第10話


 それは太宰が芥川と中原に襲われた次の日の出来事だった。

「え、」

 笑顔のまま一切の動きを止めた太宰。周りも驚き目を見開きながらもまあ、確かにそれが正解かと何度か頷く。

「今、何て云ったの」

 太宰以外の全員が納得した頃、ようやっと太宰は動き出す。震える声で問いかけ、涙まで流しそうになっているのにうっ、と福沢は喉を詰まらせた。だがそれでも先ほど云ったことと全く同じことを繰り返す。

「明日から二週間太宰は探偵社と家までの往復路以外外出は禁止だ。勿論寄り道も許さぬ。いつまた襲われるか分からぬ為、安全を考えた上決めた。暫く不自由な生活をさせることとなると思うが反論は聞かぬ」

 うるうると大きな目が涙を湛えて福沢を見上げる。嫌だよ、お外に出掛けたいよと聞いてくるのにぐっと喉がなった。口許がひきつるのに微かに太宰の口元がにやっと笑う。ぐぃと近付こうとした太宰の首根っこを乱歩が抑えた。

「はい。それ以上はダーメ。社長もこんな手にやられないでよね」

 すまぬと申し訳なさそうに福沢はいい、太宰は頬を膨らませた。むくっと乱歩を睨むのにそんな顔をしても駄目と強い口調で云う。

「社長だって本当はこんなことしたくないんだよ。でも心配だから仕方ないの。暫く社長が助けに行くこともできないしね」

「? 何で?」

「実は昨日依頼がきてね、それが僕と社長が昔ちょっとお世話になった相手なんだよね。僕としては無視してもいいんだけど社長は駄目だって。依頼内容は詳しく教えてもらってないからまだ分からないらしいんだけど、一週間から二週間此方へ来てほしいって僕と社長を指名して云ってきてるの。名探偵は暇じゃないんだけどね。そう云うわけで明日の朝から僕と社長は出掛けるから何かあっても社長は助けにいけないの

 だからまあ、社長の不安を汲んでここは大人しく云うこと聞いてやって。二週間だけだし、その分、社長に何かねだっておけばいいよ。食べたいものでもいいし、行きたいところでもいい。何でも我が儘云っておけ」

 乱歩の言葉に太宰は不満げにしながらも少し大人しくなって福沢を見上げる。いなくなっちゃうのとその小さな口が呟くのに二週間だけだがと答える。最初とは別の意味でむすっと太宰の口元がとがった。

「留守の間はみんながお前の面倒を見てくれる。それに用事を済ませさえすれば後はすぐに帰ってくるつもりだ。だからそんな顔をしないでくれ」

 優しく福沢が頬を撫でると少し太宰の口元が弛む。寂しさが伺えていたのが消えてん。と頷く。それから外に出ちゃ駄目なのともう一度問いかけた。

「駄目だ。何かあってはと心配なのだ。最近は面倒な奴がお前を狙っているから特にな。だから私が帰ってくるまでは駄目だ。

 帰ってきたらまた何処かに出掛けよう。何処でも行きたいところ連れていてやる」

「……約束だよ」

「ああ」



 行ってらっしゃいと福沢と乱歩を送り出した後、太宰は突端に元気をなくした。しょんぼりと落ち込むのに周りにいたみんなが声をかける。

「大丈夫ですよ。すぐに帰ってきてくれますからね」

「きっと乱歩さんがすぐに依頼を解決させて帰ってきますよ」

 じっと太宰の目が声をかけてくるみんなに声をかける。

「お外行っちゃ、「駄目です」

 声がすべて重なった。太宰が半目の目を向けるのに約束したでしょと声を挙げる。むぅと唇を尖らせるのにほんの少しの間だけですからと慰めの言葉をかけた、むすとした口元がとかれ変わりに細い息が落ちる。悲しげな顔をするのにお外に行きたいですかと何人かがとう。

