第3話
はぁと重いため息ががやがやと五月蠅い居酒屋の中に落ちる。机の上に力なく頭を預けた白い頭が今にも死にそうな顔をしてずっと吐き出し続けていた。
「止めろ、敦。鬱陶しい」
「だって……」
太宰さんがと情けない声をあげるのに国木田も渋い顔をする。太宰かと云えば、太宰がね太宰さんが太宰さんと声が幾つも落ちていく。探偵社で福沢に太宰と別れた後、自然と全員が同じ方向に足を向けていた。飲もうの言葉もなく一つの店に集まり顔を付き合わせている。
「太宰さんがあんな風だったなんて僕知りませんでした」
敦が云うのにみんなが黙りこくり、それから次々に私も僕もと声が聞こえる。みんな同じことを思っていた。
太宰と云えば思い浮かぶのはヘラヘラとした笑顔。誰の前でもにこにこと笑って明るい姿を見せる。時々恐ろしい雰囲気を纏うこともあるがそれでも大抵は明るく笑っているような奴で。暗い過去があることは知っていても彼奴のことだから何だかんだへらへらとやっていたんだろうと思っていた。それが……。
突然現れたのは誰も知ることのなかった太宰だ。
にこにこと何時も浮かべていた笑みは消え能面のように動かない。ごく稀に現れた笑みは美しく人を誑かし虜にするためのもの。
知っていたことがある。ぼんやりとだけだが気付いていたもの。太宰と自分達の間には大きな壁がある。彼のことで知っていることなど全てが表面的。過去マフィアで働いていたこと以上の深いことなど誰も知らない。今回の件は太宰のことを今までよりより深く知れたと共にだからこそ苦しかった。太宰があんな風な子供だったなんて。想像もし得なかった事態に驚愕した。
「太宰さん……」
もう一度敦が泣き声を落とした。探偵社員がいる空間だけがしーんと静まり返る。静まり返るなか敦が机から体を起こした
「僕」
弱々しいながらも敦が呟く。
「絶対太宰さん。笑わせて見せます。あんなんじゃなくてちゃんと心から笑わせてみせます。沢山優しくしてやります!!」
力強く宣云するのに周りもほっと笑みを浮かべた。
「そうだな」
「そりゃあいい」
「僕もやりますよ」
次々と声がするのに敦は笑う。
そうしたらきっと元に戻った太宰さんも少しは笑ってくれるようになりますよね
******
「太宰さん、ご飯の時間ですよ」
声をかけるのに太宰の顔が上がった。んと頷いてとことこ歩いてくる姿に敦もそれを見ている周りも可愛いなーと頬を緩めた。今、太宰が着ているのは黒猫のパーカーであった。乱歩が太宰が着ている所がみたいと云って昨日買ってきたのだ。それを何も云わずに着ている。乱歩に云われるままにフードをしっかり被っているので歩く度に耳がぴょこぴょこ揺れて探偵社の癒しとなっていた。
幼い太宰が見つかってから二週間近くたった。
毎日来ているうち太宰も探偵社に慣れ誰の言葉にも何かしらの反応を返すようになっていた。毎日の勉強により言葉は大体話せるようになり、口数もほんの少しは増えている。食事も箸でできるようにまで成長していた。急激に知識を得ていくのに何処かでまだ残っていた疑いが消えた。ああ、やはり太宰なのだと思うと何とも云いがたい思いがうちに産まれそれを抱えてみな太宰に接していた。どうにか太宰を普通の子供のように笑顔溢れる子にしたかった。
敦と鏡花が作ってきた弁当を食べている太宰をみんなが見守る。
「あ、そうだ、太宰さん!! 今日は誰の家で泊まりますか?」
もくもくと食べている太宰にほっこりとしていたとき聞こえた声にぴっくりと太宰以外のものの肩が跳ねた。一瞬高まる緊張感。元々集まっていた視線がより強く集まりだす。最初に声をかけた賢治が僕の家に来ませんかと云うのをひぎりにいやいや、たまには僕の家なんて、私と兄さまの所なんかどうでしょうか。私のところ。妾の所においでよ。次々と声がかけられていく。
きょとりと太宰の目が瞬いた。見つめてくるギラギラとした目を一人ずつ見つめていく。
普段福沢の家で暮らしている太宰だが二日前から福沢は出張に出ており帰ってくるのは明後日の予定である。その間は探偵社の調査員たちの所で太宰を預かることになっていた。決定権は太宰にある。故に全員の目が太宰に向かう。みんな太宰と暮らしたいと思っている。決定権が太宰にあるのも調査員たちに任せたら争いになるからだ。太宰に無理矢理選ばせるようことはしないようにと強く云い付けてから出張へとでていた。ついでに乱歩だけは泊めないようにと云った為初日は大変乱歩の機嫌が悪かった。でも正解だなと社員全員が思った。何せ乱歩は一応独り暮らしはしているものの殆ど自分で家事はせず誰かにやらせているのだ。大人しい太宰とはいえ世話が出来るとは思えなかった。
