

 身内にだけ優しいがそれ以外には興味なし

 怒ると冷静

 茶髪・碧眼



「さあね」

 円路は肩を竦めた。


室岡 円路 24歳 念動力系 M

 落ち着いていて少しのんびり屋

 怒ると静かに怖い

 シャーロットと異父兄妹

 クロエと異母姉弟

 黒髪・グレーの瞳



「ハイジなら接触しても構わないけど、他の人間なら極力避ける事。良いわね」

 クロエはイライジャに釘を指す。


クロエ・ガーウッド 27歳 精神系 F

 多少神経質で心配性

 怒ると逆に開き直る

 円路と異母姉弟

 黒髪・炯眼



「えー、面倒臭い。能力がバレたら排除すれば良いじゃん」

「イライジャ。ダメよ」

 ふてくされた様に口を尖らすイライジャにクロエはため息をついて、円路の方を見やる。

「お守りもよろしくね」

 円路は目だけで了解と応えた。

「ハイジに会えると良いな」

 イライジャは円路に向かって手を差し出した。

 円路がその手を取った次の瞬間、二人は超加速で移動した。




 イライジャの声に一斉に部屋から出てくるメンバー達。

「はーい、私、シャーロットよ。ハイジってとっても綺麗ね」

「え?私を知っているの?どうして?」

「確かに。テイトが夢中になるのも分かるわ。あ、私はクロエよ」

「テイト?彼を知っているの?」

 ハイジは驚いた。自分の事だけでなく、テイトの事まで知っている事に。

 シャーロットとクロエは顔を見合わせた後、悪戯っ子の様にハイジに微笑む。

「だって、テイトはここで育ったもの」





「何故、ここで都築の名前が出てくるんだ?」

 真紘の発言にコモンウェルスネイションズのメンバーは、皆一様に視線を真紘に注ぐ。先に口を開いたのはシャーロット。

「さっきから気にはなってたけど、あなた誰?」

「僕は都築の同僚だ」

「ああ。ガードの人間ね」

「イライジャ。何故、彼を連れて来たの?それに何で円路と一緒じゃ無いのよ」

「ハイジがこの男を連れて逃げるからさ。円路を置いてくる羽目になったのは」

「貴方が彼を殺そうとするからよ」

「だって僕らの秘密を知ったんだよ。生かしておけないよ。特にガードの人間だし」

 ハイジとイライジャのやり取りに呆れて口を挟んできたのはクロエ。

「イライジャ。いつも言ってるでしょ。簡単に人を殺そうとしないで。何の為に私がいるのよ」

「だってここまで連れてくるのも面倒だと思ったんだもん」

「思ったんだもんじゃないの。ごめんなさいね、ハイジ。イライジャは仲間思いの良い子なんだけど、その反動で身内以外の人間には非情な所があるのよ」

 ええ、何となくわかるわと頷くハイジ。

「それで、どう言う事か説明が欲しいわ。ここが何処で、みんなの関係性も。頭が混乱中よ、ワタシ」

「ええ、もちろん」

「待って」

 イライジャは真紘を睨む。

「ハイジに説明するのは良いけど、そいつは・・邪魔だ」

 ハイジは申し訳なさそうに真紘を見る。

「鏡さん。あの・・どこか別の部屋にいてもらえるかしら」

「僕は一応、都築の親友なんだけど、それでも聞く権利が無いかな?」

 真紘は努めて優しく言うが、

「と、思い込んでる哀れな人間」

「イライジャっ」

「あなたねぇ、そんな言い方しないの」

「だーって、じゃあ、なんで、テイトからこの男の話が出なかったのさ」

「それは、彼が普通の人だからとか、巻き込めないと思ったテイトの優しさとか・・色々よ」

「でも」

「でもじゃ無いの。いーから来なさい」

 イライジャはお姉さん二人に引っ張られて部屋の隅へ連れて行かれた。

 その後ろ姿を確認すると、ハイジは視線で真紘に語る。

「仕方ないね。・・僕も都築の事は気になるが、今はその方が良さそうだ」

 先程より幾分か暗い表情になった真紘は、監視カメラ付きの部屋へと案内された。



 エントランスホールから真っ直ぐに進んだ大きな楕円のゲストルームへ案内され、ハイジは備え付けの柔らかなソファに体を沈めた。

「ハイジ。僕たちはね、コモンウェルス・ネイションズのサードジェネレーションなんだよ。

 今から50年くらい前に・・・・」







 円路とサーシャは仲良く通りを歩いていた。

「酷いよね。加速系が二人とも僕らの存在を忘れてさ。僕はハイジの部屋にイライジャの超加速で連れてきてもらったんだ。置いていかれたら帰れないよ」

「確かに。僕も黙ってアカデミーを抜けて来てるから、公共の乗り物使えないんだよね」

「電気系の君なら何か乗り物動かせない?」

「良いけど・・コスモポリスで管理されてないのが良いな。居場所がバレちゃうよ。そろそろ、アポカリプスも僕らがいない事に気付いたと思うんだ」

「オッケイ。どこかに前時代の乗り物があったと思うよ」

 二人はガラテアの街を抜けて旧市街区に入った。人通りはなく、静寂があった。見捨てられた街と言った所だ。

「あ、あれスクーバーじゃない?」

 サーシャが指差す。

「昔のバイクだね。動くかな」

「俺が動かすさ」

 言うと、両手の平に電気を集め始める。今まさにバイクに電気を送ろうとしたその時、二人は背中に衝撃を受けた。

 熱い。そう思った時には二人の意識は闇に落ちていた。意識を手放すその瞬間、手の平の電気をスクーバにむけて放った。


 建物の影から現れた紺色の軍服を纏いレーザー銃を手にした数名が二人を取り囲む。その内の一人が、小型の機械を二人に向けた。

「大丈夫だ。意識はない」

 ブレスリングで伝えると、直ぐに灰色の大型の自動車が現れ、二人を積み込み走り去った。







 ハイジの住居に到着したナギサ、シオン、クラウスは部屋の状況を見て驚く。

「この壁の壊れ方って・・」

 ナギサはクラウスを見た。

「ああ、念力系の力だな。人間の力じゃ、こんな風には歪まない」

「それと、この部屋の状態もね。能力者同士がやり合ったとしか思えないよ」

「二人とも、無事かしら」

「サリーの電源が入るか確認しよう」

 シオンの言葉に頷いたナギサはサリーに触れた。

「ハイ。サリーは起きていまス」

「ハーイ、サリー。私はナギサよ。よろしくね。壊れていなくて良かったわ」

「サリーは壊れマセん」

「ふふ。ハイジの趣味かしら。随分と・・片言と言うか、メカニックらしい話し方をするのね」

「ハイ。ハイジとは仲良しデス」

「ふふふ。まあ、良いわ。こっちの優しそうな方がシオンで、あっちのイケ好かない感じの方がクラウスよ。私達、ハイジと友達なの」

「俺は違う」

「いーから、クラウス。そこは友達で良いの」

「お手手繋いで仲良しこよしする気は無いぜ」

「もう。クラウスってば本当に協調性が無いわよね」

「学校でやってくれ。女の友情ごっこは」

「ちょっと、その言い方っ」

 始まった二人の言い争いに割って入るシオン。

「二人とも。今はもっと重要な問題があるよ」

 言い合いはやめたものの、睨み合う二人に呆れ気味の視線を送りつつシオンは会話を進めた。

「サリー。ハイジとサー・・もう1人、ハイジの友達の青年がここに来たと思うんだけど」

「ハイ。ハイジとオ友達のサーシャが来まシタ」

「今、何処にいるかわかる?」

「ハイジを守る義務がアリマス」

「友達なんだ。教えてくれないか。僕達も二人を守りたい気持ちには変わりは無いよ」

「デは証拠を見せテクダさい」

「証拠と言われても・・。そうだ。サリー、僕らをスキャンしてくれ。ハイジと同じなのがわかるよ」

「スキャンおわりマした。ツギにサリーの質問に答えて下さイ」

「わかった」

「どの様ニ、細胞質が変化シマしたか?」

 サリーは、ハイジと同じ細胞質の変化をした人間をスキャンによって探していた。ハイジの望みのために。

 だが、

「面倒だな。話さないなら、壊すぞ」

 クラウスは、念動力で、壊れた壁の破片を持ち上げて見せる。

「アワワワワ。サ、サリーはハ、ハイジのハイ、ハイジの・・・」

「クラウスっ。サリーを脅かすのやめてよね。話したら良いじゃ無い。それとも、嫌なの?何か話せない事情でもある?」

 クラウスはナギサを睨みつけた後に一言。

「別に。面倒なだけだ」



 ナギサ、シオン、クラウスはそれぞれに当時の自分達の状況を語り出した。







 アカデミーでは時間になってもハイジが現れない事に、生徒達に少し混乱が起きていた。

 ミレーユはロドリゲスにアポカリプスへ連絡を入れるように指示を出し、自身は午後のオリエンテーリングの予定が変更になった事を生徒達に告げ、代理の授業を手配した。

 院長室に戻り、スケジュールを確認する。今後のハイジの予定も調整しなければならない。アポカリプスから連絡はないが、昨日のクレアの一件を考えれば、今日明日に片付く話ではないだろう。

 と、ドアをノックする音。ロドリゲスだと思い返事を返すと、入ってきたのは。

「・・ドクター東雲。ハイジの事は・・」

 言いかけたミレーユを亮二は制する。

「僕はアカデミーの管理体制を咎めに来たんじゃない。それはガードの仕事だし、それに能力者が相手なら通常の手段は通じない」

「ええ。ガードも不思議がっていました。セキュリティーが起動しなかった事を」

「二人の様子は?何かいつもと違う事はあった?」

「・・実は昨日、クレアと接触があった様です。詳細は分かりません」

「ハイジの教室は?」

「ハイジはいつもガーデンルームにいます。案内させますか?」

「いや。いい」

 言うと、亮二は院長室を後にした。







「クレア、何処に行ったのかしら」

 イトはポツリと呟く。


 生まれた時から足が不自由で車椅子に乗っている。私自身は特別に不自由を感じた事はない。大抵の事は何でもこなせるし、車輪を動かせば移動も自分で出来る。だが、時折自分の足で歩いたり走ったりしたいと望む自分がいる事も事実だ。

 だから祖父にここの施設の事を聞かされた時に治療を受けようと思った。治療の成果は車椅子を手放す事ではなく、念話能力であったが。最初は驚きもしたが、徐々に能力に慣れていった。出来る事と出来ない事を比べた時に出来る事の方が増えたから。

 そんなある日、亮二が連れてきたのがクレアだった。今も痩せているがもっと痩せていて、大きな目は更に窪んでいた。終始俯き加減で何を話しかけても言葉を返す事はなく、首を振るばかりだった。

 3ヶ月程経った頃、ようやく口を開いたのを覚えている。

 それ以来、お風呂上がりにお互いに髪を乾かし合うのが習慣になっていた。


「クレア、今日アポカリプスに行っていたの?」

 ベッドの上、二人は寝転んでいる。先日の騒ぎのすぐ後、佐保子が怖い顔をして亮二に詰め寄っていた事は記憶に新しい。そして、彼女が良二を含めた私達を嫌っている事も知っている。

「うん。ドクターイアンに会ってきたの」

「イアン?」

「うん。アポカリプスのコードリライト責任者」

「DNA盗難の件?」

「うん」

「どうだった?」

「・・・うん。暗示をかけられていた様だった」

「誰に?」

「私達の知らない子」

「アポカリプスの入院患者?」

 アカデミーの子ならクレアが知らないという事はない。

「わからない。真っ白い子。目だけ赤いの。歳は私達と同じくらいに見えた」



 そんな見た目の子ならすぐに見つかりそうなのに、未だDNA発見の連絡は亮二から聞かされていない。






 

