133.新人さん(4)
「はぁ……」
落ち込んでため息を漏らしていたところ、ライルから声を掛けられた。
「なんだ? またアイツに何か言われたか?」
「喧嘩ってわけじゃないんだけど……ちょっと色々あってさ」
「お前……無理にアイツと関わるな。いつもあんな感じなんだぞ」
肩を竦めたライル。確かにライルの言うとおりである、と私も頷いた。
まぁ……今日のアレは不可抗力だとしても、もっとルシアンのことは避けようと思えば避けられる。だけど私がそうしないのは、彼にまだ希望を残しているからだった。
「うん……まぁ、そうなんだけど……」
私は、この後に続く言葉を見つけ出せずにいた。
まだ私の中でも正解が出ていない。私だって自分や、自分の周りの人が傷つけられるのは嫌だ。今日、アイラが罵られたのだって、未だに私は怒っている。だから一切彼と関わらないのも、ひとつの手だ。
でも……それはそれでなにか違う気もしている。
彼の存在を無かったことにしてしまうのは、ただ問題を先送りにしているだけに過ぎない。彼は一応この砦の仲間なのだ。皆が楽しく過ごせたほうがずっと良いし、協力できたほうが色々と出来ることも増えるだろう。
「気に病むな、ルーナ。お前は何も悪くないんだ。人間同士の問題に、ドラゴンのお前が頭を悩ませる必要は無い」
「ふふ、そうだね。ありがとうライル」
「そうだ。そうやって、もっと堂々と笑ってればいいんだよ。
……ったく、お人好しなドラゴンだな。本当にお前らしい」
ライルにわしゃわしゃと頭を撫でられた。
褒められてるのか、馬鹿にされてるのか分からなかったけど、……多分両方なんだと思う。でも嫌な気分はしない。
結局のところ、全部私のおせっかいだ。ルシアンは相変わらず周りと衝突を繰り返しているけど、それでも仕事はちゃんと回っている。そのうち時間が解決してくれるはずだ。そもそもさ、どうせ一朝一夕でどうにかなる問題じゃないんだから、気長に構えていればいいよね。
そう整理をつけて、少し昂っていた気持ちを落ち着かせると、ふぅとため息をついた。そんな私に対して、ライルはニヤリと笑いながら言う。
「なあルーナ、最近剣の練習をしてるんだって?」
「そうなの。強くなりたいと思ってね!」
「剣技大会に触発でもされたんだろ」
「なんでわかったの!?」
「そりゃあお前、あれだけ目を輝かせてたんだ。見てりゃ分かるよ、俺も昔はああだったからな。……ってことで練習、一緒にするか?」
「やるっ!!!」
ライルのその提案に、私は思いっきり乗っかった。何か嫌なことがあったときは、体を動かすのが一番だ。これは私だけでなく、この砦の騎士たちがよく言う言葉だ。実際、運動は良いリフレッシュになる。
私はライルにおんぶをしてもらい、練習場まで向かうことになった。
◇
時刻は昼過ぎ。
ライルとの練習が終わって、私は砦の中を適当に散歩していた。
剣の練習というのは、思いの外激しい運動だ。でもそのおかげで、頭の中がすっきりとしたような気がする。なんというか、少し前まで悩んでいたのが嘘みたいだ。
ライルも「嫌なことがあったときは素振りをする」なんて言ってたけど、今日ついにその気持が理解できた気がするよ!
「みんな久しぶり!」
そうしてやってきたのは、厩舎だった。お馬さんたちが各々ゆっくりと寛いでいて、とても落ち着いた雰囲気だ。私のお気に入りの場所。
「ブルルルルルル」
ここを訪れるのは4日ぶりということもあって、みんな大いに私を歓迎してくれていた。たぶん「寂しかったよ」って言ってくれてるんだと思う。
……あっ、えっとー、牧草はいらないかな。この前も伝えたけど、私それ食べないよ。
しょんぼりとする黒い毛並みの子を背後に、私は一頭ずつ順番に挨拶をしていく。ここにいるお馬さんたちは、もうみんな私の友達だ。みんな性格が違って、言葉は通じないはずなのにとても面白い。
そして……端から2番目の区画に来たところで、こんと鼻で肩を突かれた。
「どうしたの?」
私がそう尋ねても「ブルルル……」と鳴くばかりだったけど……これは、もしや甘えてるな?
真っ白な毛並みのイケメンのお馬さん。普段はクールなでツンツンとした雰囲気なんだけど、その実とっても甘えん坊な性格なのだ。ギャップ萌えってやつだ。
「ふふーん、今日は君と一緒にいてあげよう」
私がそう言うと、白馬はちょっとばかし嬉しそうに飛び跳ねた。あくまでクールキャラなので、あまり感情を表に出すつもりはないみたい。めっちゃ口元緩んでるけど、そのことは心のなかにしまっておく。
部屋の中に入り、私は積み上げられた牧草の上にどさりともたれ掛かった。
ふかふかで、気持ちいい。服に草がいっぱい付いちゃうのは嫌だけど、まあでも背に腹は代えられないというか……この柔らかさを堪能できるなら、多少の汚れは気にしちゃいけない。
「ふあぁぁぁ……」
「ブルルル……」
練習のせいで意外と疲れていたのか、横になった瞬間猛烈な睡魔が私を襲ってきた。いつもならお昼寝をしている時間っていうのもある。私の体内時計は正確だね。
そういえば、なぜこの厩舎が私のお気に入りなのかは知ってる?
……それはね、有数の昼寝スポットだからだよ。
大きなあくびを漏らした私は、気づけばその意識を手放していた。
「――んぁ、やめてよぉ」
ぬちゃっとした何かが頬に触れ、不本意ながら目を覚ます。昼過ぎだったはずの時刻は、もう夕暮れ時にまで移り変わっており、真っ赤な太陽の光が厩舎の窓から差し込んでいる。
ゆっくりと目を開けると、そこには白馬の顔がどアップであった。どうやら……顔をめちゃくちゃに舐められたらしい。
でも起こしてくれたのは感謝だ。なんだか……たくさん眠った気がする。
そろそろ戻らないと、アイラに怒られる気がする。
ぼやけた目を手でぐりぐりと擦って、起き上がろうとしたとき――私はあることに気がついた。
「んー…………?」
そこには、私に向けて両手を伸ばそうとするルシアンの姿があった。しばらくその行動の意味を理解できずにいた私、しばし沈黙の時間が流れる。
「……ルシアン、何してたの?」
「あ、ああ、なんでもねえよ……」
ルシアンは明らかに動揺したように、言葉を詰まらせる。そして私がさらに聞き返そうとすると、私に目もくれず踵を返したように厩舎を後にした。
まるで、何かから逃げるようなその忙しない動き。どう見ても挙動不審だった。
「えっと、どうしたのかな……?」
私と白馬は、じっと顔を見合わせた。
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