なので乱歩は誰が良いか繰り広げられる言葉の応酬には加わらず不貞腐れながら弁当を食べていた。乱歩の他には国木田が輪の中には加わらずもくもくと食べている。国木田も幼い太宰は可愛いと思いどうにかしてやりたいと思うが、どうしても彼の知る太宰のことを思い出してしまい積極的には話しかけられないでいた。寧ろ何故みんなすぐに順応できるのだと驚いているほどだ。よくやると思いながら会話には交じらずぱくぱくと食べていた。
そこに一斉に視線が向く。
先程まで僕が私がと騒いでいた空間が唐突に静かになる。なんだと驚き顔をあげた国木田が見たものは真っ直ぐに自身の方を指す太宰の姿だを
きょろきょろと辺りを見てしまうのに周りからのすべての視線が向けられている。
「何だい? 今日は国木田かい」
「残念です」
「国木田さん、太宰さんのこと頼みましたよ」
「はい??」
間抜けな声を出した国木田を太宰がじっと見ていた。
「何を食べたい」
「何でもいい」
国木田は返ってきた返事にそれが一番困るんだがと眉間に皺を寄せた。
何もしていないにも関わらず太宰の今日の泊まり先に選ばれてしまった国木田は何で俺がとも思ってしまったが、「まあ、あいつもちょっと疲れてるんだよ。みんなあいつに構いまくるからね。そう云うのに慣れてないから、あんまり興味無さそうなお前にしたんだろうね」この乱歩の言葉に納得してしまった。確かにあそこまで構われたら疲れたりもするだろう。
今日はゆっくりと休ませてやってよと云われるのに頷き、国木田は少し早めに太宰を連れ帰った。その途中スーパーにより買いだしによる。冷蔵庫に残っているものを思い出しながら問い掛けた。この年頃の子供が何を好むのか分からなかったからの質問なのだが返ってきたのは先程の簡潔な答えで……。気を使っているとも取れる言葉ではあるが、
「なら、どんな味付けが好きだ。やはり甘いのがいいのか」
もしくは濃いめか。オムライスなどは子供が好むときいたことがあるが、考えていた国木田は返事がないことに気付いて太宰を見た。大きな目が国木田を見上げている。その首がことりと傾く。
「味付け?」
繰り返された言葉にああと国木田が声をあげる。大体話せるようになったとはいえ、すべてを理解できているわけではまだないのだ。
「味付けと云うのは……、その料理についた味のことだ。甘いとか辛いとか色々あるだろう」
国木田の言葉にますます太宰の首が傾く。分からないと云う顔をされるのに国木田の方が固まってしまう。
「あーー、いつも食べるおやつと敦が作ってくる弁当では味が全然違うだろう。おやつは甘いが弁当はまた別の味だろう」
きょとんと傾けられたままの首に国木田はなんと云えば通じるのか必死に考える。元教師とは云え担当は数学の上、中学生教師だ。子供に言葉を一から教える方法など知らなかった。いや、そもそもこういうものは自然と身に付けていくもので教えるものでもないはずなのだがと思ってしまいながらも答えを探す。首を傾けていた太宰も何かを考えていたようでますます首を傾けて国木田を見上げた。
「違いなんてないよ」
「へ?」
「おやつもお弁当もみんな同じだよ」
「はぁ? 何を云っているんだ。そんなはずはないだろう。どれも違うはずだ。おやつだって昨日と今日では違っただろう」
固まった太宰は考えるように大きな目を動かす。きょとんと瞬きが繰り返されて首が横に振られるのに今度は国木田が固まって動けなくなった。
「これは」
きょとりと傾けられた首は変わることなく傾けられたまま。おなじと短い言葉が答える。
「じゃあ、次はこれだ」
スプーンが太宰の顔の前につき出され、あーーんするように促す。口を開く太宰。その舌にスプーンが乗る。ぱくりと口を閉ざすのにどうだいと聞かれる。口を開けた太宰はゆっくりと首を横に振った。
「同じだよ」
「そうかい」
分かったと云った与謝野から深いため息が出た。どうですかとすかさず国木田が聞く。
「駄目だね、こりゃ。詳しいことは妾も専門じゃないから分からないけど味覚障害ってやつだろうね。味を全く感じられてないよ」