「ナルホド。わかりマシた。

 ・・・・・・・・・・

 その後、サリーはスリープしマシた」


「どうする?」

 ナギサはシオンに聞く。

「その能力者の人間達が気になるな」

「私達の他にも能力者がいるって事?」

「現に僕達がいる。他にコミュニティがあっても不思議じゃないさ。ナギサ、ハイジとサーシャの意識は追える?」

「やってみるわ」

 ナギサが意識を集中させると、クラウスがシオンに切り出す。

「こっちも二手に別れて探そうぜ」

「二手ってどう・・」

「お前らは一緒に行動しろよ。俺は一人で動く」

「単独行動はさせられない」

「お前、リーダーかよ」

「そうじゃないけど」

「じゃあ、良いだろ。東雲は説得して連れ戻せって言っただけだ。手段までは指示されてない」

「どうやって探す気だ?市民との接触は禁止、能力の使用は最小限だぞ」

「それ守る気かよ」

 と、その時、

「ねぇ。サーシャの意識が消えたわ」

 ナギサは言う。

「ナギサ、どう言う事?」

「わからない。旧市街区までは追えたのよ。でも、そこで突然消えたのよ」

「消えたって、何で・・まさか・・」

 最悪の予想をしているであろう青ざめたシオンに、医師としての顔をしたクラウスが言う。

「ナギサ。もう一人のヤツの意識はあるか?」

「わからない。・・だって知り合いじゃないもの。追うのは難しいわ」

「落ち着け。死んだとは限らない。何かアクシデントが起こったのかもな」

「アクシデントって何?」

「俺が知るかよ。気になるなら探しに行けよ」

「気になるならって、クラウス。貴方は気にならないの?心配じゃないの?」

「自分の行動の責任は自分で取れよ。ヤツだってもう大人なんだから」

「クラウスって薄情よね、本当に医者?」

「トリアージが必要な時もある」

「ちょっとっ」

 怒り心頭といったところのナギサに宥める様に声をかけるシオン。

「ナギサ。落ち着いて。今は言い争うより行動を取ろう。ハイジの方は?」

「ハイジの方は超加速で移動してるからもう無理ね。センタービルの方向」

 言って指をさす。

「わかった。俺はハイジを追う。お前らはボーヤを探しに行けよ」

 クラウスは異論は無いよなぁと言う意味を込めて、片方の眉をクイっと上げて見せた。

 わかったと頷いたシオンであった。






「もう。クラウスったら本当にハイジを探す気あるかしら?」

 シオンとナギサは旧市街区に到着すると、さっそく辺りを見回した。



  クラウスはハイジの居住区を出ると、二人と別れて自分の居住区へ歩き出した。

 その後ろ姿にナギサが一言。

「クラウス。何処に行くのよ」

 クラウスは面倒臭そうに頭の中で答えた。

(自分の部屋へ寄ってからハイジを追う)

「もうっ」

「何だって?」

「部屋に寄ってから行くって」

「仕方ないよ。僕たちは急ごう」


 

「まぁ、何か考えがあるんだろう。それよりナギサ、気をつけて」

「ええ。勿論。精神派を円盤状に広げてるわ。今のうちに痕跡を見つけて」

「わかった」

 シオンの目が金色に変化した。

 道路に2人の足跡を見つける。と、その周りにも数名の足跡と真新しいタイヤ痕。周りの建物を見ると、人間のDNAらしき破片。

 サーシャの電気が大型のスクーバに送られた痕跡がある。あれに乗って移動しようとした時に拉致されたのか・・。


 と、その時、

(誰か来たわ)

(方角は?)

(あのビルの向こう)

 頭の中で直接会話をする。

(距離は?)

(10メートル)

(人数は?)

(1人)

(3メートルになったら変わる)

(分かったわ。・・・3、2、1)

(OK.スイッチだ)

 邪眼で睨む。と、相手は。




 黒い迷彩服に身を包み銃を構えた男が現れた。男は辺りを目だけで見回しゆっくりと近づいて来る。

「ここで何をしている?旧市街区は民間人は立ち入り禁止だが?」

「人探し」

 シオンが答える。

「その人物はハイジ・リオルッサか?」

「・・何故ハイジだと?」

「・・・まずは君たちの身元の確認をさせてもらう」

 男は胸のポケットから虹彩認証機を取り出し、瞳に照射する。と男の雰囲気が変わった。

「君たちは、アポカリプスの住人かい?」

 男の問いにシオンの瞳が揺れた。

「アポカリプスの住人というのが、何を指しているかによります」

 シオンの言葉が終わらぬ間に、シオンとアーロンの間に体を滑り込ませたナギサは服従の思念を送る。が、その瞬間。

「なんだ」

 頭を振りながら、驚きの言葉を発するアーロン。だが、この言葉に驚いたのはシオン達も同じであった。

「ナギサ。何してるんだ」

「いや。・・効かないのよ」

「僕が変わる」

 シオンの瞳が金色になった瞬間、

「うわっ」

 アーロンは驚きの表情と共に再び銃を構え直した。両手を上げ、ホールドアップ状態の二人を信じられないという表情で見つめる。

「・・君たちは、一体、何者だ」







 アーロンは、ナギサとシオンを連れて自宅へと向かっていた。

「ガードの部屋って監視体制どうなっているの?私達が行って大変な事にならない?いくら貴方が隊長だとしても、単独行動の上に民間人に情報を話して大丈夫なの?・・って、アーロン、話聞いてる?」

 車の中、始まったナギサの矢継ぎ早の質問に目を丸くするアーロン。

「あー、ごめん。でも、俺が口を挟む隙間が見当たらなかったから」

「ちょっと、大袈裟ね。まるで私が一方的に話してたみたいに。ちゃんと会話をしようとしてたわよ。質問が沢山あるのは相手に興味があるからよ。それって、コミュニケーションの基本でしょ?大事な事よ」

「まぁ・・」

 倉庫に車を停めエンジンを切る。

「続きは家の中に入ってからね。案内して」

 言うと、ナギサは車を降りた。

 車の中にはアーロンの困惑と、苦笑いのシオンが残った。

「なぁ、彼女っていつもああなのか?」

「僕はもう慣れた」

 シオンは諦めの笑顔を以てアーロンを見た。

「成程。俺も慣れるしかないか」

 小声で呟いたアーロンだった。




「まずは、状況と情報を整理しようか」

「待ってシオン。その前に私、お腹が空いたわ。あなたは?」

 ナギサの一言で、食事をすることになったのだった。




 


 アーロン・ボドウィグはその日、非番であった。

 セキュリティーガード第三部隊 ガード1の隊長は中々にハードな環境であるが、仕事には意義を感じていた。

 一日の殆どを訓練で過ごし、疲労がある状態を故意に作り、その後実習に入る。その実習というのも、過酷な環境を想定しての実習なため、この一連の訓練で精神を病める者も多い。と言うのも、それ自体、拷問の一環であるのだが、例えば折檻を五日間受けたとする。その後、傷の手当てや体力の回復に数日あて、美味しい食事と良質の睡眠を与える。そして、再び折檻を与える。これを擦り返すと、人間は、良い状態を受け入れる事を嫌がるようになる。その後にまた、辛い日々を過ごす事が、辛い日常が続く事より非常に苦痛であるからだ。

 訓練を受けている我々もそうである。休日をゆっくり過ごす事を拒み、常に緊張状態を保とうとする隊員が現れてくるのだ。そんな時は、隊員の状態を見て、この部隊からの離脱を勧める事もある。一人の状態が部隊の全滅に繋がる事もあるからだ。だが、幸い、今の自分の部隊の人間は大らかなその日暮らしの精神をている者が多い。

 神経質な人間は向かないが、細やかな神経は必要ではある。

 南のビーチでゆっくりと休暇という訳にはいかないが、それなりに家で趣味の模型作りに没頭していた。作る模型は様々で飛行機、船、建物と、形の美しさに心が動かされれば、なんでも作っていた。その時、緊急を告げるアラームが鳴った。


 すぐに準備を整え、ガードから支給されている、高機能サリー搭載の自動車に乗り込み、ガードの本部へ向かった。

 到着すると、各々道すがらサリーから状況の説明を受けたメンバーが到着していた。

「よう、隊長。遅いお着きだな」

 ケンドリックと拳をカチっと当てる挨拶を交わす。

「仕方ないだろ。俺の家が一番遠い」

「はーい。アーロン。こっちは準備が出来ているわ」

 アレクサも既に到着していた。

「ああ」

 ローガンとミミもアーロンに向かい、片手を上げた。



ガード1

 ケンドリック 28歳 M

 セキュリティーガード所属

 黒髪に薄茶の瞳の体格の良い青年


 アレクサ 32歳 F

 セキュリティーガード所属

 薄茶の髪に緑の瞳


 ローガン 25歳 M

 セキュリティーガード所属

 金髪に薄茶の瞳


 ミミ 24歳 F

 セキュリティーガード ソフィスト

 赤髪に黒色の瞳


 

  ※現在ガードは実動部隊と後方支援部隊のソフィストから成っている


 全員が揃った事を確認したホログラムのサリーが壁に映像を映し出すと、課長が徐に口を開いた。

「アポカリプスより緊急事態要請が入った。現在、アポカリプス封鎖に入って5分が経過した。直ぐに向かってくれ。必要な情報は既にブレスリングへ送ってある」

「任務は『最初の少女のDNA』奪還と犯人を探す事だ」

「拘束条件は?」

「dead or alive?」

「会話のできる思考状態を保ったままがベストだ」

 つまり、状況によりこの限りでは無いという事を、隊員達は顔を見合わせて意思の確認をした。



 ガード1はアポカリプスに到着すると、さっそく捜査を開始した。

 ポリス一の医療施設と謳われるだけあって、その敷地は広く、研究棟も医療棟もその警備に関しては厳重な筈だ。そんな中での盗難事件。しかも、アポカリプス内でも最も重要な部門であり、警備も厳重であろう『最初の少女のDNA』だ。

 普段は其々に独立のサリーが情報を管理しているが、特殊な状態になれば、どちらかのサリーが統括的に情報の管理に入る。今回は研究棟で緊急事態発生のため、医療棟のサリーが情報管理に入っていた。



 研究棟のコントロールルームにて、モニターを見ているアレクサとローガン、アーロン。

「データを改竄された痕跡は?」

「今のところ無いわ。サリーが正常に機能していれば無理よ。それこそガラテアのサリー本体にアクセス出来る人間でなければね」

「サリー本体にアクセス出来る人間は?」

 ローガンが聞く。

「痕跡を残さずにアクセス出来るのは、サリー本人のみよ」

 アレクサが答える。

「サリー本人っているの?」

「正確にはいたのよ。百年程前にね、自身が亡くなる事を考えて、コスモポリスのメインコンピューターのサリーに自身の思考を移したのよ」

「じゃあ・・」

「ええ。不可能ね。この部屋の最終使用者は間違いなくイアンよ」





 研究棟 第2セクション 

 王主任の研究室にて

「佐保子から協力するように言われています。何でもどうぞ」

「早速だが、話を聞かせてもらいたい」

「わかりました」



 9:50 白石医師とジョディ医師が研究棟に入ってくる

    エリザベス研究員と会話を数秒 後、二人で移動

 9:54 通路にて二人の姿を確認

 9:55 保管庫の扉を開錠

 9:56 保管庫の通路を進む

 9:57 保管室の扉を開錠

 9:59 血相を変えた二人が部屋から出てくる

 10:00 通路に備え付けられている非常ベルのボタンを押す



「それが朝の出来事です。二人は我々にその事実を告げると、所長の元へ向かいました。

 はい。いえ、研究所は常に稼働しております。研究員たちは交代で休みを取っています」


 

8時間前


 2:00 イアンが第2セクションへ現れた。

    何処か虚な瞳をしてるのが、画面越しにも見てとれた。

    研究員のサーラムの問いかけにも答えず、通路の向こうに消えた。

 2:03 保管庫の扉を開錠

 2:04 保管庫の通路を進む

 2:05 保管室の扉を開錠

 2:08 保管室から出て来る

 2:10 第2セクションを出て行くイアン



「名前を」

「サラーム・ハリル」

「当時の状況を」

「ええ。・・呼びかけても返事が無かったので、いつものイアンらしくないとは思いましたが、時間が時間ですし、疲れているのかなと。イアンは特に、人一倍患者の事を考えるドクターですので。

 ええ。はい。現状では、細胞がヘイフリック限界を迎えた患者にはコードリライトを行いません。イアンはそれで祖母を亡くしているんです。どんなに悔しいかと思いますよ。自身が医者でありながら、家族の治療が出来ないなんて・・。イアンも我々も、全てのコスモポリタンがコードリライトを望めば受けれる様に、日々、研究を続けていますよ」


「いえ。誰でも保管庫へアクセス出来る訳ではありません。勿論、僕も含めてですが、限られたメンバーだけです」


 姫島 佐保子所長(研究員)

 イアン・クリスフォード副所長(医師)

 

 ジョディ主任医師

 白石主任医師

 マイク主任医師


 王室長

 サラーム主任研究員

 エリザベス主任研究員


「ええ。そもそも、このセクションへ立ち入れる人間も限られているんです。外部の犯行ではあり得ませんよ。僕はそう思います。悲しい事ですが、コスモポリタンの為ではなく己の利益の為に働いている人間がいる」



 



「バカバカしい。本気で、僕が盗んだと思っているのかい?」

 無言の睨み合いの後、イアンが発した。

「君はどう思う?佐保子。本気で僕が犯人だと思うのかい?」

 イアンは努めて冷静に佐保子に話しかける。内心では動揺しているのが、逆に佐保子から視線を逸らさない事が物語っていた。

「もしも・・・盗んだのが貴方だとして、何故わかりやすく痕跡を残したのか?逆説的にそれによって自分が犯人では無いと示唆したかったのか。でも、そうだとして、そもそも何故DNAと共に逃げなかったのか、そこも疑問になってくるわ。まだアポカリプスでやらなきゃいけない事があったのか。だとしたら、自分が犯人では無いと思わせないと意味がない。何故なら、こんな風に拘束されてしまうから。だとすると、結論は・・・貴方は犯人では無い可能性が高いと言うのが私の意見よ」