「連れていてくれる」

「それは駄目ですから」

「むぅ。…………外にいきたいわけじゃないんだよ。みんながいたらそれで充分楽しいし。ただ……」

「ただ?」

「んーー、何か外に出ちゃ行けないとか云われると閉じ込められてるみたいでやだなって、何か恐い……」

 ぎゅっと拳を握りしめるのにきょとんと目を瞬かせた周りがぎゅうと幼い体を抱き締めた。大丈夫ですよ。僕らが居ますからと云われるのにんと頷いた。


 *********


「水の異能力者?」

 敦の声にそうだと国木田が頷いた。

「その異能力者がどうかしたんですか?」

 手に持った資料をばらばらと捲りながら敦は国木田に問いかける。資料に写る写真にずいぶん古そうだと云う感想を抱いた。

「この横濱に、数日前から侵入しているらしく捕まえて欲しいとの依頼が特務科からきている。奴は海外じゃ名の知れた殺し屋でこの横濱にもその関係できているのかもしれん。それにどうやら二十年前ぐらいにあった婦女連続誘拐事件にも関わりがあるらしく、捕まえて奴に情報を吐かせて欲しいとのことだ」

「二十年前の……」

「ああ、俺もまだ産まれていない頃の話だからな、詳しくは知らんが二十数年前に何十人もの女性が立て続けに誘拐される事件が起きたらしい。犯人も誘拐された女性たちも現在に至るまで発見されていない」

「そんな事件が。それでその事件にそいつが関わっていないか情報を吐かせれば良いんですね」

 思わず眉を寄せてしまうのに国木田も同じような顔をしていた。険しい顔つきになりながら深く頷く。

「ああ、そう云うことだ」

「水の異能力ってどんな力を使うんですか?」

 ふっと気にかかったことを敦はとうが首をかしげる国木田もどうやらそこまでは聞いていなかったらしい。

「さあ、水を操るとだけで詳しくは聞けなかった。が、相当強い男らしい。気をつけてかかれ」

「はい。分かりました」

 深く頷き頑張らねばと気合いをいれる。早速準備をしようとしたときちょんと裾が引っ張られた。

「何々仕事。人探しかい」

 キラキラとした目が下から向けられたのに敦は苦笑する。

「そうですけど太宰さんのお手伝いは必要ありませんよ。おとなしく探偵社でお留守番していてください」

「ええーー、いいじゃないか。たまには私だって外に出たいのだよ」

 不満げな顔が敦を見上げる。ねぇ、外につれていてと全身で訴えたくるのに負けそうになりながら敦は首を横に振った。周囲から注がれる負けるなよと云う視線のお陰で何とか持ちこたえることができた。

「社長と約束しているでしょ」

「そうだけど……。でも外に出たいよ」

「帰ってきたら何処かに連れていてくださるって云っていたじゃないですか」

 唇を尖らして悲しいアピールをしてくるのに何とか平常心を保ちながら楽しみにしていたでしょうと語りかける。じっと見上げていた目がうんと下を向いた。

「大人しく待っていてくださいね」

「はーーい」

 勝利を確信して笑いかければ不満げな声がそれでもちゃんと返事をしてくれた。


 *********


 がやがやと慌ただしい音がするのに太宰はじっと医務室の扉を見上げた。数時間前に依頼にいった敦と国木田、それに鏡花が瀕死の大怪我を負ってつい先程運び込まれてきた。何時ものように帰ってくると思っていたそれは驚愕の出来事だった。

 医務室前で立ち尽くすのに大丈夫だよと谷崎が声をかけた。

「大丈夫……」

「うん。与謝野先生の治療は凄いからね。心配しなくてもみんなすぐ目を覚ますの」

「でも……」

 心配そうに見つめる太宰に大丈夫と谷崎が撫でる。いつの間にかナオミや賢治も傍に来ていてぎゅと不安そうな太宰を抱き締めていた。大丈夫ですよと声を何度も声を掛けられるのに頷きながらもその目から不安は消えない。どうにか元気づけられいだろうかと考えていたとき医務室のドアが開いた。中から出てきたのは与謝野だ。