「そんな……」
重苦しい空気を醸し出す二人を太宰は不思議そうに見つめていた。
スーパーでの太宰の発云の後国木田はとっさに与謝野に連絡を取った。自分では判断ができないために与謝野に一度診てもらえたらと思ったからだ。家に帰る途中だったのが与謝野がまだいる探偵社に慌てて戻った。
そして診てもらった結果分かったことに二人して肩を落とす。
「味覚障害というのはよくわからないのですが、幼くなっているとは云え体は太宰のもので間違いないのですよね。だとしたらつまり……」
「妾もよく分からないけどその可能性は充分あるよ。むしろそうじゃない可能性の方が低いと見た方がいいんじゃないのかね」
二人の間に沈黙が落ちて、幼い太宰を見つめる。きょとんと首を傾ける太宰は自分がおかしいことにまだ気付いていない。それから二人は扉を見た。
探偵社内、残っていたものは多くいて太宰のことを気にして外で待っている。とても心配しているだろう彼ら。太宰のことを話せばまた荒れるだろうことは簡単に予想できた。
「病院につれていきたいところだけど今のこいつだとね……。取り合えず私の家で調べてみよう」
「ありがとうございます」
「にしても社長も気付かないもんかね。ずっと生活しているんだから気付きそうなもんだが。普段何の話をしてるんだい」
太宰がきょとんと首を傾げた。どんな話と太宰の声が聞こえるのにああと遠い声がした。
「そもそも社長は普段から話さすぎなんだよ。だから子供と何を話して良いかも分からないんだ。困ったもんだよね」
太宰も云ってやってと声がするのにむすっとしながらも福沢が返せる言葉はなかった。
出張から帰ってきた福沢に伝えられた太宰が味覚障害を患っていると云う報告。聞いたときは酷く驚き心配した。それは治るものなのか、また治すためにはどうしたらいい。そういつになく早口で捲し立てた。なのに返事は返ってこず逆に普段家で太宰と何を話しているんだいと質問をされる。家で……。社で何をしていたかなどは一応聞いているが。そう答えた福沢に与謝野と乱歩は盛大にため息をついた。だからだめなんだよ。何なんだと目を白黒させる福沢に向けて云われた言葉。いくら相手も喋らないからって云っても、子供なんだから沢山話しかけてやんないと。決めた、今日からしばらく社長の家に社員が泊まりに行くようにしよう。ローテーションで一人か二人ずつ。ああ、そりゃあいいね。まずは僕からね! 矢のように次々と話し出した二人。福沢が口を挟むまもなく探偵社員達が泊まりに来ることが決まっていた。
そして初日の夜、宣云通り乱歩が福沢の家に来ていた。普段お帰りとただいまを云った後は静かな福沢家は乱歩が次々喋るので騒がしい。先にお風呂にするかご飯にするか、何か食べたいものはあるかなどの問い掛けならば多少はあるもののそれ以外は本当に何の会話もないのが日常の福沢家。唯一あったのは食の時に聞く今日の出来事の話だけ。なので太宰も当初は目を白黒させ困ったように乱歩を見ていた。そのうち慣れたのか乱歩のとなりで大人しくしているようになったが、そうなるまでは逃げるように乱歩から離れていた。それを追いかけ回ったのは乱歩だ。
太宰が大人しく自分の隣にいるようになるまで追いかけ回し、大人しくなった後はご飯ができるまで一人太宰の側で話し続けていた。ご飯を食べ出した後もひたすらに話し続けている。
そして福沢にされた駄目だし。云い返せずにもくもくとご飯を口に運ぶ。
「聞いてる?」
「……聞いている」
答えるのを躊躇いながら鋭い目に返せば、なら何か云ってよねと責められる。
「良い、福沢さんの課題は口数を増やすことなんだからね。せめて太宰との間でぐらい話せるようになってよね。
太宰だって毎日仏頂面となにも話さないでいるなんていやでしょ。おしゃべりしたいよね」
にこっと笑顔で声を掛けるが太宰は見上げるだけ見上げって何も云わなかった。福沢と乱歩を交互に見ながらもどうして良いのか分からない様子を見せ、福沢がしたようにご飯を食べることに逃げた。じっとめで乱歩が福沢をみだすのを福沢ももう一度ご飯を食べることで逃げる。
全くといって乱歩が話し出す。今日の探偵社の様子を話すのに相槌をうちながらそう云えば今日は何をしたのだと太宰に問い掛けた。食べていた手が止まる。福沢を見上げた太宰は、じっと福沢を見てから話をやめた乱歩を見る。話しても良いのと確認するように太宰が二人を交互に見るのに、福沢も乱歩も太宰を見た。
