148.手がかり(1)
ルーナが攫われてから早1週間。砦には陰鬱な空気が漂っていた。士気は著しく下がり、生気の抜けた騎士たちがそこら中を徘徊している。
当然だ。ルーナはもはやこの第8騎士隊の大切な仲間なのだ。任務中の頼れる大事なパートナーであり、そして愛想の良い素直で可愛らしい娘でもある。
だがもう……一日中騒がしく響き渡っていた彼女の声はもう聞こえない。あるのは、喧騒とは無縁の無骨な砦だけ。
彼女がこの地にやって来て、まだたったの1年しか経っていないが、それほどまでに……彼女の残したものは大きかった。
それは、ウェルナーとて同じことだ。
捜査の結果も芳しく無く、犯人がこの街を出てどこへ向かったのか――その方向すら未だに掴めていない。毎日毎日似たような報告を受け、その度にイライラが募ってしまう。
書類を持ってきた騎士は悪くないというのに、思わず強く当たってしまっている。
「……
「ええ、早朝には出てしまったようです」
セレスはというと、あの事件以来、毎日早朝にどこかへ消え、深夜には戻って来るという生活を続けていた。
おそらく自力で捜索でもしているのだろうか。だが、帰って来た時の彼女の表情を見るに、こちらの方も良い結果を出せていないようだ。
セレスは、こう言っていた。
『魔力を感じない』
ドラゴンの魔力というのは強力だ。ルーナはまだ子供だが、彼女とて例外ではない。
そんなドラゴンたちは、その魔力でおおまかなお互いの位置を把握することができる。そして魔力の波長を感じ取ることで、それが誰なのかもある程度察知することができる。
遠く離れた場所にチーズが落ちていたとして、その姿が見えていなくても匂いでチーズだと分かるように。そしてなんなら、その匂いを辿ってどこに落ちているかまで分かるように。
それほどまでに、魔力というのは重要な要素なのだ。
だが、それを感じないとなると、もはやお手上げだ。可能性のある場所を虱潰しで探していくしかないという。
そのことを聞いてウェルナーは、最悪の可能性も頭によぎったが、セレスによるとそれは考えにくいらしい。
ルーナが仮に殺されたとしても、体内に内包されていた魔力はしばらくその場に残り続ける。死んでしまっても、その死体の位置は絶対に分かるはずなのだ。
しかし今回はそれがない。となるとあり得るのは、誰かが魔力を隠蔽しているという可能性くらいだ。
あまりにも遠方に行ってしまった場合も同様のことが起きる可能性はあるが、それならば少し離れた時点で感知していないとおかしい。
「入念だな。まるで……ドラゴンの生態を知り尽くした仲間がいるみたいだ」
認めたくなかったが、正直お手上げだった。あらゆる手段を用いて捜索を行っているが、一歩目の手がかりさえ掴めない。あるのは、犯人の手配書くらいだろうか。
「――なんで、気づかなかったんだろう」
バン! と、ドアが勢いよく開け放たれる。この砦の中どこを見回しても、そのトップである隊長の執務室のドアを蹴破れる存在など、彼女くらいなものだろう。
「どうした、セレス」
「隊長、来て。ティーナのところ」
「……分かった、少し待ってくれ」
ウェルナーは理由も聞かず、そう答えた。
セレスが自分1人で捜索を行っているのは、騎士隊の捜索だけでは信頼ならないという気持ちの現われだ。そんな彼女がウェルナーを頼ってくるということは、なにかしらの手がかりがあるということなのだろう。
自身の準備も早々にして、馬を用意させた。ウェルナーはその背中に跨る。
セレスもその後ろにくっつくように乗った。
目指すはデルモラ伯の邸宅だ。少しの時間も無駄にできない。
「行くぞ」
「うん」
セレスはぎゅうっと隊長の制服を握った。彼女の感触は、どこにでもいる普通の女の子のようにしか感じられなかった。
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