第9話


 太宰さんと呼び掛けられるのにほんのちょっと太宰の顔が緩んだ。なぁにと声をあげると期待通りおやつの時間ですよ。一緒に食べましょうと誘われる。うん。と頷くのにぱぁと呼びに来た敦の顔も輝いた。

「今日は何とケーキがあるんですよ。チョコレートケーキやショートケーキ沢山種類があるんですけど、太宰さんはどれにしますか」

 どれも美味しいですよと話し掛けられるのに敦君はどれにするのと聞く。僕ですかと真剣に考えだす敦を見つめてにこにこと笑う。正直何を食べても味は変わらないのでどれにしますかと聞かれるのが太宰は苦手だけど選ぶみんなを見るのは楽しくて好きだった。どれにしようかと真剣に悩む顔はとても嬉しげで何だか見ているだけで幸せな気持ちになれる。

「太宰さん、おやつの準備できていますよ。なに食べますか」

 休憩スペースに行き、真っ先に声を掛けられるのに太宰は差し出された箱の中をみる。ひんりとした箱の中には色んな種類のケーキ達。うーーんと悩みながらはっと太宰はある方向を見た。その顔がぱぁと輝く。

「今日は福沢さんも一緒なの」

 端の方で立っていた福沢がああ、たまにはなと呟くのににこにこと笑う。

「僕福沢さんと一緒のが良いな」

 僅かに福沢の目は見開き、まあと周りは楽しげな声をあげた。お父さんと一緒で嬉しいのかいと聞かれるのにうんと頷き福沢を見上げる。良いでしょと笑いかけるのに固まった福沢。いや、と云い掛けて口を閉ざす。もうすでにどれにしますかとケーキのはいった箱をもって問い掛けてくる事務員。その箱の中を見ながら固まった。どれもこれもクリームなどでふんだんに飾り付けられた云ってしまえば甘そうなケーキ。そのなかに一つだけあるほぼ真っ黒なケーキ。たまには太宰や社員達がおやつを取っている所を見ようかと思い自分の分もと頼んだ甘さは控え目のケーキ。なら珈琲ケーキ等にしますねと云っていたのでそれだとは思うのだが……。一個しかない上に幼い太宰が食べると考えると。

 助け船を求めるように周りを見るが全員にこにこと笑っている。じっと福沢を見つめる太宰の方に注目が集まってしまっていた。どれにするのと問い掛けられるのを見つめ、箱の中に視線を戻す。どれにしますかとまた問い掛けられるのにこれをと白く苺の乗ったケーキを指差した。

「ショートケーキですね。分かりました」

「ショートケーキ、美味しいんだよ。ケーキと云えばショートケーキってナオミちゃんがこないだ云ってた」

 にこにことした笑みで太宰が告げる。そうかと答えれば返ってくるのはにっこりと笑った笑み。一緒に食べようと手を引かれるのに顔を歪めてしまいかけながら何とか堪えて席に着く。きゃあきゃあと声がするのを見る。そこでは残ったケーキのなかからどれにするかを社員達が選んでいる。きゃいきゃいと笑顔を浮かべる彼らを福沢の隣で太宰が楽しそうに見ていた。見つめると見上げてきた太宰がふわりと笑う。美味しそうだねと云ってくるのをじっと見て、それからそうだなと答えた。

「いただきまーーす!!」

 明るい声が聞こえる。それぞれ食べだすみんなを見つめてから福沢はもフォークを手にした。じっと見つめる。白い生クリームがふんだんに乗ったケーキ。険しい顔をするのは抑えるもののこれを食べるのかと思うと胸焼けがしそうであった。

「食べないの」

 もぐもぐと食べながら太宰が問い掛けてくる。あ、いや、食べると答えてから美味しいかと問い掛ける。きょとんと首を傾けてからうんと頷く。

「みんなが食べてるのみると僕も凄く美味しい気持ちになるよ」

「そうか」

 頭を優しく撫でる。ふふと嬉しそうに笑う。その姿を全員が見つめていた。笑う太宰を見つめながらままよと一口食べる。甘い味が口のなかに広がる。美味しいとは思うがにしても甘すぎるだろう。渋面をしそうになった所に聞こえた美味しいでしょうと声に何とか持ち直す。そうだなと答えれば嬉しそうな顔をして一口含んだ。

