136.森の中(1)

 今日は、森の中にやってきていた。どうやら、この先で魔物の出没が確認されたらしい。

 この辺りは街の人も出入りする可能性がある浅いポイントだから、安全確保は急務だ。とはいえ、魔物の位置も数も不明のまま、いきなり討伐というわけにもいかない。

 私たちがやるのはその討伐のための事前調査だ。もちろん魔物と遭遇しても大丈夫なように、万全の体制は取っているけどね。


「あむあむ」

「食べ過ぎじゃない?」


 その道中の馬車の中、私はおやつのジャーキーをくちゃくちゃと音を立てながら齧っていた。アイラからの「食べ過ぎ」という指摘は至極ごもっともで、私も食べ過ぎだと思う。……もう5本は食べちゃった。

 ではなぜ、私の食欲が爆発しているのか。それは……


「気まずい」


 私の視線の先、もうひとつ前の馬車から覗く茶色の耳と尻尾。――ルシアンの姿がそこにはあった。


「あー……」


 どうにも反りが合わないのは周知の事実でもあるが、実のところ今までルシアンと直接会う機会はそこまで無かった。

 その理由は、ルシアンの所属班がアイラやライルたちと別だったからなんだけど……今日に限っては、彼の所属班との合同任務になってしまった。


 故に私は、どうルシアンと接していいか分からず、離れているのにも関わらずずっと緊張しっぱなしだ。

 食欲の理由もこれ。彼の後ろ姿を見ているともぞもぞするというか。

 うーん、なんだか口をずっと動かしていないと落ち着かないんだよね。


「なにか変なことを言われたら、ちゃんと私に報告するのよ?」

「ありがとう、アイラ。……でも穏便にね?」


 アイラ、それ絶対文句言いに行くじゃん。私は別に争いを求めているわけじゃないからね?

 そんな妙に喧嘩っ早いアイラを宥めつつ、私は本日7本目となるジャーキーを咥えた。むしゃむしゃと咀嚼をしつつ、ちょっぴり機嫌の悪そうなアイラの気を逸らすために話を変える。


「ええと、それで、森でどんな魔物が見つかったんだっけ?」

「聞いてなかったの? グリズリーよ」

「それって、隊長さんが素手で倒したって奴?」

「……そうね」


 もうグリズリーと聞けばその印象しか思いつかない。名前から察するにクマなんだよね?

 本当は危険だってのは頭の中で分かってるけど、でも……素手で倒されるくらいだよ? ちょっと警戒心が緩んじゃってるのは許してほしい。


「っと、着いたみたいね」


 そうこうしているうちに、目的地に到着したようだ。森に入って数十分程度の場所。馬車が通れるくらいには道があって、まだまだ街とは近い。こんなところにクマが出るなんて、一般人からしたら恐ろしいだろうね。


 停車した馬車の中でぼーっと周囲を眺めていると、アイラに抱えられて強制的に馬車から降ろされた。ジャーキーを咥えながら、すっぽりと腕の中に収まるドラゴンの姿はさぞ滑稽だっただろう。


「ルーナ、緊張感を持ってよ? いつ魔物が出てもおかしくないんだから」

「ふぁーい」

「もう、ジャーキーはそれで最後だからね!」

「そんなぁ!」


 そんな悲しい宣告聞きたくなかったよ!


 ……でも仕方ない。自分でも流石に食いすぎたのは分かってる。

 今あるこの1本を、大事に大事に味わうことにしよう……そうしよう……。



「足跡を発見したぞ!」


 調査が始まってすぐに、騎士の誰かが叫んだ。

 そして、その報告を聞いた数人の騎士たちが集まり、更にそこから得られる情報を精査していく。


 調査というのは、こんな風に地道に進んでいく。

 戦うだけが騎士の仕事だと思ってたら大間違い。こういう地味な作業の積み重ねこそが、安全に活動することができる秘訣なのだ。


「これは、グリズリーで間違いなさそうだな。北東に向かって続いているぞ」


 足跡と一口に言っても色々な情報が得られる。

 どっちに向かっていったか、歩いていたのか走っていたのか、どんな魔物の種類か、どれくらいの大きさだったか、そしてこれがどのくらい前の足跡か。

 私はよく見ても全然分からないけど、ここの騎士たちはよく理解しているみたいだ。


「……近いな」

「それも大きい」


 騎士たちが口々に言った言葉は不穏なものだった。

 部隊に少し緊張が走るが、とはいえここまでは全くの想定内。みんな警戒心を緩めている様子はないし、むしろこれで部隊の雰囲気が引き締まったような気がする。

 万が一グリズリーが出没しても、余裕で討伐できる力がある……って、アイラは言ってた。


「ルーナ、足跡を辿るみたいよ。援護できる?」

「任せてっ!!」


 ふふん、ようやく私の出番ね。

 これは、私がよくやる”お手伝い”のひとつだ。


 森の中は視程が短くなり、明るさも下がる。その上地面も不安定だから、早めの索敵が重要だというわけだ。

 もちろん地上部隊の方でも警戒にはあたるが、それを上からカバーするのが私というわけ。備えあれば憂いなし、地上と上空の2つの目で漏れをなくすのだ。


「北東方向、俺たちについてきてくれ」

「わかった」


 班長に言われ、私は上空へと舞い上がった。なるべく見失わないように、あまり高いところは飛ばない。だけどもあまりにも低いと周囲が見渡せなくなるので、低すぎても駄目。この塩梅が実はちょっと難しい。

 まあ、私にはもう慣れたものだけどね!

 

 すぐに枝葉が生い茂る高さにまで到達した私は、ぐるぐると周囲を見渡す。

 吹き付ける風を気持ちよく感じつつ、ただいろんな地点を注意深く観察する。そんな私の援護も受けながら、地上部隊は慎重にグリズリーの軌跡を辿っていく。

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