第7話
探偵社を見回し福沢が固まるのに社員はみな困ったような顔をした。
「太宰はどうした」
「それが賢治君と出掛けていて……」
「賢治と……」
不可思議そうに福沢が繰り返すのにええと、数人が頷く。もう日は暮れており探偵社も終わりの時刻。仕事を終え社長室から出てきた福沢だったが、共に帰る筈の太宰が事務所にいなかった。
「社長に後で賢治君と一緒に帰るから先に帰っておいてほしいと伝云がありますけど、どうしますか……」
「後で……」
渋面で固まる福沢。しばらく待っても返事が返ってこないのに心配ですよね、待ってますかと事務員が聞いたがいやと首を横に振った。
「賢治がついているのだろう。なら大丈夫だろう。先に帰ることにする」
とは云ったもののやはり待っていれば良かったかと帰途に着きながら福沢は少し後悔した。ここ最近は太宰と共にずっと帰っていたからか一人で帰る道は幾分か寂しい。何を話すわけでもないので賑やかと云うわけでもないのだがやはり一人よりは二人の方がずっと良かった。寂しさを感じながらさてとと福沢は一人今日の夕飯は何にしようかと考える。
今日は賢治が来ることになっていた。だからこそ賢治とこんな時間まで太宰も出掛けているのだろう。賢治が来るのなら和食、野菜を沢山使ったものが良いだろうかだとしたらなど色々考え込んでいたら、あっと云う声が後ろから聞こえた。その前からなにやらがらがらと云うと音がずっとしていた。何だと後ろを振り向こうとするがその前に福沢の横に何かが止まる。
見えたのは大きな荷車。そしてそれを引く賢治にその上にのる太宰であった。福沢さんと太宰が笑顔を浮かべ名前を呼ぶ。
固まった福沢は二人をじっと見つめた。
今帰りと問い掛けられるのにああ、そうだがと答えてからお前たちは畑仕事をしていたのかと問い掛けた。太宰はうんと頷き、賢治はぱぁあと明るい笑顔を浮かべる。凄いです。何で分かったんですかと聞いてくるのにそりゃあ、分かるだろうと大量の泥で汚れた二人と荷車に積んである山盛りの野菜を見る。
「食べ頃になったんで是非今日の夕食にでもと太宰さんと一緒に取ってきたんですよ。沢山食べましょう」
そうか。ありがとう。そう口にするものの流石にこの量は食べきれないのではないかと荷車に積まれた野菜を見た。だが輝いたような目が見つめてくるのに云えるはずもなかった。
「賢治君凄いんだよ。車も持ち上げて賢治君が聞くとみんな何でも教えてくれるの」
「みんな親切な人だからですよ」
「仕事すぐ終わっちゃったんだよ。それで暇になったから畑見に行こうかなって云ってた賢治君についていたの。畑凄く広くてね沢山お野菜育ててたの。全部賢治君が一人でやってるんだって。今日は僕少しだけどお手伝いしてきたよ」
「太宰さんが手伝ってくれたので草むしりが早くすみました。良かったです」
「またお手伝いするね」
「本当ですか」
にこにこと二人が今日あった話をするのに福沢は途中少し相槌を打つ。前半物騒な話が聞こえてきたものの話す二人はほのぼのとしていて下手な横槍は止めようと思ったのだ。ただ心のなかでなぜこの二人でいかせたと他調査員たちに問い詰めている。何を考えているのだと福沢が思っている前であ、そうだと太宰が声を強めた。福沢さんと太宰が名前を呼ぶ。その目が輝きと不安をのせる。その目に写るものを形容するのであれば好奇心が近いのかもしれない。
「ねえ、美味しい」
千代古令糖色の目が見上げてくるのにらしくなく瞬く。何故今そのようなことをと。福沢達が問い掛けることはあれど太宰が問い掛けてくることは今までなかった。初めて料理の手伝いをするようになったときこそほんの少し気にしている素振りがあったがそれ以外は特に味を気にするような事をなかった。美味しいと毎日のように声をかけるものの太宰はあまりその事に興味を持っていないかのようだった。
それがなぜと考え込むのにあのねと太宰が話す。
「賢治君が今日云ってたの畑で自分が収穫したものを食べるのは格段と美味しいんだって、だから美味しい?」
千代古令糖の目がじっと見上げてくる。いや、何がだからなんだと思ってしまいながらそれでも多分正解なのではないかと思う言葉を口にする。
「ああ、とても美味しい」