 口許を緩ませてもぐもぐと噛み締めていた太宰がふっと固まる。目を見開いてきょとんと首を傾けるのにどうかしましたかと敦が問い掛ける。太宰と他の人々も声をかける。きょとんと首を傾けたままの太宰がもぐもぐと数回口の中のものを噛み締める。ごくんと飲み込んでからさらに首を傾けた。

「太宰。どうかしたか」

 問いかけた福沢を瞬きを忘れたように太宰が見つめる。それからじっと周りを見つめてぱちぱちと瞬きをする。

「なんか、」

 小さな口が呟きそれからまた瞬きを繰り返す。なんか……もう一度言葉にしてから今度は逆方向に首を傾ける。

「んーー、何か、何だろう……? 何時もと違う……、何か、何か変な……かん、しょく? がした? 何て云うのかな……、何か……分かんないけど何時もとちょっと違った。おんなじじゃなかった」

 えっとと言葉を必死に探すようにして云われた言葉に今度は回りが固まる番だった。凍り付いたように動かなくなりみんな一心に太宰を見つめる。

「あ、じが分かったんですか」

 誰かが何とか出した声に太宰はまた首を傾けた。

「そうなのかな? 何時もと違って……、何だろう、うーーん、何だか、分かんないけどおいしかった気がする??」

 大きな目が見上げて言葉にするのに固まっていた顔がぱぁと華やいでいく。やったーと社内中に響き渡るような声がした。

「なら、是非僕のを食べてください」

 私のも僕のもと差し出されるのに目を白黒させてしまう。

「こらこら、そんなに食べさせるんじゃないよ。食べすぎちまうだろう。それより今日はお祝いだ。仕事が終わった後にでもみんなでお祝いしようじゃないか」

「あ、そうですね! 僕美味しいもの沢山作りますよ」

「私も沢山作る」

「僕らも何か作りますよ」

「ナオミも腕によりをかけますわ」

「なら、僕は畑からお野菜取ってきますね」

「場所取りが必要だな。事務所でやるにしても片付けが必要だ。その辺は俺が手配しよう」

 次々と決まっていく動けないでいる太宰。どうしたらいいのだろうと右往左往と首を向けていくのにぽんと福沢が太宰の頭を撫でた。

「良かった。太宰」

 零れ出たような言葉に一瞬息を詰めてそれから大きく頷いた。


「うん!」


 *********


「太宰さん!!」

「てめぇら、退きやがれ!」

「退くわけないじゃないですか!!」

 叫び声及び破壊音が響き渡るのに何だかなーーと太宰は思う。折角のお出掛け。散歩をした後は賢治の畑のお手伝いをするはずだったのに予定が全部無駄になっしてしまった。それはまあ、腹はたつがそれでももう良いのだけども……。

「美味しいかえ」

「これなどはどうでしょうか」

 隣そして、後ろから掛けられる声にうーんと唸る。こくりと頷きながら何でこんなことになっているんだろうと首を捻った。

 遠くではこの前探偵社にまで押し掛けてきた男達が二人。小さいのと不健康そうなのが敦と賢治とやりあっている。散歩をしていたときに突然襲撃を仕掛けてきて太宰に会わせろと叫びたてたのだが、太宰が反応するよりも早く敦と賢治が動いて戦闘になった。太宰さんは遠くに逃げて、探偵社に連絡をと云われその通りにしようとしたのだがそしたら赤い髪の女性と白髪の男性に捕まってしまった。たが無理矢理太宰をどうこうしようというつもりはないようで太宰の近くに座り話しかけてくる程度。後は近くにあるお店から色んな食べ物を太宰に買い与えてくれている。

