135.魔導具の調査(2)

 ちょっぴりドキドキとしながら、屋外の訓練場へと足を運んだ私たち。

 ルルちゃんとセレスが見守るなか、私はブローチを手に取った。今から、この魔導具の動作テストを行うのだ。


「セレスは使い方、知ってるの?」


 ふと元の持ち主であるセレスに尋ねると、彼女は首を横に振った。


「師匠の試作品。捨ててたから、拾った」


 どうやらこのブローチは師匠のものだったらしい。

 ってことは、今は亡き師匠の忘形見ってこと!?


「そうなんだ……」


 ……ガラクタだと思っちゃってごめんよ、セレス。

 そんなに大切なものだとは思わなかった。見つけたときも、無造作に箱に放り込んであるだけだったし。


「私なんかが触ってもいいの……? 大切なものなんでしょ?」


 なんだか実験に使うのが申し訳なくなって、ブローチをセレスに返そうとした。が、セレスはそれを私に押し返す。


「いい。それに、私には使えない」

「そうなの?」

「うん、私も知りたい。どんな魔法か」


 その言葉が意味していることは分からなかったけど、私が持っている分には構わないらしい。

 師匠がどんな術式を込めたのか、どうやらセレスも知りたいらしい。


 ……うん、そういうことだったら、私に任せてほしい。


「分かった。……壊したらごめんね」

「大丈夫」


 ぎゅっと私の手を握ったセレスは、それだけ言うとルルちゃんの方へと走っていった。……えっと、なんで遠ざかるのかな、セレス?


「ルーナさん、お願いします!」


 若干遠巻きの2人に、私は眉間に皺を寄せる。

 セレスの住処に置いてあったやつだし、別に安全……なんだよね? 微妙な顔をでブローチを一瞥し、次にセレスを見ると、彼女はこくこくと頷いていた。本当に大丈夫???


「いくよ?」


 私は恐る恐る魔力を流し込んだ。さっきと要領は同じだけど、最初はゆっくりと、段々と量を増やしていくように魔力を流し込むのだ。

 淡く光る宝石、その明るさは魔力量に比例してどんどん増していく。

 そして10秒ほど経った頃には、宝石はかなりの明るさを持ちはじめていた。このころにはもう直視できないくらいには眩しい。

 ……しかし、何も起きない。ブローチは魔力を溜め込むばかりで、まだまだ余裕そうにしているようだった。


 私は若干やけくそ気味に、最後の一押しでさらにたくさんの魔力を流し込んだ。

 すると、ある一定の閾値しきいちを超えたのだろう、急激に宝石が明るくなった。まるでストロボでも焚いたかのような光に、私は思わず目を瞑ったが――その次に巻き起こったのは大きな風だった。


「おおっ!?」


 今まで私が注ぎ込んだ膨大な魔力が周囲を包み込み……




 ――やがて私の体は浮遊した。一瞬だけ。


「ルーナさん、今……何が起きました?」

「体が浮いたような、気がする」

「浮いたんですか?」

「……たぶん」


 あまりにも一瞬の出来事、しかもたぶん浮いたのは2センチくらい。

 これほどの魔力を使用しながら、あれだけの眩い光を放ちながら、起きたのが私を2センチ浮かすだけ。

 ……あまりにも地味すぎて、本当に体が浮いたのかすら自信がなくなってきたよ。


 だがそんな私の報告に、ルルちゃんは目をキラキラとさせて喜んでいた。


「それが本当なら凄いことですよ!?」

「そうなの?」

「ええ、空を飛ぼうという試みは今までもありましたが、そのどれもが失敗に終わっています。ルーナさんの言った効果が本当なら、これはもはや……国宝レベルの価値があってもおかしくありません! ああ、確かに風が関係しているとは思いましたが、まさかこんな凄いものだなんて……」


 かなり興奮気味に話すルルちゃん。後半の方はブツブツともはや独り言の域に入っていた。

 でも……空が飛べるだなんて、夢がある! 私には翼があるから必要ないけど、人間が使えたらものすごく便利かも。みんなと一緒に空をお散歩できたら、楽しいだろうなぁ。


「すごいね!? これって、なにかの役に立ちそうかな?」

「…………………………」


 ルルちゃんは、何も言わなかった。

 どうやら役には立たないっぽい……。ま、まあ、これを実現できることが凄いというか、機能だけが価値をはかる物差しじゃないからね……うん。


「つ、次に行きましょうか」

「あ、うん」


 ブローチをルルちゃんに渡し、私は次にテストする魔導具を受け取る。


 ――ってなこんな感じで、持ち帰ってきた魔導具を順番に試していった。

 その結果、大方その効果は判明した。


 ほんのりと温かくなる懐炉のような石、魔力で「ブオー」と音が鳴る角笛、魔力を流している間だけ重たくなるブレスレット、……などなど。

 どれもこれもてんで実用性がないような物ばかりだったが、多種多様な効果にルルちゃんは楽しそうだった。

 どうやら、研究者としての血が疼くのだろう。私にはよくわからないけど。


 ちなみにだが、この魔導具のどれもが「師匠」の試作品だったようだ。

 で、セレス自身は師匠が捨てていたものを拾い集めただけだそうで、どんな魔導具なのかまでは把握していなかったみたい。


 うん……危ないやつが無くて良かったよ。

 危険な魔導具を作らないでくれて、ありがとう、師匠。


「そういえば、この指輪だけは何も起きなかったね」

「そうですね……術式はあるので、何かしらは起きるはずなんですが。何か使い方を誤っているのか、それとも発生した効果を見落としたか……」


 うーんと思い悩むルルちゃん。

 結局、何も発生しなかったのはこの指輪だけだった。魔力を注いでみても、なにか起こる気配はない。術式はきちんと成立しているので、魔導具であることは間違いないらしいんだけど……。


「ルーナ」


 私も一緒になって考えていると、セレスが突然その場で膝をついた。

 その手には、先程の指輪が握られていた。まるでその格好は……プロポーズみたいだよ?


「どうしたの?」

「これなら、付けてくれる?」


 恐らくセレスが言っているのは、これらと一緒に持ち帰ってきたティアラのことだろう。

 どうにもセレスはアレを私に身に着けてほしいらしく、しばらくはそう言って聞かなかったのだ。そんな大切な物を私なんかが着けてもいいのかと聞いたけど、むしろ思い出があるからこそ持っていてほしいということだった。


 でも、あんなの普段から装着する勇気は私には無い。ライルどころか、砦の騎士みんなに笑われちゃうよ。

 ってことで、結局今は隊長さんに預けている。セレスも渋々認めてくれたが……やはりその気持ちはまだあるようだ。


「ああ、ええと……ま、まあ、これなら」


 ぽかんとする私を、下からじっと見上げるセレス。その姿にちょっと照れくさくなりつつ、ただ私は頷いた。


 指輪のデザインは、他の魔導具に比べれば全然目立たない。

 宝石とかは付いていなくて、金属の輪っかだけ。そこに刻まれている術式が、なんだかそういう模様のようにも見えて、デザイン的にも悪くない。ティアラに比べれば、全然普段使いできるだろう。


 そして何より、魔力を注いでも何も起きない。それすなわち、ずっと身につけていても安全だということだ。これ重要!


「……ありがとう」


 セレスは僅かに微笑んで、指輪を私につけてくれた。

 私は何もしていないけれど、セレスが喜んでくれるのならそれでいいや。指輪なら邪魔になったり、他の人から笑われたりすることもないしね。


 左手の中指に、すっと指輪がはめられる。

 不思議とサイズはピッタリだった。

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