大きな目がさらに大きくなる。ほんとと微かに明るさを増した声。本当だと返し、横からは賢治が僕も凄く美味しいですと言葉を紡ぐ。太宰の顔に笑みが綻ぶ。
「僕もね凄く美味しいと思うよ」
ふわふわと笑うのに食卓には笑みが溢れた。
*********
横一列に並んだ六人はきょとんと顔を傾けた。此所しばらく忙しかったのが嘘のように暇になった探偵社で書類仕事等を片付けていた最中、福沢に呼ばれた六人。敦に鏡花、賢治に谷崎、ナオミにそして太宰。今までにない人選に何のために呼ばれたのか分からず疑問が巡る。それは周りも同じようで何があるのかちらちらと六人に視線を送っていた。
福沢はじっと六人を見つめる。見つめられる太宰を覗いた五人体はがちがちに固まっている。
「あの……、」
何の用事でしょうかと声をかけようとした敦の肩が震える。じろりと見つめてきた目は鋭かった。はぁと遠くで見ていた与謝野がため息をついた。
「駄目だね、ありゃぁ。あんな顔してどうすんだい」
「与謝野先生は社長が何のために呼んだのか分かっているんですか」
「まあね」
こそこそと話す与謝野と国木田。興味深そうに全員がその二人の方もちらちらと見始めた。
「何なんですか」
「見てりゃあ、わかるよ」
じっと見つめるのに、福沢も六人をじっと見つめる。奇妙な空間が出来上がるのに気付いてるのか気付いてないのか。数分たってから福沢はその重い口を開く。
「ここ数日忙しいのによく働いてくれた。礼と云うほどでもないのだが、私からの贈呈品だ」
へっと六人の口が開く。きょとんと周りも首を傾けた。何故六人だけと。働いてきたのは全員。福沢の性格を考えてもわざわざわけることはないと思うのだが。疑問に答えたのは福沢。
「遊園地のチケットだ。たまには年相応に遊ぶのも必要だろう」
ああ、成る程と全員が首を縦に振った。今の太宰は勿論敦や鏡花、賢治、谷崎、ナオミと福沢の前に立つ六人はまだ未成年。いつも殺伐とした探偵社の仕事をこなしているが、たまには子供らしいことをするべきだろう。きらきらと敦や鏡花、賢治の目が輝く。
「いいんですか!」
「遊園地楽しみです」
嬉しそうに三人が笑うのに、谷崎やナオミは困惑した様子だった。
「え、いいんですか」
「私まで……」
「いつも頑張ってくれているからな。それに……」
福沢の目が騒ぐ敦や鏡花、賢治を眺める。周りもそれを見つめた。そしてくいくいと福沢の服の裾を摘まむ太宰に目を向ける。
「遊園地ってなに??」
不思議そうに問いかけてくる太宰。福沢の目の動きを追った二人はああ、と納得の声を漏らす。太宰は勿論のこと三人も遊園地など行ったことがなさそうであった。
「中の案内をしてくれる人が欲しいからな。私もついていくが始めてゆえ」
えっ!!と叫ぶような声がほぼ全員から聞こえた。彼方此方から立ち上がる音が聞こえ、福沢を見つめる。五人もえっ?? と目を見開いていた。
「福沢さんも来るの」
「ああ。嫌か」
「ううん。でも遊園地ってどんなところ」
「…………………子供がたくさん遊べるところだ」
見ようによってはほのぼのとした会話が聞こえる。谷崎の肩を幾人かが叩いた。
「頑張れ。お前の責任は重大だ」
「ふわぁ!! 凄いです! 全部乗れるんですか」
「凄い……。どれも楽しそう」
「うわぁ! 僕こんな楽しそうなところ来たの初めてです」
きらきらとした眼差しを三人が向けるのに谷崎は笑みをこぼす。来れて良かったねと声をかけると瞬時にはいと明るい返事が聞こえにこにこと笑顔を浮かべる。
「何処にいきましょうか、太宰さん」
振り向いて声をかけたその目が大きく見開かれる。敦だけでなく鏡花や賢治も楽しげにしていた顔を強張らせる。振り向いた先では太宰が何かに怯えるように福沢の後ろに隠れていた。
「太宰さん、どうしたんですか」
「何かされた」
二人が聞くのにぴくりと顔を強張らせながらううんと太宰は首を振る。
「人混みが怖いらしいのだ。こないだ与謝野たちとデパートには行っていたが、普段はあまり人混みの多いところには来ないからな」
失敗してしまったな。別のところの方が良かったか。すまぬな。福沢が声をかけるのに太宰はぶるぶると勢いよく首を振った。大丈夫だよ。敦や鏡花達を見てそう呟く。
「すぐなれるから、だからちょっとだけ待ってて」
福沢の足元に隠れながら太宰が呟くのに、それは待ちますけどと歯切れ悪く口にする。