「随分と理性的だね」

「研究者だもの」

「ここで共に働いて来た仲間としてはどう思っているんだい?」

「医師として真っ直ぐな人間が罪を犯さないとは限らない。特に情熱がある人間なら自分の信念のために動くわ。それが善の信念か悪の信念かは置いておいても」

「つまり?」

「感情的に見るなら、目的があれば貴方は盗むかもしれない」

 無言のまま、数秒見つめ合うイアンと佐保子。と、ドアが開き、アーロンが入って来た。

二人から視線を向けられたアーロンはうなづいて見せた。

「話は聞いていたよ。向こうからね」

 と、鏡を指さす。

「それで?」

「確かに、貴方の意見には一理ある。だが、理論はあくまで推論の域を出ない。我々が捜査をする間は、副所長は拘束下に置かれます。いいですね?」

「構わないわ」

「それから、今ある事実を。やはり、最終使用者はイアン、君だ。正確には君の虹彩とブレスリングだ。何かいう事があるかい?」

 イアンは、佐保子をチラリと見遣り、アーロンに向かって言った。

「虹彩認証はやろうと思えばコピーが可能だが、ブレスリングはそうはいかない。個人の情報は個人に一つだ」

「そうだ。では聞くが、何故、保管庫に?」

「生憎、記憶がない」

「何だって?」

「僕は次の日は、診察のある日だからね。12時にはベッドに入ったよ」

「馬鹿な。そんな言い訳が通用するとでも?」

「事実だ」

「じゃあ、映像を見てくれ。第三者に改竄された記録はない」

 アーロンは言うと映像を映し出した。見終わると一言。

「もう一度聞く。何故、保管庫へ?」

「答えは同じだ。僕個人の記憶にはない。もちろん、僕の腕からブレスリングが外れた記憶もないがね」

「まさか」

 アーロンは呆れたように両手を広げた。

 何とも言い難い表情で画面に映った自身の姿を見てるイアンを横目に、佐保子の表情がサッと曇ったのがわかった。

 無言のまま部屋を出る佐保子を、アーロンは追いかけ呼び止めた。

「何か心当たりが?」

「いえ。そういうわけでわないわ」

「佐保子。特秘事項があるなら、それも話してくれ。その事実を踏まえた上で、捜査をする。我々はガードの特秘部隊だ。我々の存在意義はコスモポリタンが安全に安心して暮らせる様に尽力する事だ。それが正義でもある。ただ、その中にはコスモポリタンの「統括的な利益を守る」という事も含まれている。

 知るべき事実を知らずに捜査をする事は判断を見誤る可能性がある。分かってくれるか?」

「ええ」

「なら、必要な情報は提供して欲しい」

「無いわ」

 言うと、佐保子は踵を返した。

「・・・」

 佐保子の後ろ姿を見つめるアーロン。




 研究棟のコントロールルームに戻ると、メンバー達は話し合いをしていた。

「どう思う」

「随分と子供じみた言い訳よね。夢遊病だとでもいう気かしら?」

「だとして、DNAは何処にあると思う?」

「それが出てくれば、ハッキリするんじゃないか?」

「OK。次は?ボス?」

 アレクサがアーロンを振り向き見るのと同時に、アーロンのブレスリングが点滅した。内容は、帰還命令だった。

「どう言う事?」

「上の命令だ。戻るぞ」

「納得できる?」

「納得出来るかどうかは問題じゃない。命令が出たら従うだけだ」

 暫し無言の時が流れた。静寂を破ったのはコントロールルームの扉が開く音で、現れたのは佐保子だった。

「皆さんには無駄足を運ばせてしまって申し訳ないわ。後は、こちらで対処します。」

 アレクサは真っ直ぐに佐保子を見つめた。

「DNAが見つかったとでも言う気?」

「いいえ。ですが、一筋の光が見えたの。今あるDNAから復元が可能かもしれない。まだ不確かだけれども、ここは研究所ですもの。犯人探しよりはそちらに力を入れるわ」

「悪用されたらどうする気?」

「扱える技術があるのなら、是非スカウトしたいわね」

「ふざけないで」

「ふざけているわけではないわ。それに、ここの施設以外でコードリライトの話が出たら、犯人がわかるんじゃない?そもそもコードリライトは『最初の少女のDNA』だけでは成立しないわ」

「死と再生のプログラム」

 ミミが答える。

「ええ。それが必要よ。プログラムにもセキュリティがかけられているわ」

「何処にあるの?」

「絶対に安全と言えるのか?」

 メンバー達は口々に佐保子に質問するが、顔色ひとつ変えずに返答する。

「それも特秘事項なの。貴方達が知る必要のない事よ。現に知らされていないでしょ」

「・・・」

「ご苦労様」




 アーロンは溜まった書類の処理の為にデスクワークをしていた。提出の期限が明日の朝のため、今日は徹夜になるなと自重気味に笑う。と、目に入って来たのは小さなボトルシップの模型。家に置いてある模型達も大きなものは完成はまだまだだが、ゆっくり手をかけて作るのが好きな自分にはその時間が愛おしい。

 そういえば、半年前も模型作りをしていた時に緊急事態アラームが鳴ったなと思った。

「納得出来るかどうかは問題じゃない。命令が出たら従うだけだ」

これは自身のセリフだが、納得出来る訳がない。上に圧力がかかったという事は、特秘事項の更に上の最特秘事項なのだ。

 アーロンはミミのいるセキュリティールームへ向かった。

「パッソ レッケ トリータ」

「オキュラ マリーシ」

 ガード1内で使う暗号である。それぞれのチーム毎に暗号はあった。

 (アポカリプスの情報が欲しい)

 (了解 ボス)

「良かった。アーロンがボスで」

 ミミは嬉しそうに呟くとキーボードを叩き始めた。

「関連の情報を集めて隠しておいてたの。アーロンなら後で絶対聞いてくる筈だって思ってね」

「さすがミミだよ。いつもありがとう」

「だって悔しいじゃない。あの女、何様のつもりよ」

「彼女も立場というものがる」

「それだけかしら」

「現在のアポカリプスの状態はわかるか?」

「そうね・・・」

 と、建物が揺れると同時に緊急を告げるアラームが鳴った。





「あの地震の時に俺の部隊はD4アカデミーへ駆けつけた。その時にハイジ・リオルッサに会っている。あの時の第二波で怪我をした人達はアポカリプスへ運ばれたが、その殆どの人間が後に死亡により登録抹消になっている。そして、彼女は死亡になってはいないが、部屋に戻って来た形跡がない。恐らくはそのままアポカリプスへ留まった。本人の意思か、施設の意思かは分からないがね」

「・・・」

「察するに、君達もアポカリプスに留まった人達のようだ」

「根拠は?」

「君達のコードがハイジ・リオルッサと一緒だからだ」

「コードとは?」

 シオンの問いに、数秒の間が空いた。

「MH-E」

「それは何?」

「要入院患者の病院コードだ。アルファベットは入院患者の必要レベルを表している。AからEまで分けられていて、後方程、緊急度が高い。入院が必要なのに病院から抜け出してしまった時に、ブレスリングや虹彩認証で患者を追える様にだ。見つけ次第、保護し病院へ連れ戻す。それが、患者本人と市民の安全の為だからだ」

「つまり、そこには個人の自由意思は認められない」

「ああ。強制入院コードだからな」

「それじゃあ当然、僕たちのコードも・・」

「勿論、Eだ」

「成程、状況は分かりました」

 頷いたシオンの横で首を横に振るナギサ。

「わからないわよ。確かにアポカリプスに留まって経過観察するようにいわれたけど、要入院コードって何よ」

「アポカリプスの総意なんだよ、それが。もし・・・」

「もし何よ・・・あぁ、そうね」

 納得しかけた時、アーロンが話に割って入る。

「もしの続きは?」

「交換条件で。貴方が単独行動をしている理由は?さっき貴方は俺の部隊と言った。今は、一人です。ガードの部隊は原則チーム行動の筈だ。特に要入院患者コードの人間がウロウロしているのなら、仕事で動ける筈です。何故、それをしないんですか?」

「実は半年以上前にアポカリプスでとある事件が起きた。俺はその犯人を探している。上からは圧力をかけられていて、俺のチームは撤退せざるを得ない状況になった。だから、チームを巻き込めない。分かるか?」

 顔を見合わせるシオンとナギサ。

「アポカリプスで起きた事件は何ですか?」

「君たちの持っている情報と交換しよう」

 アーロンは交互に視線を向けた。




「DNAの盗難」




「ええ。ワタシの生徒にクレアと言う子がいるのだけれど、彼女は邪眼の能力を持っていると思うわ。ワタシへメモを残してくれたの。正確にはワタシの網膜にかしら」


 ハイジはクレアとの会話や、クレアが残してくれた本の中、とあるページを見た時に、突然、思い出したかの様に真っ白な肌と髪の毛と赤い目を持った男の子とドクター・イアンが対峙している映像を見た事を伝えた。

「その後、アポカリプスでDNAが盗まれたらしいわ」

 目で確認し合うメンバー達。

「『最初の少女のDNA』ね」

「知っていたの?まさか、貴方達が・・」

「違う。僕らはアポカリプスで何か起こったんだろうと推測したのさ。テイトがガードの仕事で連絡が取れなくなるって言ってたからね。テイトのいる部隊はガードの最特秘部隊。このガラテアで、最重要案件は唯一のコードリライト専門機関があるアポカリプスだよ。DNA関連だろうと予測するのは難しい事じゃ無い」

 イライジャの瞳は真実を言っているようだ。

 シャーロットが続けて言う。

「そのクレアという子だけど、恐らくネオ・グラビティの子ね。オリジナルかセカンドかサードかは分からないけど」

「じゃあ、いなくなったのは」

 クロエは頷きながら答える。

「細胞が溶けたからじゃないわ。恐らく、貴方に何らかの接触があった事がバレたからよ」

「アポカリプスにかしら」

「というより東雲にだと思うわ。アポカリプスから連絡があったんでしょう。アカデミーには」

「・・ええ。そう聞いてるわ」

「東雲の思惑がどこまでかはわからないけれど、アポカリプスはDNAの盗難を知られたくない筈。あなたの事も血眼になって探していると思うわ」

「そんな。じゃあ、ほかのメンバーはどう・・あ、サーシャ」

 ハイジは咄嗟にブレスリングで連絡を取ろうとしたが、

「ここは、前時代のシェルターだから電波は届かないんだ。コード認証は指紋か掌紋の打ち込み式だし」

「じゃあ、サリーもいないのね」

「ああ」

「どうやってサーシャに連絡をしたら良いの?」

 困惑するハイジに、イライジャは落ち着かせる様に優しく言う。

「大丈夫だよ。円路と一緒だからその内に帰ってくるよ」

「それなら良いけど」


 






「駄目だ。ブレスリングも相変わらず反応は無いよ」

 シオンは点滅したブレスリングを見つめている。

「探すさ」

 アーロンはテーブルに備え付けのPCを操作する。と、テーブルの中央にガラテアの街の立体映像が浮かび上がった。そこに別のデータを重ねる。

「これは?」

「旧市街区の道路及び旧建造物の見取り図さ。その状況で車両が使われた可能性があるなら正規のルートを使うとは考えにくいからな。サンプルしたデータを打ち込んで可能性を探るさ」

「サリーを使うのかい?」

「いや、サリーはスリープさせてある」

「スリープ状態でも記録媒体にデータを保存してるんじゃないのか?」

「ああ。起動させた瞬間にガラテアのサリー本体に記録が送られる。だから、サリーを使わずにネットワークを繋ぐ」

「どうやって?」

「一旦、ガードの俺のコードを使ってガラテアのセキュリティコードに直接アクセスし、その後で消去する。ガードのコードはその必要性からデリート(消去)が可能なんだ」

「完全削除?」

「いや。ガードのメインコンピューターのサリーなら追跡可能だ。必要ならな。だが、ハウスコンピュータのサリーには無理だ。時間は稼げる」

「わかった。サーシャ達を探してくれ」




「お先にシャワーもらったわ。次どうぞ」

 濡れた髪を拭きながらバスルームから出てくるナギサ。

「君も今のうちに仮眠を取っておくと良いよ」

 シオンはソファの上、眠っているハイジに視線を向けた。

「サーシャ達の追跡は?」

「アーロンがやってくれている。僕はもう少し起きているから」

「わかったわ。じゃあ、後で交代ね」

 シオンは頷くとバスルームへ消えた。


「アーロン。ソーダか何か貰って良い?」

「冷蔵庫に入ってるのを好きに飲んで良い」

 ナギサは冷蔵庫から炭酸水を取り出すと、キャップを開け一口飲んだ。

「時間がかかりそう?」

 アーロンの背後からナギサはスクリーンを覗き込む。

「ガラテアの街は広いからな。プラス旧市街区を含めるとなると相当な広さになる。しかも、旧市街区のデータが必ずしも現在の道路と合致しているとも限らないからな。地道にやっていくしかない」