「今日は与謝野さんと言葉の勉強したよ。えっと、平仮名習って書けるようになった。僕の名前も書けるようになった」
「そ「凄いじゃないか! 偉いね、太宰は」
凄いなと云おうとした福沢の声は乱歩に遮られ先に云われてしまった。がしがしと乱暴に太宰の頭を撫でる相手をじっと目で見つめれば、同じくじっと目でみられる。早く云わないからだよとその目は語っていた。
「あ、後敦君と賢治君と少しお出掛けした。それから、鏡花ちゃんとナオミちゃんとトランプゲームもしたよ」
「な「なにをしたんだい」
「ババ抜きと七並べ、それから神経衰弱って二人は云ってた」
「たのし「いいね。今度僕ともやろうか」
尽く福沢の言葉は乱歩に遮られる云わせる気がないだろうと睨み付けると舌を出される。ひくりと福沢の頬がひきつった。太宰の次の声は聞こえない。これで終わりなのだろう。唯一ある食事中の会話すらもすぐに終わるのが常だった。だが今日は引き伸ばせとばかりに乱歩の目が福沢を見てくる。
「……楽しかったか」
迷った末先ほど乱歩に遮られた事を問い掛ける。太宰の首が縦に振られる。
「………………」
無云になる福沢。福沢が無云になれば太宰も無云になる。沈黙が流れ、その後咀嚼音が聞こえ出した。福沢を乱歩が睨み付けるが、福沢にはこれが精一杯だった。他に何を話せば良いのか全く思い付かない。口を閉ざすのにはぁと乱歩がため息をついた。
「トランプ、誰が勝ったの?」
太宰がきょとんと目を瞬かせた。モグモグと口にいれたものを噛みしめる。その間乱歩を凝視していた太宰は、ごくんと飲み込むと口を開いた。
「えっと、一回目のババ抜きはナオミちゃん。その次は僕。三回目も僕で、七並べは鏡花ちゃんが勝って、次がナオミちゃん、三回目が僕。神経衰弱は二回やって僕が勝った」
「へぇ、どれがやってて一番楽しかった」
「…………」
「あーー、簡単だったのはどれ」
「神経衰弱」
「そっか。太宰は記憶力良いんだね」
「……分からないけど与謝野さんも同じこと云ってた」
「だろうね。敦君たちとは何処に行ってたんだい」
「近くまわった」
「誰かにあったりした」
「賢治君の知り合いの人たちに一杯話しかけられた。あ、後お菓子貰ったよ」
「え、それはいいね。なにもらったんだい」
「飴とクッキー」
「美味しかった」
話していた太宰の口が閉じる。何を云えば良いのだろうかと迷うように目が下を見た。右左と動いてそれから乱歩を見る。
「食べれたよ」
「それはそうだ。何処か行ってみたい所とかなかった」
「?」
「なかったか。でも楽しかっただろ」
「……うん」
「また、今度行こうか。誰とが良い。僕と「私と行くか」
二人の長く続く会話を福沢は眺めていた。流石だとは思うもののチラチラ見てきてされるどや顔だけはいらないと思ってしまう。なるほどと思うこともあるもののその顔に口許の頬が引きつくのだ。
どうしてもやり返したくて睨むように二人の話を聞いていた福沢はここだと素早く口にした。あっという顔を乱歩がする。乱歩をずっと見ていた太宰の目が福沢を向きこくりと頷かれた。歩の悔しそうな目に優越感を覚えていたがそれはすぐに打ち消された。
「僕とも行こうか、太宰」
乱歩の言葉にすぐに太宰の目は福沢から離れそれからあっさりと頷かれる。べっと出される舌に一瞬だけ殺意が沸いた。
「何処行こうか~~。駄菓子屋にでも行く?」
乱歩の声が聞こえてくるのに福沢は子供が喜ぶ場所を考え始めた。
二人の話し声が賑やかに聞こえた。
「太宰、寝た?」
「ああ、今眠った」
「ふーーん。良く寝るようになったんだ」
聞こえてくる声に云ってない筈なのだがとは思うものの彼ならそうかと思い福沢は頷く。ここに来た当初は福沢を警戒して数時間程度しか眠れなかった太宰も最近ではぐっすりと眠るようになっている。今日も今しがた眠ったところ。もうしばらくは起きないだろう。自分もそろそろ寝ようかと思いながら福沢は乱歩を見る。
机の上にだらんと頭を投げ出している乱歩は眠そうに瞬きを繰り返している。昔の彼であれば遠に寝ている時間だ。
「お前は寝ないのか」
ふわぁと乱歩は欠伸をした。眠たそうな目を福沢に向ける。
「寝るけどさ福沢さんに一つ聞きたいことがあって、」
「何だ」