「そうか。美味しいか。それは良かった。他にももっと食べるか」

 美しい顔ににこにこと微笑まれるのを見、白髭の男性が恭しく差し出してくるのを見る。うーーん、いいのだろうかと思いながらまあ、いいかと結論をくだした。食べ物は美味しいし、多分襲ってきている男たちの仲間でパパとか云ってきた変態の仲間だろうがそんなに危ない人達には見えない。太宰に危害を加えるつもりもないようだった。

「お前はよく食べるの。見てるこっちまで幸せな気分になるわ。

 愛いの」

 だらしなく相貌を崩しかける女性がぷにぷにと食べている太宰の頬に触れる。ぷにぷにじゃと云われるのにぶるりと首を振った。ごくんと詰めていたものをよく噛み締めてから飲み込む。

「ぷにぷにするの嫌です」

「おや、これはすまなんだな。お詫びにもう一つお食べ」

 やったと太宰の顔に笑みが浮かんで差し出されたものをまた受けとる。ぱっくりと口に含むのに目を見開いていた女性と男性はほぼ同時に相貌を崩した。

「本当に愛いの~。どうじゃ、妾の子にならんか。上手いもの沢山食べさせてやるぞ」

「僕もう福沢さんの子だから。お姉さんの子にはなれないよ」

「おや、それは残念。ならたまにで良いからこうしてあってくれるか?」

「それならいいよ。でもみんなが心配しちゃうからみんなには内緒ね。お姉さんもあの人達には云っちゃ駄目だよ。後、変な人にも」

「分かっておる。あの二人には云わぬよ。後、変な人にもな。広津お主も云うでないぞ」

「はい」

 じゃあ、連絡先交換すると太宰が笑みを浮かべて問い掛けるのに二つの携帯が取り出された。

「では、妾はここら辺で失礼させてもらおう。そろそろお主が呼んだ迎えも来てしまうだろうしの」

「うん、バイバイ」

 連絡交換終えて立ち上がった女性、紅葉、そして男性広津が去っていくのに元気に手を振る。また今度ねと声をかけるのに二人はにこやかに笑った。

 二人がいなくなったのを見つめてさてとと、太宰は呟く。どうしようと首をかしげて見るのは今だやりあっている敦と賢治だ。太宰達の事には一切気付いた様子はない。もうすぐ来ると云っていたしそれまで待とうかでもなと考えながらパクリと貰ったお菓子を口に含む。もぐもぐと食べながら取り合えず何処かに移動しようと足を動かしたとき、がたりと誰かにぶつかってしまった。

「あ、ごめんな」

 云いかけた言葉が止まる。一瞬酷く頭が痛んだ。見上げた男が幽霊でもみたかのような形相で太宰を見ていた。

「お前は……」

「え?」

 ぶつかった男は太宰の肩を掴む。太宰の知らない男だった。会ったこともない相手。なのに何故か心の何処かが大きく揺すぶられた。胸のうちからごそりと、なにかが動いていく。一歩足が後ろに動いたのにハッと男の手が離れた。

「お前は……」

「ぼ、」

 くのことを知っているの。聞こうとして聞けず男から距離をとる。一歩二歩離れていくのに男の目は虚ろに追いかけてくる。

「ありえない。……お前は、だって……。お前は」

 呆然とした声が何かを呟く。その声を聞くたびにぴりぴりとした刺激が走り叫びだしそうになる。嫌だと云いたくなる。逃げなきゃと、離れなくちゃ、もう嫌だと思ったとき、太宰と己の名を呼ぶ声を聞いた。

「太宰!」

「太宰さん、大丈夫ですか!!」

 聞こえた声は国木田と福沢のもので太宰の体の震えが僅かに収まる。駆け寄ってくるのはその二人だけでなく鏡花もいた。ためらいながらも声が聞こえたほうを振り向いてそちらに駆け寄っていく。

「無事か」

「うん。怪我もしてないし、大丈夫だよ」

 肩を捕まれ体の彼方此方に視線が注がれるのにほぅと息が漏れる。隠れるように福沢に抱きついて太宰は額を押し付けた。ぐりぐりと押し付けてくるいつもと違う太宰を抱き締め福沢の目付きが険しいものになる。鏡花や国木田も太宰の様子を見て険しい顔立ちになった。