「ふーん。旧市街区からガラテアに入ったとか出たとかもわからないの?」

「そもそも、ブレスリングを使ってガラテア以外に出る時はパスコードが発行されるんだ。旧市街区へはパスコードが発行されないから侵入すれば、ガードのセンサーに引っかかる。それで、俺達は駆けつけるわけだが」

「私達の居場所がわかったのは?」

「ハイジの部屋から後をつけた」

「やだ。全然気が付かなかった」

「人間は尾行されてるかも知れないと思わなきゃ、案外気が付かないもんさ」

「私、精神系の能力者なのに」

「こっちはプロだ。気づかれるようなヘマはしない。仕方ないさ」

 本気で落ち込んでいるらしい様子のナギサを可愛く思ったアーロンはフッと笑みを浮かべた。

「サーシャ達もセンサーにかかった?」

「いや。そこが不思議なんだが」


「サーシャは電気系だ。万が一を考えて、アカデミーを抜け出す時と同じ方法を取ったんだろう」

 二人の後ろからシオンの硬い声が聞こえてくる。

「あら、シオン。随分と早いのね」

「ん?電気系というのがいるのか」

「ああ。いるんだが・・誘拐者達のコードはなかったんだな」

「ああ。検知されない」

「だとすると、随分と余裕のある状況だったか・・」

「あるいは誘拐者達の仕業か」

「車両の痕跡は?」

「いや。コスモポリスに登録されていない車両だろう」

「あるのか?」

「現に存在している」

「ガードの掴んでいる情報は?」

「というと?」

「アンダーグラウンドで活動している組織がいるんじゃないのか?」

「本来はそんな組織が出来上がらない為の仕組みがコスモポリスなんだ。個人の財産の管理を個人がするのではなくコスモポリスの政府機関がする。活動資金が無ければ活動そのものが出来ない。筈なんだが」

「いつの時代も、どんな制度にも抜け穴がある」

「まぁ、そんな所だ」


「抜け穴って?」

 それまで二人の会話を聞いていたナギサが質問をすると、アーロンとシオンはナギサに視線を向けた。

「何よ。私を無視しないでよ」

 少し不満げに言い放つ。





「m〜〜んん〜〜」

「何の曲?」

 ガラテアのショッピングモールに併設させている映画館からの帰り道。テイトは楽しそうにハミングしている。

「ん?映画、楽しかった?」

「ええ。貴方は?」

「ああ。楽しかったよ。記憶喪失の男が、時折フラッシュバックする映像を元に、自分の過去を探って行く。まあ、この手の話は数多くあるけどさ、この監督の映像の表現の仕方が俺は好きなんだ」

「そうなの」

「見せ方が上手だよね。過去の記憶がないって事は自分が何者であるかが、現時点では分からないって意事だろ。それってすごく不安だよ。更にフラッシュバックに映し出される映像は、必ずしも良い記憶だけじゃない。過去の自分が良い人間じゃなかったらどうしようっていう不安でもある」

「確かに」

「本当に自分が良い人間じゃないのか、それとも不安な気持ちがフラッシュバックに表れていてネガティブな記憶だけが蘇るのか、考察しなきゃならない事が自分の人間性だけじゃなく、人間の心理も同時に考えなきゃならない。すごく苦しいよ、きっと」

「そうね。夢でもそうだけれど心にかかる負担というか精神的なストレスは人の記憶も歪ませる事があるわ。人間は往々にして記憶の塗り替えをしているものなのよ。心を守るためにね」

「記憶の塗り替え・・か。ねえ、ハイジ。それってたとえば外部から人為的に塗り替える事って出来るのかな?」

「え?外部から?どうかしら、セラピーとかでなら可能かも知れないけれど、ある程度自我を持った状態では難しいと思うわ。それに、自発的な記憶の塗り替えは心を守るための要素が強いから、本人がそれを望まない限りは、出来るとは思えない」

「心を守る・・か」

「テイト、何か気になる事があるの?」

 思案顔のテイトを覗き込むハイジ。

 テイトはジッとハイジの薄茶の瞳を見つめる。光の加減でリーンに変わる彼女の瞳がに吸い込まれそうになる。そして、いつもその度に不思議な感覚に陥るのだ。

「運命なのかな」

「え?」

「こんな事言ったら変かも知れないけど、初めてハイジに会った時に、前にもどこかで会った事があると思ったんだ。

 どこでかなって思って考えてたんだけど、夢の中でだった」

「夢?それって・・」

「ううん。まだ、会った事もない時にだよ。だから、もしかしたら過去のどこかで会ってるのかなって」

「ふふ。テイトったら。随分とロマンチックだ事。でも、案外単純かもよ」

「単純って?」

「コードリライト」

「あ」

「まだお互いに認識していない時に、病院で会ってるのかも知れないわね」

 テイトは物言いたげな様子であったが、少し寂しそうな呟いた。

「そっか」

 ハイジはその寂しそうなテイトの横顔に何かが頭を掠める。忘れている何か、感情、気持ち、あるいは思い出。何だろうか。

「テイト・・貴方を悲しませたい訳じゃないわ。ワタシってリアリスト過ぎかしら?」

 テイトは首を振る。

「いや。俺だってある意味ではリアリストだよ。わかっていて知らないフリをしたりする事もあるよ。したたかじゃなきゃ生きられない事を知っているからね。世の中全てが自分の味方な訳じゃない」

「テイト。どういう事?」



「過去の記憶が本当に自分の記憶なのか、不安になる事ない?」

「やだ、テイトったら。不安にさせないで」

 ハイジの顔に現れた不安そうな色。

「ごめん。不安にさせたい訳じゃないから。ただ、ハイジ、俺に話してくれただろ。子どもの頃の記憶が曖昧な部分があるって」

「ええ。だからこそ、余計に不安になるじゃない。コードリライトを受けた人たちはみんな多かれ少なかれ記憶の影響を持つって言われているんだから」

「そうだね。俺もそうかも。過去の記憶が本当にあった事なのか不安になる事がある。俺だけが覚えていて相手が覚えていない事は、もしかして事実としてはなかった事と同じなんじゃないかって」

 テイトの言葉にハイジは心の奥が少し騒つく。小さい頃の姉の記憶。大人になってからは会っていない。両親の話では今は別の都市で暮らしているらしい。

「テイト、もうやめて」

「わかった」

 だが、心ここに在らずのような表情のハイジにテイトは、

「怒ってる?」

 聞いた。

 ハイジはハッとしてテイトに視線を移した

「別に怒ってないわ」

「よかった。不機嫌にさせたかもって思ったよ」

「やだ、そんな事になってた?昔から真顔だと機嫌が悪いの?って誤解される事が多かったのよ。お人形みたいだって。姉と二人でそんな風に言われる事があったわ」

「お人形ハイジ。俺は好きだよ。ハイジの気持ちを一つ一つ読み取って行きたい。今は・・俺とキスしたい?」

 テイトは真っ直ぐにハイジを見つめる。

「テイト・・」

 照れた様子で、一瞬伏せた瞳をテイトに向けるハイジ。

 夕日に照らされて、壁に映し出された二人のシルエットがそっと近づいた。



 

 上半身を起こしたハイジに気がついたジャーロット。

「あ、ハイジ。気がついた?」

「ええ。ワタシ・・」

 困惑の表情を浮かべたハイジのそばにイライジャがやって来る。

「ハイジ。話をしてたら、いきなり気を失うからビックリした。大丈夫?」

「多分・・」

 そう言うと、立ちあがろうとしたハイジをジャーロットは制した。

「まだ、寝てて。倒れた時に何処か打ったかも知れないわ。痛いところない?」

「大丈夫・・だと思う」

「イライジャ。クロエを呼んで来て」

 イライジャは頷くと部屋を出て行った。




 見上げた高い天井。と、上からクロエに覗き込まれ、瞳の上にスキャナーを当てられた。瞳孔の開きや揺れを確認する。

「脳震盪は大丈夫のようね。実戦で超加速を使うのは初めてだったかしら?」

「ええ。今日は何もかもが初めてよ」

「そうね。疲れが出たのよ。ゆっくり休んで。お腹空いてない?」

「少し」

「何が食べれる?こってり?あっさり?」

「軽くが良いわ」

「わかったわ」

 クロエが頷くと

「クロエ。ハイジは軽くて良いけど、俺はコッテリが良い。肉食べたい」

 イライジャは下から覗き込んだ。



「テイトの夢を見ていたの」

「テイト元気だった?夢の中で何かメッセージ無い?」

「イライジャ。ワタシ、精神系じゃ無いもの。テレパシーは無理よ」

「そっか」

「そういえば、テイトの歌っていた歌って、何の歌だったのかしら」

「歌?」

「歌っていうか、ハミングなのだけれど、良く口ずさんでいたの。あの日もそう」

「映画の歌じゃないの?」

 シャーロットが聞く。

「いいえ。あのメロディーは登場していなかった」

「へぇ。何か思い出の曲なのかな」

「わからないわ。どこかで聞いたような気もするのだけれど、思い出せないの・・」

 どこか寂しげな表情のハイジに、かける言葉が見つからないシャーロットとクロエだった。表面だけの言葉は大した慰めにもならず、虚しく響く事を知っているくらいには大人であったので。現にこの場にいない人間の心情は誰にもわからない。

 と、それまで思案顔のイライジャが口を開いた。

「そういえば、テイトの部屋にオルゴールがあったよ。開けたら曲が鳴るかな」



「ここがテイトの部屋よ」

 ハイジはクロエに案内されて、部屋の中へ入る。

 ここのシェルターの特徴なのか円形の部屋で、真ん中に大きなベッドが置かれてあり、壁一面には埋め込みタイプの大小の棚がバランスよく並んでいた。ギターや何に使うのかわからないオブジェであったりとテイトの趣味の物が置かれてある。

 ベッドサイドのテーブルに置かれたオルゴール。鳴らすと、テイトが口ずさんでいたメロディーが流れた。




「どう?テイトの本質が見えた?」

 部屋から出てきたハイジにシャーロットが話しかけた。

「どうかしら。混乱が増えたかも」

「そうなの?貴方に何かメッセージを残したかと思ってた」

「今はまだよくわからないわ」

 物憂げなハイジを心配するメンバー達。まだ、体調が優れないのか、ふらつくハイジをクロエが支える。

 ハイジの中で様々な感情が内混ぜになって思考が上手く纏まらない。が、今は他に優先させるべき問題がある。

「確認なのだけど、テイトは邪眼子ね」

「ええ。そうよ。わかったの?」

「夢に出てきた彼の瞳、僅かに金色に輝いてた。彼、普段はアイスブルーよ」

「そうね」






 


 交代で仮眠を取ることにしたナギサはリビングルームのソファに横になっているが、目は閉じていても本当に眠っているわけでは無かった。壁に備え付けの画面には暖炉の薪が燃えている映像が映し出されていて炎の灯りがナギサの頬を照らしていた。

 アーロンが客室のベッドを使うように言ったが、リビングで良いと言い張ったのだ。

「彼女、中々に強情だね」

「ああ。そして優しい」

「そうだな」

「周りとのバランスが取れると言うことは、自分の芯が強いと言う事だよ」

 シオンの言葉に、

「確かに。嫌いじゃない」

 と返すと、アーロンはグラスに注がれた茶色の液体を飲み干した。傍にあるナッツをつまみながら。

 



「時間がかかるな」

 シオンは画面を覗き込んだ。

「仕方がない。旧市街区に設置されている監視カメラは前時代のままだ。映像は連続記録可能だが、音声は録音されない。おまけに容量が少ないままだから最長24時間しか記録が出来ない」

「まあ、今は数時間前の分があれば何とかなる。が、旧市街区の管理は殆どされていない状態なんだね」

「コスモポリスになって以来、市民達の移動の制限が無くなったが、そうすると不思議な事に皆んな一様に同じ場所に集まりたがった。結果、極端な過密化と過疎化が始まって、主要都市やその周辺都市の管理体制は強化されたが、その他の地域は置き去りにされたのが現状だ」

「子供の頃に環境授業の一環で習ったけど、過疎地域は緑化プロジェクトが実施されたって」

「そう言えば、聞こえは良いが放って置いても植物は自生する。人間の手が入らなければあっという間にジャングルさ」

「そこに抜け穴があると言う訳だ」

「まあな。セキュリティーガードは市民の安全の為に存在している。故に都市圏には多数配置されているが、市民の少ない地域は一部旧型のコンピューターで管理しているに過ぎない」

