145.船室(2)
ごきゅごきゅと喉を鳴らしながら、差し出された水を勢いよく流し込む。
「どうだ?」
「……………………」
確かに、喉がカラカラに渇いていたから、この水はすごく美味しかった。
でも、そんなことを答える義理なんてない。私はただただ何も言わず、ルシアンのことをじっと睨みつけた。
「なんだよ、俺のことが嫌いか?」
「……………………」
「おい、こっち向けよ」
ケラケラと笑うルシアンに、私はまたそっぽを向いた。
なんで……私に構うんだ。私はルシアンのことなんて許すつもりはないし、仲良くするつもりもない。
だが彼は私に向かって、一向に話しかけることをやめない。しつこく話しかけたり、指を鳴らしたり。でも私は相変わらず、なにも応えなかった。
そんな毅然とした態度にウンザリしたのか、ルシアンは一度肩を竦めた。そして、上の方――おそらく甲板へと登っていった。
ようやくどこかへ行ったかと安心したのも束の間、彼は平べったいなにかを手にして、再び現れた。
「ほら、食えよ。クソガキ」
それはお皿だった。彼は、私の手前の床に、ごとりとお皿を置いた。
皿に盛られていたのは、茶色と緑の中間くらいの色の豆の煮物だった。これが味付けなのだろうか、ほんのりとスパイシーな匂いを放っている。今まで見たことのない、異国風の料理だ。
「今さら優しくしても、絶対に許してあげない!」
「手厳しいな」
こんな食事ごときで私を懐柔しようだなんて、そうはいかないんだから!
だがすぐに、
……私のお腹からは、ぐぅ~と重低音が鳴り響いた。
「……お腹空いてんじゃねえか」
「う、うるさいっ!」
「まあいいが……何も入ってねえから、さっさと食え。飢え死にされると困る」
再び私の前でしゃがみ込むルシアン。
とはいえ私も……文句は言ってられないくらいには、お腹が空いているのも事実。くっ、悔しいけれど、ここは彼の施しを受けることにしよう。
「……
しかし、両手両足を縛られた私には、皿を握ることすらできない。これじゃ食べられない。私はルシアンに、縛っているロープを解くように要求した。
「放すわけねえだろ、馬鹿か。
お前はドラゴンだろ。畜生らしく、手を使わずに食えよ」
「……………………」
ルシアンは私を嘲りながら、皿を私の目の前に押し出した。板材の上をすっと滑るように移動したお皿は、私の足に軽く当たって停止した。
……私は、こんなことぐらいじゃめげない。それを、思い知らせてあげる。
「ハハハ、傑作だな! 味はどうだ、美味いか?」
「……………………」
私は言われた通りに、手を使わずに食べた。地面にある皿に顔を近づけ、啜るように食べる。
正面からはルシアンの笑い声。ドラゴンの時は普通のはずなのに、人間体の今はとても屈辱的に感じる。
――だけど、大丈夫。やってることは変わらない。
そうやって頭で言い聞かせながら、私は豆をずるずると音を立てて食べ続けた。
……悔しいけど、味はそこそこ美味しかった。
「いい子だ。綺麗に食べたな」
「これで満足?」
ぺろりと顔についた汁を舌ですくい取る。
ひと粒も残さずに完食してやったのは、こんなことくらいじゃ屈しないというアピールのつもりだ。
私は皿を体で押しやり、ルシアンの元へと返した。
私は負けない。泣いたりもしない。絶対に屈しないんだ。
「ああ、もちろん、満足だ」
「なら、向こうに行って。私は顔も見たくないの!」
「そう固いこと言うなよ。まだ向こうに着くまで時間がかかるんだ、お話でもしようぜ」
ゆらゆらと揺れる船室。冷たくあしらっているはずなのに、ルシアンはなぜだか私のもとを離れようとしなかった。
彼は、ドカリと私の前に座り込む。向かい合うような形となり、不覚にも目が合う。なんだか……あの時の敵対的な雰囲気と違い、妙に馴れ馴れしいのが逆に怖い。
「なんの話をするつもり? 私のどこが嫌いか、とか?」
「……もしかしてお前、気にしてたのか?」
ルシアンは目を点にした。
そんな反応が返ってくるとは思わなくて、私は少し焦ってしまう。
「別に気にしてたわけじゃない。私は、その……みんなと仲良くしてほしかっただけなの!」
「お花畑みてえな頭ん中だな。そんなことができたら、この世界に争いなんて無えよ」
「そんなことない! 少なくとも、ルシアンが来るまで砦は平和だったもん」
「……俺が喧嘩ばかりしてたのはわざとだよ」
逆に今度は私の方が驚いた。
「わざと……なの?」
「ああ、そうだ。その方が、お前を攫うために都合が良かった」
えっと……私を誘拐することのために、喧嘩をしてたってこと?
よく分からない、どういうことなの?
「俺の役割は情報収集だ。お前んとこの騎士隊に潜入して、お前のことや、お前の周りの人間のことを調べる。そして、得た情報をあの馬鹿どもに知らせるんだ」
ルシアンは上を指差した。おそらくは、この天井板を一枚隔てたところにいる、仲間の男たちのことを指しているのだろう。
要はスパイ。私に狙いを定め、私たちの大切な空間に潜り込んでいたというわけだ。
「それが、何か関係あるの?」
「関係大ありだ。お前のことを調べるには、当然お前に張り付いていないといけない。だがあくまで俺は、決行の日が来るまでは騎士の一員だ。仕事をサボってお前のことをずっと監視していたら、それこそ怪まれるだろ?
――そこで、俺は『嫌な新人』を演じたんだよ。
上官にも、同僚にも、俺は等しく歯向かった。そんな生意気で面倒な新人のことなんぞ、誰が気遣う? 俺に目をかけるなんて、よほどのお人好しだ。
で、末期になると、少し訓練から抜け出しても何も言われないほどだった。俺のことを最後までずっと意識していたのは、正直お前くらいだよ」
「……………………」
「どうだ、驚いたか?」
私は唖然とした。すべて、ルシアンの掌の上で転がされていたということなの?
喧嘩したり、悪口を言われたり……それで私が思い悩み、苦しんだあの瞬間も、すべてこの小細工のせい?
「あの調査任務のとき、俺が抜け駆けしたのもその一環だ。あわよくばお前をそのまま攫って、逃げ出すつもりでもあったな。
……クソデカい熊に遭遇したのは想定外だったが」
「みんなを危険に晒したのも、わざとだったってこと!?」
「人聞きが悪いな。俺だって、上の考えた稚拙な作戦をこなすので精一杯なんだよ」
ルシアンは、吐き捨てるように言った。
「だが抗えない。俺は案外、上には忠実なんだよ」
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