「治療は終わったよ」

「みんなは」

「無事だよ。時期起きてくる待っていな」

 うんと太宰が頷くホッとした様子を見せながら、それでも不安げに医務室の奥を見つめる。あのと声をかけるのにああ、と与謝野は首を縦に振った。

「皆のところに居たいんだろう。いてやるといい。あいつらも起きたときあんたが居たら喜ぶよ」

「ん」

 そろりそろりと恐れるように医務室に入っていく太宰を見つめる。敦や鏡花、国木田が眠るベッドの傍らに立った太宰は順番に彼らにそろりと触れてそれからようやく安心したように床に座り込んだ。ふにゃりと座り込み近くにある国木田の手を握る。その様子を眺めほうと息を吐け出せた谷崎たちは与謝野へと向き直った。

「それで敦君達の怪我はどんなのだったんですか。あの三人が簡単にやられるだなんて想像がつかないんですが、でも目撃者の話だとほぼ一瞬のうちにやられていたと云う話で。水が銃弾のように撃ち込まれるのを見たと云う話も聞いたんですけど」

「水を銃弾のように……、確かにそんな傷もあったがでもそんなもんじゃなかったよ、あれは。まるで内側から切り裂かれたみたいに身体中に傷がついて内蔵までズタズタだ。どうやったらあんな傷になるのか妾の方が教えてもらいたいぐらいさ」

「そんなに……」

「犯人は敦さん達が追っていた奴等なんですよね。水の異能力者って聞いていたんですけど」

「水ね……」

 顔を付き合わせ考え込むのに、ぎゅっと与謝野の服の裾を太宰が掴んだ。

「ん、どうしたんだい、皆の傍にいなくていいのかい」

 与謝野が目線を会わせて問いかけるが無云が帰ってきた。太宰は俯いていてどんな表情をしているか分からないがその肩が細かく震えていた。どうかしたんですかと聞いてくる声に首を振りながら顔をあげた太宰の目は見開き震えていた。ねえとかけられる声に咄嗟に反応できない。

「資料見せて、」

「え、」

「敦君達の仕事の資料見せて、お願い」

 血走った目をした太宰はぎゅいと強い力で服を引っ張る。思わず体勢を崩す与謝野を支えながらえっと戸惑いの声をあげる。

「ど、どうしたんですか、太宰さん、資料なんて急に」

「太宰さんは気にしなくても大丈夫ですよ。僕らが事件は解決させます」

「そうだよ、太宰」

「良いから!! 見せて!!」

 ほぼ叫ぶような声に固まってそれから顔を見合わせる。どうしましょうかと声が落ちたのにじっと見上げてくる目は真剣でこのままでは勝手に資料を見てしまいそうであった。

「あーー、ちょっとそこの資料とってくれるかい」

「は、はい」

「ほら、これでいいかい」

「うん。有り難う」

 与謝野が手渡した資料を手にした太宰が小さな声で礼の言葉を述べる。その姿は幾分か落ち着きながらも今だ血走った目をし頬が強ばっていた。そんな太宰が資料を見るのに周りには奇妙な沈黙が走る。心配げに見つめる。パラリパラリと捲ってそれから太宰は数秒動かなくなった。僅かに肩が震えたと思えばぴったりと固まり氷のように動かなくなる。恐る恐る太宰さんと呼ばれた声にも暫く反応を見せない。

「水……、水を操って血液を」

「えっ、太宰さん」

 凍り付いていた太宰がぽつりと言葉を呟いた。小さな声、それにいきなりのことで何の話をと谷崎や賢治が戸惑うなか、そうかと与謝野は大きな声を出した。そちらに視線が集まる。呆然と焦点の合わぬ視線で太宰も与謝野を見上げた。

「血液だったんだ」

「へ、何がですか」

「あいつらの怪我さ。内側から切り裂かれたみたいにって云っただろう。血液の液体成分の九十パーセントは水だ。その水を操って内側から切り裂いたんだよ」

「そんなことが」

「信じたくはないがそう考えたらあの傷にも納得が行く。ただそうなると相当厄介な相手だよ。捕まえるにしても方法を考えないと」

 重苦しい雰囲気になる。どうすればと考え込むのが誰一人良い案は浮かばなかった。重い空気を吹き飛ばそうとしたのかそう云えばと賢治は太宰をみた。

「太宰さん凄いですね。よく血液を操っただなんて分かりました。僕血液の成分の殆どが水だったことも初めて知りまし……」

たと続くはずだった言葉が消えたのは、太宰が目を見開いて何度も浅い息を吐き出していたからだ。ひゅーひゅーと喉元で繰り返すかのような息。太宰さんと賢治が呼ぶのに異変に気付く。どうしたんだい。太宰さん、それぞれ声をかけられてはっと太宰が反応を見せる。賢治達を見上げ数秒、にっこりと笑った。