「人の動きを管理しているのもガード?」

「場所による。都市部ならガードのコンピューターだが、少数地域は委託された管理会社だ」

「入れるか?」

「いや。ガードのコンピューターからなら可能だろうが、一般のハウスコンピューターからは無理だ」

 と、それまでソファで横になっていたナギサが起き上あがった。

「じゃあ、セキュリティーガードの本部へ潜り込む?」

「ナギサ。君は時折、本当に無謀な事を言うよね」

「あら、だって人がいっぱいでしょ。数人なら何とかなるわよ」

「いや。無理だよ、お嬢さん。ブレスリングの認証で弾かれる」

「私、精神系よ。広範囲に暗示をかけるわよ」

「・・・」

 と、その時スクリーンのある地点が点滅した。

「やはり、ガラテアの外か。このルートは・・サリアに向かったのか?」

「サリア?」

「ああ。ガラテアから西側上部にある小さな町だ」






「サリア?」

「うん。ここから一番近い町なんだ。小さいけどね」

 ハイジの問いにイライジャが答えた。

「そこで検知したのね?」

「ああ。ずっと同じ場所にある。」

 イライジャがホログラムの画面上、指をさす。

「移動をしていないわ。身動きが取れない状況なのかもしれない」

 クロエが補足すると、シャーロットは自身のフィンガーリングをなでた。




 ネイションズのコンピュータールームに移動したメンバー達。

「連絡が取れないなんておかしいわね。センサーを使ってみるわ」

 大型のスクリーンの前に座るシャーロットとクロエ。

「センサーって?」

 ハイジが聞く。

「私達、発信機内蔵のフィンガーリングを付けているの。私達はコスモポリタンじゃないからブレスリングを持たないわ」

 それぞれ人差し指、中指に着けている。

「ブレスリングを持たないからコスモポリタンじゃないなんて、そんなのおかしいわ」

「でも、ハイジもみんなも持ってる」

「別にこれが個人のアイデンティティな訳じゃ・・あぁ、でもそうね。コスモポリスにおいては個人を保証するものがブレスリングね。確かにこれが無ければ食事も買い物も移動もままならないわ」

「でしょ?」

「やだ、考えたことも無かった。ブレスリングを持たないという事があり得るなんて」

 センタービルの屋上で真紘の言葉に攻撃的な反応を示したイライジャ。ガードの市民との接触の第一段階がブレスリングと虹彩認証の個人確認であるから、真紘の行動は正当な手順ではあるのだが、それが誰かを傷つける行為になるとは考えもしなかった。

「ねぇ、ハイジが落ち込まないでよ。まるで可哀想みたいじゃない。別に気にしてないから、私達」

 そしてシャーロットは液晶の画面の上を指で弾く。

「通信機能は?」

「ええ。あるわ。でも距離に限界がある」

「発信機能自体はネイションズが開発した独自の電磁波を使っているから、他からは検知されないわ。その代わり、ここのメインコンピュータからじゃ無いと拾え無いけど」

 そう言ってクロエは、スクリーンを指差した。



 


 シオンは自身のブレスリングをどうにか外せないかと弄っている。

「コレが無い方が動きやすいと思うんだが」

「無駄だ。外せない様になっている」 

 アーロンはガードの制服をそれぞれに配った。予備がいくつか置いてある。

「アーロンはサリアに行った事はあるの?」

 ナギサが聞く。

「いや。情報としてだけだ。サリアは良く言えば古き良き田舎の町という風情がまだ残ってる」

「悪く言えば?」

「ふん、文明が昔のままだ」

「サリーはあるのかしら?」

「旧型のサリーだ」

「ガードはいない?」

「第一部隊が数ヶ月ずつ交代で勤務に当たっている。噂じゃ、田舎独特のルールがあってやりにくいらしい」

「まぁ、取り敢えず行ってみるしかないね」

 ブレスリングの解除を諦めたらしいシオンは制服に着替えようとしたが。

「朝になってからだ。夜中に町に入ってみろ。即座に侵入者扱いされてリンチされないとも限らない」

「リンチ・・そんな単語がまだ使われてるなんて」

 ナギサが驚いた様に眼を見開いた。

「サリアには旧型のサリーしかないが、どうやって調べる?」

「中に入ってしまえば、僕らが探します」

「アーロン、街にはどうやって入るの?」

「俺のガードのコードが使えるはずだ。二人は研修生だ」

「バレそうになったら私が暗示をかけるわ」

 ナギサは二人に向かってウインクをした。




 翌日、アーロンの運転する車でサリアへと入る。

 サリアのゲートにはガードがいたが、アーロンのセキュリティコードで通過する事が出来た。

「今日はどうしてサリアへ?」

「昨日、不審車両がサリア方面へ向かった情報があったから確認のためだよ」

「わかりました。ガード基地へ連絡を入れておきます」

「頼む」

 アーロンはサングラスをかけ直すと、車を発進させた。

「凄い。アーロン、本物のガードの人みたい」

「俺は本物のセキュリティガードだ」


 どこの街でもそうであるが、ガード基地が街の入り口付近へと設置されていて、そこから中心部へと街が出来上がっている仕組みになっている。

 ガラテアは医療施設が中心区であるし、学問の街は学校が街の中心区になる。

 サリアのガード基地に着くと、隊長のマクムンが出迎えた。

「ようこそ。ここがオフィスさ」

 赤毛の女性と痩せ型の男性がそれぞれ作業をしていた。

「あぁ、よろしく。アーロンだ。こっちはシオンにナギサだ」

 メインコンピュータルームへ移動中。

「彼らもガードの第二部隊なのか?」

 ガードの第三部隊はその機密性の高さから、通常は第一部隊か第二部隊に所属という事になっている。もちろん本人が判断すればこの限りでは無いが。

「彼らはソフィストで研修中さ」

「ああ、どうりでひよっこ臭がするな」

 マクムンは上から下へと舐める様な視線を二人に向けた。

「ソフィストとしての能力はずば抜けている」

「へぇ」

 馬鹿にした様な態度にこの男は頭の中身も筋肉で出来ているに違いないと思ったナギサだった。

 

 コンピュータルームに入ると、小太りの男がクリアーのキーボードを操作していた。

「マクムン。彼らは誰だい?」

 男は振り向かずに聞いた。

「第二部隊の連中で、捜査のために来たんだよ。場所を譲ってやれ、セージ」

「ふん。せっかくサリーとチェスしてたのにな」

 セージは文句を言いながらも席を立つ。

「勤務中にゲームか?」

 いただけないなと眉間にシワを寄せるアーロンにマクムンが答える。

「チェスは戦略ゲームさ。訓練を兼ねてだよ。オマケにサリアは平和だからな。小さい町だし、都市部と違ってそうそう事件は起きないさ」

「君達の部隊は任期はあとどの位だ?」

「後半年だが何か?」

「いや」

 文句を言いたそうな表情のマクムンであったが、

「で、不審車両って?」

「登録外の車両さ」

「ガラテアの外まで見回りか?」

「いや、とある事件の重要人物かもしれないんだ。探してる」

「そう言う事か。だが、このサリアに登録外の車が入った記録はないよ。昨日もその前も。そんな事があれは俺たちが捜査している」

「本当か?」

「調べてみろよ。サリーを疑うのか?」

 シオンはナギサに目で合図を送ると、ナギサはコンピュータの前に座り、眼を閉じた。

「何を?」

 アーロンが瞳が金色に輝いたシオンに尋ねる。

「みんなには超スピードで調べている様に見えている」

「実際は?」

「必要な情報をみんなの頭から探している」

 ナギサは眉を顰めた。

「見つけた」


「で?」

 ドンっと大きな音を立てて、デスクとチェアに手をかけるマクムン。

「確かに街には入っていないみたいね。ねぇ、手を退けてくれない?」

 マクムンは更に近づき、ニヤリと笑うと

「それは失礼」

 と、手を離した。

「マクムン。ウチのソフィストにその態度は失礼だぞ」

「第二部隊のソフィストは温室育ちか?」

 席を立ち上がるナギサは思わずよろけた。

「ナギサ、大丈夫か?オーバーヒート?」

 シオンが手を取り支える。

「ありがと、シオン。大丈夫よ」

 その姿にマクムンは、口笛を吹いた。

「成程。男二人を手球に取ってるわけだ」

 あまりの言われように、シオンが口を開くより早く、アーロンが動いた。

「彼女を侮辱するのか?フラストレーションが溜まってるなら俺が相手をするぜ」

 フンと馬鹿にした様に一度背を向けたマクムンは振り向き様、アーロンの胸ぐらを掴む。

「おい。こんな街に半年も居てみろ。腐るぜ。街に出て警備しようにも、田舎独特の風習でガードより、街の警備隊がエラいんだ。街に出てみろ、よーっくわかるぜ」

 しばし睨み合い。アーロンはマクムンの手首を掴むと、

「離せ」

 と、一言。



「それで?貴方が見た車は何処へ行ったの?」

 アーロンの運転する車の中、シオンとナギサに挟まれて所在無げにしているオードリー青年。


 ガード基地を出る時に、ナギサから耳打ちされたアーロンは、

「マクムン。彼を貸してくれ。サリアの街案内を頼みたい」

「あぁ・・・いいぜ。オードリー行ってこい」

 マクムンは嫌そうにしていたが、オードリーを連れ出す事に成功した。



「・・見た車って?」

 下から見上げるようにナギサを見つめる。

「もう。会話が遅いわね。そんなにあのマクムンにビビらなくて大丈夫よ。秘密にするから。貴方が見回りの時に見た車の事。確かにサリアには入っていない。進路変更したから。でも、貴方、見ていたでしょ?何処?」

「あの・・君って一体・・」

「情報収集に長けた単なるソフィストよ。はい、だから正直に言う」




「サリアの街の警備隊が常駐している場所があるんです。街の北側に。ゲートを通らずに行くことが可能なのででたぶん、そこにいると思う」

「街の北側ね」

 と、ビルの合間の角をガードの服を着た人間と数名が歩いてくるのが見えた。その中にいたのは・・。




 サリアの街の西側。

 サリアの街に入るには、東側のゲートを通るか西側及び南側のルートなのだが、目に見えないセンサーが張り巡らされていて、サリーに全て記録として残る。

「こっちから入ればガードの基地から遠いから、顔を合わせる事も無いと思う」

 真紘の言葉に、

「任せて」

 シャーロットが電気を可視化させ、センサーへと繋ぐと人が通れるように広げた。そこから皆、街へと入った。


 ビルの合間の角を曲がる。向こうからガードの車両が見えた。と、乗っていたのは・・。





「ハイジっ」

 突然名を呼ばれて振り返るハイジ。





 トレイを持って真紘の部屋に入るハイジ。

「食事をどうぞ」

 ベッドの上で手を腹の上で組んで両目を閉じていた真紘だが、ハイジの声に片方の眼だけを開いて見せた。

「訓練の一環でね、監禁されている時には食事はしないんだ。空腹にも耐えれるようにしてある。が、まぁ、頂くよ」

「良かった。監禁とかそう言うのじゃ無いとは思うんだけれど・・でも、鏡さんからしたらその状況よね」

「忘れられたのかと思ったよ」

「そう言うわけじゃないのだけど、色々あって」



 お互いガードの入隊式が初対面だった。

入隊試験はそれぞれの居住地区で受けるため、勤務先によっては一生会わない可能性もある中で、たまたま席が隣だった。

 二人には共通点が多く、実は兄弟なんじゃ無いかと同期や教官に揶揄われたりもした。また、真紘はメテロポリスの、テイトはプセノポリスの大学を18歳で卒業して、その後1年間世界を旅して見て回った所も一緒であった。考えが似過ぎててお互いに気持ちが悪くなった事も数えきれない位ある。

 最初に配属されたのは、メガポリスだった。スカイランドの警備について感心した事はテイトが子供の扱いに慣れていた事。また、よく懐かれてもいた。僕は子供から逃げられるタイプらしく、その事については諦めた。

 その後も海遊船の操作ミスで事故が起きた時も、スカイビルの屋上遊園地でコースターが止まる不具合が起きた時も、真っ先に現場に駆けつけてお互い競うようにガードの仕事に従事した。

 二人とも希望は最初から第三部隊であった為に、数年後、第三部隊への配属が決まった時はお互いに真っ先に知らせたい欲求を抑えて、数日間、モヤモヤした気持ちのまま過ごした。

 だから、チーム編成の為召集されたあの日、お互いに目が飛び出るほど驚いたのを覚えている。

「何で」「何で」

「どうして」「どうして」

「第三部隊に」「第三部隊に」

「配属が決まったんだよ」

「俺もだよ」

 思わず笑みが溢れた。

 僕は単に最強のガーディアンに憧れてだったが、都築は父親も元ガードの第三部隊所属で、その後ろ姿を追う為だったと聞いたのは、配属されてからだった。

「何だよ。お前、二世だったのかよ」

「あ、そう言う言い方するなよ。配属されたのは実力なんだから」

「わかってるさ。ちゃんと都築の事もガードの事も信頼してるから」

 二人は拳をガツンと合わせる。


「都築とは苦楽を共にした親友だと思ってたんだけど、僕たちの間にあった物は何だったんだろうな」

「ワタシもわからなくなった所よ」

「君は恋人だろ?」

「だからよ。最初は教師だと思ったのよ。このまま職場結婚して、お互いに子育てを協力しながら教師を続けて行くんだと思っていたら、突然行方不明。

 ようやく彼の事がわかりそうになったら、あなたが現れてガードの人間だと言う。潜入捜査だったなんて。それだけでもショックなのに、本当はネイションズで育った能力者だった。おまけに・・上手く言えないけど、何か霞がかかってる感じがするし・・。まだ、忘れている事がある気がするわ。

