139.守り神伝承(1)
ウェルナーは、セレスを連れて領主邸を訪れていた。
本当はルーナも来る予定だったのだが、昨日の出来事により相当落ち込んでしまっていたため、見送られることとなった。今は街で気分転換のお散歩中だ。
「ようこそおいでくださいました、セレス様」
ハーディーは深くお辞儀をして出迎えた。
セレスはそんな彼に目もくれず、そそくさと建物の中へと立ち入った。
そんな不躾な彼女の後ろ姿に、肩を竦めるウェルナー。彼女が人の理の外にある存在だということは、2人とも理解している。
「……今日はよろしく頼む」
「ええ」
やれやれと目を見合わせた2人。彼らもセレスの後に続いた。
◇
ウェルナーは早速、紙の束をハーディーに手渡した。
「これが例の魔導具の調査結果だ」
「……かなりの量ですね」
これだけで本を作れそうなほど厚みのある報告書。これらは、セレスの住処より持ち帰ってきた魔導具の調査・解析結果が事細かに記されている。ルルをはじめとした第7班たちの努力の結晶である。
そこに記されていた文章に、ハーディーは興味深そうに頷いた。
「ふむ、『術式はあまりにも難解』の割に『実用性は少ない』ですか……」
「ああ、必要な魔力量が桁違いで、魔道士であっても使えない代物だそうだ」
それらの魔導具は、どれもこれもが微妙な機能を持つものばかりだった。温かくなる石、笛のような音がなる角、少しだけ重量が増すブレスレット、実用的なものはひとつとして無く、指輪に至っては動作すらしなかった。
そのくせ、必要な魔力量は人間には賄えないほどの大飯喰らいだというのだ。
「師匠の作った、試作品」
「なるほど、つまり実験的に作られた品々だと。セレス様にも師となる方がいらっしゃったのですね」
「うん。師匠の要らないもの、拾った」
その魔導具の製作者とは、セレス曰く「師匠」という人物だそうだ。このことは、報告書にも記されていた。
「その師匠様は、まだご健在なのですか?」
「……死んだ」
「そうですか、それは大変失礼致しました」
「いい、気にしてない」
セレスは簡単に言ったが、その表情に少しだけ陰りが見えたことにハーディーは気付いていた。
「大切な、ものなんですね」
「そう。ぜんぶ、宝物」
「もしかすると……、これもお師匠様に関係があるかも知れません。持ってきてくれ」
彼は、近くで控えていたメイドにそう命じた。
しばらくして持ってこさせたのは、豪華な細工が施された箱だった。机にかたりと音を立てて置かれたそれは、ウェルナーも以前に見たものだった。
セレスは何も言わず、勝手にその箱をがばっと開けた。軋むような蝶番の音は、経年によるものだ。
そこには、平べったい石版が鎮座していた。
白っぽく、硬質な素材でできたそれには、びっしりと細かい字で術式が刻まれている。これこそが、デルモラ家に古くから伝わる、”守り神”伝承の遺物だ。
「どうでしょう。見覚えはありませんか?」
「師匠の……師匠の作った、合ってる」
「やはりそうでしたか……」
納得したように頷いたハーディー。
この証言により、セレスの言う「師匠」という人物と、この地にかつて居たとされる「守り神」が1本の線で繋がった。
「父がこの石版の持ち主について研究していましてね。なにぶん数百年前ものことですから、詳しいことは分からず仕舞いで。私もとうに諦めていたんですが……」
ハーディーは、次にある一冊の本を開く。
とあるページで止められた指は、そこに描かれたひとつの挿絵を指さしていた。
「ふふふ、その時を知る者がいるとなれば話は別です。
……セレス様のおっしゃるお師匠様とは、このような見た目でしたか?」
古ぼけた本。そこに描かれていたのは、とある人物の肖像画だ。
それはまるで、女神のような微笑みを浮かべる1人の女性。大きな瞳に丸い輪郭、併記するように「白銀の美しい髪と金色の瞳」だという補足まである。
それはまるで……ルーナをそのまま大人にしたかのような、そんな人物の姿だった。
これこそが大昔にこの地域に存在していた”守り神”の姿であり、それを後世に残す貴重な資料なのだという。
しかしその伝承もいつからか途絶え、今やこの存在を知る人は少ない。そして、人々の記憶からだけでなく、形に残る記録さえ失われている。
「師匠、間違いない、合ってる」
もちろん、これは絵だ。実物そのままというわけにはいかず、どこか簡略化されている部分もあるかもしれない。
だがセレスは、それでも確信を持って肯定しているようだった。
そんな彼女に、ウェルナーは思わず聞き返す。
「……本当か?」
「たぶん」
「なぜこれがルーナに似ているか分かるか?」
かねてよりの疑問だった、この師匠の容姿。まるでルーナそっくりなこの人物に、ウェルナーは前のめりにならざるを得なかった。
他人の空似か、それともなにか直接的な関係があるのか。
――だがセレスから返ってきたのは、思いもよらない答えだった。
「……ルーナと、師匠は、魔力が同じ」
セレスの言葉を、ウェルナーは理解できなかった。
「”魔力が同じ”とは、どういうことだ? 姿が似ているだけでは無いのか?」
「私にも……分からない。でも、波長が同じ。全く同じ。間違いない」
セレスは、繰り返しそう言った。ウェルナーは更に頭を悩ませることになった。
ちらりと視界の端に映った守り神の姿、それは何度見てもルーナにしか見えなかった。
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