第7話 夜警 前編
夕方、長めの昼寝を終えたピンスは夜警に参加するために集会所へと足を運んだ。魔獣を警戒するために行われる街の外の夜警は、自警団やピンスのような一般の参加者によって行われる。
あくまで巡回による警備だけなのでそこまで難しい仕事ではないが、魔獣と戦闘になれば怪我では済まない可能性もある。
それでもピンスが何度も参加しているのは、単純に時間の都合がつけやすく、その都度自由に参加できる形態であったからだ。
何より参加者には食事が振る舞われるのもピンスにはポイントが高い。
ピンスはテーブルの上にあるいくつかの料理をつまみながら隣の席に座る友人と話す。
「今日は規定のルートを巡回したら解散でよかったんだよね」
隣にいる友人のベアンが答える。
「ああ、それで問題ない」
言葉少なに答えるベアン。それに対して疑問が浮かぶピンス。
「今更だけどさ、なんで募集があったの? 自警団の人員は足りてるんでしょ?」
ピンスの問いかけを受け、視線を動かすベアン。
「先日、この近くの街道付近で魔獣の目撃情報があったのは知っているな」
「この前来た行商人が言ってたね。大きいやつがいたって」
まさかそれと戦わされるわけじゃないだろう。ピンスの背筋に寒気が走る。
「その後、俺たちが昼間のうちに調査してそれらしいのは退治したんだが」
「また襲われた人間がいた?」
「ああ、それで自警団による夜間の討伐が決定。自警団が手薄なその間に街の周辺を警備してもらうのが今回の仕事だ」
「だから、規定のルートを回るだけなんだね」
ベアンは魔獣との戦いにおけるスペシャリストで、自警団の幹部でもある。ピンスは頼りになる兄貴分としてベアンを慕い、また良き友人としての交流もしていた。
無口なベアンから仕事の内容を確認したピンスは、水の入ったグラスに手を伸ばす。
「始まるまでにいっぱい食べておかないと」
ベアンは水を飲み終えたピンスのグラスに酒を注いだ。アルコール度数の少ないこの酒は酔うには不十分だが、気分転換や食事のお供くらいには丁度いい。
「おお、ありがとう」
寝起きのピンスが飲酒と食事に精を出し、皿まで舐め回さんばかりの健啖ぶりを見せているうちに参加者が揃った。
班毎に別れてそれぞれの巡回ルートを確認する。ピンスの班は街の西側の壁や堀、林の近くを通るルートだ。
今回はいつもより参加者が多く、振り分けられたルートもそこまで長くない。
いつもより早く終わりそうだと皆は言っていたが、ピンスはいつもより人が多いという状況が必ずしも良いことではないとわかる。今回、本命の魔獣は自警団が討伐に向かっているが、小型のはぐれ魔獣でも脅威は変わらない。むしろ自警団の戦力が減っている分、魔獣に襲われても迅速な救援は期待できないだろう。
自分の班に振り分けられたメンバーはピンス以外に男性二名、女性一名だ。夜警の経験者は女性と男性一名だが、魔獣との戦闘経験は短弓を扱う男性一名だけ。しかも班長はピンス自身。万が一魔獣と出会っても経験のない人間を抱えながら戦うのは困難だ。
「確認しておくけど、魔獣と出会っても僕が戦わないと言ったら戦わずに逃げるよ」
ピンスの言葉に班員たちからまばらな返事がくる。
できることなら魔獣と会わずに巡回を終えるのが一番だ。でも、そうはいかないかもしれない。なんだかピンスはそんな予感がした。
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