「無理しなくて良いんですよ」
「辛いなら帰った方が」
「僕らのことなら気にしなくても良いんですよ」
はしゃいでいた自覚があり、それぞれ気まずそうに声をかけるのにうんうんと首が振られる。三人を見つめる太宰は辛そうにしながらそれでも帰りたそうにはしていなかった。
「僕もみんなと遊ぶの楽しみにしてたんだもん。だからちょっと待ってて」
少しだけ見開いてそうですよねと声が出る。分かりましたと響く。
「じゃあ、太宰さんが落ち着くまで何処かで休みましょう」
「彼処座れる」
「あ、本当だ。太宰さん、彼処まで行きましょう」
「僕らもついてますから大丈夫ですからね」
休める場所を探す姿を嬉しそうに見る太宰。彼らの提案に大きく頷くのに福沢がその小さな体を抱き上げる。大きな目が福沢を見る。歩けるよと口にするのに気にするなといいぽんぽんとその頭をなでた。大人しく抱き抱えられながらにへりと口元に笑みを刻んだ。
数分休んでもう大丈夫だよと口にした太宰はまだ少しだけ怯えている様子があったものの、にっこりと笑って何処に行くと聞いてくる目は期待に満ちていた。さあ、遊ぼうと乗り物に向かう。最初に向かったのはまだ万全でない太宰に考慮して子供向けの遊具が集まる。広場であった。コーヒーカップやメリーゴーランドに鏡花が目を輝かせた。
「……可愛い」
きらきらと輝く目は華やかなそれらに視線を奪われている。
「馬だね。あれに乗るの」
「そうですよ」
「楽しそう」
「そうでしょう。是非乗って来てください。僕はここで撮影しますので」
じっとメリーゴーランドを見つめた太宰が話すのに答える谷崎。こちらもきらきらと目を輝かせるのにすちゃりとカメラを構えた。すぐ近くにいた福沢の眉が僅かによる。
「カメラなら私が撮ろう。お前も乗ってきたらどうだ」
「あ、いえ、僕が撮りますのでどうぞ社長も太宰さんと一緒に」
「だが」
「良いですから」
強く云い切られるのに眉間に一つ皺が寄る。谷崎と名を呼ばれるのに肩が僅かに震えた。
「何を云われた」
「…………社長の写真を撮ってくるようにと」
低い声。圧に負けて谷崎は答えた。はぁというため息が福沢からでて乱歩かと問う。はい。出来るだけメルヘンなのに乗せて来いと。谷崎が答えたのにさらに重いため息が出た。全員で行くのでは流石に人数が多くなるからと今回は未成年組だけと行くことにした今回。僕も行くと最後まで駄々を捏ねた乱歩に何か仕掛けられているだろうとは思っていたが、本当に仕掛けていたとはとあきれる。カメラが私が変わろうと手を差し出せばいやと、歯切れの悪い声。でもと口ごもるのにあれのことは気にせんでいいと口にしたとき、着物の裾がきゅいと引っ張られた。
「福沢さんも早く乗りに行こう」
にっこりと笑って見上げてくる太宰。いや、私はと云いたかったが早く早くと引っ張ってくる太宰の笑みの前に消える。ほらと笑うのについていてしまった。ホッとした谷崎にピースを太宰が見せた。
「馬さん、どれがいいかな。敦君は白だとして賢治君や鏡花ちゃんは何色にする」
「僕は白決定なんですか」
「だって敦君白いもの」
ふっふと太宰が笑うのにがっくりと敦の肩が落ちた。そうですけどと力ない声がする。
「貴方はどれに乗るの?」
「僕らは太宰さんの近くにしますよ」
「んーー、僕は……、あ、福沢さんも白いから白にしようかな」
……無邪気な声に周りの空気が固まった。びっしりと凍り付くのにあれ? 駄目だったと太宰が首を傾ける。太宰と福沢が太宰の名を呼ぶ。何と見上げるのを前にじぃと見下ろす福沢は暫くして口を開いた。
「白に乗るか」
「うん!」
「楽しかったですか」
「うん、くるくる回るの面白かった」
「凄く楽しかったです!」
終わったあとふわふわと会話を楽しむ太宰達を前に福沢はふぅと吐息を吐き出した。やっと終わったとその顔には書いてある。楽しむ太宰達をすぐ傍で見ているのは微笑ましかったのだが、何分周りからの視線がいたかった。何時もの格好で来てしまったからか、それとも他の理由でかは分からないが周りから物珍しいものをみるかのようにじろじろと見られそれに些かばかり疲れてしまった。次はどれに乗るのと云う言葉に気を引き締め直す。
