147.協力者

「お前が協力者・・・か?」

「遅かったじゃない。ふふふ、いかにも、私がその協力者よ~?」


 赤い髪の女は、女の間延びしたようなふわふわとした声色で答えた。貼り付けたようなその笑顔はとても胡散臭い。

 なんというか……人間臭さをどこにも感じないのだ。感情の起伏がなく、常に表情が変わらない。ルシアンは本能的にその怪しさを感じ取った。


 とはいえ、事前にルシアンが把握していた「協力者」とはこの女で間違いないようだ。赤髪の女――それだけしか聞かされていなかったが、こんな場所に他に女がいるはずがない。間違いはないだろう。


「そいつは……俺が追っていたんだ。てめぇ、余計なことはするな」

「それはこっちの台詞よ~。あなたたち手荒なんだから。私が尻拭いをしてあげたのよ」


 余計なお世話だと出かかったが、すんでのところで堪えたルシアン。

 実のところ彼は、林に逃げ込んだルーナの姿をずっと捉えることができていた。森の中をジグザグに逃げるルーナを追跡することには苦労したが、決して彼女の後ろ姿を見失うことはなかった。これはひとえに、彼の驚異的な身体能力と、夜目が利く獣人の特性のおかげだ。

 結局は横取りされる形となったが、この際そんな些末なことは置いておこう。


 それよりも問題は、ルーナの方である。彼女は、女の真正面で苦悶の表情を浮かべながら気絶していた。

 眠り薬でも使ったのだろうか。だがどんなに強力な薬でも、この数十秒でここまで完璧に眠らせることはできない。


「……コイツに、何をしたんだ?」

「おねんねしてもらっただけよ~?」


 のほほんとそう答えながら、女はなぜだかしゃがみ込み、ルーナの体をごそごそと漁りはじめた。彼は怪訝な表情でその行為を眺めていたが、やがて女があるものを発見する。


「良いもの持ってるじゃないの!」

「……なんだ、それは」

「これは魔導具よ。うふふ、近くに質屋はあったかしら?」

「もしかして、売るつもりか?」

「そうね、臨時収入よ~」


 小さな指輪を空に掲げる女。魔導具と聞いて驚いたが、ルーナが仲間の騎士となにやら怪しげな実験をしていたことを思い出すルシアン。おそらくは、そのことと関係のある代物かもしれない。

 とはいえ……まるで追い剥ぎのようなことをする赤髪の女に、彼は大きくため息をついた。


「けっ。お前、見た目の割にタチが悪いんだな」

「それほどでもないわ」


 小さく微笑みながら、指輪をポケットに仕舞う女。こんな奴が協力者だと考えると、先が思いやられてしまう。

 だが……それはともかくとして、この対象を眠らせる魔法は非常に便利だ。計画の際に使用した強力な眠り薬は非常に高価で、かつ最低でも数分も嗅がせなければ効果がでない。一瞬で相手を完全に無力化できるとすれば、様々な場面で役立つだろう。


「……最初からそれができるなら、そもそも俺達なんて必要なかったんじゃないか?」

「買いかぶりすぎよ~。私の魔法はそこまで万能じゃないの」

「そうなのか?」


 女はにやりと笑った。




「おい、飼い犬!! てめぇ、俺を置いていきやがって!!」

「クソ、あのガキの所為で散々だ」


 ルシアンの背後から、怒鳴りつけるような声が聞こえた。ここ数日、耳が痛いほど聞いた仲間の声だ。

 彼らはルーナの攻撃により1人は海に落下。どうやら怪我などはしていない様子だが、全身ビチョビチョで腕には土砂がまとわりついている。

 そしてもう1人は思いっきりルーナに噛みつかれて、手に噛み跡をつけている。


「俺はコイツの追跡を――」

「うるせぇ!! ゴチャゴチャぬかすな、てめぇの所為で俺がどれほど苦労したか!!」


 元はというと、お前らが警戒を怠った所為だろ。そう言おうか迷ったが、怒りをエスカレートさせるだけなのでやめておいた。

 ここで喧嘩するのは時間の無駄だ。ルシアンは頭の上にある三角形の耳をぱたりと閉じた。あまり意味はなかったが。


「うふふ、こんばんは~」


 そんな最中、赤髪の女が3人の間に割って入る。男たちは怒鳴ることを一旦やめ、突然現れた彼女に怪訝な表情を浮かべる。


「あ? なんだお前、……もしかして、協力者か?」


 女はゆっくりと男たちのもとへと歩み寄る。


「正解よ~。でも……あなたたち、少し声が大きいわね?」

「なんだよ急に――」


 その瞬間、男たちがぎろりと白目を向いた。そして、体がふらりと傾き、2人ともばたりと地面に同時に倒れた。


「クソ、マジかよ。……何をした」

「さっき言ってたおねんねさせる魔法よ~。こうやって近づかないといけないの」

「お前、まさか……いや」


 ルシアンはその信じがたい光景に言葉を失った。彼の左右には、男2人の体がうつ伏せになって倒れている。

 そして、今度はルシアンの方に向き直る女。次は自分の番か――そう覚悟した彼は、最後の足掻きとばかりにこの一瞬で思い至った仮説をぶつける。


「……分かったぞ。お前、コイツと同族だな」

「正解! よくわかったわね~!」


 パチパチと手を叩く女。ルシアンはそんな彼女の瞳をじっと見つめる。吸い込まれてしまいそうだ。


「俺もおねんねさせられるのか?」

「そんなことしないわよ~。さあ、早く行きましょう?」

「おい、コイツらは……」

「いいじゃない、放っておいて。私の背中が汚れちゃうでしょう?」


 あっけらかんと言い放つ女。どうやらルシアンはそのお眼鏡に叶ったのか、眠らされることはなかった。逆にこの男たちは、「自分の背中が汚れる」という理由だけで眠らされてしまった。

 その理不尽さに、ルシアンは頭を抱えた。当然だ、ドラゴンである彼女は人間の価値観を有していない。あまりにもルーナがまともだったから忘れていたが、こいつは少しばかり頭の良い魔物と同じなのだ。


(クソ……報酬が無かったら、こんなのやってられねぇよ)


 とはいえ、この女はあくまで「協力者」だ。あとは……このガキを帝国に連れていくだけで良い。あと少しの辛抱で夢が叶うのだ。

 ……それに、ルシアンからすればこの赤髪の女ドラゴンはまだマシな方だ。この女よりも話の通じない存在はごまんと見てきた。


「……ああ、分かった。行こう」


 男たちとはここでお別れだ。ルシアンは振り返ることもなく、ルーナの方へと歩み寄った。数週間ともに行動したはずの仲間だが、不思議と全く同情心が湧かない。

 騎士に捕まるか、はたまた魔物の餌になるか。今となってはどうでもいい。

 彼はゆっくりとルーナを担ぎ上げると、女の横につく。


「ふふふ、私はミルザリア。よろしくね」

「ルシアンだ」


 しばらくは……この女、ミルザリアの言いなりになることになるだろう。憂鬱だが、仕事なので仕方ない。

 ルシアンはそう頭の中で割り切ると、心を無にして真っ暗な林の中を進むのだった。

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