「敦と賢治は何処だ」

「あっち」

 国木田が問いかけたのに福沢の腕のなかから小さく顔をあげた太宰がすっと指を指す

「私がやる」

 指差す方向には今だやり合う四人の姿。鏡花が異能をだすのに太宰はその裾を握った。出現していた夜叉白雪が消えていく。

「大丈夫だよ。みんながきたんだもん。数の不利ですぐに撤退する。それより、早く帰りたいな……」

「分かった。止めてくる」

 俯いた太宰が肩を震わせるのに分かったと鏡花は告げた。震える太宰を心配しここで待っていてください。俺達が止めてきますと国木田が云うのに福沢もそれに頷いた。

 ばたはたと敦達の元に走っていき、数分後には敦たちをつれて戻ってくる。ごめんなさい。怖かったですかとあわあわとした二人があやまってくるのをううんと首を振って答えた。それより早く帰ろう。か細い声がいうにのああとみんなが帰ろうとする。

 福沢の腕のなかちらりと太宰は男のいた方向をみた。そこにはまだあの男が太宰たちのいる方向を見つめながら立ち尽くしていた



「あの男たちに何かされたか?」

 問い掛けられたのにきょとりと首をかしげる。様子のおかしい太宰を心配して早めに帰ってきた福沢の家。そこでも隅の方で固まり続ける太宰に声を掛けたのだが帰ってくるのは不思議そうな顔であった。

「ううん。何もされてないけどどうして?」

「様子が変だ。何かあったのではないか」

「……大丈夫だよ」

 じっと心配そうな目が見つめてくる。ふっと今日あった男の事を思い浮かべるがなんと云って良いか分からずに口を閉ざす。会っただけ。だけど何か妙な感じがする

「にしては顔色が悪い。本当に大丈夫か何か」

「……」

「迎えに行った時酷く怯えているようにも思えた。何かあの時あったのでは」

「……ん」

「太宰」

 何度も問い掛けてくるのに太宰は唇を閉ざす。俯いて福沢から逃げようとするかのように少し後ずさった。

「怖いのか……」

 これ以上云うべきではないかと思いながらも太宰の姿にどうしても気になってしまう。怖いのかと云ったとき太宰の肩がぴくりと跳ねて恐れるように福沢を見た。どうして良いのかと迷うような子供の顔に太宰の小さな背をそっと撫でる。

「口うるさく思うかもしれないが心配なんだ。

 何かあるのなら云ってほしい」

 ぎゅと閉ざされた口元。泣き出しそうな目がじっと見上げる。

「……なにか」

 言葉にしそうになって太宰は口を閉ざす。福沢に問い掛けられるのに一瞬云いそうになったけれど云いたくないと思ってしまった。男の姿を思い浮かべる。会ったばかりで全く知らないはずなのに思い出すだけで嫌な感じがする。だけれどそれを誰にも云いたくなかった。

「どうした」

「ん……」

 じっと見つめてくる瞳に首を振る。福沢の顔に悲しそうな色が浮かぶのに苦しくなったけどそれでも云いたくなくて深く俯く。そんな太宰の肩をそっと福沢が手繰り寄せた。

「……今日は共に寝ようか」

「え?」

 これ以上聞くのは無理かと思い別の言葉をのせるとキョトンとした目が見上げてくる。

「人の体温があると安心するものだ。お前も少しは安らぐだろう」

 だから共に寝ようと囁かれるのにんと太宰は頷いた。ぎゅと抱き締めてくる福沢に手を伸ばしてほっと息を吐き出す。


「おやすみ」

 電気を消した部屋。一つの布団のなかできゅっと抱き締められるのに想像していたのとは違った太宰は僅かに固くなった。だが柔らかく落とされた声に安心してゆっくりと目を閉じていく。

「……お休みなさい」

 すぅすぅと聞こえだす寝息にふっと福沢は僅かな笑みを浮かべる。

「良い夢を」


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