 もう、心が追いつかないわよ」

「確かに、僕より君の方が混乱するね」

「彼がワタシに言ってくれた事の殆どが嘘だったのよ。もう、信じられないわ」

「ハイジ。ガードはさ、そんなもんなんだよ。特に第三部隊の僕たちのナンバーは。だから、任務中に本気の恋愛をする事はあり得ないし、誰かと恋仲になっても任務の為さ」

「鏡さん、ワタシを落ち込ませたいの?」

 ジロリと真紘を睨むハイジ。

「いや、そうじゃなくて。そんな僕たちが、都築が、君を手放したくなくて、偽りの言葉しか話せなかったとしても、君を愛したかったんだよ」

「そうね。彼と過ごした日々の中で彼がワタシに話してくれた彼自身の考えは彼のものだわ。そこは信じなくちゃ。ケホッコホッ」

「ん?大丈夫?」

「ええ。今日は怒涛の展開だったから疲れたのね。熱っぽいの」

「しっかり休んで」

「ありがとう」

「それで、何か進展があった?」

「それが・・」






翌朝

 シャワーを浴びてガードの服に着替えると、真紘はコンピュータールームへ向かう。

「真紘。昨日、イライジャから形状を聞いてコレを作ってみたの、どう?似てる?」

 クロエから差し出された認証機を手に取り眺める。

「ソックリだよ。凄いね。本物と見分けが付かない」

「良かった。それを持って行って。通信も出来るし、発信機も内蔵している。そして、同型の発信機と共鳴機能を付けたから円路が近くにいればわかるわ」

 ガードの人間がいた方がスムーズだと言う事になり、これまでの経緯を話すと、真紘は「そう言う事なら協力しよう」と言ってくれたのだ。


 真紘を連れて行く事にイライジャは不満気だったが、大人達が宥め、クロエは後方支援として残る事になった。







 止まった車から勢いよく飛び出してきたのは、

「ナギサ」

 二人はハグをする。

「良かったわ。無事だったのね。心配していたのよ。サーシャが・・」

「ええ。私達もそれでここに来たのよ。でも、本当に良かった。ナギサに会えて。色々心配かけたわね。ごめんなさい」

「本当よ。でも、こっちもいろいろあったから、事情はなんとなくわかるわ。後でお話し聞かせてね」

「ハイジ。君が無事で良かった」

 ナギサの後ろからシオンも車を降り、駆け寄って来てハグをする。

「シオン。貴方も無事で良かったわ」


 その後ろで、イライジャは少しムクれていた。

「ハイジ。誰?僕に紹介は無いの?」

 ハイジは笑顔で振り向いた。

「イライジャ。もちろん、貴方に紹介をさせて欲しいわ」







 真紘、アーロン、オードリーが車から降りてくる。成程、かつてはボーリング業が盛んであったと思われる機材が今は使用される事がないまま置かれている。年月をかけて寂れていった感がある。

「ここは厳密にはサリアの街じゃ無いのか?」

「あ、はい、今は。旧区分では、サリアだったんですが、第二次ポリス区分編成の時にサリアから外れました。その後、緑化プログラムが施工されるはずだったんですけど・・・」

 オードリーは最後は消え入りそうな声だった。

 真紘とアーロンはその経験から、この場所に着いた時から人の気配を感じていた。こちらの様子を伺っている事も。気配は10人前後だが、もう少しいるかも知れない。

 真紘は手にした認証機を、開けた土地の真ん中、明らかに見つけてくれと言わんばかりに置いてある車に向けた。

 反応はある。

 目と目で合図をすると、ガードから貸与されているレーザー銃を手にゆっくり近付く。


 車の後部ドアへ手を掛けた時、一斉に人が現れた。

「それは俺たちの車だ。勝手に手を出すな」

 体格の良い男が集団の前に一歩出る。

「人を探している。中を確認したい」

「聞こえなかったか?勝手に手を出すなって事は命令するなって事だ」

 真紘はそんな口を叩かれるのにも慣れているのか、何処吹く風といった感じで

「その前にまずは君達の身元の確認をさせてもらう」

 そう言うと認証機を男の目に近づけた。

 と、その手を力強く払う男。

 瞬間、集団が一斉に襲って来た。

 鉄パイプや、チェーン等の武器はわかる。が、取り出されたのは、ガードのとはまた仕様の違う銃であった。発射された弾は実弾で、二人は咄嗟の判断で避けたものの、其々、腕や脚を掠めた。焼けた様な痛みと共に血が流れる。

 驚きに一瞬目を合わせる真紘とアーロン。

 突然始まった攻防に目を泳がせているオードリー。部署に配置されて間もない彼は実践経験が無かった。

「えっ、ど、どうしよう」

 一応、銃を取り出して構えては見たものの、右往左往するばかりである。

 オードリー目掛けて銃が撃たれた瞬間、ハイジが超加速で現れてオードリーを連れて行く。

 それが合図と言わんばかりに、イライジャ、シャーロットも現れた。イライジャが超加速で彼らの武器を奪うと、シャーロットが電気の網を作り彼らを閉じ込めた。

 目の前で繰り広げられた光景に驚きを隠せないオードリー。

「あ、あの、こ、これは・・」

「後で説明するから、今は寝てて」

 ナギサは言うと、指をパチンと鳴らした。瞬間、崩れ落ちるオードリーを後ろで支えたシオンはゆっくりと車にもたれ掛けさせた。




 青白く光る網の中、何とも驚きの表情を隠せない男たちは、網に触れて良いものか悩んでいる様が見て取れた。

「触らないで。感電するわよ。心臓が弱ければ死ぬわね」

 脅しとも取れるシャーロットの言葉に、降参だと言うようにホールドアップの姿勢を取る男達。

 車の後部ドアを開けると、中に人はおらずフィンガーリングとブレスリングだけが、ポツンと置いてあった。

「この車の中に乗っていた人間は?」

「知らない。連中に頼まれたのは、このリングを守れと。そうすればこの車と武器をやるって言われたんだ」

「何処で?」

「旧市街区のスラムでだ。別に義理はねぇからリングを持ってる必要も無かったが、探しに来た奴らを生きて捕まえたら、さらに報酬をくれるっていうんでな。殺しちまった時は、それで良いって言うから、退屈凌ぎの遊びにでもなればと思っていたのさ。誰が来るんだろうと思っていたら、まさか、化け物連中が来るとは思わなかったな」

 一瞬表情を歪ませたシャーロットは頭上の網を男達ギリギリまで下げた。

 驚きしゃがむ男達の中で先程の体格の良い男がシャーロットに向かい笑う。

「おや。気にしてかい、嬢ちゃん」






 ガードの基地にて

 自称サリアの警備隊と名乗る男達を捕獲したとしてオードリーが表彰を受けている。


 あの後、シオンが男達の記憶の塗り替えを行なった。

 優秀なオードリーが登録外車両の捜査の為警備隊の元へ乗り込み、目にも止まらぬ速さで男達を一網打尽にした。と。


 ナギサの能力で、自分に自信がなくオドオドしたネガティブな感情をほんの少しだけポジティブなモノに変えたのであるが、思ったより効果があったのかそれとも元からの性格なのか、表彰を受けているオードリーは満面の笑顔を浮かべている。

 もっとも、ガードの試験を通るくらいなので一定以上の身体能力と思考能力は持っているのだ。あとは自分に自信を持って任務に励む事である。




「見つからなかったわね」

 と、ナギサ。

「うん。旧市街区を出た所で別の車に乗り換えたらしいからね。また一から探さないと」

 と、シオン。

「ネイションズへ戻りましょう。みんなで一緒に」

 ハイジが言うと、イライジャが目を細めた。

「ガードが増えたけど」

「彼らは、円路とサーシャを探すのに協力してくれたわ。もう仲間よ」

「仲間じゃない。今は協力関係にあるだけだ」

 頑なな態度のイライジャに真紘とアーロンは苦笑いを浮かべる。

「僕はそれで構わないよ」

「ある種、その警戒心の強さは必要ではある。確かに一度助けられたからといって相手の全部を信用するのは危険な事だ」


「も〜、イライジャ。何であんったはいつまでも誰に対してもその態度なのよ」

「それが僕」

 シャーロットとのやり取りに、ガード二人は笑みを浮かべた。




 ガラテアの街より北に広がるパルーサの森。麓にはサリアの街が広がる。そこから西へ向かうと、かつては街であったろう場所が現在は緑化プログラムにより緑の大地に包まれていた。

 木々に隠された扉の向こう。

 壁に埋め込まれたスクリーンの前に座っていたクロエが振り向いた。

「お帰りなさい」









「でね、クラウスったらその後、『俺はハイジを追う。その前に、部屋に寄ってからだ』とか言ってね。あいつ、絶対、ハイジを探す気なかったわよ」

 ダイニングルームで食事をとった後、淹れたコーヒーを手にナギサとハイジはコモンルームへと移動した。

「クラウスは本当にDNAの盗難を知らなかったのかしら」

「知ってたら私たちと行動を共にしていないんじゃない?」

「でも彼、訓練の時に見えている相手だけが敵とは限らないって言ってたわ」

「何か、私たちの知らない情報を持ってたって事?」

「その可能性はあるわ。彼はアポカリプスのドクターだったのだから」

「まぁ確かに、いつも自分は私たちとは違うっていう態度だったわよね。高圧的で。ホンッといけ好かないヤツ」

 訓練中の態度を思い出したのかナギサの眉間に皺が寄った。

「ナギサ。ツノが出そうよ」

「ホンッとハイジったらよく許せるわよね。あの協調性無し男の事」

「そんなに協調性無し男なの?」

 イライジャが、炭酸の入ったコップを手に部屋に入ってくる。

「もう協調性とかの問題じゃないの。冷血だし、冷徹だし、冷淡だし」

「へえ。そんなに?」

 身振り手振りを交えて話すナギサに、イライジャは言った。

「ふーん。じゃあ、仲間じゃないんだね。今度会ったら、大気圏辺りに置いて来ようか?超加速で」

 イライジャの提案に驚いたナギサ。

「まあ、・・別に、・・そこまででもないのよ。大人だし、その内にアポカリプスに戻ると思う。患者には優しいから」

「そう?」

 イライジャは興味が無さそうな返事と共に、コップに口をつける。こくんと喉が動く。

「イライジャ、クラウスを置いて来ないで欲しいわ。一応、大切な仲間なの。それに、いくら超加速といえど、大気圏まで行ったら無事では帰って来れないわよ。あなたも。わかった?」

 苦笑いのハイジに

「わかった。良いよ。ハイジって、先生みたいだね」

 イライジャは頷いた。

「一応、アカデミーのカウンセラーの先生よ」

「それより、問題はサーシャ達よね」

「円路」

 ポツリ、イライジャが呟くと、ハイジがイライジャの横に座る。

「そうね。円路も見つからなくて不安ね」

「任せて。明日にでも、ガードへ行って他に人が出入りした怪しい区域がないか調べて来てあげるから」

 ナギサが言うと、視線を向けるイライジャ。

「僕も一緒に行きたいんだけど」

「そうねえ。あんまり、大人数でも動けないと思うけど、アーロンに聞いてみようか。後で」

「うん」

 




「監禁されてた部屋はここか?ってこれなら十分住めるな」

 酒を片手に現れたアーロンが揶揄い口調で話すと、真紘は「まあな」というようにフッと笑った。

「まぁ、前提として、ガードは部隊ごとに単独で動く」

「ああ。他の部隊の人間と関わりを持つ事自体は原則として無い」

「が、非常事態だ」

「同感だ」

 アーロンはグラスにウイスキーを注ぐと、一気に仰る。

「俺たちは訓練を積んでるから、危機的状況に耐性がある。が、ロボットじゃない。会話する事は大切だ。だろ?」

「ああ。助かるよ。俺も一人の時間は大切にしたい派だが、この状況じゃ取り残されている感が強くてね」

「わかるよ。彼らの能力の事だろ?」

「アーロンは平気か?気にならない?」

「俺は効かないらしい」

「何だよそれ。やっぱり俺だけ残されている」

 真紘もグラスに注がれたウイスキーをヤケとばかりに一気に仰った。

「それで・・怪我は?」

「ああ、掠めた程度だ。そっちは?」

「同じく。反応が鈍ったよ」

「仕方ない。実弾銃なんて、訓練の一環でしか見ないからな」

「本当に持っている連中がいたとはな」

「しかも使用可能な状態で」

「ああ、骨董品コレクターじゃない」

「調べられるか?」

「ガード本部へ行けば、何とかなるが・・ウチの隊は個人行動が多いからな。ソフィストも含めて」

「ガード5も大変だな。今の隊長は誰だ?」

「タイラー・スローン」

「優秀な男だ」

「面識が?」

「数年前、別の任務の時な。飄々とした男だ」

「同感だ。ウチの隊長は掴み所が無い」







コスモポリタン・セキュリティー

ガラテア区セキュリティーガード


  課長 マックス・マクラーレン(48)