「どうしたの」

 あ、敦君まだ目覚めないかなと明らかに話をそらそうと声にするのにそれより何があるのか問い詰めようとした。だけどそのために開いた口が閉じる。タイミング良くか悪くか医務室の奥から呻き声が聞こえてきたのだった。ぅうと小さな呻き視線が集まる。国木田や敦達の目が開いた。


「……そうか。血液か」

「だから、あの時あんな急に……。でもだとしたらどうやって捕まえれば」

 起きてから一通りの検査を終えた後、三人も交えって作戦会議が行われる。誰の顔にも深い皺が寄せられていた

「相手に気付かれないよう背後から襲撃とかですかね」

「難しいと思う。直前まで気配に気付かなかったから」

「確かにな。暗殺者と云うだけあって武術にもたけているようだった。下手なことをしても逆に此方がやられるだろう。

 だが手がないわけでもない。あの男、それだけ凄い力を持ちながらも他の攻撃もしてきた。血液を操作するには何らかの条件があるはずだ」

「条件……」

「三人がやりあった状況ってどんな状況だったんですか」

「最初あの男の方から接近してきて、僕は気付かなかったんですが鏡花ちゃんが気づいて咄嗟に庇ってくれたんです。それで鏡花ちゃんは、僕は直ぐに奴に飛びかかって捕まえたんですが攻撃をくらい」

「俺はその後、応戦したのだが奴が操った水に動きを抑えられ……そうだ。手だ。その後奴に触られたと思ったら痛みと共に意識が飛んだんだ。奴は触らないと血液は操れないんだ」

「じゃあ、触られないようにすれば」

「とは、云えそれも難しいぞ」

「まあ、何にせよ、これは慎重に行かなきゃ行けないようだね。どうも相手は探偵社に何らかの用件があるようだしね」

 与謝野の声にみんながえっという顔をした。どう云うことだと見合わせる。

「探偵社にですか」

「今の話を聞くと向こうから仕掛けてきたんだろう。それに重症ではあったものの死んでない。血液を操作できるってことは心臓や脳を直接破壊することもできたはずだ。そうしなかったってことは何か目的があるってことだろう。まして相手は暗殺者なんだろう。殺すことに抵抗があるとは思えないしね」

「一体……」

 ぎょっと見開いた目。何の目的がと新たに分かったことに考え込みそうになるのを一つの音が止めた。きぃと扉の開く音。誰がと視線を向ければそこには太宰がたっていた

「太宰さん! 駄目ですよ。今大事な話をしていますから、入ってき「ねぇ、僕が今度は行く」

 駆け寄ってきた敦の声を遮って太宰は云った。その言葉に周りの目が点になる。

「は?」

「な、何を云ってるんですか」

 驚く声が聞こえる。太宰がじっと見上げる。

「だって僕の異能力があったらみんなを守れるでしょ。僕がみんなを守るよ」

 千代古令糖色の大きな瞳で見上げながら固く決意された声を太宰は出した。ぎゅっと噛み締めていた唇を笑みの形に変えて大丈夫。僕が守るよと再度口にした。

「そんなことはしなくていいです。大丈夫ですから」

「そうだ。お前はここで留守番だ」

「社長にも云われてるだろう」

「大丈夫。次はやられないから」

「やだ! 行くもん!! 僕だってみんなと一緒に戦えるもん」

 口にされる否定の言葉。それに強く首を振って言葉を紡ぐ。全員の目が太宰を見つめ、そして、

「駄目です」

「駄目だ」

「駄目ですよ」

「大丈夫ですからね」

 否定の音を紡ぐ。目を見開いて太宰が俯いた。その様子を見、谷崎と与謝野が視線を合わせる先程からどうにも様子のおかしい太宰を疑問に思い何があるのか問いただすべきではと考え合う。だが行動に写す前に先に太宰が行動に出る。ぽつりと何事かを呟く