目を擦りながら云われるのにそこまでして彼が聞きたいことは何なのだろうか疑問に思う。眠いなら明日にしても良いだろうにと。太宰のことだろうかと思った。
「太宰のことなんだけど、福沢さん彼奴と何かあった」
「何かとは何だ」
「んーー、何というか何か話した? 福沢さん夕飯の時に会話とかも昔はしなかったでしょ。なんか僕が一人でたくさん話してた記憶しかないんだけど……」
「……そうだったな」
乱歩のいう昔を思いだし頷く。確かに昔乱歩と共に暮らしているときも乱歩の話を聞くだけで自分から話すようなことはなかった。
「会話は足りないとはいえ夕飯の時だけは一応話してるみたいだし何でかなって思って。何かあったの」
固まった福沢は先に思い出したのよりももう少し近い日の事を思い出す。
「まあ、あったと云えばあったな」
「ふーーん」
で、続きはと言葉にしないくせに乱歩の目は爛々と次の言葉を促す。少しだけ云って良いのか悩んでしまいながら、それでも話し出す。どうせ彼には話さなくと分かられてしまうし、これと云って秘密にするようなないようでもなかった。
「前に太宰と休憩時間に二人だけになったことがあった」
その日は朝から立て続けに探偵社に依頼が舞い込みみんな彼方此方駆け回っていた。社長である福沢もあまりの人手が足りていないのに久方ぶりに現場に出た程だ。一仕事終え社に福沢が戻ったとき、そこには太宰一人だった。依頼を終えたのか太宰はテレビの前でぼんやりと立ち竦んでいて……。
『太宰』
呼び掛ければ珍しく驚愕した様子で太宰が振り返る。
『あ、しゃ、ちょう。お帰りなさい』
辿々しくなりながら太宰がいうのに不思議に思いながら太宰が見ていたテレビに福沢は視線をやった。映っているのはドラマみたいだった。四人家族が写っている。
『与謝野さんが見ていたんですが、先ほど依頼がきていってしまったんでよ』
『お前が見ていたんじゃないのか』
『私は』
こう云ったものには興味ありませんよ。そう云うかと思えたのが途中で止まった。開いた口を一度閉ざして、俯いた太宰は口許の笑みを消した。また浮かべながらテレビを見る。そこには大体の人が浮かべるであろう家族の姿。夕飯だろうか、家族揃ってとり賑やかに話している。
『少しだけ見てました。本当にテレビでやるような家族がいるのか疑問で。社長も子供の頃は親と一緒にご飯を食べたりしましたか』
その時小さく目を見開き驚きを露にしてしまった。まさか太宰がそんなことを聞いてくるとは思っていなかった。あの太宰がそんなことを聞くのだと、自分のことを話すのだと思うと奇妙で何かあるのかと聞きたくなった。だがその前に質問を太宰が取り消そうとしたから慌てて答えた。
『ああ、子供の頃なら毎日親と食べていたな。たまに父親の帰りが遅くて母親と二人だけだったこともあるが』
『そうですか。ではその日あったことを話したりなどもしたのですか』
『そうだな。大抵叱られていたが』
『社長が、ですか』
『私も子供の時は悪餓鬼だったのだ』
『想像つかないですね』
『皆には内緒だ』
目を見開いた太宰は次の瞬間には笑った。はい、内緒ですねと楽しげな声がいい、どんなことをして叱られたのですかと興味深そうに聞いてくる。しばし時間を忘れ、福沢の子供時代の話を太宰とした。テレビの音は聞こえなくなり、いつの間にか別の番組に変わっていた。
「なるほどね。だから食事の時だけでも話してたんだ」
「ああ」
太宰が小さくなる数ヵ月前にした会話。今思えば最初テレビを見つめていた太宰は何処か羨ましそうな寂しそうな顔をしていた。だからこそ福沢もあまり話したくない幼かった自分の悪行の話をしそこから意識をずらしたのだった。疑問に思ったと云うのだから太宰はそんな風に家族と共にあることはなかったのだろう。もしかしたらそれが太宰が幼くなった原因なのだろうかと思い何とか再現しようとしたのだが……。
「ならもう少し会話しなよね」
「……すまん」
乱歩に云われ謝罪の言葉が出る。実際回りに云われなくとも会話が足りてないのではと薄々思っていたのだ。だから会話を増やそうとしながらも何を話して良いかわからず口を閉ざすそんなことを繰り返していた。
「まあ、いいけど。これから皆もくるし勉強したら良いよ」
「ああ」
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