  課長補佐 ローレン・ドノヴァン(42)


 マックスはローレンからの報告にその端正な作りの顔の眉間に皺を刻ませた。

「場所は?」

「センタービルの屋上の下のヘリの部分に引っかかってあったそうよ」

「という事は・・」

「ええ。屋上から落とすか、でなければ超能力で下から投げてちょうど、その場所に落とすしか方法がないわ」

「何者かが屋上へ出入りした形跡は?」

「ないわ。鏡本人の物も誰のコードも使われていないし、ここ数日ガードの空用機が飛んだ記録もなしよ」

「都築に続いて鏡も行方がわからなくなったのか」

「どうする?ソフィストに探させる?」

「いや。・・タイラーを呼べ」


 







「クロエ。どう思う?」

 コンピュータールームの中、シオンが見たサリアの街での映像をその網膜より取り出し、クロエとシャーロットへ見せている。

「この武器ね。私達はわからないわ。ガードの二人なら知っているかもしれないわね」

「恐らく、前世紀に使われていたんだと思うよ。地下組織はいつの時代にもあるみたいだし」

 シオンの言葉に、クロエとシャーロットは顔を見合わせた。

「もしかして、私達も地下組織かしら」

「ええ。多分」

「あ、いや。別に、なんて言うか・・・あの」

 故意ではないが、失言に気がついたシオンは慌てる。

「ふふ。別に、大丈夫よ」

「そうそう。地下組織の全部が悪いわけじゃない。本当に隠れなきゃいけなくて隠れている人たちもいるってだけ」

「例えば、私達みたいな異能者とか?」

 シャーロットがシオンにウィンクをする。

「じゃあ、僕もだ」

 シオンはフッと笑った。

「皆んなはどこ?」

「確か、コモンルームにいたよ」

「これからの事を相談しましょ」






 

 ネイションズに明かりが灯って数分後、センサーが鳴った。

 と、次の瞬間、入り口から轟音が響いたと思うと、施設は停電になった。

「動かないで。直ぐに非常灯がつくわ。それと、クロエ、パパを起こしてきて」

「わかったわ。シャーロット達も気をつけて」

 クロエは暗がりの中、地下室へ向かった。


 コモンウェルス・ネイションズでは、セル・ディフェクト(細胞の不具合)回避のために、細胞の活動を休止させるコールドスリープを利用していた。これも、独自の研究の成果である。

 

 コールドスリープカプセルの電源をオフにして数分後、ネルソンが現れた。




「ハイジ。僕達が引きつけるから、その間に君達は超加速で逃げて」

 イライジャがハイジに言うと、

「絶対に嫌よ。ワタシも皆んなと一緒に戦うわ。必要なら」

 強い瞳で答えた。

 フッと笑うイライジャ。

「へえ。ハイジって聖母タイプかと思っていたけど、中々に気が強い・・」

「皆んな、無事?」

 暗がりの中、シャーロットの声だけが聞こえた。

「ええ、なんとか。そっちは?」

 ナギサが答える。

「大丈夫。今のところはね」

 シオンの声。

「オーケイ。皆んないるわね。動かないで、すぐに明かりが」

 その時、非常灯が部屋を照らした。

 と、次の瞬間、球状の電気の塊が飛んで来たかと思うと壁にぶつかり、飛散した。

 イライジャとハイジはテーブルを盾に、シャーロットはカウンターの中に身を隠す。部屋の隅にソファを盾に隠れているナギサとシオン。

「面倒だな。アレに当たると、感電する」

 言うと、素早くテーブルから一瞬だけ顔を出し侵入者達を確認する。

「二人かな?」

 男性と電気系の少年の姿。ハイジもイライジャを真似て確認する。

 と、驚きの声を発した。

「ドクター東雲?」

「あの男が?東雲?」

「え、ええ。でも何故ここに」

「もう一人に見覚えは?」

「いえ、ないわ」

「じゃあ、ネオ・グラビティの子供か」

 と、その時シャーロットの声がカウンターの向こうから聞こえて来た。

「イライジャ。聞こえる?私が援護するわ。捕まえて」

「おっけい、シャーロット。3、2、1」

 イライジャは超加速で動き出す。

 イライジャをめがけて飛んでくる電気の波も粒子も、それと同じだけの強さで弾き返すシャーロット。刹那の出来事。

 イライジャが少年を捕まえようとしたその時、突然、見えない力でイライジャは弾き飛ばされ、壁にぶつかる。

「うっ」

 床に落ちるイライジャへ迫る電気の波よりも素早く、ハイジはイライジャを抱えると、部屋の隅へと移動する。もう一人、念力系の人間がいたようだ。素早く一呼吸置くと、ハイジは再び動き出した。

 ハイジを視界に捉えた瞬間、わずかに驚きの表情を見せた亮二を連れて建物の外へ出ると、森を抜け崖の上へ向かった。



「ドクター東雲。何故、ネイションズへ?」

「こちらのセリフだ。まさか君とネイションズで会うとは思わなかった」




「リョージっ」

 目の前で亮二を超加速で連れ去られたメイが叫ぶ。現在、ネオ・グラビティには超加速の能力者はおらず、実際にその能力を目の当たりにするのは初めてだったのだ。

「メイ。集中するんだ」

 当然、一緒に育ったユーリも初見ではあったが、亮二から何かあれば妹を守れと言われていたので、出来うる限り冷静でいようと努力していた。

「イライジャ。動ける?」

 シャーロットの問いに、

「大丈夫だよ」

 イライジャが答えたその時、直接頭に声が響いた。

(伏せるんだ)

 直ぐ様、青白く光を放った円盤状の電気の波がメイとユーリに向かう。ネルソンであった。

 直後、ユーリが素早くメイの前に出ると、同じ波状の電気の網を作りドーム状に自分達を囲んだ。

 分子が相互に影響を及ぼし合い混ざり、衝撃は回避された。

 と、メイがネルソンに念力を使おうとした。

「ううっ」

 メイは唸る。

「メイ?」

 メイの心配をするユーリ。

 と、

「お互い能力は使わずに話し合いましょう」

 ネルソンの後ろから、クロエが現れた。

 咄嗟に手のひらに電気を溜めようとしたユーリだったが、

「うっつ」

 瞬時に頭を締めつかられるような痛みに襲われた。精神を集中出来ない。

「無理に能力を使おうとすれば、もっと痛みは強くなるわよ」

「い・・やだ・・」

 片手で頭を押さえつつ、もう片方の手のひらに電気を溜めるユーリに、ネルソンが声をかけた。

「止めるんだ。クロエの超精神力は強力だ。抗えば、精神を壊すぞ」

 それでもなお、睨んだままのユーリだったが、

「ユーリ。止めるんだ」

 突然の亮二の声に、驚きながらも無事であった事に安堵し、フッと緊張を解いた。

 瞬間、ネイションズのメンバーも安堵の雰囲気に包まれた。恐らくは自分達と同じ境遇で能力者になったであろう少年期の若者の精神を壊す事は、誰も望んではいなかった。






 損壊の激しいコモンルームの代わりに、落ち着いた雰囲気のゲストルームの中、体の半分は埋まりそうな柔らかいソファに座ったメイとユーリをヒーリングの力で癒す亮二。

「君は、ヒーラーなのか」

 視線で答える亮二。

「君も必要そうだね」

 イライジャの壁にぶつかった時の打ち身と、床に落ちた時の、ガラス片での膝の負傷を手をかざし癒す。

「他に必要な人は?」

 それぞれが不要の意を示した。

 壁にもたれかかっている、真紘とアーロンにも視線を向けたが、二人とも大丈夫と首を横に振った。




「派手に壊してすまない。ユーリもメイもまだ力の加減が難しくてね」

 亮二は、ソファに座り直すとローテーブルを挟んで向かいのソファに座っているネルソンを見やる。

「自分の力がどの程度かなのを試してみたくなる年頃だ。致し方ないさ。ウチの子達も、まだまだその気来がある。

 ここまでの事態になる前に、もう少し早く、私を起こして欲しかったよ」

 ネルソンは、隣に並んで座っているクロエとシャーロットに意識を向けた。




 急いで地下に向かう途中、部屋から出てきた真紘とアーロン。

「一体、何事だ?」

「緊急事態なの。隠れていて」

 クロエは二人に一瞥をくれると、相手をしている暇はないと言うように階段を降りる。地下へと向かうエレベーターもあるのだが、電気系統が生きているかわからない今は階段のほうが早いと思ったのだ。

「そういうわけにはいかない」

 二人は一緒に駆け出した。

「ここに攻撃を仕掛けてくるって事は、相手は能力者よ。あなた達では無理」

 二人は瞬時、視線を交えた。

「前世紀の武器の扱いは?」

「訓練済みだ。さっきも実践したしな」

「被弾だがな」

「ふっ。確かに」

「壊さないでよ。後で見て貰うんだから」

「誰に?」

 地下へと到着すると、パネルに手を当て掌紋認証で解除する。部屋の中、等間隔で並べられたカプセル。その内の一つ。コールドスリープを解除した。

「ネルソン。シャーロットのパパでネイションズの第二世代よ。今私たちが使っている機械類はほとんど彼の発明したものなの」





「まさか、君とネイションズで出会うとは思わなかった」

「ドクター東雲。ネイションズの事をいつから知っていたのですか?」

 崖の上で対峙する二人。


亮二はゆっくりと振り向いた。

「君の質問に答える前に、こちらの質問に答えてもらいたい。クレア・モリソンをネイションズで見かけたか?」

「いいえ。あなたがクレアを隠したのでは?」

「違う。・・クレアは君に何を話した?」

「それを聞く前にいなくなったのよ。・・でも、家族の事だと言っていたわ」

「それだけか?彼女は邪眼子だ」

「・・DNAの盗難・・」




「と、その前に。イライジャ、シャーロット、二人にネイションズの中を案内してあげて」

 ネルソンはユーリとメイに緑色の瞳で優しく微笑んだ。二人は心配そうに亮二を見上げたが、亮二もまた柔らかい雰囲気で頷く。

「いらっしゃい、二人とも。あたし達のサイキック練習場を見せてあげるわ。幸い、あなた達が壊さないでくれたから見せてあげられる」

「何で俺も子守組なんだよ」

「あんたが子供だからよ」

「はっ。ベーだ」「ユーリ、メイ、手加減しないからな」

 イライジャとシャーロットのやり取りに、和んだのかユーリとメイに笑顔が見られた。

「こっちこそ。手加減しないから」

「あら。私は手加減してあげるわ。さっきは私が勝ったもの」

「はぁ?さっきのは不意打ちだろー」

「あら、言い訳?子供っぽいのね」

「ぐぬぬぬぬ」

 握り拳に思わず力が入ったイライジャだった。


 



 ハイジのガーデンルームに到着した東雲は、自身のブレスリングを取り出すと特殊なリズムで撫でる。と、その箇所がわずかに浮き上がった。その隙間からチップを取り出すと、ハイジのデスクの備え付けのPCに差し込んだ。

 ハイジと生徒との交流の記録は全てPCに記憶されているはずだ。


 ミレーユの話を聞く限りはクレアの方からハイジに接触があったようだ。

「ハイジの仕業なのか?」

 いや、違う。自問自答。彼女は能力の発現以来アポカリプスに在住している。クレアを何処かに連れ出せるとも思えない。それにもし万が一そうだとしたら、わざわざクレアから接触があった次の日に動く必要はない筈だ。自分から怪しいと言っている様なものだからな。

「となると謎がもう一つ」

 何故、クレアはハイジに接触した?アカデミーのカウンセラーだからか?それとも別に理由があるのか。クレアは邪眼子で我々には見えない物が見える。ハイジに何を見たのか。

「ん?」

 ハイジの電子アルバムの中に都築テイトの写真があった。アイスブルーの瞳がこちらを見つめて微笑んでいる。と、光の加減か片方の瞳が金色に揺れた気がした。

 亮二は一瞬だが、この男と何処かで会った事があるような気分になった。



回顧録。

 能力発現の際にハイジと話すともう一人いたと言っていた。

「ドクター東雲。もう一度、記録を調べて欲しいのだけれど、都築テイトという同僚の教師も一緒にいたの。彼が、何処かに運ばれた様子はないかしら?」

「あの時は、現場も混乱していた。が、アカデミーにいたのであれば、ここに運ばれているはずだ。いないのなら・・死亡記録は?」

「いいえ。そもそも見つかっていないもの」

「地震に巻き込まれた全員が必ずしも生存しているとは限らないし、遺体が見つかったとも限らない。救出し切れずに、そのまま細胞死が起こった可能性もある」

 