「……いいもん。一人で行くから」

 小さな声はされど全員に聞こえるよう計算されて呟かれていた。

「はぁ?」

「え?」

 不穏な響きに固まりひきつった声が出るのにぎっと睨むような目が現れる。膨れた頬は丸く愛らしいのに、可愛いなどと嘘でも云えないような恐ろしい表情をしていた。

「鍵開けもできるし、縄抜けもできるもん。何をやったって僕を止めることはできないんだからね!」

 嫌なんでできる。そんな事を誰もが思ったが今この場では口にできなかった。

「監視したって無駄だよ。絶対一人で外に出てやる」

 勝ち誇った顔で太宰が笑うのに反論の言葉を暫く探した。



「美味しい~!」

 明るい声が聞こえるのに微笑ましくなりながらも敦の胃はきりきりと痛んだ。太宰の押しに負けて外につれてきてしまった。マフィアにも狙われているというのに太宰を危ない任務に連れていったなどばれたら社長や乱歩に何を云われるか。もし怪我をさせたらと思うと恐ろしい。敦自身もそうなので周りのことは云えないのだが、みんな幼くなった太宰に対して過保護すぎるところがあり、特に乱歩と福沢はそれが顕著だった。

 胃を押さえる敦を大丈夫と鏡花が覗き込んできた。食べると差し出されるのはクレープ。太宰が食べているのもクレープだった。

「僕のも食べる」

 心配そうに見上げてくる太宰もまた差し出していた。

「いや、僕は良いよ。大丈夫だから」

「でも顔色悪いよ?」

「甘いもの食べたら少しは落ち着く」

「むしろ食べたら吐くよ」

 心配そうに見つめていた太宰は腹を抑えた敦に大袈裟にため息をついた。椅子を降りてくるりと一回転する。

「大丈夫だよ。敦君は考えすぎなんだよ」

「でも……、」

 呆れたように云うのに敦からは情けない声が出る。もうと頬を膨らませてだっとかけようとした。

「大丈夫だから、ほら行こう!!」

 それにつられて掛けようとしてあっと声をあげる。

「食べてから行かないと危ないですよ」

 前に行っていた太宰と鏡花が己の手を見てそれから相手の手も見て、思い出したように頷いた。

「あ、そうだね。じゃあ、食べてから急いでいこう」



 二人が手にしていたクレープを食べ終えて今度こそ三人は人探しを開始することとなった。

「何処にいるんでしょうね。こないだはこの辺にいたんですが……」

「他の目撃情報だと、こことかは……」

「うーーん。にしてもどこも人通りの多いとこばかりですね……。何だか意外というか」

「少しおかしい。暗殺者の行動とは思えない」

「うーーん。何かあるのかな」

 地図を片手に二人が唸るのを太宰はじっと見上げた。考え込む二人に云うべきではないのかと思いながらも言葉にできない。何かを云いたいのに云えなくて気付けばへらりと笑みの形に口許が変わっていた。

「大丈夫だよ。敦君。鏡花ちゃん。そのうち見つかるから」

 云いたかった言葉とは違う言葉が出た。えっと驚いた顔をされるのに勝手に体が動いてしまう。

「え、太宰さん」

「ほら行こう」

 早くしないと置いていくよ何て声がでて足は勝手に前に進む。太宰の後ろで顔を見合わせた二人は急いで太宰の隣にならんだ。

「何かおかしくありませんか。何かありました」

 じっと覗きこんでくるめ。鏡花も何かあるなら云ってと覗きこんで来るのにふるりと首を振る。やはり云うべきだと思いながら声が出ない。資料で見た男の顔を思い出す。少し古かったがあれは間違いなく前に公園で出会った男だった。写真を見たとき公園で見たときよりもずっと激しいものが太宰のなかで溢れ、それが恐怖だと理解した。そしてもう一つ理解したことがある。

「何でもないよ」

 へらりと太宰は笑う。助けてと云いたいのにその声が出なかった。どうしようと俯きそうになる中で歩く。敦と鏡花はそんな太宰を見つめてどうするべきかと考え込む。一旦帰った方が良いんじゃないかと思うのに嫌な声が響いた。

