132.新人さん(3)
「お前、思ったより軽いんだな!」
「うわわっ!!!!??」
――なになになに!?
急に体が浮き上がり、身動きが取れなくなる。私のワキはがっちりとホールドされ、そのまま持ち上げられるような形になった。
びっくりした私は、思わず尻尾を鞭のようにぱしりと弾いた。なにかが当たったような感触がしたと同時に、私はその場で解放される。
「――っ、痛ぇな!!」
「そっちこそ、急にやめてよ!!!」
振り向くと、そこに立っていたのはルシアンだった。私の尻尾がもろに直撃したのか、手で額をぎゅっと押さえている。そしてその隙間からは、血がたらりと一筋垂れていた。
「血……? もしかして、私の――」
はじめは分からなかったが――その傷は、どうやら私が付けたもののようだった。
思わず私も怒鳴ってしまったものの、ここで自分のやってしまったことの重大さに気付いた。
「クソッ、調子に乗りやがって……」
当のルシアンは私を睨みつけながら、私へ怒りを向け始めた。彼の口からは鋭い犬歯が覗いており、声を荒げる度にそれが顕になる。
そのあまりの剣幕に、私はびくりと体を震わせるが、
「……全部見てたわよ。ルシアン、アンタがびっくりさせるからじゃない」
「なんだよ! こいつが急に暴れ出すから、俺がこんな目にあったんだろ?」
偶然近くを通りがかったアイラが、私を擁護しようと立ち塞がってくれた。
ルシアンもそれに対して反論を浴びせるが、……次第にそれはヒートアップして、口論へと発展していった。
「アンタずっとおかしいわよ! そうやって自分ばっかり被害者ヅラして」
「あ? なんだとてめぇ!?
見ろよ、この傷を。俺は被害者だよ、このクソガキに攻撃されて、負傷してる被害者だよ!!」
「はぁ? 自分が起こした事じゃない? そうやって協調性が無いから、班長にも怒られるんじゃない!?」
「黙ってろよ、俺より雑魚のクセによぉ!」
そんな言葉の応酬が続き、いつしか私を置いてけぼりにして、2人は互いを罵り合っていた。
確かに、ルシアンは協調性が無い。しょっちゅう諍いを起こしては、上官に咎められていると噂に聞くし、実際に口論になっているところも何度も見た。
語気が強く、群れることを良しとしない。チームワークが重要となる騎士にとって、それはかなり致命的なはずなんだけど、なまじそれを腕っぷしでカバーできちゃってるから、ルシアン本人も増長するのだろう。それくらい剣の腕は確かなのに、もったいないところだ。
まさに一匹狼だ。……犬耳だけに。
そんな冗談は置いておいて、状況は既に収集が付かなくなっていた。一触即発とはこのことで、もうそろそろ手が出てもおかしくない頃合いだ。
でも、私は……こんなことをして欲しいんじゃないよ!
別に、庇ってもらわなくていい。ただ……難しいことかもしれないけど、みんな仲良くしてほしいだけなの。
「アイラ、やめて!」
「でも」
「私は……大丈夫、だから……」
口論を中断させ、その真ん中に割って入った。
「ルシアン……顔、見せて」
「はっ、なんだよ。俺のことをまた殴るつもりか?」
「違うよ。……動かないで」
血を流すルシアンの額に、私は指先を触れる。はじめは嫌がっていたルシアンも、私の真剣な目を見て動作を止めた。
私はありったけの魔力を込め、そして指先に集中した。人化魔法とはまた違った繊細さが求められる、特殊な魔法だ。
回復魔法――セレスから教わった覚えたての魔法だ。本来はあらゆる傷や病を元の状態に戻すことができるのだけど、私にはまだ表面の傷を塞ぐ程度のことしかできない。だが、今ならこれで十分だ。
私の魔力は形となって、ルシアンの額へと降り注ぐ。
淡い光が少しだけ傷口に照りつけ、ゆっくりと傷を塞いでいった。スピードも、その能力も、まだまだひよっこだけど、ようやく形にできたこの魔法の初お披露目だ。
「これで……許してくれる?」
「……痛く、ないぞ」
ルシアンは驚いたように、自分の額をぴたぴたと触った。傷口はすっかりなくなっていて、残るのは血の痕だけ。
その結果を見て、ふぅとため息をつく私。だがそれをよそに、なぜかルシアンはケロッとしていて……というかむしろ興奮した様子だった。
「ハハハ、凄ぇなこれ!! なあなあ、もう一度見せてくれよ」
ゲラゲラと笑いながら、私の肩をバシバシと叩くルシアン。その力はとても強くて、痛かった。
さっきまであれほど怒鳴っていたのが嘘かと思うくらい、上機嫌だった。
「……………………」
反転したようなルシアンの変わり様に、私は驚いた。そして、もやもやとした気分に、胸の内を支配されていた。
別に私は、謝罪を求めていたわけでも、感謝を求めていたわけでもない。
ルシアンが興奮するのも理解できる。回復魔法を使える人間はこの世界にいないって隊長さんが言ってたように、これは私がドラゴンだから出来る芸当だ。
だけど……私だって、嫌だって思ったんだよ?
怪我させちゃったのは申し訳ないけど、そもそもルシアンが急に私に触れなければ、こんなことにはならなかったわけじゃん。
「行こ、アイラ」
「う、うん」
私はアイラの手を無理矢理握り、引っ張った。
私のことはいいんだ。悲しいけど、別にそれは構わない。でも……アイラに吐いた数々の暴言、私は……悲しいよ。
「……なんだよ」
ぼそっと呟くようなルシアンの声が聞こえたが、私が振り返ることはなかった。
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