そして一瞬だけその顔を凍らせた。次はあれに乗りましょうと示されたのはこれまたファンシーな乗り物であった。
「楽しかった! もう一回!」
「もう一回」
「また乗りましょう」
明るい三人の声が聞こえるのにぐぇとひしゃげた蛙のような声が二人分聞こえた。谷崎と敦が青ざめた顔で三人、太宰に鏡花、賢治を見ている。福沢も僅かばかり疲れた顔でその三人を見る。ナオミこそ笑みを浮かべているもののその笑みは力ない。
「またですか」
「うん」
云外にそろそろやめませんと云う気持ちを乗せて問い掛けられたのに返ってくるのは明るい返事。それと正反対に二人は絶望の顔をした。暫く子供向けのアトラクションで遊んだ後、他の場所に移った七人。何に乗るかとなった時、太宰があれは何と興味津々に問い掛けたのはジェットコースター出会った。その時すでに谷崎はげっという顔をした。及び腰になるのに敦も含めた四人は楽しそうに乗ってみましょうと話し、全員で乗ることに。僕は良いかなと谷崎が云ったのだがもう既にカメラを撮っていなかったのに一緒に乗ろうと太宰がいい乗ることとなった。
そして……、
出てきた時、谷崎だけでなく敦もげっそりとしていた。もう二度と乗らないと呟くのとは反対にもう一回乗りたいと云い出したのは太宰。凄く面白かったとテンション高くはしゃいでまた乗ろうとみんなに云う。それだけでも無理とは云い出せなくなるのに賢治や鏡花まで乗りたいと云い出して。二回目を乗ることとなった。それから一時間あまり。四回目を終え、このままでは五回目に突入することになりそうであった。
どうにかしてくれと悲痛な目を谷崎と敦が福沢やナオミに送る。どうすべきかと福沢は考えナオミはやつれた兄様も素敵と考えていた。そして兄様の為にと声を掛ける。
「次もいいですけどお昼時ですしそろそろ昼食を食べませんか」
云われてもう行こうとしていた三人が固まる。二人の視線が太宰を見つめ、太宰は己の腹に手を当てていた。
「そういえばお腹すいた。ご飯食べよう!」
にっこりと笑われるのにホッと息をはく。
お昼は遊園地のレストランで取ることとなった。お弁当を作ってもいいかと思っていたのだが、折角だからとそこで食べることにした。それぞれ頼んだものを食べながら福沢はほんの少し眉を寄せかけた。どうにもいつも食べるものよりも味が濃く舌に合わないのを感じた。美味しいと笑うのを見て、こんなものかと食べていく。
「美味しいですね」
「僕のも食べませんか、美味しいですよ」
「私のも」
「こちらも美味しいですわよ」
「食べる!」
にっこりと笑う太宰を見つめる。あーんとされるのにあーんと大きく口を開ける。美味しいと問い掛けられるのにうんと頷いて笑顔見せた。
「美味しいね」
「ですね」
楽しげに食べ合う六人を見つめて福沢はほんのりと微笑む。福沢さんと呼ばれる。にこにこと笑った太宰が見上げて美味しいと問いかけてきた。
「ああ、お前も食べるか」
「うん!」
あーんと口に開けるのに僅かに固まりながらあーんと一口を分け与える。美味しそうに食べるのに美味しいかと問いかけるとうんと力強く答えられた。
「みんなと食べるの楽しくてね、みんなが美味しそうに食べてるの見たら僕も凄く美味しく感じられるの」
太宰の言葉に僅かに見開いてそうかと笑みを落とす。もっと食べさせてやりたくなって分け与えようとすると周りから私の僕のもと差し出される。うふふと太宰が嬉しそうに笑う。
今日は楽しかったね。
太宰が声をかけるのにそうですね。とみんなが答える
「また来たいですね」
「うん。今度はね敦君たちだけじゃなくてみんなとがいいな。きっともっと楽しいよ」
「それはいい考えですわ」
「是非来ましょうね」
「他にもね沢山みんなとお出掛けしたいな」
「良いですね。どこ行きましょう。あ、そうだ僕の村なんてどうでしょう。田畑が沢山あって山に囲まれて凄くいいところですよ」
「行く!」
「いや、賢治君の村はちょっと……。でも今からの季節山や海とかは良いかもですね」
「山や海……。楽しみ。虫取やビーチボールをする」
「なにそれ、どうやってやるの」
きゃあきゃあと騒ぐ声を聞きながらさてと、今年の夏は探偵社にもお盆休みが必要だなと予定を考え込む。
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