「太宰さん!!」

 普段からは想像もできないほどにキラキラとした明るい声。だが聞こえた瞬間敦も鏡花も顔を歪めた。

「げっ、芥川!」

 名前を呼ぶのに呼ばれた人物は太宰しか見ていない。見上げた太宰は一瞬固まりながら首をかしげた。誰だったけである。数分して前に襲ってきて敦君と仲が悪い人と思い出す。

「太宰さん」

「どけ!! 人虎!!」

「誰がどくか!」

「貴方には近付けさせない」

 こんなときに、でもこんな時だから丁度良いのか。分からなくなりながら太宰は戦闘をし始めた三人を見つめる。どちらもやる気で町のなかなのに粉塵が上がる。太宰が応援を呼ばなくてはと思う前に戦闘の隙間、それぞれがそれぞれの応援を呼んでいた。ますます混沌としてしまいそうな光景にでもこれで良かったのだと思い、一歩三人から遠ざかろうとしたそんな太宰の背にとんと、何かがあったる。

 見上げた太宰の顔が絶望で歪んだ。

「……ぁ」

 小さな声が喉奥から絞り出された。助けてと云いそうになる飲み込みながら足が迷う。

「見つけた」

 男の言葉にますます太宰の顔が歪んで、足が止まった。写真を見たときから漠然と思っていた。この男は自分を探しているのだと。敦たちを傷つけたのもそのために違いないと。だから無理矢理ついてきたのだ。これ以上他の人たちを傷つけさせないために。だけどそれは間違いだったのではないかと思い始めてしまう。ガタガタと足が震えながらそれでも太宰は男を見つめた。

「……僕のこと知ってるの」

「ああ、知ってるさ。嫌と云うほど」

 歯の付け根から震えながら問いかけたのに男は答える。その声は恐ろしいほどの恨みに満ちていた。

「死んだと思ったのに生きてるなんてな。今度こそお前を殺して俺は!」

 声をあらげた男。その言葉と共に無数の水のたまが太宰を取り囲んでいた。一斉に飛んでくる。水の球は触れると同時に消えたが衝撃で太宰の体はぐわんぐわんと揺れる。地面に叩きつけられるのにさらに多くの水の球が太宰を襲おうとした。

「太宰さん!」

「貴様、太宰さんに何を!」

 それを止めたのは焦った二つの声。戦闘をしていた三人が太宰の異変に気づいて駆けつけてこようとしていた。異能がかき消え、代わりに男の手が太宰を掴んだ。抱えあげ逃げようとするのに敦と芥川二人が攻撃を仕掛ける。だがそれは男に届くことはなかった。男が二人の前に太宰を掲げたのだ。太宰に触れ二人の異能が消える。だがその前の衝撃で太宰からは呻き声が漏れた。

「太宰さん!」

「貴様ぁ!」

 激昂する二人に水の球が叩きつけられる。

「ぐ」

 攻撃を受け一瞬動きの遅れた二人に男は走るスピードをあげた。

「待って! 太宰さん」

 敦が叫ぶが追いかけるには距離ができすぎた。間に合わないと歯噛みしたとき鏡花と鏡花の異能である夜叉が男の前に出る。

「行かさない」

「このくそ女が」

 強く睨み付けるのに舌打ちをした男は何の躊躇いもなく太宰を投げ付けた。意識を失っている太宰の体は簡単に宙を舞う。

「ぇ、」

 予想もしていなかった動きに鏡花の対応は一歩遅れた。異能をとき太宰を受け止めようとするが受け止めきれずにコンクリートの上に転がる。

 男の異能が鏡花を襲い肩を切り裂いた。

「鏡花ちゃん!」

  敦の意識がそちらに向いた。芥川は男を追い掛けるが男は太宰を掴みあげて再び太宰を縦にして芥川の異能を防ぎ攻撃を仕掛ける。防御をするものの攻撃によって太宰に触れた一瞬のうちに仕掛けられたものには対処しきれなかった。異能により刃のように鋭くなった水が芥川の足をいぬく。

「太宰さん! 太宰さーん!!」

 声が追いかけるものの太宰にもう届くことはなかった。


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