 暗い表情のハイジにかける言葉は無かったが、表面上の慰めの言葉に何の意味ないと思っていたからだ。だが、今思うと不可解な点もある。

「あの時、ハイジと一緒にいたのなら何故彼だけ行方不明になった?」

 瓦礫の下敷きになった可能性もなくはないが、そうであればガードが発見しているはずだ。だが、そもそもアポカリプスに運ばれて来てもいなければ、死体も無い。ハイジには、ああ言ったがあの瞬間に細胞死が起こった可能性はゼロではないが極めて低い事を知っている。彼の医療記録を見たが、セルディフェクトまで時間が残されているはずだ。

 亮二は逡巡の後、ミレーユから聞いたテイトの部屋へと足を運んだ。DNAの盗難が発覚した直後に赴任になった教師だと聞いた。




「後で戻るつもりだったんだろう。彼の持ち物の中にネイションズの痕跡が消されずにあったよ。まさか彼も能力者だとは思わなかった」

「それで、ここの場所がわかったのね」

「クレアを誘拐したのは、君達だと思ったんだ。そうすれば納得が行く。

 都築テイトが能力者なら、医療記録も改竄出来るだろう。何らかの形でDNAの盗難を知り、アポカリプス及びその周辺に潜入した。そして、盗難時の状況が不可解であるという事がわかれば、その時に疑われるのは我々だ。それは、すでにある人物からも嫌疑をかけられていて実証済みだ。

 そうなった時、僕との取引材料として有効なのは、ウチの子供達だ」

 ネルソンは両手を組み、亮二を見据える。

「そもそも盗難の犯人から、我々を外した理由は?可能性はあったはずだ」

「無論、考えた。だが、君たちが犯人なら、今はもうこの場にいないだろう。全ての痕跡を消して、どこかへ行っている。

 祖父の日記に記されていた。有能な子供達だったと。その子孫であるならば同等の有能さを持っていると考えたまでだ」


 成程というように頷いたネルソンは、ハイジを見やる。

「わたしからも質問を良いかな?察する所、君達も能力の発現があったようだが、いつだい?」

 ネルソンはハイジを見つめた。

「・・あの地震の後、2ヶ月位経った頃かしら」

 ハイジは、途中、亮二の補足も入りながら当時の状況を出来るだけ正確に伝えた。

「デリバー(派生)異能者達は、病気の有無とコードリライトの被験がその後の細胞質の変化に関係があったと思われる」

「適応出来れば能力の発現が見られ、出来なければ細胞死を迎える事になるのか」

「適応の是否については目下、研究中だ」

「最初の少女のDNAはコードリライトを成功させる鍵ではあるが、完璧に出来るわけではない。今もその状況は変わっていないんだな」

「ああ、そうだ。アポカリプスはコードリライトを完璧な治療にすべく日夜努力をしている。そこに嘘偽りはない」

「だが、君達の研究は違う」

 ネルソンは真摯に亮二を見つめた。

「・・遅かれ早かれ誰かが思いつく事だ。たまたま祖父が選ばれた」

「多くの犠牲者を前にしてもそのセリフが言えるかな?」

「僕が望んで能力者に生まれたとでも思うのか?」

「だったら尚の事だ。あの子供達を見ればわかる。今も研究は続いている。歴史を変えるのは今なんじゃないか?」

 暫し無言の時が流れた。が、亮二は徐に口を開いた。

「歴史を変えれるかどうかはさて置き、そしてソレが正しい事かの議論もさて置き、今はクレアを探したい」

「その事に僕らも異論は無い。状況からして組織的ではある」

「同意見だ。そしてクレアを探すためにも今はこの能力が必要だ」

「・・同意見だ」



「ハイジ。詳しい情報を聞きたい。クレアは君に何を言った?」


「彼女はワタシに会って欲しい人がいると言っていたわ。それと、クレアの姉(エリカ)の友人が地震後にアポカリプスへ行った後、戻らないと。それについては、恐らく・・・」

「ああ。あの中にいただろう」

 セル・ディフェクト。その場にいた全員が思った事である。だが、誰も言葉を発しなかった。

「ドクター東雲。疑問があるのだけれど、エリカの友人が亡くなっとして、その家族とも連絡が取れないと言っていたわ。彼らはどこへ行ったの?」

「D4がコードリライト患者に縁の深い区域なのは君も知る所だろう。つまり、患者がいなくなれば、その家族もD4にはいられないのさ」

「そうだとしても、挨拶もなしに引っ越しをさせられるの?」

「セル・ディフェクトを起こした患者の家族は大抵冷静ではいられない。その姿を目の当たりにすれば尚更、パニックを起こす。目に触れないようにしても、昨日まで元気であったのに、突然、病気が再発しました。亡くなりました。その連絡では、誰もまともに会話が出来なくなる。だから、アポカリプスは・・」

「だから?」

「ケアをする為に、別の区域へ家族を移すのさ」

「何処へ?」

「それは、佐保子とイアンが決める」

「貴方は知らないの?」

「僕が知らされる必要は無いからね」

 しばし無音の時間が流れた後、ナギサが聞いた。

「待って、ドクター東雲。私も質問なんだけど、目に触れないようにしてもって言ってだけど、可能なの?そんなにピンポイントでわかる物なの?」

 全員の視線が亮二に集められた。

「その為に、D4にクリニックを置いている」

 ハイジやナギサ、シオンは驚きの表情で見つめる。

「あのクリニックにそんな意味があったなんて・・」


「それと、ヴィジョンでDNAの盗難を。だから、ドクター・イアンがいないのね」

「ああ。今は別の場所にいる」

「彼が犯人?」

「可能性はある」

「あの男の子は誰?」

「冬馬。冬馬・グレイ。アルビノ遺伝子を持つ子供で、現在アポカリプスに入居中だ。因みに、ドクターイアンに会った記憶は無いらしい」

「アポカリプスはアルビノ研究もしているの?」

「まぁ、アポカリプスは総合医療施設だからね。コードリライトに特化しているというだけで。それしか研究していないわけでは無い」

「それで、入居中なのね」

「それだけではない。冬馬の実母が入院していたのさ」

「していた?」

「今は亡くなった」

「コードリライトで?」

「いや。精神障害の方だ。死因は看護師が目を離した隙に自死だ。今は彼女の親友が引き取って親権を持っている。名前は、確かキョーコだ。彼女は現在、クリニックに勤務している」

「クリニックに?」

「二人は元々アポカリプスの看護師だ」





「凄いね!ここ」

「うん。本当に。僕達の施設もそれなりに大きいけど、地上が研究所だからどうしても気を使う事もあるんだよ。でも、ここなら思いっきり力が試せる」

 メイとユーリは訓練所がよほど楽しかったのか、興奮した様子を見せながら、部屋に入ってくる。

「ユーリ。中々筋が良いわよ。でも、水の中で能力を使う時は気をつけてね」

「うん。わかった、シャーロット」

「メイも大したもんだよ。加速系の僕の動きを追いかけれるなんて。先読みが上手なんだね。行動科学を学ぶと良いよ」

「ありがとう。でも、あれくらいなら大丈夫よ。体が鈍ってるんじゃない?」

「言ったな。もちろん、僕も本気じゃ無いさ。超加速は音速の速さが出るんだから」

 メイとイライジャの兄妹の様なやりとりに微笑ましくなったクロエであった。









 修理を終えたコモンルーム。昨日丸一日の時間を要したが、前より内装が良くなったと評判は良い。

「ネルソン。これからどうやって探す?リングを外されちゃったからセンサーを使うのは無理。精神派も届かない」

 シャーロットはネルソンの隣に腰掛けた。

「うむ。そうだな。誘拐したという事は、すぐに命の危険があるわけではないが、出来る限り急いだほうが良い」

「私達がガードの本部へ潜入してくるわ」

 向かい側のソファに座っているナギサが提案する。

「何だっけ?アーロン。都市計画がどうにかなるつ」

「コスモポリス都市開発計画。コスモポリタン最高議会から委託された第二セクターが土地の管理や道路の整備を行なっている。もちろん、それぞれの主要ポリス毎に委託される会社は違うし、更に細かい区分によっては下請けの会社が入る事もあるが、警備の体制上必要だから全ての情報がガードに入る。管理はガード本部のメインコンピュータが統括しているんだ」

「一つ確認なんだが。君はガードの人間だ。何故、こちら側で動くんだ?」

 ネルソンが聞く。

 アーロンは真紘を一瞬だけ視線を合わせる。

「ガードの特秘事項は秘密を守るための規則じゃ無い。市民の安全と統括的な利益を守るための規則として必要な秘密を保持するというモノだ。が、しかし。

 アポカリプスでのDNAの盗難。現に行方不明の人物。おまけに君達の能力及びコミュニティ。

 これ自体が最特秘の非常事態だ。一般市民へは知らせるべきではないと思うし、上司に報告するにしても、もう少し情報がなければ無理だ。故に、今は君たちと一緒に動くしかない」

 と、亮二がスッと立ち上がった。

「君達がそうである様に、我々も守るべき秘密がある。

 アポカリプスにとってはDNAの盗難が、我々にとっては能力発現が、現段階において市民へ知れる事のない様に配慮してもらいたい。また、それはガードの内部においても適用してもらいたい」

「ドクター東雲。DNA盗難の一報がガードに入った際に我々のチームは全力を尽くそうとした。その為に必要な情報の共有を佐保子に言ったが、返事はノーだった。あの時、イエスと言ってくれてたら、あるいは・・」

「佐保子はアポカリプスを守る為に必死なだけだ」

「我々ガードもそうだ」

「アポカリプスの統括的な利益は市民に分配される。故に、最高議会から権限が与えられているんだ」

「不利益は?現に不利益も分配されている。その秘密を隠したくて我々を排除した。違うか?」

「違う。そうじゃない」

「たとえアポカリプスに不利益でも、市民にとって包括的に利益になるならば、我々は」

「ストーーーーーップ。そこまで」

 ナギサが鶴の一声をかけた。

「もぅ。聞いていられないわよ。利益の話は後でして。今はサーシャと円路とクレアを探さないと」

「DNAもだ」

 アーロンが言うと

「クレアは我々が探す」

 すかさず亮二も言った。

「あのねぇ、」

「故にアポカリプスへ戻る。無論、ハイジやシオン、君も一緒にだ」

「そんなの」

「異論は認めない」

「でも」

「デモもストも無しだ」

「っ東雲 亮二!私の話を聞きなさい」

「・・・」

 フルネームで怒鳴りつけられた事などないであろう、鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いている亮二の目の前に立つと、ナギサはその両手で亮二の両頬を挟み込んだ。

「良い?クレアも一緒に探すのよ、私達で。わかった?」

「・・だが」

「ダガー(短剣)も聖杯も無しよ。わかった?」

「・・わかった」

 亮二の返事に満足したのか、笑みを浮かべたナギサは頷く。

「よし。全てを一人で抱え込む必要は無いからね。ドクター東雲」













 子供の頃の記憶は、公園で両親に見守られて遊具で遊んでいる自分。それから少しして、怪我をした。両親は心配しながらも、すぐに出血は止まるだろうと思っていた。だが、夜になっても血が止まる事はなく、慌てた両親は僕を病院へ連れて行った。

 血液の病気らしかった。それからは時間が、僕を取り巻く環境が早く動いていた記憶がある。大きな病院へ連れて来られ、沢山検査を受けた。

 コードリライト被験者になったのは14歳の冬。

 それ以来、両親とは疎遠だ。メールのやり取りはするが、会うという事が無くなった。僕がアポカリプスに入院する時、両親はガラテアの街に来る事はなかった。妹と弟がまだ小さかったため、生活のために動く事が難しかったのが理由で、その事を十分に理解が出来る年齢にはなったが、何となく素直に甘えられないでいる。両親も、僕一人をアポカリプスに置いたと後ろめたさがあるのか、会うと少しぎこちないのだ。

 会わないでいる方が、良好な関係を築ける事もある。

 久しぶりに子供の頃の夢を見たな。

 サーシャはそう思った。

「ん・・」

 目を開けると、そこは見知らぬ部屋であった。

「起きた?」

 頭の上から声が聞こえて来た。声の聞こえて来た方に、視線を向けると、先に目が覚めていたのか、円路が壁にもたれてサーシャを見ていた。

「ここは?」

 サーシャは起き上がると、壁のほうに近寄る。それはふかふかのクッション剤の様な壁であった。

「さあ、わからない。わかってる事は一つ。ここじゃ、力が使えない」

「え?」

 サーシャは、手の平に電気をためようと力を集中させたが、出来なかった。

「出来ない。君も?」

「うん。何も動かせないし、壊せない。って言っても、この部屋には何も無いけどね」

「俺の事、持ち上げてみて」

「だから、出来ないんだって。君が寝ている間に試してみたよ」

「そう」

「最後の記憶は?」

「電気を手のひらに溜めて、スクーバに送ったところ」

「一緒か。有力な情報は今のところ無しだね」「カメラか何か無い?」

「目視で確認できない」

 円路の言葉に、サーシャは部屋を見回してみたが発見できなかった。

「待つしかないか」





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