139.守り神伝承(1)

 ウェルナーは、セレスを連れて領主邸を訪れていた。

 本当はルーナも来る予定だったのだが、昨日の出来事により相当落ち込んでしまっていたため、見送られることとなった。今は街で気分転換のお散歩中だ。


「ようこそおいでくださいました、セレス様」


 ハーディーは深くお辞儀をして出迎えた。

 セレスはそんな彼に目もくれず、そそくさと建物の中へと立ち入った。

 そんな不躾な彼女の後ろ姿に、肩を竦めるウェルナー。彼女が人の理の外にある存在だということは、2人とも理解している。


「……今日はよろしく頼む」

「ええ」


 やれやれと目を見合わせた2人。彼らもセレスの後に続いた。



 ウェルナーは早速、紙の束をハーディーに手渡した。


「これが例の魔導具の調査結果だ」

「……かなりの量ですね」


 これだけで本を作れそうなほど厚みのある報告書。これらは、セレスの住処より持ち帰ってきた魔導具の調査・解析結果が事細かに記されている。ルルをはじめとした第7班たちの努力の結晶である。

 そこに記されていた文章に、ハーディーは興味深そうに頷いた。


「ふむ、『術式はあまりにも難解』の割に『実用性は少ない』ですか……」

「ああ、必要な魔力量が桁違いで、魔道士であっても使えない代物だそうだ」


 それらの魔導具は、どれもこれもが微妙な機能を持つものばかりだった。温かくなる石、笛のような音がなる角、少しだけ重量が増すブレスレット、実用的なものはひとつとして無く、指輪に至っては動作すらしなかった。

 そのくせ、必要な魔力量は人間には賄えないほどの大飯喰らいだというのだ。


「師匠の作った、試作品」

「なるほど、つまり実験的に作られた品々だと。セレス様にも師となる方がいらっしゃったのですね」

「うん。師匠の要らないもの、拾った」


 その魔導具の製作者とは、セレス曰く「師匠」という人物だそうだ。このことは、報告書にも記されていた。


「その師匠様は、まだご健在なのですか?」

「……死んだ」

「そうですか、それは大変失礼致しました」

「いい、気にしてない」


 セレスは簡単に言ったが、その表情に少しだけ陰りが見えたことにハーディーは気付いていた。


「大切な、ものなんですね」

「そう。ぜんぶ、宝物」

「もしかすると……、これもお師匠様に関係があるかも知れません。持ってきてくれ」


 彼は、近くで控えていたメイドにそう命じた。

 しばらくして持ってこさせたのは、豪華な細工が施された箱だった。机にかたりと音を立てて置かれたそれは、ウェルナーも以前に見たものだった。

 セレスは何も言わず、勝手にその箱をがばっと開けた。軋むような蝶番の音は、経年によるものだ。


 そこには、平べったい石版が鎮座していた。

 白っぽく、硬質な素材でできたそれには、びっしりと細かい字で術式が刻まれている。これこそが、デルモラ家に古くから伝わる、”守り神”伝承の遺物だ。


「どうでしょう。見覚えはありませんか?」

「師匠の……師匠の作った、合ってる」

「やはりそうでしたか……」


 納得したように頷いたハーディー。

 この証言により、セレスの言う「師匠」という人物と、この地にかつて居たとされる「守り神」が1本の線で繋がった。


「父がこの石版の持ち主について研究していましてね。なにぶん数百年前ものことですから、詳しいことは分からず仕舞いで。私もとうに諦めていたんですが……」


 ハーディーは、次にある一冊の本を開く。

 とあるページで止められた指は、そこに描かれたひとつの挿絵を指さしていた。


「ふふふ、その時を知る者がいるとなれば話は別です。

 ……セレス様のおっしゃるお師匠様とは、このような見た目でしたか?」


 古ぼけた本。そこに描かれていたのは、とある人物の肖像画だ。

 それはまるで、女神のような微笑みを浮かべる1人の女性。大きな瞳に丸い輪郭、併記するように「白銀の美しい髪と金色の瞳」だという補足まである。

 それはまるで……ルーナをそのまま大人にしたかのような、そんな人物の姿だった。


 これこそが大昔にこの地域に存在していた”守り神”の姿であり、それを後世に残す貴重な資料なのだという。

 しかしその伝承もいつからか途絶え、今やこの存在を知る人は少ない。そして、人々の記憶からだけでなく、形に残る記録さえ失われている。


「師匠、間違いない、合ってる」


 もちろん、これは絵だ。実物そのままというわけにはいかず、どこか簡略化されている部分もあるかもしれない。

 だがセレスは、それでも確信を持って肯定しているようだった。

 そんな彼女に、ウェルナーは思わず聞き返す。


「……本当か?」

「たぶん」

「なぜこれがルーナに似ているか分かるか?」


 かねてよりの疑問だった、この師匠の容姿。まるでルーナそっくりなこの人物に、ウェルナーは前のめりにならざるを得なかった。

 他人の空似か、それともなにか直接的な関係があるのか。


 ――だがセレスから返ってきたのは、思いもよらない答えだった。


「……ルーナと、師匠は、魔力が同じ」


 セレスの言葉を、ウェルナーは理解できなかった。


「”魔力が同じ”とは、どういうことだ? 姿が似ているだけでは無いのか?」

「私にも……分からない。でも、波長が同じ。全く同じ。間違いない」


 セレスは、繰り返しそう言った。ウェルナーは更に頭を悩ませることになった。

 ちらりと視界の端に映った守り神の姿、それは何度見てもルーナにしか見えなかった。


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